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03



 ずっと欲しかった。自分にだけ忠誠を誓い、自身の駒として動かすための騎士が。


 専属の騎士を据える目的を考えると、普通の騎士では駄目だった。近衛騎士として求める条件は、王族への忠誠心ではないのだ。地下牢へ通っていたのも、他の王族には見向きもしない、自分にだけ忠誠を尽くす騎士を見つけるためだった。


 そして見つけたのが、ノアと名乗ったあの男。一目見た途端に気に入った。王族相手に少しも臆さず睨めつけるような、あの強かな眼差し。



「この花、何て言ったっけ。確か異国の花だよね。さすがアシリア、王城も花だらけだ」


 城内のあらゆる場所に生けられた花を歩きながら眺め、先ほど手に入れた男が微かに笑う。彼が指したのは紫陽花と呼ばれる花だ。確かに紫陽花はこの国では気候の関係で咲かないけれど、正妃が好んでいるためわざわざ他国から取り寄せている。

 ちらりと見ただけでそれがこの国のものではないと分かるのは、流石はこの国周辺を縄張りとしていた殺し屋と言ったところだろうか。


「紫陽花ですわ。それより、せっかく外に出られたんだもの、何か望みがあれば聞きますわよ。何か召し上がる?」


「僕としては、あの薄暗いところから抜け出せただけで満足だけどね。強いて言うなら風呂に入りたい」


「そう。では湯浴みの支度をさせましょう」


 ノアの言葉に頷き、近くを通った女官を呼び止めた。ノアを浴場へ連れていくよう命じると、女官の瞳に僅かに恐怖と嫌悪感が滲む。けれど王女の命に逆らうことなど許されず、彼女はしずしずとノアを連れ立って浴場へ足先を向けた。


 ノアをそばに置くことで畏怖の眼差しを向けられることは覚悟していたから、特に何も思わない。怖い思いをさせてしまうことに、多少申し訳ないとは思うけれど。


 ノアと女官の後ろ姿を見送って、王女――グリシーヌはバルコニーへ続くガラス張りの扉を開けた。春のあたたかい風がふわりとドレスの裾を揺らす。


「ふふ、今日は良いモノが手に入ったわ」


 澄んだ水浅葱の空を眺め、思わず独り言ちた。肌は埃で汚れ髪も乱れていたけれど、ノアはよく見るとなかなか見目良い男だった。襟足だけ長めに伸ばした銀髪も、夏の空のような青色の双眸も、磨けばもっと光るだろう。湯浴みから出た彼の姿が楽しみだ。



 グリシーヌはこの国の第二王女として生まれた。


 第一王女だった姉のユッカは、外交の名目で一年前に隣国に嫁いだ。外交と言えば聞こえは良いけれど、国家間の婚姻の持つ意味などひとつだけ。つまり隣国と仲を違えた時、ユッカはアシリアにとっての人質になるのだ。


 まるで生け贄だと、グリシーヌは思う。けれど、それが義務なのだ。グリシーヌら王家の者は民から敬われ金品を献上され、その見返りとして民に尽くす。民のために、そして国のために、自由を捨てなければならない時が来る。


 そうあるべきだと教え込まれたし、グリシーヌ自身も理解はしている。けれど、理解と納得は別のもので。国の歯車として生きる未来が憂鬱で、時々無性に逃げたくなる。


 グリシーヌの母であった第三妃も、外交のために大陸から嫁いできた人だ。アシリア王――グリシーヌの父親にはすでに正妃と第二妃がいたけれど、父は誰より母を寵愛していたと聞いている。


 それほどに、母は美しい人だった。姿かたちももちろん綺麗な人だったが、何より心の清い人だった。グリシーヌは今でも、母はこの世で最も清らかな人であったと信じている。


 そんな母は、三年前に亡くなった。王家の主治医は病死だと判断したが、グリシーヌは毒でも盛られたのではないかと思っている。だって母は、亡くなる前日までは元気だったのだ。もちろん突発性の病があることは理解しているけれど、グリシーヌはどうしても納得できなかった。


 この城の中には、王から類いまれな寵愛を賜った母を疎んでいた人間がいる。主に正妃やその取り巻き連中だが、彼らは母の忘れ形見であるグリシーヌのことも良く思ってはいないだろう。グリシーヌが王城にいる限り、なんとしてでも排除しようとする筈だ。


 そんな連中の思い通りになどなるものか。


 ノアに忠誠を誓わせることが出来れば、それはきっとこの上ない牽制になる。人を噛んだことのある犬に進んで手を出す馬鹿はいない。ノアがグリシーヌを慕っていることを周知させれば、グリシーヌに危害を加えた者には殺し(ノア)からの報復があると思わせることが出来るだろう。


 ノアが犯罪者だろうが何でも良い。何が何でも尻尾を掴み、そして黒幕を暴くのだ。そのためなら、利用できるものは利用する。たとえどんな手を使ってでも、ノアをこの手に繋ぎ止め、母を手にかけた人間を白日のもとに晒すのだ。




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