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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
8/20

優しい君に

「う~~~……」

「まだ1時間も経ってないぞ」

「無理~~こんなに座ってたら尻がへこむ…」

「へこんだら戻しといてやるから、はい次の問題」

そう言って良晴は問題番号に丸をつけていく。多分おれがやる問題なんだろう。…多いなぁ。

「お前頭いいんだから、今からでも基礎覚え直したらすぐ難しいの解けるようになるって」

「何その期待…もうちょっと優しくして」

「おれは優しいぞ」

優しくない口調で言い放たれた言葉をさりげなく躱して、おれは机に突っ伏しながらちらりと良晴の横顔を見た。


1時間前、約束通り9時に良晴の部屋に飛び込むと、今まで授業をほとんど聞いていなかったおれの為に問題集が並べられていた。9時以降は勉強のために部屋にこもるから、バレる心配もないと、いつもと同じ冷静な口調で言われた。


良晴の部屋にもおれの部屋と同じように足の低い机があって、そこに並んで座った。ただの勉強会なんだから当然だが、隣で真面目にノートを埋めていく良晴はあまりに無防備すぎた。その姿に心臓がドクンと大きく鳴った。何かを急かすように。


「…良晴」

「ん」

なに、といった様子で良晴が振り向き、ばちりと目が合う。逸らそうと思ってももう出来なかった。良晴の強い視線を無視する事はできず、しばらく見つめあっていた。お互いに視線の糸に絡めとられて動けないでいた。すると、良晴がためらいがちにおれの腕に手をかけ、そっと顔を近づける。唇が近づく。息が近い。呼吸の音も心臓の音も、速く近くに聴こえる。お互いに割れ物に触れるようにそっと、ゆっくりと距離を縮めていく。

急に今自分がどんな顔をしているのか不安になった。

(あ……)

重なる、と思った。


「良晴ーー!」

あと数センチの距離を邪魔したのは、聞き覚えのある高く気の強そうな声。心臓が飛び出るかと思った。良晴も驚いてドアのほうに目をやった。良晴の姉ーーー美晴ちゃんの声だ。タンタンと軽い足音が上がってくる。

「やばいっ、弥太郎隠れろっ」

「かかか隠れるってどこに!」

小声で二人の男が慌てふためく姿は、他から見たらさぞ面白い光景だっただろう。本人達は大パニックなんだけど。

「ここっ、ここ隠れろ、荷物も持って!」

「わわっ、ちょっとっ!」

おれが隠れるのと同時にガチャッとドアノブが回された。



美晴が目を見開いてこちらを見てくる。

「あ…」

「何してんの、良晴」

「見てわかるだろ、勉強……」

どこから見ても勉強してるようには見えない格好だという自覚は勿論あった。筆箱の中身をぶちまけてベッドに手をかけてるんだから。

「美晴、何の用」

「電子辞書貸して欲しいんだけど…あんた今誰かと話してた?」

ドキリ。

「いや、誰も…やた、弥太郎とちょっと電話してただけ」

ベッドの上にちょうど携帯が転がっていたので、この格好に少しでも説明をつけようと思ったが、「いや、電話しててもその格好はなによ」と軽く笑われた。でもベッドの下に潜り込んだ弥太郎には気付いていないようで、胸をなで下ろした。少し気を緩めたおれは、この時美晴の視線にまでは気が回らなかった。

すぐに自分の傍らにあった電子辞書の充電を確認して美晴に渡した。

「ほら、辞書。今日使わないからとりあえず持ってていいよ」

また部屋に押し入られては面倒だ。美晴は長い腕を伸ばして辞書を受け取った。

「ん、さんきゅ。にしてもあんたからやたちゃんの名前出るの久しぶりねー、何話してたの?」

おれは散らばった文房具を集めながら素っ気なく答えた。

「別に、普通に勉強のこととか」

「へえ、やたちゃん大学にしたの?」

辞書の電源をポチポチと押しながら驚きの声をあげた。

「おれと同じとこ行くんだって」

その言葉は何の気なしに言ったつもりだったが、妙な視線を感じるので顔をあげてみると、美晴が何か言いたげにニヤニヤと見下ろしてくる。

「…なに」

「別にー?そっかぁ、やたちゃんが大学かぁ」

親戚のおばちゃんのような口調で目を細めて笑うと、「じゃあ邪魔者は去るわね」と長い髪をなびかせてあっさりと出ていった。タン、タン…と階段を降りる足音を確認して、ひとまず緊張の糸が切れた。これからもこんなことがあると面倒だな…と少し気も重くなったけど。

「弥太郎、出ていいぞ」

今夜は涼しいほうだが、ベッドの下は暑いはずだ。小声で促すが、なかなか弥太郎は顔を出さない。

「…?弥太郎、何してんの、大丈夫か?」

「んっ、うん、大丈夫大丈夫」

ずりり、とベッドの下からはい出てきた弥太郎は窓の側で軽くホコリを払いながら、何やら緩んだ顔を隠しきれないでいる。

「…何で笑ってんの?」

「えー?えへへへへへ」

「いや、さすがにその笑いは気持ち悪いぞ」

ベッドの下から出てきた人間がいきなり上機嫌になっているなんて、夏だというのに寒気がした。思わず後退りして弥太郎から距離を置くと、ひらひらと力の抜けた手招きをされた。

「あっはは、そんな警戒しないでよ。だってさ、これ良晴のでしょ?」

そう言うとベッドの下からあるものを引っ張り出された。

「あ…」

弥太郎が来るから隠したもの。隠し場所に当の本人を隠すとか馬鹿か、おれは。

目の前に置かれたのは大学の資料。多分10校分はくだらないだろう。

「これ、生物学部載ってないのもあるけど」

「……どうせ分かってるんだろ」

嬉しそうな声色から、きっと弥太郎はもう察してる。コソコソやってるのも恥ずかしいことだが、本人にバレるなんて一番恥ずかしいだろ、馬鹿。

「はーー……」

自分の迂闊さと平常心をかき混ぜたような、大きなため息が部屋に沈んでいった。顔に熱がこもっていくのを感じ、視線を資料の山に移して頭をぐしゃぐしゃと掻いた。告白される前から、弥太郎の進路が決まっていない事は知っていた。ついでにと思って工学部を中心に色々と見ていたが、そんなこと自分から話せるわけもない。大体こんなおせっかい…

「だって普通気持ち悪いだろ…」

気まずさに目を逸らし続けた。

「すぐそういうこと言うなよ良晴」

弥太郎の語気が一瞬強くなった。

「いやーでも安心したなぁ!」

すぐにいつもの明るいトーンに戻すと、弥太郎は小さくケラケラ笑い出した。

「ほら、エロ本じゃなくてよかったなーって」

そう言って大学の資料を嬉しそうに、愛おしそうにめくり始めた。そんな風に読むもんじゃないだろうにと思うのと同時に、少しだけ自分のやったことが肯定できて、胸につかえたものが雪のように解けた気がした。

「ありがと、良晴」

顔を綻ばせる弥太郎の髪が夜風でふわりと揺れた。ありがとう、なんて、こっちの台詞だ。



時計の針が1時を回った。

そろそろ寝息が聞こえてくるんじゃないかという頃に、突然弥太郎が口を開いた。

「良晴は優しいよ」

「…まだ寝てなかったの」

優しい、なんて言葉はさりげなく躱したが、弥太郎は構わず夜に相応しい調子で続けた。

「おれに勉強教えてくれるし、学校のことも考えてくれるし、優しいよ。ほんと」

真っ直ぐな言葉はとてもお世辞には聞こえなくて、ますます返す言葉に困ってしまう。

「…おれのことも、こんなだけどちゃんと受け止めてくれたし…」

「違う」

思わず叩くように言葉を遮った。

急におれが言葉を強くしたものだから、弥太郎は閉口した。

「優しいとかじゃない。…おれも好きだと思ったから、弥太郎ならいいと思ったから…だから」

優しいなんてそんな簡単な言葉じゃ、この気持ちの説明はつけられない。

「ちゃんと考えた。その結果が今だ。おれは間違ってなかったと思ってるし後悔はしてない」

天井を見つめながら、自分に言い聞かせるように。うまく言葉にできない意志が、弥太郎にもきちんと伝わればいいと思って、指を絡ませる。ぎゅう、と握り合うとあたたかさが伝わってくる。



「もう寝るぞ」

「ふふ、うん。おやすみ」


狭くて心地いい夜はまだ長い。









読んでいただきありがとうございます。

文章難しいです。

どっちかというと良晴のほうが感情移入しやすいです。

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