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愛鴨  作者: 山本 宙
2章 P.S.帰ってきてよ
12/70

12話 帰ってきてほしいから

橘ななみは何をされても動じなかった。

どのような仕打ちにあっても、平然と席について授業を受ける。


それでもいじめは毎日続いた。絶える間もなく、毎日いたずらをされ続けるのであった。


いたずらを目の当たりにしても、周囲の人は固唾をのんで橘ななみの反応をうかがっていたが、橘ななみはずっと平然だった。


そして、いじめをする張本人を橘ななみは知っていた。

その相手に対して一切干渉しない。

ずっと平然だった。

今思うと、周囲の人は橘ななみが大人に見えている。まるで子供のいたずらを見守ってあげているような姿だった。



しかし、そんなある日のこと。

橘美姫から呼び出されて屋上に向かった。

校舎の屋上は4階の上にある。ななみは四階から階段を上がって扉を開けた。

あたりを見渡すと広々としており、晴天がななみの辺りを包み込む。

遠くに美姫の姿があった。

棒立ちでフェンスの奥の景色をじっと見ているかのような構えで待っていた。

背中越しで風を受けながらななみを待っていた。


ななみはそっと近づき、少し距離がある処で立ち止まった。

「美姫、どうしたの?」

微かに聞こえるほどの声で話しかけた。


「ななみちゃん、私もう耐えられない」


「え?」


「私の無力さに耐えられないの」


風が二人の間を通り抜ける。

「どうしたのよ、急に」


「私ね、大好きなななみちゃんが辛い思いをしているのに何もしてあげられないのが辛いの。ななみちゃんが一番辛いのは百も承知よ。でも、そばにいながら、何もできないのが辛くて、もどかしさが溢れて、もう学校に来たくなくなった」


美姫は涙ながらに訴えた。

周りの女の子は少なくとも心配する言葉をかけていた。

誰からにも気づかれないよう、自分の身を守りながら、ななみに声をかけていた。

一番時間を長く共にした美姫は何一つ声をかけられず耐えられなかったのだ。

もし、声をかけたら、美姫にもいじめの被害にあうのはわかっていたからだ。


「美姫が一番つらいのだと思う。私は平気よ。美姫は傍でいてくれるだけでいいの。藍野君と3人で一緒に過ごす時間が本当に幸せだったわ。大丈夫。必ずその時間は帰ってくるわよ」


そう言ってななみはゆっくり美姫に近づいて行った。

しかし、ななみの歩みを抑えるように美姫は話しかけた。


「私、学校に来たくない。私の罪は計り知れないわ。もう手遅れなの。ななみちゃん本当にごめん!」


美姫は腕で涙を拭ってななみの横を走り抜けた。


そして扉が壊れるくらい勢いよく開けて出ていった。


一人残されたななみは空を見上げて一粒の涙を流した。3人の幸せな時間が帰ってこないと思ってやまなかった。

 その日以降、美姫の姿は学校になかった。いつも隣にいた美姫の姿はなかった。




「美姫、どうしてしまったんだ」

藍野が心配そうにしながらななみに話しかけたが、続けて言葉を吐露する。

「ななみ、全てを自分で背負うなよ。何かあったら僕に話してくれ」

藍野も心配していた。3人の寂しい気持ちが募っていったのだ。

「藍野君、一緒に美姫の家に行ってみない?」

「そうしよう」

二人は下校時間になると一緒に美姫の家に向かっていった。



「外に出てこないんじゃないか?僕たちに顔も合わせたくないだろう。連絡も滞っているし」

「外に出てこなかったら一緒に手紙を書きましょうよ」

ななみの笑顔に、藍野は救われている気がした。2人は美姫の家にたどり着いた。そっと藍野がインターホンのボタンを押す。家の奥でピンポーンと音がした。

「出てくるといいわね」

ななみがそう言って真剣な表情で待ち構えた。しかし一向に出てこない。

「藍野君、手紙書こうか」

藍野はそっと頷いてカバンからペンを取り出した。


二人は慣れない手つきで手紙を書き始めた。

書いた手紙をそっと郵便受けに忍ばせて二人は美姫の住む家を離れていった。

二人は美姫の家をゆっくりと離れるように歩いていき、帰路に向かった。




帰りの道中にななみがそっと口を開く。

「ねぇ、藍野君、しばらきっ所に通おうよ。美姫はきっと私たちのところへ帰ってくるよ」

「あぁ、絶対帰ってくる。そう信じるよ」

そう言って希望をもちながら、ゆっくりと歩いていく。


美姫が後ろから来ることを願いつつも、二人は一歩一歩、歩みを進めていった。


二人は何度も美姫の家に訪問した。

必ず会えると信じて。

その間も毎日毎日、ななみに降りかかるいじめは続いていた。


いじめを藍野は心配して、ななみに心配の声をかけることもあった。

それでも動じず、ななみは美姫がかえってくることをひたすら願って二人で通い続けるのであった。

「ななみ、大丈夫か。僕はななみのことが心配になってきたよ」

「私は本当に大丈夫だから。美姫が一番心配にしなくちゃいけないの」

ななみは美姫の一点だけを見ていた。学校も通い続けて、美姫の家にも通い続けた。


美姫の親はいつもいない。イ

ンターホンを鳴らしても全く出てくる気配はないが、美姫の自転車があることを確認して、家にいることを願いつつも、手紙を郵便受けに入れて、二人は帰っていく。そんな日がずっと続いていた。


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