18話 後輩 section2
「いらっしゃいませ」
亜子が今日も元気よく接客をしている。
藍野とその後輩の拓斗は席に着き、お互いメニュー表を開いた。
「市街地に、こんな店があったなんて知らなかったです」
拓斗は物珍しそうにあたりを見渡した。
ビンテージ物が並ぶところに目をつけて拓斗が亜子に話しかける。
「古い物も飾ってありますが、それが内観と合ってお洒落ですね」
「ありがとうございます!」
ハキハキと喋る亜子にも目をつけて、また話しかける。
「あなたも明るい性格で、ここにいると元気がもらえますよ」
いきなりの誉め言葉に亜子は照れ笑いをした。
「ごゆっくりしていってくださいね。メニューが決まりましたらお呼びください」
そう言って亜子は藍野に微笑んで厨房へと歩いて行った。
「どう?決まった?」
藍野はいつも合鴨料理を頼むため、メニューを選択するのが早い。
「どれにしようか迷っています。藍野さんおすすめは何ですか?」
始めてくる店のメニューを選択するのに迷ってしまうことはよくある。
常連の藍野に聞いて、それを食べるのが一番良いと拓斗は判断しておすすめを聞いた。
「俺はいつも合鴨料理から選んでいるよ。だから今日は合鴨のソテーだな。好きな物を頼みなよ」
そう言って選択を促した。
拓斗にとって合鴨料理はあまり食べた経験がなく、少し考えた。
「じゃあ、合鴨料理で良いですね。藍野さんが言うから間違いないです」
そう言ってメニュー表を閉じてメニュースタンドに置いた。
「すみません」
手を挙げて亜子を呼ぶ。
「決まりましたか?」
「では僕は鴨鍋をいただきます」
「僕は合鴨のソテーをください」
「かしこまりました」
藍野は冷水をグッと飲み干した。
それを見た拓斗がピッチャーを持って藍野のグラスに水を注ぐ。
透明な水がゆっくりとグラスに流れていった。
「最近藍野さんは女性と連絡を取り合っている感じがします。すごく羨ましいです」
「仕事中は仕事の電話だよ」
「でも休憩時間に話しているのは女性ではないですか?」
拓斗は先輩である藍野の姿をよく見ている。
仕事中と休憩時間と両方の姿を観察する後輩は立派なものだ。
「よく見ているね。プライベートまで勘弁してくれよ」
そう言って苦笑いをし、目線を遠くのほうへ向けた。
「すみません、でも男らしい姿に男性でも惹かれます」
「おいおい」
藍野に真っ直ぐ付き添うような後輩だ。
抜け目がないくらい観察していて、下手なことはできないと思えてならない。
「でも俺はここに来るまで、ずっと恋愛なんてしようと思わなかった」
「ここにくるまで?」
このLove Duckが藍野にとって恋愛有無の分岐点になっているなんて、拓斗は理解しかねる。
「ここで昔の友人に会って話をしたんだ。合鴨は交雑交配種。交じり合うならとことん交じり合え。と言われた。恋愛に対して後ろ向きだった僕に背中を押してくれたのさ」
拓斗は、まさか本当にこの店が関係してくる話になるとは思ってもいなかった。
「藍野さんはここで恋愛に目覚めたのですか?ちょっとスピリチュアルな感じです」
「本当の話だよ。別に大した話じゃないけど、実際にここで友人と出会ったことがきっかけで街コンにも足を運ぶようになった」
藍野は今までの話を大まかに話した。拓斗は聞いているうちに真剣な表情に変わっていった。
「じゃあ、僕も合鴨料理を食べて恋愛に一歩踏み出してみようかな」
なんだか拓斗も前向きになった。鴨鍋は美味しく、拓斗の腹をいっぱいに満たしていった。なんだか、この風景は藍野とヒデが恋愛に語り合う時と同じに思えた。
「街コン言ってみなよ」
「頑張るっす!」
こうして藍野は後輩にもLove Duckの料理をもてなし、後輩を励ました。遠くで見ていた亜子が独り言をこぼした
「藍野さん、今日も来てくれて私嬉しいですわ」
藍野の恋愛はこれから先どうなるかはわからない。また後輩もどうなっていくのだろう。
ただ、店員の亜子は周りのことを忘れてしまうほど、藍野の姿だけを見つめていた。
「ごちそうさまでした」
二人は合鴨料理を完食した。
「この店また来たいですね」
「いつでも声かけてくれ。ご馳走してやる」
そう言って二人は席を立ちレジの前に立った。亜子がお会計をする。
「藍野さん、またサバイバルゲームにお誘いしますわ」
「サバイバルゲーム?」
拓斗はいきなり店員が先輩の藍野に遊びを誘うことに驚いた。
「この前一緒に遊んだのさ。亜子ちゃんって言うんだ」
「まさか、知り合いっすか!?」
店員とも仲良くしている藍野に驚きを隠せない。
「昔からの知り合いか何かですか!?」
そういう理由があると思って拓斗は聞いた。
「ここで知り合ったのですわ♪」
亜子は拓斗の疑問に対して即答した。拓斗は唖然とし、藍野の顔をジッと見た。
「藍野さん、すごいっすね」
「ありがとう」
笑いながら藍野はお会計をすませて店を出た。その背中は大きく目に映りこんだ。
もう外は真っ暗だった。星が出てきて澄んだ夜空を照らしていた。




