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水の国へ愛をこめて  作者: 亜蒼行
凍土篇
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第五話「公爵グラースタ」

 七斗とレアルトラの、王都カアーナ=マートを目指す旅は続いている。七斗はレアルトラが乗る王族用の馬車に同乗し、レアルトラからこの世界についての講義を受けていた。本日の内容は「魔法について」である。


「これがわたしの杖ですわ」


 杖と言ってもかなり短く、これを地面に突いて歩くのはかなりの困難が伴うだろう。杖と呼ぶより指揮棒が二回りほど長く太くなったもの、といった方が実態に近い。

 お借りします、と七斗はレアルトラから杖を受け取る。そして「へー」とか「ほー」とか「ふーん」とか言いつつ、それを眺め回し、いじくり回した。そんな七斗をレアルトラは微笑ましげに見つめている。


「この世界の魔法って、やっぱり貴族みたいな特定の血筋の人しか使えないんでしょうか」


「いえ、そんなことはありません」


「それじゃ僕にも使えますか?」


 その問いにレアルトラは困ったような笑みを見せた。


「魔法の発動にはまず魔力が必要ですが、それは生命ある限り誰にでもあります。ナナト様だって当然持っておられますわ。ですが、魔法を発動する……つまり体内の魔力を意識し、それを操作し、体外に放出するということですが、それは一朝一夕でできることではありません。素質のある者が幼い頃から長い時間をその鍛錬に費やし、それでも全員が魔道士として使い物になるわけではないのです」


 そうですか、と七斗は残念そうなため息を漏らした。


「それじゃ昨日の演習で見かけた、あれだけの数の魔道兵を揃えるのは」


「とてもとても大変だったんです」


 本当に大変そうに言うレアルトラに対し、七斗は「ですよねー」と深々と頷いて同情を示した。


「コナハトは伝統的に魔法を軽視する傾向にあり、元々魔道士の数は少なかったのです。一方のムーマは昔から魔法が盛んなお国柄で、魔道士の数も桁違いでした。元からそれだけの差があったのに、『導く者』ブレスが魔道士を優遇し、魔道士主体の国作りを進めたためこの傾向に拍車がかかりました。我が国も何とか差を埋めるべく力を尽くしているのですが、そもそも国力や人口にこれだけの差があると……」


「どうしようもないですよね」


 と七斗は軽く言うが、レアルトラは強く口を噤いでいた。


「――ええ、本当にどうしようもないですわ」


 そう言って七斗に同意するのは簡単だ。気を許せばそんな諦念が口からこぼれ落ちそうになってしまう。だがレアルトラが、コナハトが直面している問題のほとんど全てがこれと同じように「どうしようもない」ことなのだ。「どうしようもない」からと言って諦めていては、コナハトが救われることは永遠になくなってしまうだろう。

 レアルトラが硬い表情となり、七斗は(何がどうまずかったのかは判らないが)自分が失言したことを悟る。七斗は失敗を糊塗すべく何か言おうとして何も思いつかず、ただ徒にレアルトラの杖をいじくり回した。すると、杖が二つに折れてしまう。


「ああ、ごめんなさいっ」


 いや、折れたわけではない。部品が外れて分解しただけだ。だが壊したことには変わりないわけで、七斗はひたすら謝った。レアルトラは「大丈夫ですわ」と苦笑した。


「これくらいでしたらすぐに直してもらえます」


 七斗から杖を受け取ったレアルトラは杖の中身を確認した。杖の中は空洞になっているようで、そこから水晶のような何かが転がり出、レアルトラはそれを掌で受け止めた。


「それは?」


「魔法の発動体です。魔晶石という石でできています。杖を杖たらしめるもの、魔道士を魔道士たらしめるもの……と言うべきでしょうか。魔法を発動するにはこれが不可欠なのです」


「……見せてもらっていいですか」


 七斗はレアルトラからその発動体を受け取り、じっと見つめた。

 その大きさは一メンチメートル四方。ビスマスのような不思議な形状をした金属結晶体で、まるで集積回路のような複雑な文様を刻んでいる。基調となる色は銀一色だが、太陽光を受けて虹色の輝きを反射していた。


「これがあるから魔法が使える……これがなければ魔法が使えない……」


 七斗の独り言にレアルトラは「はい、その通りです」と律儀に答える。だが七斗はそれを聞いていなかった。自分の考えに没頭している。


「……これ、本当にただの無機物か? もしかしたら結晶生物、ケイ素生命体なのかも。それが人間の精神エネルギーか何かに反応して、超能力だか魔法だかの現象を起こしているとするなら……」


 七斗が真剣な瞳をレアルトラに向ける。レアルトラは背筋を伸ばした。


「魔法ってどうやって使うんですか? いや、王女様はどんな魔法を使えますか?」


「わたしは幻惑魔法を一通り……その発動体は幻惑魔法を行使するために調整されたものです」


「発動体によって使える魔法が変わってくるのか。……もしかしてここに刻んである文字で調整しているんですか?」


 七斗の問いにレアルトラは「はい」と答えた。発動体の裏側は平面に加工されていて、そこには人の手で文字や文様が刻み込まれている。――それは、魔道兵が虚空に描いた魔法陣とよく似ていた。


「演習のときのあの魔法陣……あれは増幅のためのものか」


「あの光の魔法陣は『導く者』ブレスがムーマにもたらしたものです。それまでの魔法陣は所定の筆とインクで床や地面に直接描く必要があり、大変な労力と時間を要するものでした。それをブレスは光の映像を空中に投影することで代用してしまったのです。一瞬で描くことができ、効果もこれまで以上だったため、地面や床に描く昔ながらの魔法陣はあっと言う間に廃れてしまいました」


 なるほど、と七斗は頷いた。なおブレス式の光の魔法陣は魔晶石をそれ用に調整する等の、入念な事前の準備が必要である。つまりあらかじめ用意しておいた魔法陣しか投影できないという欠点があるわけだが、長所と比較すれば些細な話だろう。

 七斗はこの発動体や魔晶石について根掘り葉掘り聞き出そうとする。レアルトラも一般的な事柄であれば答えられるが、専門的な疑問は手に余った。


「……あいにくわたしはそこまで魔法に詳しくはないので、詳しい者から話を聞けるよう手配しましょう」


「よろしくお願いします」


 コナハト王都カアーナ=マートまではあと少し、半月に及ぶ二人の旅はもうすぐ終わろうとしている。魔法の専門家には王都で教えを請えるはずだった。











 ナ=ノラグの月(第二月)が中旬に入る頃。七斗を連れたレアルトラの軍勢は王都カアーナ=マートに到着した。カアーナ=マートは現在のコナハトの中では五指に数えられる大きな都市である。もっとも、大陸最貧国のコナハトの中での話でしかない。七斗の目には寂れた、貧しい田舎町にしか見えなかった。

 カアーナ=マート王城に入城して数日。下にも置かぬ扱いにはいつまで経っても慣れないものの、王城での生活自体にはようやく慣れてきた頃。七斗は親しくなった侍女の一人に声をかけた。


「フリーニャ、王女様は?」


「大臣様と会談中です。お呼びしますね?」


 今すぐにレアルトラを呼びに行くべくフリーニャはヴィクトリアンメイドっぽい侍女服のスカートを翻し、七斗は、


「呼ばなくていいから!」


 と彼女を必死に引き留めた。七斗に腕を掴まれ、引き留められたフリーニャは悪戯っぽく笑う。フリーニャの冗談に付き合わされたことを理解した七斗はため息混じりの笑みを浮かべた。

 フリーニャは黒い髪をおかっぱに近いショートにした、レアルトラの侍女の一人である。年齢は一五歳。何人も侍女がいる中で七斗は彼女に特に好感を抱き、レアルトラに頼んで自分付きの侍女にしてもらったのだ。


「ナナト様、退屈でしたらわたしと一緒に子作りを」


「真っ昼間から何を言ってるの君は」


「判りました、それでは夜になってから」


「そういう問題じゃないから」


 フリーニャが半ば冗談で七斗を誘惑し、七斗は疲れたようにため息をつく。そんな七斗にフリーニャは、


「ナナト様って本当にヘタレですよねー」


 と笑うのだった。

 ――七斗がフリーニャを気に入ったのは、彼女のこのような遠慮のなさ加減だった。他の侍女が七斗をまるで現人神のように思い、跪拝せんばかりに接してくるのに対し、フリーニャだけは七斗を人間と見て話しかけてきてくれる。彼女の冗談だって距離の近さを示すものであり、他の侍女のことを思えば七斗としては大歓迎だった。


「ナナト様も早く姫様と結婚できる日が来るといいですよねー。きっと大陸一の花嫁ですよねー。早く見てみたいなー、ナナト様の花嫁衣装」


「僕がそっちを着るの?!」


 思わず突っ込む七斗に対し、フリーニャが不思議そうに小首を傾げる。


「ナナト様は見たくないんですか? 絶対お似合いですよ」


「似合っていても嬉しくないから」


 そんなの似合うわけがない、と七斗も言いたい。言いたいが、到底言い切れないところが七斗の悲しさであった。


「もし王女様と結婚したなら、今王女様がやっているような仕事を手伝うことになるのかな……そう言えば、今のこの国の王様ってどうしてるんだ? 話に聞いたことがないんだけど」


 七斗の問いにフリーニャはばつの悪そうな顔をした。


「……聞いたらまずかった?」


 その確認にフリーニャは「いいえ」と首を振る。


「知っておいていただく必要があることです。ただ、姫様の口からは説明しづらかったでしょうから……先代の国王陛下は一〇年前に崩御しています」


「それじゃ、今の国王は?」


 七斗の質問にフリーニャは「未だ定まっておりません」と返答。七斗は少しの間唖然とした。


「一〇年も決まっていないって……そんな馬鹿な」


「先の国王陛下は姫様が王位を継ぐよう遺言したのです。ですが、長男の王子グリーカスが王位を継ぐべきという意見も強く、宮廷は二派に分かれて一つにまとまらず……今は姫様が摂政となって政務を担っています」


「へえ、兄弟がいたんだ。その王子グリーカスってどういう方なんだ?」


「姫様の八歳年上で、御年は二五歳になります」


 七斗は短くない時間呆然とし、フリーニャは気まずそうな顔をした。


「そんなちゃんとした歳の長男がいるのに、王女様が王位を継ぐよう先代国王が言い残したって……」


「そのー、王子グリーカスは庶子でして……他にも色々と政治的理由もありまして」


 とフリーニャ。七斗はその「色々」も聞かせてもらおうと思っていたのだが、そこに訪問者があり話は後に回すこととした。やってきたのはレアルトラの侍女の一人で、彼女はレアルトラの先触れだ。それほど間を置かずレアルトラ本人が七斗の下を訪れる。


「今戻りましたわ」


「お疲れさまです。今お茶を入れますね」


「ええ、お願いしますわ」


 フリーニャがレアルトラと七斗のお茶を用意。二人は少しの間だけまったりとしたお茶の時間を過ごした。なおお茶は普通のそれではなく、そば茶や麦茶の類である。


「こういうのを用意できますか?」


 そしてすぐに仕事の話が持ち出される。七斗は元の世界から持ち込んだものの中から銅線を準備していて、それをレアルトラに手渡したのだ。


「これは銅ですか?」


「はい。できるだけ純度の高い銅を、そんな風にできるだけ細くて長い糸状に加工してほしいんです」


「すぐに手配させますが……どの程度必要なのでしょう?」


「今すぐってわけじゃないですけど、将来的にはどれだけあってもありすぎるってことはないはずです」


 さらに七斗は磁石の調達もレアルトラに依頼。レアルトラは頼りなげな顔をした。


「銅は国内の鉱山で採掘していますが、磁石ってどこで採れるのでしょう……?」


「自分で作ることもできますが、効率よくそれをするためにも大きくて磁力の強い磁石がほしいんです」


 難しい顔をしていたレアルトラだが、やがて決然と、


「判らないことを考え込んでいても仕方ありませんわ。自分で判らなければ判る者を呼んで話を聞けばいいのです」


 レアルトラは侍女の一人に「公爵グラースタにこの城に来ていただくよう連絡を」と命令。その侍女は恭しく一礼して退出した。


「公爵をお呼びになるのですか」


 とフリーニャは何故か心配そうな様子である。レアルトラは開き直ったように胸を張った。


「公爵も王都に滞在していると報告を受けています。会わないわけにはいかないのですから、ちょうどいい機会です」


 七斗には状況が見えず、大人の会話に入れない子供のような顔となっている。それに気がついたフリーニャが「すみません、説明しますね」と七斗に向き直った。


「公爵グラースタはコナハトで最も有力とされる貴族です。公爵はミデという土地を領有していて……ええっと、ここですね」


 とフリーニャが指し示したのは地図上の、土の国ウラドとの国境付近である。同時にそこは峻険な山岳地帯でもあった。


「ミデには大陸でも有数の大きな鉱山があるんです。このため公爵はとてもお金持ちで、コナハトの方とは思えないくらいです」


 元々コナハトの方ではありませんからね、というレアルトラの呟きは七斗の耳には届かなかった。

 ……公爵グラースタが王城に到着したのは、日差しが傾き夕方になろうとする頃だった。


「え、何だあれ」


 公爵グラースタの姿をいち早く見るべく、七斗は城の塔に移動。そして窓から公爵グラースタの姿を目の当たりにし――少なからず驚いていた。

 七斗の目にまず飛び込んだのは身長五メートルに達する巨大なゴーレムだ。装着している金色の全身鎧は曇り一つなく磨き上げられ、夕陽を浴びて輝いている。風を受けて翻っているのはゴーレムがまとう長い真っ白な外套だ。そしてそのゴーレムの肩から一人の男が地面に降り立った。

 年の頃は三十前後のように見える。高い身長と均整の取れた体格を有する、短い髭の伊達男だ。ゴーレムとおそろいの白い外套は間違いなく絹製。身にしているのはどうやら正式軍装らしい。金銀と宝石の飾りは全て本物としか思えなかった。


「あれが公爵グラースタ?」


 七斗の確認にフリーニャが「はい、そうです」と頷く。確かに彼の姿は、七斗がこれまで見かけてきたコナハトの大臣・将軍とは全く毛並みが違っていた。まさしく一人だけ人種が違っている。一人だけ住んでいる国が違っている。

 七斗はフリーニャに促されて城の中央大広間へと足を運ぶ。その道中、


「――ミデは元々コナハト領ではなく、公爵家も九〇年前まではコナハト貴族ではなかったのです」


 七斗はレアルトラから受けた説明を思い返していた。


「八五年前、ムーマの侵略によりモイ=トゥラ全土を失い、コナハトは存亡の危機に立たされていました。当時のコナハト王はモイ=トゥラの奪還を一旦棚上げし、全軍をもって当時はウラド領だったミデへと侵攻したのです。ミデは天然の要害でその攻略には多大な犠牲を伴いましたが、それでも何とかミデを奪取することができました」


 領土は大陸最南の元流刑地で産業らしい産業がなく、気候は寒冷で農業も極めて貧弱。そんなコナハトが生き延びるためには何としてでも収入源が――言葉を飾らず言ってしまえば金づるが必要だったのだ。


「モイ=トゥラを失ったコナハトが曲がりなりにも今日まで存続できたのはミデを有していればこそです。彼の地の鉱山収入がなければわたし達はとっくの昔に全員餓え死にしていたでしょう」


「えーっと、それは……」


 と七斗は当惑を浮かべる。コナハトのその行為はモイ=トゥラを併呑したムーマと何が違うのだろうか? 七斗はできるだけ穏便にその疑問を呈するが、


「わたし達はムーマとは違います!」


 レアルトラの反駁の激しさは七斗の予想を何倍も上回っていた。


「わたし達はミデの民に払いきれないような重税を課してはいません。税を払えない農民に法外な利率で金を貸して、借金漬けにするような真似はしていません。借金を口実に農民から土地を奪い取ったりしていません。挙げ句にその農民を奴隷として酷使するなんて、もってのほかです」


「はい、僕が間違っていました。ごめんなさい」


 七斗が平謝りし、レアルトラは一応気が済んだようだった。


「確かに当時のコナハト王はウラドの貴族だったミデ領主を武力をもって無理矢理臣従させましたが、強硬策一辺倒だったわけではありません」


 コナハト王は自分の妹をミデ領主に嫁がせ、さらにその子息にはコナハト王位の継承権も認めたのだ。こうして成立したのがミデ公爵領であり、グラースタはその四代目である。


「公爵グラースタはわたしの叔母――つまりは先代コナハト王の妹を妻としていて、その嫡女のエイリー=グレーネは第三位の王位継承権を、長男のグロールは第四位を持っています」


 念のために言っておくと、王位継承権第一位はレアルトラ、第二位はその兄のグリーカスが有している。


「さらには父上は公爵グラースタに王国宰相と大将軍の地位を与えています。父上もわたしも、ミデに対してできるだけのことで報いてきたつもりです」


 はい、確かにそうですね、と七斗はレアルトラに相槌を打つ。だが内心考えていたのはその反対だった。


「王女様の誠意を疑うわけじゃないけど……公爵グラースタがそれに感謝するかどうかは別問題だよな」


 七斗が王城の中央大広間へと到着する。中に入ると、ちょうど公爵グラースタがレアルトラと向かい合っているところだった。グラースタは片膝を突いて深く頭を下げ、レアルトラは立ってその礼を受けている。儀礼的な挨拶は終わったようで、グラースタが直立してレアルトラと向き直った。先ほどまでがあくまで形式的な上下関係の現れとするなら、今の立ち位置はまさに実質的な力関係を示しているように思われた。


「『導く者』の召喚に成功したのですね。これは重畳、慶賀の至りです」


 グラースタは七斗にちらりと視線を送りそう述べる。レアルトラは「ありがとうございます」とそれを受けた。


「犠牲は小さくありませんでしたがそれは無駄ではありませんでした。公爵にも……」


「はい。私が進めてきたムーマとの和平交渉は完全にご破算となりました。一〇年もの歳月にわたって私が費やしてきた労力はさておき、交渉の仲介を申し出てくれたウラドも、その多大な労を全くの無為に帰してしまっただけでなくその面子も完膚無きまでに潰してしまいましたが……『導く者』を手にした今となってはそれらも些末な事柄なのでしょう」


 グラースタの痛烈な皮肉がレアルトラを串刺しにせんとする。横で聞いているだけの七斗ですら胃が痛くなってきた。


「作戦が成功したのも公爵のその労があってこそですが……今はあなたの功績にまともに報いることができません」


「確かに、仰々しいだけで内実の伴わない肩書きを増やされても私としては困惑するばかりです」


「ですが、今のコナハトには『導く者』がおられます」


 レアルトラが拳を握りしめて力強く断言。彼女とグラースタの視線が槍のように七斗を貫き、七斗は思わず身を縮めた。


「この国が絶望から救われ、かつての国土を、栄光を取り戻すのはもう間もなくのことなのです」


 レアルトラはそう確信するがグラースタは疑わしげな目を七斗へと向ける。七斗はその視線を避けようと無意識のうちに身をよじっていて、その姿にグラースタはため息をついていた。


「そこで公爵に依頼があります。『導く者』ナナト様が求める物資を調達してほしいのです」


 七斗はレアルトラに促され、銅線と磁石を求めている旨をグラースタに説明した。


「確かに我がミデでは磁石も一部で採掘されておりますが……あれに何の使い道が。羅針盤にするにしても大した量は必要ないでしょう」


 グラースタは胡乱な目つきとなった。確かに、電気の利用がなければ磁石の使い道など羅針盤にするのがせいぜいで、他にはそれこそ玩具にするしかない。だが、


「磁石と銅線がなければ何もできません。何も始められません」


 七斗は汗をしぼって言い募った。七斗にはこの国を救うための腹案……というほど明確なものではないが、漠然としたアイディアがある。だが、それが本当に実現できるかどうか自信が持てないため披露できないでいた。もし「これでこの国を救えるでしょう」とレアルトラ達に期待させておいて「やっぱりダメでした」となったとしたら、目も当てられないことになる。


(でも銅線と磁石があるなら発電機が作れる。電気が作れるならモーターだってラジオだって電灯だって電話だって……何をするにしても絶対に電気は必要だ)


 この世界には遠距離通信を実現する魔法も存在する。だがモールス通信のような符号のやりとりができるだけなので専門の訓練を受けた魔道士が必要な上に、通信魔法の魔道具自体が非常に高価だ。電気による電信電話が社会に受け入れられる余地は充分にあるものと七斗は考えていた。

 公爵グラースタはレアルトラのように七斗のことを盲信しているわけではない。むしろ胡散臭く思っているくらいだったが、


「……まあ、これまで召喚されてきた『導く者』が期待はずれだったことはないとされております。今回もまたそうであると信じましょう」


 最終的には七斗の要求を受け入れ、必要な物資の調達をしてくれることとなった。


「――それでですね、公爵グラースタ。今回の作戦で多くの戦死者を出してしまい、わたしとしては彼等の忠義に少しでも報いたいと……」


 だが、レアルトラにとってこんなのは交渉の序の口でしかなかったのだ。揉み手せんばかりのレアルトラにグラースタは深々とため息をついた。


「コナハトがかつての繁栄を取り戻すのは間もなくなのでしょう? それまで待ってもらってはいかがですか?」


「全員の遺族には無理でも、せめて一家の大黒柱を失った家にだけでも一時金を……」


 レアルトラが尽力しているのはグラースタへの借金の依頼であり、二人の様子からしてこのような交渉は頻繁にされているものと思われた。


「我がミデがコナハトにどれだけの貢献してきたかは王女殿下とてご存じでしょう? それを不足と言われますか?」


「もちろん判っています! ミデのこれまでに報いるためにも、我が国は今倒れるわけにはいかないのです!」


 だが、これまで何十回もくり返していくら慣れているからと言って、容易い交渉であるかどうかとはまた別問題なのだった。レアルトラは泣き落としや脅迫を含めたありとあらゆる手段を駆使し、グラースタはそれを受け流し、あるいははね返す。夕方から始まった借金の交渉は深夜に及び、実に未明まで続き――何故か七斗はその全過程に付き合わされた。


「……それでは今回は一万リブラ借り受け、その利息は年利一割八分七厘五毛とすると」


「……ええ、それで間違いありません。それではここに署名を」


 さすがにレアルトラもグラースタも疲労困憊の様子だが、七斗はそれどころではない。精根尽き果てて昇天する寸前となっていた。

 その後、二人はそれぞれ自室に戻ってベッドへと倒れ込む。レアルトラはわずかな仮眠を取っただけで朝早くから執務を開始していたが、七斗は昼になるまで惰眠をむさぼっていた。











 その日の午後、公爵グラースタが再びカアーナ=マート王城を訪問した。前回もそうだったがグラースタは単騎ではなく、護衛として複数のゴーレムを従えている。金色のゴーレムと、それを守る白銀のゴーレムが五騎。そのうちの一騎はミデの軍旗を手にしていて、その旗と六騎のゴーレムの白い外套が風に翻っている。その凛々しくも勇壮な姿に七斗は感嘆するばかりだった……レアルトラを始めとするコナハトの面々は複雑な思いのようだったが。


「それでは王女殿下、こちらをお納めください」


「はい、確かに」


 王城の中庭でグラースタの部下が宝箱を差し出し、王女の配下がそれを受け取る。宝箱に入っているのはグラースタの用意した一万リブラの借入金だった。


「公爵の志に感謝を。コナハトはミデの貢献を決して忘れません」


「感謝に金はかかりませんからね。それくらいは望んでも罰は当たらないでしょう」


 グラースタは軽口を叩きつつレアルトラの周囲を見回す。レアルトラに随行している将軍や文官は一様に唇を噛み締め、ある者はグラースタを睨みつけ、ある者は気まずそうに目を逸らした。が、敵意を向けられようとグラースタはつまらなそうな顔で鼻を鳴らすだけである。


「コナハトが今日まで存続できたのもミデの献身があればこそです。それはこの国の誰もが、子供でも理解していることですわ」


 レアルトラが自分の随行をたしなめるようにそう言うが、グラースタは肩をすくめるだけである。そしてグラースタはゴーレムに騎乗し、王城を去っていく。その姿が見えなくなった途端、


「くそっ……! あの嫌味な金満野郎が!」


「金を持っているのがそんなに偉いのか! あの金の亡者が!」


「コナハトの民を奴隷のようにこき使って、それで儲けているくせに……」


「あのウラドかぶれが……何故あんな奴がコナハトの公爵なのだ」


 将軍や文官はグラースタへの反発を吐き出していた。レアルトラは眉を顰めているが彼等を諫めはしていない。


「いっそのこと公爵を排除したらどうなのだ?」


「確かに不可能ではないが……それをやるとミデの鉱山経営技術が失われる恐れがある」


「採掘・精製技術、それにウラドへの販路――それらは一朝一夕で手に入れられるものではない」


「ミデの鉱山収入がもし何年にもわたって半減するようなことになったら……もっと余裕のあるときならともかく、今そうなったらこの国はどうなると思うのだ」


 複数の官僚がそんな話をしているのを七斗は後ろから聞いている。おそらく公爵グラースタの排除はずっと以前から検討されてはいるが、排除後の鉱山経営に不安があるため実行できないでいるのだろう。


(外にはムーマ、内には公爵グラースタ。内憂外患とはこのことだな)


 ムーマに併呑されて百年近く経ってもモイ=トゥラの人々は「自分達はムーマの民ではない、コナハトの民だ」と信じている。それと同じように、公爵グラースタは「自分はコナハト貴族ではない、ウラドの貴族なのだ」と確信しているに違いない。何か機会があればコナハトを離れてウラドに帰属したいと願っているのだろう。


(……公爵の立場になればそう思うのも当然だろうけど)


 武力によって無理矢理併呑され、金づると見なされて延々と金を搾り取られ、そのことを感謝されるわけでもなくむしろ白い目で見られ、他国人と見なされ、排除の機会を狙われている――そんな場所にいつまでも帰属していたいと誰が思うだろうか?

 レアルトラと二人になったとき、七斗は公爵グラースタについて思うところを素直に――ある程度は表現を和らげつつ――伝えた。レアルトラはソファに深々と身を沈め、頭痛を堪えるような表情をする。


「……ナナト様の言われることはよく判ります。我が国はミデが離反したくなるようなことばかりを強い、帰属したいと思うようなことを充分にできておりませんわ」


 レアルトラは掌を額に当てていて、その陰から七斗へと半目を向けた。


「我が国がモイ=トゥラを奪還できたなら、この国を立て直すことができたならミデのことも問題ではなくなるのでしょうけれど」


「えっとそれはまだ色々と研究中でして……」


 七斗は笑ってごまかそうとする。レアルトラはため息をついて天井を仰いだ。


「召喚からまだ二月も経っておりません。今焦っても仕方ありませんわ」


 レアルトラは自分に言い聞かせるように呟いた。七斗はレアルトラの追求の矛先をかわすべく話題を変えようとする。


「ところで、公爵が持っていたゴーレムですけど……」


「ゴーレムの製造はウラドが本場です。元はウラド領だったミデもゴーレムを主軸とした軍を有しておりますわ」


 グラースタがゴーレムを所有し、その存在を誇示しているのは単に歴史的経緯でそうなっているだけでなく「自分はコナハト貴族ではなくウラド貴族なのだ」というアピールでもあるものと思われた。


「コナハトもゴーレムを持っているんですか?」


 七斗の質問にレアルトラは顔を逸らして、


「ゴーレムは非常に強力な兵器ですからムーマもラギンも一定数は有しています。もちろん我が国にもありますが……あれはとてもとても高価でして」


「見せてもらっていいですか?」


 七斗がそう要望したのは、それが元の世界になかったから単に観光客気分で見てみたかっただけのことである。だがレアルトラはそうは受け止めない。


(わたし達の仇敵はウラドではなくムーマなのですが、『導く者』としてはそれも知る必要があることなのでしょう……きっと)


 レアルトラは将軍の一人を呼び出し、ゴーレム兵の招集を命じた。思ったよりも大事になってしまい七斗は焦るが、今さら止めようもない。ゴーレム兵の閲兵準備が整ったのはその日の夕方である。

 カアーナ=マート城の中庭に五騎のゴーレム兵が集まっている。レアルトラと七斗はそれを城の塔のバルコニーから見下ろした。


「あれが我が国のゴーレム兵ですわ」


 とレアルトラが指し示す。コナハトのゴーレム兵の姿は、ミデやムーマのそれとは大きな違いがあり、


「……えっと」


 七斗は言葉に詰まっていた。

 ミデのゴーレム兵は人間のような全身鎧を身にしており、このため縮尺には二、三倍の差異はあってもそのシルエットは人間とほとんど変わらない。だがコナハトのゴーレム兵は全身鎧を着ておらず、代わりに盾を手にしていた。巨人サイズの全身鎧は高コストだから省略されたのは確認するまでもないだろう。そして鎧を剥がされたゴーレムの姿は、おそらくミデのゴーレムとて一皮剥げば大差ないのだろうが、


「……先行者?」


 それは二〇世紀末に登場した中国製二足歩行ロボットの姿に非常によく似ていた。右手で大きな盾を持って前方を防御しており、左手は何も持っていないが同じ角度で上を向いていて、どこか所在なげである。顔に目として真ん丸が二つ描かれているが、何も見ていない虚ろなその目は間抜けであると同時に、ちょっと怖い。描かない方がマシとしか思えなかった。

 七斗が何を言っているのかレアルトラに判るはずもないが、ミデのゴーレムと比較したその貧相な姿に好印象を持つわけがない。


「ううっ、みんな貧乏が悪いんや……」


 と涙するレアルトラに、七斗はかけるべき言葉を持たなかった。




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