第四九話「若き国王達」その2
始祖暦二五〇二年ジェイルー=フォーワルの月が上旬から中旬となる頃。グラースタやシュクリスが帰国の途に着いた、ちょうどその日。
「ただいまー」
夜遅く、七斗はクルアハン市内の自分の家へと戻ってきた。そこは元は鉄条党幹部の邸宅であり、レアルトラが接収し、文官の応援で宮廷勤めとなった七斗に貸与されたものである。アン=アロールも七斗と一緒に文官の手伝いをし、フリーニャもまた侍女の応援をしている。この屋敷で留守番をしているのは(使用人を除けば)ファルとティティムの二人だけだった。
「お帰りなさいませ、ナナト様」
とファルが七斗を出迎える。ファルの顔色を見、七斗は少し安堵した。
「朝は具合が悪そうだったけど、今は大丈夫そうだね」
「はい。……その、朝も、別に病気だったわけではありません」
と居心地が悪そうに身じろぎするファルに七斗は不思議そうな顔をした。なお七斗より先に帰宅しているフリーニャは何故か物陰から二人の様子を窺っている。
「どうかしたのか?」
「はい。その……」
散々躊躇ってから、ファルは意を決して七斗にそれを伝えた。
「その……お医者さんが言うには……わたしは身ごもっていると」
七斗は「な……」と言ったきり絶句した。言葉を失った七斗と、七斗の言葉を待っているファルが無言のまま対峙、それは思いがけないほど長時間続いた。
「もう、ナナト様ったら! ファルちゃんに何か言うことはないんですか?」
我慢できなくなったフリーニャが物陰から出てきて七斗の肩を叩く。すると七斗はその場に崩れるようにひざまずき――大粒の涙をいくつもこぼした。
「な、ナナト様、いったい」
と焦るファルと、そんな二人を微笑ましく見つめるフリーニャ。七斗は全ての悲しみを押し流すように涙を流し続けている。
「僕に……僕に子供が……僕に本当の家族が」
七斗は生まれて初めて神さまに感謝し、この世界に招いてくれた「召喚魔法の精霊」にも感謝を捧げた。そして同時に祈らずにはいられなかった。
「どうか……どうかこの子が生まれる頃には全ての戦争が終わり、この大陸が平和になっていますように」
と――だがそれは決して届かない願いだった。戦争の火種はコナハトとムーマを越え、大陸中へと飛び火していたのだから。
まず、コナハト自身。
「ふざけるな、王女よ……!」
グラースタは怒りのままに自分の拳を壁に叩き付けた。皮が裂けて血が流れ、拳は痛みを訴えている。だがグラースタの意識は怒りで満たされ、その程度の痛みなど入り込む余地もない。場所は帰国の途中にあるミデの軍船の、グラースタの自室内。時刻はその船の出港直後まで遡る。
グラースタは手にしていた書状を破り、引き千切り、それを窓から投げ捨てた。吹雪のような紙くずが風に舞い、海に散っていく。それは今回の会談のために用意した、宣戦布告文。
「ミデはコナハトから分離し、自立する」
その宣言を認めた書状である。グラースタは今回の会談で、それをレアルトラの面へと叩き付ける予定だったのだ。
「くそっ、くそっ……! あと一日でも早く行動していれば、王太子シュクリスより先に王女に面会し、これを叩き付けてやれば……!」
グラースタの胸中では怒りと共に後悔が渦を巻くが、全ては今さらの話だった。
――コナハトのモイ=トゥラ奪還とムーマ征服はグラースタの予想を大幅に上回る速度で展開。コナハトは大陸最大最強の座を取り戻し、レアルトラの地位は盤石ものとなった。こうなればもう、レアルトラがグラースタに気を遣う必要はなく、コナハトの中でのミデも「数ある地方の一つ」でしかない。だからと言って、ミデがコナハトから抜け出してウラドに帰属したい、と言い出してもレアルトラがそれを許すはずもない(とグラースタは判断していた)。
今しかなかったのだ――ミデがコナハトから分離する機会は。
軍事的に考えるなら、コナハトがムーマと戦争中の一月前の方が分離は容易に思えるかもしれない。コナハトはほぼ全軍を北上させ、南の方は空っぽになっていたのだから。だがもしそれをしたなら「ミデとウラドはムーマを支援するために行動した」と勘違いされかねない。「ムーマの協力者」と見なされ、鉄杖党と同じ扱いで処断される事態だけは何としても避けなければならなかった。
だからムーマとの戦争が終わるまで待っていたのだ。戦争は終わり、だがモイ=トゥラを奪還したばかりのコナハト国内は大混乱で、コナハト軍は当分まともに動くことができない。立ち上がるタイミングは今しかなかった。
ミデの自立宣言をレアルトラが許すはずもない。軍を差し向けてグラースタを潰そうとするだろうが、混乱状態の今のコナハトで動かせるのは一〇万が上限のはずだ。ミデがコナハト人に好かれているわけもないが、ムーマのように恨まれる理由も何もない。コナハト軍の士気が対ムーマ戦の時のように高いはずもなく、八七年前のように「ミデを征服できなければコナハトが滅亡する」という状況でもない。そのような、半端な状態の軍がたとえ一〇万集まろうと、難攻不落と謳われたミデを陥落させるのは絶対に不可能だ。
戦線が膠着したなら、ウラドに仲裁を依頼する。事前に「ミデのコナハトからの分離」をウラドに密かに打診したが、宰相ドウーラガルはコナハトを刺激することを怖れてミデの決起を認めなかった。だが王太子シュクリスからは、
「軍事的な支援はしてやれんが仲裁はしてやる。王女には貸しを作っているからミデに有利な仲裁案を呑ませることもできるだろう」
と、非常に前向きな返答をもらっている。
王太子シュクリスの仲裁でコナハトにミデの分離を認めさせ、シュクリスとレアルトラの間には貸し借りなしとなり、ミデはシュクリスに対する謝意の証としてウラドに帰属する。ミデの奪還はシュクリスにとって大きな政治的成果となるだろう。またグラースタにとっても、
「あの暴虐を極めたコナハト軍と正面から戦い、独力で分離を勝ち取った」
という評判は何物にも代え難い政治的財産となる。ウラド国内におけるミデとグラースタの評価と地位は不動のものとなるだろう……
もちろん一から十まで全てグラースタの計算通りに事が運ぶ保証は何もなかったが、概ねグラースタの計算通りの結果となる可能性は充分以上にあったのだ――だが今はもう机上の空論ですらない、死んだ子の歳を数えるほどに空しい勘定でしかない。
計算違いの第一歩はあの会談にシュクリスが同席したことだった。あの席でコナハトからの分離を宣言したならレアルトラはミデとウラドの連携を疑い、その矛先をまずシュクリスへと向ける恐れがあった。シュクリスはレアルトラの疑いを晴らそうとするだろうが、そうした場合この先シュクリスが仲裁に乗り出すのが難しくなる。ウラドの仲裁がなければミデは大陸の半分となったコナハトと泥沼の戦争を延々と続ける羽目になるかもしれず……どう考えてもあの場での分離宣言は自殺行為だった。だがその結果としてグラースタはレアルトラに先を越されてしまったのだ。
レアルトラはグラースタの企てを知らなかったはずだが「このような事態もあり得る」という判断もあったのだろう。戦いによって奪われるはずだったミデを自らウラドに差し出すことにより、ウラドには助力の返礼をしたことで貸し借りなしとなり、さらに「コナハトの王女は恩義には報いる、義理堅い人間だ」という評価を高めることにもなる。その上避けられなかったはずの敗戦を避けて無敗の戦歴を守り、ミデに対しても「ウラドへの帰属を認めてやった」と精神的優位を保つことができる。
その一方でグラースタはレアルトラから慈悲と施しを受けただけとなり、評価を高めるどころではない。ミデはコナハトとウラドとの間でやりとりされる贈り物のようであり、このままウラドに帰属しても無視され、軽視されるだけなのは目に見えていた。
「……コナハトにってミデは一体何なのだ。九〇年前、武力で無理矢理ミデを併合し、散々金を搾り取っておいて、モイ=トゥラを奪還してミデが無用になればウラドに返還……ふざけるな、一体どうしてそこまでいいように扱われなければならない」
この九〇年間、ミデの誇りは傷付けられたままだった。コナハトと戦って分離を自ら勝ち取ってこそ誇りを取り戻すこともできたのに、その機会を永久に奪われてしまったのだ。
「今に見ているがいい、王女レアルトラよ。コナハトがミデから国を奪ったように、ミデもまたコナハトから国を奪ってやる……!」
そしてグラースタは今度こそ誇りを取り戻すために、新たな陰謀を企てんとしている。実利のためでなく、尊厳のために――レアルトラにはそれが判らない。
それはレアルトラが他者の痛みに鈍いためでは決してない。だが立場や経験の違いは決して小さくはなかった。ムーマに国土のほとんどを征服されたコナハトもまた誇りを踏みにじられ、傷付けられてきたが、その傷の深さはミデの比ではない。その中でコナハトは征服したミデに最大限気を遣い、その立場と誇りをできる限り尊重してきたのだから、むしろグラースタの反応が過敏すぎるかもしれなかった。ある意味、レアルトラは「彼なら理性で感情を制御できるだろう」と、グラースタを評価しすぎたのだ。もしミデ公爵家の当主がアン=アロールなら、彼女は喜んでレアルトラの申し出を受け入れ、ただ素直にウラドに帰属していただろう。
なおグラースタがレアルトラと長い長い交渉を経て六九年余りの年金支給期間を獲得したのは、半分はレアルトラを油断させるための演技である。だがもう半分は、
「もし結果としてコナハトを乗っ取る陰謀を取り止めることになったとしても、ミデに損のないように」
という計算によるものだった。……グラースタのこのような点は「冷静で計算高い」と賞するより単に「小賢しい」と言うべきだろう。少なくとも一国を乗っ取るという、生きるか死ぬかの大博打をしようというときにするべき計算ではない。アン=アロールがグラースタのことを「英雄の器ではない」と評したことがあるが、その所以はこのようなところにあるのかもしれしなかった。
そして大陸の反対側、ベン=バルベン。始祖暦二五〇二年ジェイルー=フォーワルの月、その中旬。ティティムがムーマ国王に即位したのとほぼ同時期、ベン=バルベンにおいてもエイリ=アマフがムーマ国王に即位していた。
ベン=バルベンへと逃げ込んだエイリ=アマフはラギン軍のブライムの下へと飛び込み、その支援を引き出すことに成功。そしてラギン軍を後ろ盾としてベン=バルベンに一種の亡命政権を樹立したのである。
「百年前、『導く者』ブレスはムーマに多くのものをもたらした……だが同時に決してなくしてはならないものを奪っていったのだ。ムーマがモイ=トゥラを征服し、そして奪い返され、今祖国の半分を失ったのはその結果だ」
即位式典において、エイリ=アマフは居並ぶ文武百官に向かって演説をしている。将軍や官僚は神妙な顔を作ってその有難い言葉を拝聴している……ように見えなくもなかった。
なお、先の国王ディーンハルジャスの逃亡先は少なくともベン=バルベンではなく、現在は行方不明である。ディーンハルジャスが存命であることを理由にエイリ=アマフの即位に反対する者がいてもよさそうだが、そんな人間は一人もいなかった。
「力ある者は力のない者に対して何をしてもいいのか?! そんなはずがない、そんなことを許していいわけがない。ブレスがコナハトとモイ=トゥラに対して行ったことは確かに間違っていた――だがそれならコナハトがムーマに行ったこと、行っていることもまた大きな間違いだ。西ムーマはムーマ人の手に返されなければならない!」
その通り、とばかりに頷く臣下に対し、エイリ=アマフは「だが!」と釘を刺す。
「それは失ったものを単に取り返すためではない。間違いを正すためのものなのだ。ムーマは決して同じ過ちをくり返さない。ムーマがブレスを生み出すことは二度とない。これからムーマはブレス以前の、正しい道を歩んでいくのだ」
エイリ=アマフは国王としての最初の勅令で鉄杖党の解党と結党の禁止を布告、それは即座に施行された。また、この即位宣言とこの勅令はベン=バルベンだけでなく大陸全土へと伝えられている。
「何か反応はあるのでしょうか」
とエイリ=アマフに問うのはケアルトだ。彼は今エイリ=アマフの側近にして腹心という立場を確保している。
「さあな」
とエイリ=アマフは物憂げな顔をする。即位宣言と鉄杖党解党の勅令はエイリ=アマフの理想を実現する第一歩だが、それと同時にレアルトラに対する関係改善のアプローチでもあった。
祖国を蹂躙し、何十万というムーマ人に無理矢理断種を施し、奴隷として酷使しているコナハトに対し、エイリ=アマフが怒っていないわけではない。むしろ誰よりも憤っていた。エイリ=アマフはレアルトラのことを呪い殺したいくらいに憎み、恨んでいる――だがムーマの舵取りをする国王として、これ以上コナハトの敵意を買うわけにはいかなかったのだ。
「神威魔法を失い、モイ=トゥラを失い、国土の半分を失った。この状態で今のコナハトと戦うなどただの自殺行為だ。西ムーマを取り戻すには、コナハトと関係改善を進めて交渉により・平和裏に、しか方法がない」
もちろんエイリ=アマフもそれが容易にできるとは思っていない。自分の代でそれが実現し得るとは限らず、あるいは何代も先のこととなるかもしれない――彼は冷徹にそう考えている。
「コナハトは百年耐えてモイ=トゥラを奪還したのだ。彼等にできたことなら我々にもできるだろう」
エイリ=アマフはそう言って臣下を励ます。臣下の半分は決意を顔に宿しているが、もう半分は胡乱な表情だった。――彼等は元鉄杖党員であり、強硬派に属していた者達であり、エイリ=アマフの姿勢を「弱腰」と見なしている者達である。
「確かに今は耐えるときだが……百年も待つ必要はない。水ネズミ共ごとき、我等が本気を出せば蹴散らすことなど造作もない」
彼等元強硬派にそう言い放っているのは強硬派の代表格・ゲアルヘームである。ゲアルヘームは本気でその妄言を口にしていて、聞く方の軍人や官僚も心からそれを信じている。ムーマがコナハトに征服された現実など彼等の前ではどこ吹く風だった。
ゲアルヘームは全ての公職から退き、表向きは隠居となっていたが、実際には亡命政権の多数の閣僚・官僚がゲアルヘームの強い影響下にあった。特に軍部は汚染が激しく、ゲアルヘーム派の牙城と言っていい。彼等はエイリ=アマフに服従する様子を見せながら、その実地下で活動を続け、亡命政権を蚕食し、乗っ取ろうとしているのだ。
エイリ=アマフもこの状況に頭を痛めているが、ゲアルヘームとその派閥の排除は至難であり、両者の暗闘が延々と続くこととなる。
そしてゲアルヘームとその派閥の存在に頭を痛めている者がもう一人。
「全く……敵前逃亡した将軍の一人くらい処刑できなくてどうする」
そのようにぶつぶつと文句を言っているのはブライムだ。ブライムが今いるのはベン=バルベン駐留ラギン軍の拠点の一つ、海沿いのとある城塞である。レアルトラがディーヴァスにそれを呑ませたように、ブライムもまたエイリ=アマフに対してラギン軍の駐留経費負担を要求し、それを認めさせている。また、シュネクタ山脈の多くの地域をラギンに併呑し、ベン=バルベンの主要な港もラギンに割譲させた。エイリ=アマフには選択の余地などなかったのだが、ラギンに対するこれらの譲歩はゲアルヘーム派からすれば格好の攻撃材料だった。
ブライムはベン=バルベン征服の果実だけ手に入れ、面倒な統治はエイリ=アマフに押し付けたわけだが、ラギン本国にはその唯一最善の政治的選択を理解しない者もいる。
「母上にも困ったものだな、鉄杖党は解党となったのにまだ不服か。ゲアルヘームが処刑されれば少しは溜飲も下がるのかもしれんが……」
ゲアラハに言わせれば「鉄杖党の解党や結党禁止も形だけ、奴等は未だベン=バルベンに我が物顔で巣くっているではないか」というところで、ブライムにもそれは否定できないでいる。いっそこの手でゲアルヘームを、と一瞬考えたブライムは「いかんいかん」と首を横に振った。
「そこまでやったらやり過ぎだ。何のために王子エイリ=アマフを即位させたのか判らん」
ブライムはベン=バルベンに対する過度な干渉を望んでいなかった。ベン=バルベンに鉄杖党を排除した穏健な政権を発足させ、コナハトと関係を改善させ、万一西ムーマやコナハトと敵対したときにはラギンにとっての防波堤とする――コナハトとの友好関係が無条件で成立する、と思い込んでいるゲアラハに対し、ブライムにそこまで楽観する理由はなかった。今や大陸最大最強で、暴虐をほしいままにするコナハトを警戒するのは当然であり、対策を講じるのも必然である。だがブライムのその企図は第一段階で蹴つまずいている。
「とりあえず母上のことは親父に何とか抑えておいてもらわんと」
その国王オノールは四六時中ゲアラハの威圧にさらされ、連日ゲアラハとの「話し合い」を重ね、心労で倒れる寸前となっているという。果たしてどこまで持つか、と憂慮するブライムの下に、通信兵がやってきた。
「本国からの緊急通信です」
ブライムは通信兵からメモを受け取り開く。そこに記されていたのは、
『国王不予のため退位。王位は王太子に譲位』
という、たった二文だが重大な事態の報告。さらにメモにはオノールの私信が添付されていた。
『すまん。後は任せた』
「親父ーーっっ?!」
ブライムはメモを握り潰して絶叫、その声は城中に響き渡ったという……。
「はははは! 見ろ、カールジャス! ラギンにも新たな国王が即位するぞ!」
始祖暦二五〇二年ジェイルー=フォーワルの月が中旬から下旬となる頃、場所はコリブ川上。シュクリスは川船に乗り換え、コリブ川を遡上して大陸を横断しているところである。シュクリスはその川船の上で本国諜報部からいくつかの報告を受け取っていて、その一つはブライムのラギン国王即位を知らせるものだった。
カールジャスはシュクリスから通信文を受け取り、それに目を通す。
「……国王オノールが不予により退位。王太子ブライムが新年を機に即位、と」
「大方あの女傑の圧力に耐えられなくなり、王位を投げ出したのだろう」
シュクリスが偏見に基づいて推測するが、それは事実からそれほど外れていなかった。
「そうですか。しかしコナハトだけでなくラギンも王位が交代するとは」
「ムーマにも既に新たな国王が誕生している。これで交代がないのは我がウラドだけだ」
シュクリスは本来悔しがって言いそうなその台詞をかなり浮かれた様子で語っていた。カールジャスが呆れたような――呆れる準備をしたような目をシュクリスへと向ける。
「……どうされるおつもりですか?」
「決まっているだろう。俺もまた国王となり彼等と並ぶのだ」
当然のように宣言するシュクリスに対し、カールジャスはまず小さくため息をついた。
「国王陛下はともかく、宰相がそれを認めるでしょうか」
「まず認めるはずがないな。何としても認めさせるか、さもなくば宰相を排除するか。いずれにしても容易なことではない」
そう言いつつもシュクリスは非常に楽しそうである。シュクリスは腕を組み、地平線の彼方を見据え、静かに謳い上げた。
「カールジャスよ、俺はこの時代に生まれたことを精霊に感謝している。コナハトのレアルトラ、ラギンのブライム、ムーマのエイリ=アマフ――いずれも歴史に不滅の名を残す英雄達だ。その彼等を相手に盤面を差し挟み、一国を駒にし、生死を賭けた一手を指していくのだ。彼等がどのような手を差すのか、考えただけで血が沸くというものだ!」
不遜極まりないその放言を聞かされるカールジャスは呆れて言葉もない様子である。ようやくカールジャスは相槌を打つように一つ問うた。
「……しかし、王子の相手はまず宰相では?」
「確かにその通りだな。だがあの程度の小物をあしらい、王位を掴めずしてどうして他国の国王と向き合える。それに、身内に足を引っ張られているのは俺だけではない。コナハトには公爵グラースタがいて王女の足をすくう機会を狙っている」
レアルトラが見落としてしまったグラースタの野望をシュクリスが見抜けたのは、レアルトラにない情報をシュクリスが持っていたからだった。事前にグラースタから「ミデの分離宣言」を打診されていて、それが潰される様を特等席で目の当たりにしていたからこそ、グラースタが未だ陰謀を企てんとしていると判断できたのだ。
「ムーマには将軍ゲアルヘームがいて鉄杖党復権のために蠢動しているし、ラギンには王妃ゲアラハがいてムーマ人を皆殺しにする機会を窺っている。つまりこの大陸には最低でも八人の差し手がいて、各々が王手を目指して駒を動かすのだ。盤面がどんなことになるのか、見当も付かん!」
シュクリスは心底楽しそうであり、カールジャスの口からはため息が漏れるばかりである。
「……王子が国王となったなら、まずどのような一手を指すおつもりですか?」
「そうだな。ウラド一国を手土産に、女王レアルトラに婚姻を申し込むのはどうだ?」
得意げに良案を提示するシュクリスに対し、カールジャス長い時間口の閉じ方を忘れてしまっていた。
年も新しくなり、始祖暦二五〇三年サヴァンの月(第一月)。コナハトでレアルトラが国王として即位、長い間国王不在だったコナハトはようやく王を戴くことができ、臣民は喜びの涙に濡れた。それは大陸動乱の一つの区切りではあった……だが終結を意味したわけではない。大陸動乱の第一幕は一旦幕引きとなり――第二幕の幕開けは既に約束されていて、すぐそこまで迫っていたのである。
続きを書くモチベーションがどうにも維持できないため、本作はここで「第一部完」として一旦区切りとしたいと思います。




