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愛鴨  作者: 山本 宙
2章 P.S.帰ってきてよ
13/70

13話 Post-Script


美姫へ

全て背負う必要はないよ。これもすべて私の責任。

早く一緒に学校で楽しく過ごしましょう。

美姫の笑顔が見たいの。

きっと辛い思いをしていると思うけど、

美姫が帰ってくることを心から願っています。

今度一緒に給食の時間を過ごしましょう。

ななみ

P.S.しっかりご飯食べるんだよ




美姫へ

 3人で一緒に語り合った時間が帰ってきてほしいです。

いつも一緒にいた、あの時間がきっと帰ってくると思います。

私は大丈夫だから心配しないでね。

美姫、一緒に学校に行けることを楽しみにしています。

私は謝らなくちゃいけないわ。

今度は話がしたいです。

ななみ

P.S.風邪には十分気を付けて




美姫へ

元気にしていますか。

私は今日、少し元気がないです。

美姫に励ましてもらいたいな。

もしよかったら、

会ってくれませんか。

ななみ

P.S.帰ってきてほしいです


常に美姫の家の郵便受けには手紙が入っていた。ななみと藍野が毎日のように通っていたが、美姫は全く出てこない。しかし、毎日手紙を入れる郵便受けは次の日、空っぽになっていた。二人は不思議に思うこともあった。はたして親は住んでいるのだろうか。全くと言っていいほど人気のない状態が毎日続いていたことに、ななみと藍野は違和感を抱いていた。


過去を振り返りながら、2人の前で美姫が話す。

「藍野君、あの時の手紙は毎日読んでいたわ。毎日が、あの手紙で傷ついた心を癒してくれたの。本当にあの頃の私は、手紙だけが心の支えだった」


過去の記憶をたどりながら話をする美姫。


藍野も一緒になって過去を振り返っていた。

菜穂は高校当時の関係性が薄かったものの、見守っていたのは確かであった。

二人の会話を聞きながら、何もできなかった自分を少し攻める気持ちになっていた。


「私は結局、最後まで学校には行かなかったわ。ななみの顔も藍野君の顔も見ることなく卒業を迎えた。もっと言えば卒業できたことが不思議よ。」

皆が通ってきた学校はとても寛容的だった。

不登校だった美姫に対して、なんとか学校を卒業させようと協力的であったため、卒業証書をもらうことができたのだ。

しかし、学校の友人に会うことなく、美姫は学校生活を過ごしたのであった。



「美姫、ななみの顔を見られなかったことに後悔はないか」



藍野は究極の事象を掘り返して、美姫に問い詰めた。

藍野はななみの行為をずっと傍で見てきたからだ。

美姫が最後までななみに顔を見せなかったことに対して遺憾を抱いていた。


「後悔しかないわ。私はななみと、もう一度会いたいって思った。でも、当時の自分はそれが恐怖にしか感じなかったの。本当に辛いの」



自分が玄関先まで歩むことができなかったのに対して、心の底から後悔し、涙を流した。

ななみのしてきた多くは美姫の心にようやく届いたのかもしれない。

涙を流す美姫に対して菜穂が口を開く。



「ねぇ、あなた後悔しているようだけど、あなたに尽くしてきた人はななみだけじゃないのよ」

いきなり話し始める菜穂に、美姫は少し戸惑った。

「いきなり、何よ」

3人のことを傍から見ていただけに過ぎない人というレッテルを、美姫は菜穂に貼り付けていた。しかし、菜穂はそれを剝ぎ取るように話し続けた。



「P.S.はいつも藍野君が書いていたのよ」




菜穂の口から出てきた言葉は意外なものだった。

「どうしてそれを」

藍野もまさか菜穂が知っていたなんて思いもよらなかった。


「私はななみと藍野君がいつも手紙を書いていたことは知っていたわ。だってななみは私と帰ることも断っていたのだもの。そして、ななみが言っていたの。P.S.の部分だけ藍野君が書いているの。って」


まさか、菜穂も3人の友情を、やり取りを知っていたなんて思いもしなかった。


「藍野君、美姫のこと好きだったんでしょ」


突然の問い詰めに藍野は答えることができなかった。

「そうだったの、藍野君」

美姫は涙を拭って藍野を見つめた。

藍野はすこし沈黙した後、唾を飲み込んで話し始める。

「あぁ、僕は美姫が好きだった。

そして、ななみがいつも相談に乗ってくれた。

でも、家に行っても顔すら合わせることができなかったんだ。本当に辛かった」



美姫は高校生の時にしてきたことの後悔があふれ出てきた。


「もういいんだ。あの頃にはもう戻れない。そして美姫の顔は、あの頃と随分変わってしまったし、時間はもう取り戻せないよ」

藍野はそう言って、そっと美姫の顔を眺めた。変わり果てた美姫の顔。ななみにそっくり似せた顔。

「どうしてそんな顔にしてしまったんだ」


藍野の疑問に真正面から向き合うように美姫が答えた。


「ななみちゃんが大好きだった。ずっと傍にいて、私が学校に来なくなっても心配し続けてくれて嬉しかったの。そして憧れでもあったわ。どうしてあんなに心強いのかって」


美姫はななみが大好きであり、憧れであった。


「私はななみと同じ名字で橘だった。

それが愛おしくて、かけがえのない存在であったことに気づいたの。

私だけのななみだって。たとえいじめられていても、私が大好きである、ななみだってことを」



当時の美姫は恐怖に怯えていたのだろう。

いじめに対する恐怖が降りかかっていたのだろう。

大好きだったななみに降りかかるいじめに対して、何もできない自分に嫌気がさしたのだろう。



美姫は本当に後悔しかなかった。

そして、二度とあうことが無くなったななみに対して、何もできなかった自分に発破をかけた。


「私はこのままではいけないって。大好きだったななみに立ち上がった私を見てほしいって」


家を出て人生と向き合おうとした美姫は、ななみのところへ足早に向かっていった。

しかし、もうななみは帰らぬ人となっていたのだった。


「私にとってななみはずっと憧れの存在。私がななみになって、人生を歩んでいこうと思ったの」

美姫が整形手術に思い至った結論であった。

「美姫、間違っているよ」

藍野は杭をさすように言った。

「ななみは一切そんなこと望んでいない。ありのままの美姫で人生を歩んでいってほしかったに違いない」

その言葉に美姫は動揺を隠せない。

「僕が言うまで気が付かなかったのかよ。そんな当たり前のことを」

言葉一つ一つが美姫の胸に突き刺さる。

「美姫は美姫のまま、それでよかったんだよ」

その言葉に美姫の整形手術に至ったすべての思いが崩れていく。

「僕もななみも、帰ってきてほしかったんだよ」

泣き崩れる美姫に藍野は手を差し伸べた。

「ありのままの自分でいようよ」



そう言って手をつないで美姫はゆっくり立ち上がった。これからは自分らしく生きようと美姫は決意したのであった。






美姫へ

私、美姫と一緒に久しぶりにファミレス行きたいな。

一緒にパフェを頬張ったのを覚えている?

今度、新しい種類ができたんだって。

チョコレートモンブランっていうパフェ、一緒に食べようよ。

ななみ




P.S.大好きだよ。美姫




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