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水の国へ愛をこめて  作者: 亜蒼行
烈風篇
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第三一話「王子ティティム」その1

 始祖暦二五〇一年ルーナサの月(第一〇月)の上旬。グリーカスやジェイラナッハがそれぞれウラドとラギンの王都にようやく到着した頃か、間もなく到着するくらいの時期。コナハト国内では引き続きオルゴール量産のために準備が進められていた。職人は頭数だけならそれなりに揃ってきているが、魔晶石を始めとする材料がろくに揃っていないためにオルゴールを作りたくても作れないでいる。


「一体いつになったら作れるんだ。俺達はそのために集められたんだろう」


「これさえあればムーマに勝てるんだろう。それなのに、このまま春になったらどうするんだ」


 集められた職人達にはある程度の情報が開示されており、「自分達がモイ=トゥラ奪還の切り札となるのだ」と意気軒昂となっていた。……が、今はそれも空回りするばかりである。


「あと一月もあれば材料は集まり出します。今は焦っても仕方ありません」


 アルデイリムは気に逸り、焦り苛立つ職人達にそう言って宥めて回っている。


「材料さえ揃えば皆さんには昼夜を問わずに働いてもらうことになります。今は英気を養い、技術を磨いてください。材料が揃ったときに時間を無駄にしないために」


 職人達は後進を指導してその技術向上を図り、またオルゴールを作るための手順をくり返し確認した。また互いにアイディアを出し合い、作製時間や手順をより短縮する方法を探っている。


「この調子なら材料さえ揃えば一月で一台作るのは難しくないでしょう……問題はその材料なんですが」


 本当に二万もの魔晶石が揃うのか、本当に一〇〇万リブラもの資金を援助してもらえるのか、考えるだけでアルデイリムは胃が痛んでくる。胸を押さえたアルデイリムは青ざめた顔を俯かせていた。だがやがて顔を上げる。


「……今は信じるしかありません。将軍ジェイラナッハを、そしてあの方を」


 誰もが汗を流し、胃痛を乗り越えて与えられた任務を全うしようとしている。ならば自分は自分の責務を果たすだけだ。アルデイリムは山脈のように連なる書類の山を崩しにかかった。

 その後、それほどの日数を経ずしてウラドとラギン、それぞれから交渉成立の連絡が入ってくる。だがアルデイリムはそれを素直に信じることができなかった。魔晶石を始めとする材料が、現物がアルデイリムの前に到着し、アルデイリムが胃痛から解放されるのに、まだ一月以上の時間が必要だった。











 一方の七斗は、アルデイリムの補佐としてそれなりに忙しい毎日を送っている。七斗はコナハト国内においてレアルトラに勝るとも劣らない「権威」を有しているのだが、手にしている「権限」や「権力」はごく限られたものでしかなかった。

 アルデイリムやレアルトラはブラック企業も目ではないほどに限界寸前の勤務状況で、七斗は彼等の手助けをしたいと常々思っているのだが、残念ながら知識や経験はそれに追いついていなかった。七斗にできるのは書類の検算くらいである。


「ここにエクセルでもあればいいのに」


 と愚にもつかない愚痴をこぼす七斗。検算に使えるのは算盤くらいのものだが七斗はそれを小学校低学年のときに少し習ったきりでまともに使えず、結局七斗は筆算で検算をしていた。なお、元の世界のように紙があり余っているわけではないので、筆算と言っても木の板と筆、インクを使う。板の余白がなくなったら水でインクを洗い流し、何度も再利用するのだ。


「エクセルで表を作るなら、行には部品名を並べて列は各工程にして、そこに部品の数量を……」


 とそこまで考えて七斗は気がついた。「別にパソコン使わなくてもいいんじゃね?」と。

 数日後、アルデイリムの執務室には巨大な黒板が搬入されていた。黒板には碁盤の目のような格子模様があらかじめ刻まれている。


「ナナトさん、これは?」


 アルデイリムの問いに七斗は誇らしげに胸を張った。


「これで部品数と工程進捗の管理をします」


 口で説明するよりも早いと、七斗は早速その黒板に部品名や工程をチョークで記していく。そしてそれぞれの枡目に部品数を記載した。


「……なるほど、確かにこれは便利ですね」


 その黒板をとっくりと眺めていたアルデイリムはそのような感想を述べる。ただ、どこまで使いこなせるだろうかという疑問も同時に抱いていた。


「まあ、せっかくナナトさんが用意してくれたんですから練習がてら使ってみましょう」


 七斗が設置したその「部品・工程管理表」――それは部品が揃わないしばらくの間は余計な手間がかかるだけの無用の長物でしかなかった。それが真価を発揮するのはしばらく先のこととなる。

 ……と、このように自分の知識を生かしてアルデイリムやレアルトラの手助けをしようとする七斗だが、できることは限られていた。このため七斗はこの二人ほどには忙しくなく、人間的な生活を送っている。


「ナナト様、お食事のご用意ができました」


「判った。それじゃ三人で食べよう」


 七斗の人間的生活に多大な貢献を果たしているのはフリーニャとファルの二人である。二人が王都カアーナ=マートに到着したのは七斗より半月遅れの、ルーナサの月の始めだった。


「まさかこんなに早く……危なくなかったのか?」


 二人が無事やってきたことを喜ぶ七斗だが、それと同時に二人が危険を冒したのではないかと非難がましい目を向けた。フリーニャは笑ってそれをいなす。


「ご心配なく。王都に向かう職人さんや兵隊さん達に同行して来ましたから。特に危なくはなかったですよ」


 それならいいけど、と七斗は胸をなで下ろす。どれほどの大集団だろうと冬のコナハトを徒歩で旅すること自体がかなりの冒険だ、という事実には最後まで触れられないままだった。

 フリーニャ達が合流した七斗にはレアルトラから王城内に立ち並ぶ殿舎の一つを与えられ、そこで生活を送ることとなった。その大きな殿舎をフリーニャとファルの二人だけで管理するのは不可能なので、何人かの侍女に応援で来てもらっている。だが七斗と直に接し、口を利くのはフリーニャとファルの二人だけであり――二人だけの特権として、他の侍女が七斗に接触しないようフリーニャ達は細心の注意を払っていた。

 その七斗は足が大分治ってきたこともあり、フリーニャ達の世話になることもかなり減っている。ミデから王都へと向かう旅の半分はフリーニャ達抜きであり、この強行軍と過酷な旅を経て、七斗は大抵のことは自分一人でできるようになっていた。

 フリーニャとファルが合流し、足も治ってきて、七斗の私生活には何の憂いも問題もない――かと言えばそうでなく、また別の問題が発生していた。

 ある日の深夜。ふと夜中に目が覚めたフリーニャが七斗の寝室を覗いてみると、七斗の姿がどこにも見えず、フリーニャは首を傾げた。


「おトイレでしょうか?」


 と廊下を移動して七斗の姿を探すフリーニャが、浴場から何かの物音がしていることに気がつく。気配を殺し、こっそりと脱衣所を覗くフリーニャ。見ると、ズボンとパンツを脱いだ七斗が自分の下着を洗おうとしているところだった。


「何をしているのですか? ナナト様」


「ふっ、フリーニャ?! いやあのそのこれは」


 とひたすら焦る七斗。フリーニャはずかずかと脱衣所に入っていって、


「汚れ物の洗濯ならわたし達にお任せください。今さら恥ずかしがる必要もないでしょう?」


 半身不随の症状がもっと重かった時期にはトイレ一つにもフリーニャ達の手助けが必要だったし、夜尿などで下着を汚したことも一度や二度ではない。フリーニャにとってそれは慣れた仕事の一つに過ぎなかった。


「いや、自分で洗うから」


「メイドの仕事を取っちゃダメです!」


 フリーニャを拒絶しようとする七斗だがフリーニャはそれを無視、七斗から下着をひったくる。そしてふと汚れた下着に視線を落とし――フリーニャは目を丸くした。


「な……ナナト様、もしかしてこれ」


 七斗は気まずさと恥ずかしさに消え入りそうになっている。半身不随となって二年近く禁欲を強制され、身体が治るのと同時にフリーニャやファルとの共同生活が再開したのだ。自分に好意を持つ双子の美少女が遠慮も警戒心もなく(まだ介護が必要だと思って)一次的接触をしてくる中で、七斗の欲望は刺激される一方となり……このような粗相となったわけである。


「御子を作れるまでお身体が治ったんですね?! おめでとうございます!」


 フリーニャは花が開くような笑顔となる。満面の笑みを向けられた七斗は「お、おう」としか言えなかった。


「すぐにファルちゃんにも教えてあげないと! それと姫様にも」


「お願いだからそれだけは止めて!!」


 七斗はフリチンのままフリーニャに取りすがり、フリーニャを力尽くで引き留める羽目となる。七斗の必死の説得により、夢精したことをレアルトラに伝えられる事態だけは避けることができた……ファルに知られることだけはどうしようもなかったが。


「というわけでファルちゃん! ようやくこの日がやってきたのです!」


 と拳を握りしめる姉を前にし、ファルは当惑の表情を示した。


「はい。ナナト様のお身体がそこまで回復したのは確かに喜ばしいですが」


「ええ! そしてそれが何を意味するのか判りますか?」


 首を横に振る妹に対し、フリーニャは握った拳を天へと突き上げた。


「つまり! わたし達はようやく名実共にナナト様の愛の奴隷となれるのです!」


 ファルは「その発想はなかった」と言わんばかりに目を丸くし、フリーニャはくり返し頷く。


「ナナト様は好色というほどではありませんが、人並みくらいには女体に興味がおありです。でもあの通りのヘタレですので、自分からわたし達を閨に誘うことはまず考えられません」


「ナナト様はその……偉そうに振る舞うのがお嫌いですから」


 ファルが口べたながら七斗のことをフォローしようとし、フリーニャはそんな妹を愛おしげに見つめた。


「確かにそれはナナト様の美点だと思いますが、このままじゃいつまで経ってもわたし達はナナト様からお情けをいただくことができません。ナナト様だってしなくてもいい我慢をずっとすることになってしまいます」


「それじゃどうすれば?」


 妹の問いにフリーニャは「そんなの決まっています」と胸を張った。


「わたし達から押して押して押しまくる! わたし達が迫って誘って押し倒すくらいでちょうどいいんです」


 そんなものでしょうか、と首を傾げるファルに対し、フリーニャは「そんなものなんです」と強引に自案を押し付ける。こうしてその夜、フリーニャとファルの二人は七斗へと夜這いを仕掛け――その日、七斗は男となった。

 その翌朝、七斗が目を覚ますと。


「……ああ、やっぱり。夢じゃなかったんだな」


 七斗の右側には全裸のフリーニャが、左側には同じく全裸のファルが眠っている。七斗もまた素っ裸だが、厚い布団と二人の体温は七斗から冬の寒さを遠ざけて余りあった。七斗が両腕に力を入れて二人を抱き寄せ、二人は眠ったまま猫のように自分の身体を七斗へと擦りつけている。七斗の胸の内は充足感と幸福感に満ちあふれた。

 ――昨晩、半裸のフリーニャとファルが七斗のベッドに忍んできたとき、七斗は二人を拒絶しようとしたのだ。だが若く美しい二人の身体は童貞の七斗にとってこの上なく魅惑的であった。長らく禁欲を強いられてきたこともあり、とどめにファルに、


「わたしはナナト様にまだ何も償っておりません。どうかわたしに償わせてください」


 と言われれば七斗も本気で拒絶するのが難しい。半身不随の原因となったファルに対しては遠慮する必要がないという思いが心のどこかにあったのだろう。


「それでファルの気が済むのなら」


 という口実の下にファルの誘惑を受け入れてしまったのだ。そしてファルを受け入れてしまえばフリーニャだけを拒絶する理由は何もない。七斗はなし崩し的にファルの、フリーニャの身体を貪り、一晩中肉欲に耽溺した。


「一回やってしまえばもう十回も百回も同じです!」


 とはフリーニャの発言だが、それは同時に七斗の行動を現した言葉でもあった。その日以降、七斗はほとんど毎晩のように二人の身体を求めることとなる。

 フリーニャとファルが七斗の寵愛を得た、という事実は侍女の口から外部へと伝えられ、程なくして王城中に広まった。だがそれを理由に七斗を非難する声は絶無である。余裕があれば妾の一人や二人を持つのはコナハト男児のたしなみ――と言うよりは義務だった。長く続く(一方的に負け続けた)戦争によりコナハトでは男女数に不均衡が発生しているためだ。今のコナハトの庶民は「普通に生きていく」ただそれだけのことが厳しく困難な状況にあり……それが「独り身で」、その上「女で」と条件が追加されると、「絶望的なまでに」という形容詞が付く有様となってしまう。そのような女に対する救済の一つが力ある男の妾となることなのだ。


「フリーニャとその妹の二人だけですか。できればもう何人か面倒を見ていただきたいのですが……」


 とはレアルトラの感想であり、同時に七斗に対する王城の空気でもあった。だが七斗にはフリーニャとファル以外の愛妾を受け入れるつもりはさらさらない。


「僕にはこの二人だけで充分だし、二人でも多すぎなくらいだ」


 一度覚悟を決めてしまえば七斗の決意は固く、レアルトラであろうと揺るがすことはできなかった。オルゴールを作ったときの秘密主義もそうだが、七斗は一度決めたことは頑なに守るのである。


「身分のせいで結婚できないとしても二人は僕の家族だ。君達がいればそれでいい」


 七斗はフリーニャとファルの二人を前にしてそう宣言する。二人にとって七斗の寵愛は「重い」くらいだったが、今さらそれを捨て去ることなど考えられなかった。

 こうして七斗は長い間望み、願っていた「家族」をようやく手にしたのだ。




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