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愛鴨  作者: 山本 宙
3章 鴨でも良い。鴨が良い
16/70

16話 賢くなった


 件名 招待メール

To  藍野亮介

From ヘイヘイ


 お久しぶりです。

今度、私の店で旧正月を祝うイベントをします。料理もたくさん出てきます。もしよかったらいらっしゃってください。藍野さんは特別ゲストとして、私の前のカウンターで接待いたします。お待ちしております。

日付「〇月〇日」時間「〇〇時から」店名「butterfly」 住所「東京都〇〇〇」





ヘイヘイは約束していたことを忘れていなかった。

店を招待してくれると言ってからしばらくだが、まさか本当に招待されるなんて思ってもいなかった。

藍野はメールを返信して、ヘイヘイが営む「butterfly」に足を運ぶことにした。


店はバーで酒を飲むのがメインになる。

帰りのことも想定し、酒を飲むことを決めて段取りをした。

いつもと違う洒落た服装は大人っぽい。

紺のジャケットを羽織って藍野は家を出た。



 街灯が真っ暗な夜道をぼんやりと照らした。

藍野は等間隔に並んだ街灯の横をスタスタと歩いた。

ポケットに手をつっこんで少し背中を丸くする。

少し寒さが伝わってくるような歩き方だ。

風が身体に当たると藍野は首をすぼめた。


藍野が店の前に着き、上を向いた。すると「butterfly」の文字がネオン管で表されている。お洒落をしてきてよかったと、店の外観を見て藍野は思った。ゆっくりと扉を開ける。


「いらっしゃいませ!」

扉を開けた瞬間に、何人かの店員に黄色い声で招かれた。

入口から少し通路を歩くと一人の店員が声をかけてきた。

「お客様何名様ですか?」

「一人だよ。ヘイヘイさんいる?」


藍野はすぐにヘイヘイの名前を出した。すると店員が少し驚いた顔で答えた。


「あー!いますよ。藍野さんですね。こちらです」


そう言ってすぐに案内を始めた。

奥のカウンターに後ろ姿の女性が立っていた。

セミロングの髪の毛に、見るからにヘイヘイの体系だ。

その女性の背後にある椅子に藍野は腰かけた。


「どうも、ヘイヘイさん。今日は格段とお洒落に決まっていますね」



藍野は少しからかう様に話しかけた。振り向いた女性はやっぱりヘイヘイだった。

いつも以上にお洒落をしていた。


「あなたこそお洒落に決まっているじゃないの、藍野さん」


そう言ってヘイヘイは、はにかんだ。


「今日は藍野さんにプロデュースしますわ。どうぞ、美味しいお酒を飲みながらお話ししましょう」

初めてのデート、駅で待ち合わせをして会った時と雰囲気が随分と変わっていた。


さすがバーで働くとなると容姿も変わるものだ。

「お酒をつくりますわ。何にしますか?」

「甘いカクテルでよろしく」


「わかりました」


慣れた手つきでシェーカーに材料を注ぎ、両手で優しく振った。


「随分と優しく振るのだな。何を混ぜたの?」


「藍野さん、ブランデー・エッグノッグでございます」


ヘイヘイがグラスに注いだら、そのカクテルは真っ白で少し透き通っていた。


「まさか、鴨の卵だったりして」


「何をおっしゃっているのかしら?鶏ですよ」


あまりにも藍野は鴨肉に執着していて、エッグと聞いただけで鴨が思い浮かんだ。

でもヘイヘイには何の関係もない。藍野は我に返って場をわきまえた。


「いけない、いけない。ここはLove Duckじゃなかったな」


ゆっくりと口の中にブランデー・エッグノッグを入れた。


「ヘイヘイ、美味しいよ」


「ありがとうございます」


いつの間にか、藍野とヘイヘイは向き合って会話をし、カウンターテーブルは二人だけの空間と思えるほどに周囲の言葉や騒音が聞こえなかった。

それは、ヘイヘイも同じで二人だけの空間を共感していた。




「藍野さんってどんなものでも食べられますか?」

「どうしたんだよ急に」


「特別な料理を作りますが、苦手な人も多くて心配なのですが」


「なんでも食べるよ」


カウンターテーブルの向こう側ではヘイヘイが料理をしている。

バーカウンターでありながらも、料理をするところも見られるなんて珍しいものだ。

小さな鍋が藍野の前に置かれた。


「開けてみてください」



そう言われて藍野が鍋のふたを開けると、グツグツと具材があふれるように温まっていた。

「鍋料理か、何の具材だろう」

「フフフッ、食べてみてください」


藍野は首をかしげて笑っているヘイヘイを見た。

この場を楽しんでいるように思えた。

とても笑顔が素敵に思えた。

藍野は箸で鍋の中の肉をつまんだ。



「変な形の肉だな。いただきます」


ゆっくりと噛んで飲み込んだ。初めて味わう感覚だった。


「何の肉だと思いますか?」



ヘイヘイが問題を出してきた。

それほど珍しい肉なのだろうか。

鴨肉と比べると少し脂っぽく、触感も弾力があった。


「全然わからない。教えてよ」




するとヘイヘイが両手を合わせて頭の上に動かした。

そしてその両手をヒラヒラさせた。


「鶏の頭です」


「え!?トサカ!?」



藍野は驚き、食べたことのない鶏の部位を食べたことに衝撃を受けた。


「トサカって食べられるのか」


「中国ではそれを食べると賢くなるって言われていますわ」

冗談なのか本当なのかわからない。藍野は苦笑いになりながらも、話をつなげた。



「賢くなったかも・・・」



それを聞いてヘイヘイは大笑いした。

ヘイヘイの笑い顔を見て、藍野はつられるように苦笑いから大笑いに変わった。



二人の間は笑顔溢れる空間となり、時間を心の底から楽しんでいた。


「トサカ、初めて食べたけど美味しかったよ。もうちょっとお酒頂こうかな」


気分がよくなってきた藍野にヘイヘイは追加のお酒を提供した。


「賢くなった藍野さん、このお酒も味わってくださいね」


まさかヘイヘイがバーを経営しているなんてあった当初は想像がつかなかった。

さらにお酒も手際よくつくる姿は本当に仕事人のようだ。

ヘイヘイは好きなように生きているようで、そこに藍野は魅力を感じていた。


たくましさ、自分にないものが魅力に感じることもあるだろう。


それがたとえ異性であっても、抱くものは魅力。

藍野はいつも以上にお酒が入ったため、気分が上がってきた。


「本当に楽しかったよ。ありがとうヘイヘイ」

「お帰りですか。気を付けて帰ってくださいね」


ヘイヘイが藍野の側に立って藍野の立ちあがりに手を差し伸べた。

「そこまでしてくれなくても、大丈夫だよ」

「いいの。行きましょう。外までお見送りします」

「ありがとう」

ヘイヘイの手は小さくて、細く、可愛らしい。

キュッと手を握って藍野は立ち上がった。周囲の目は気にならなかった。



最後まで二人の空間で、ヘイヘイは最後の最後まで藍野をおもてなした。

そこまでしていいのだろうか。

公平にサービスを提供しなければならないのではないか。

ヘイヘイは経営者としての振る舞いではなく、藍野に人情での振る舞いで接しているように感じた。



「本当にありがとう。ヘイヘイ」

「こちらこそありがとうございます。いつか郡上八幡に行きましょうね。このこと忘れていませんよね」

藍野は握りこぶしから親指を立てて、それを高く上げた。

「あたりまえじゃねえか」

そう言って藍野はbutterflyから家に向かって帰っていった。


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