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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
7/20

何も知らない

翌朝、弥太郎はやっぱり自力では起きなかったが、またひょいと窓から自分の部屋に帰っていった。ハイテンションで言われたまたあとでの言葉が、半分寝ぼけていたおれの目を覚ましてくれた。


窓から出ていく弥太郎を見送ると、おれは何事も無かったかのように1階へと階段を降りていった。

「おはよう、良晴。卵焼き失敗しちゃったから炒り卵でもいい?」

茶色く焦げたそれを炒り卵と呼んでいいものか迷ったが、何でもいいよと返しておいた。うちの母さんは料理が苦手だ。

すぐにドタドタと騒がしくおれの姉ーーー美晴が階段を降りてきた。今年で23になるというのだからもっと女らしさを持って欲しい。別にいいけど。

「お母さんお母さん、あたしのヘアクリーム知らない?」

知らないわよぉなんて呑気な返事のせいで苛立ちの矛先はおれに向かう。

「まさかあんた…!」

「なわけあるか」

生意気な弟の態度が原因で取っ組み合いが起きるなんてしょっちゅうだ。こうしている間にも母さんは茶色い炒り卵をどんどん製造していく。いつもの朝の風景だ。

すると、おれの手を掴んだ美晴が妙なことを言った。


「あんた、手あったかいわね。珍しい」




「良晴ー!」

聞き慣れた声のはずなのにドキッとした。教室のドアから弥太郎が体半分を乗り出して声をかける。

「教室来るなんて珍しいな」

「うん、あのさ、教科書貸してくれない、現国の!」

「…いや、別にいいんだけど…そんなことお前に初めて言われた…」

「ガッコ決めたんだから真面目に授業受けようと思って!すぐ返すから!」

今まで教科書もナシに授業を受けていたのかと脳天にゲンコツを落としそうになったが、なんとか堪えて教科書を渡した。弥太郎は朝と同じテンションでまたあとでと残し立ち去っていった。弥太郎が自分の教室の中に消えていったのを確認して、おれは一つため息をついた。


傍から見たらただの友達。知ってる奴でも幼馴染みという認識しかない。おれ達のことを知ってる奴はいない。いないはずなのに、弥太郎と人前で話すことに肝を冷やす自分がおかし…

「あれ、9組のやつ?」

突然声をかけられて、冷やしたばかりの肝を潰すところだった。

「…そんな驚く?」

「ちょっと、びっくりした…」

同じクラスの…あ、大澤くんだったかな。

「変わった名前のやつだよな、えっと…」

「ああ、弥太郎?」

「そうそう。仲いいんだ?」

「仲いいっていうか幼馴染み」

何か合点がいったかのようにあー、と頷いて大澤は続ける。

「弥太郎くんおれ話したことないけど、いっつも女子にも男子にも囲まれてるっていうか、友達多いイメージ……ちょ、何でそんな怖い顔してるの」

「え?」

自分の顔をぐにぐにと触った。

「…今怖い顔してた?」

「露骨に嫌そうな顔してたけど。ごめん、何か気悪くするような事言った?」

クールな顔を少し曇らせて心配そうな声色で聞いてきた。

「えっ、いや、ごめん!そんなんじゃねーから」

とっさに笑顔を繕うと、大澤は気を使ったのか「ならいいんだ」と自分の席に戻っていった。


その日の授業中ずっと考えていた。

(高校に入ってから弥太郎とは屋上以外ではほとんど話さなかったし、あいつがどんな奴と一緒にいるとか気にしてなかった、けど……)

大澤の言葉が頭の中をぐるぐると回る。この学校での2年半の弥太郎をろくに見ていなかった自分に気付いて、やりきれない気分になってくる。と同時に、嫉妬に似た感情もふつふつと湧いてきた。自分の知らない弥太郎を知ってる人間がいる、ということ。その事実に胸がつまる。

(…当然だよなぁ、あいつにはあいつの友達がいるんだから…)

そんな当たり前に頭を抱えていたら、午前はあっという間に過ぎてしまった。



屋上へ向かう軽い足取りとは対照的な重い扉を開けると、ずっと見てきた後ろ姿がそこにあった。暑さにへこたれてしまっているが、いつもはシャンと伸びたきれいな背中をしている。

「珍しいなー、良晴のほうが早いの」

良晴は額に汗を浮かべながら振り向き、おれの姿を確認して弁当箱の入った布を開き始めた。おれが来るまで待っていてくれたり、律儀なところも好きだなと思った。

「珍しく委員会なかったからな」

「ああ、こんな早くから張り切らなくてもいいのにね」

向かいに腰を下ろすと床がジリジリと焼けるように熱かったけど、もう慣れた。

「あとの仕事が減るならいいけどただ効率悪いだけなんだよなぁ」

文句を言いながら良晴は茶色い何かを食べている。また失敗したのかな、由美さん(ちなみにおれは良晴の母さんを由美さんと呼んでいる)

「委員長と副委員長の温度差がすごいんだよな。学年1位の女子とラグビー部の…」

「ああ、沢村くんは暑苦しいよねぇ」

そう言ってクスクス笑いながらカレーパンを頬張るおれを何故か良晴がじっと見つめてくる。いつもは見せないけど、良晴の視線には強い力がある。冷たさも含んでいて、動けなくなるくらいゾクッとする時がある。その目に見つめられると何だかたじろいでしまう。

「…なに?」

「いや、やっぱお前友達多いよなー、と思って」

そう言って茶色い何かを黙々と口に詰め込んでいる。

「友達っていうか…沢村くんは話した事あるくらい。それでも友達って言う?」

友達とかそうじゃないとか区別する訳では無いけど、本当に数回話したくらいの仲ではなんとも言い難い。そんなことを考えるおれよりも良晴は難しい顔をしていた。

「…おれ、お前の友達とか知らない」

視線を落としてぼそっと呟いた。

「友達どころか、弥太郎が高校でどんな感じなのかとか…何も知らない」

ミートボールを箸でつつきながら良晴がため息混じりに続ける。

「…おれ、本当お前のこと知らないんだな」

この言葉は、おれに幼馴染み以上の興味を持たなかった自白、と取っていいんだろうか。高校に入って勝手にひらいた二人の距離を、気付きもせず縮めようともしなかった良晴の後悔。そう思っているのはおれだけかもしれないけど、そう思ったらーーー


「…弥太郎、何でにやけてんの」

「ええー??」

そう思ったら、頬が緩んで仕方がなかった。

「だってさ、おれとあんまり話さなかったじゃん、高校で。おれとちゃんと仲良くしとけばよかったなってことでしょ?」

半分はそう思っていて欲しいという願望だが、少し赤くなった良晴の顔を見る限り的外れではないらしい。

「そう思ったらだって…嬉しいじゃんかぁ」

盛大ににやけもするさ。好きな人にもらう言葉ならなんだって嬉しい。それが自分のことなら尚更。今ならおれのバックに花が咲いているかもしれない。

おれは照れながらも不服そうな良晴をなだめるように付け加えた。

「まあ過ぎちゃった時間はしょうがないからさ、これからのおれをもっと見てよ」

「……おっ、まえはさ~~…っ!そういうことなんでサラっと言うかなぁ……!」

良晴は顔を真っ赤にして、怒ってるんだか照れてるんだかわからない口調で言った。あまり言ってへそを曲げるといけないからこれくらいにしておこう。


ーーーなんでそういうこと言うかなぁって、当たり前だよ。好きな人の為ならなんだって言うさ。手放してからでは遅いんだから。


「…弥太郎」

「ん?」

「今日夜…うちで勉強するからな」

弁当をしまい、代わりに取り出した教科書で顔を隠してしまっていたが、おれは迷わず首を縦に振った。良晴の表情はわからなかった。


おれのこと全然知らないって言ったけど、おれだってきっと良晴のこと全然知らないよ。今良晴がどんな顔してるのかも知らない。



知らないから、知ろうとして、寄り添いたくなるんだよ。






読んでいただきありがとうございます。

良晴のお姉さんの名前にすごく悩みました

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