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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
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紙ひこうき

ーーー中学最後の夏が始まろうとしていた頃。

「おれあそこの高校受けようと思う」

ジャングルジムの上で、コンビニで一番安いアイスを齧りながら良晴が言った。

「先週行ったとこ?」

良晴に付き合って学校見学に行った高校。選別の目で見ていないおれからしたら、特に可もなく不可もない普通の高校だった気がする。

「そう。弥太郎は?学校決めた?」

上から良晴の声が降ってきて、戸惑った。何も考えてないけど、一つ考えていることがある。でもそれを口に出していいものか、自分の気持ちがバレてしまわないか、気持ち悪がられたりしないか……?

思案していると、今思えば良晴にとってはなんてことないただの呟きであったのだろうが、蝉の声に埋もれながらもおれにとっては大きな救いを差し伸べてくれた。

「はは、おれと同じとこでも行くか?」



「…う、…ろう、……弥太郎!!」

突然名前を呼ばれて肩が跳ねた。

「な、なに?」

「何じゃねぇよ。ほら、プリント」

昔、というほど昔ではないが、少し前のことを考えていた。ずっと呼ばれていたみたいだが気が付かなかった。わり、と小さく呟いて受け取った紙には何の面白みもなく『進路希望調査』と書かれていた。

少し前にもこの字を見た。学校はやたらとこの紙を刷りたがってる気がする。

「4月に配ったときにまだ進路決めてない奴いたからな、ちゃんと親御さんと話し合って決めろよー」

担任が太い声で念を押してきた。このクラスのどれくらいがきちんと行きたい大学を決めているのか知らないが、あの言葉は少なくとも自分にも向けられているらしい。将来やりたいことは特にないし、行きたい大学だってもちろんない。学科は少し考えてるけど…いっそのことでも就職するか?


名前すら書いてない調査書を前にしたら、早速ボールペンを走らせるクラスメイトの姿がやけに凛として見えた。



「…ったく人集めるならもっとやる事決めてからにしろよな…」

進まない委員会へのイラつきを廊下の熱気が掻き立てる。夏休みが明けたらすぐに体育祭と文化祭があるから、体育委員と文化委員は今から準備に追われている。と言っても、連日召集されるわりには二進も三進も行かない。終着点の見えない話し合いのことを思い出したらまた少しイラッとしたが、時間が気になって携帯を開いた。昨日よりはだいぶ早い4時半。

「…まだいるかな」

屋上に向かう足取りが昨日までよりずっと弾んでいるような気がして、自分でも少し恥ずかしくなった。




ギィ、と古くさい音をたてて扉を開くと、あいつがいた。屋上は学校で一番太陽に近くて暑い。その太陽をバックに、せっせと指を動かしている。

「何してんの?」

「紙ひこうき」

文字が印刷されてるから何かのプリントだと思うが、丁寧に折り目をつけながらおれも知ってる形の紙ひこうきをこしらえていく。

「弥太郎やっぱり器用だな」

「昔よく作ったよなー、どっちが飛ぶかって…よし、出来た!」

先までピンと尖った紙ひこうきを見せられ、つい声を上げてしまった。

「…いやいやちょっと待て!それ進路希望調査だろ!」

きれいに折られた右翼にはしっかりと『進路希望調査』と印刷されている。当たり前だが同じ紙がおれのクラスでも今日配られた。

「進路決まってないんだ」

そう言うと弥太郎は紙ひこうきを持ってスタスタと屋上の端まで行き、空に放とうとしている。

慌てて飛び出して弥太郎の手を抑えた。

「ちょっ、良晴!?」

「決まってないんだじゃねぇよ!だからって飛ばすか普通!?」

「しょうがないじゃん決まってないんだからー!!」

子供のように駄々をこねる弥太郎を落とさないように、後ろに思い切り体重をかけて倒れ込み、ついでに紙ひこうきを奪い取った。

「良晴それ返せ!」

「ちょっ、お前人の上で暴れるなって!」

屋上で男二人何をしているんだろうと一瞬冷静になったところで、弥太郎がバランスを崩して下敷きにされた。屋上にたまった砂埃が静かに舞い、またサラリと地面に下りる。


「…弥太郎」

いつもより低い声が出た。

「…すいません」

夏の暑さのせいか、二人分の体温が溶け合っているせいか、体の火照りが収まらない。弥太郎も同じようで、触れ合った肌にじわりと汗が滲みあっている。顔を伏せたまま、弥太郎が口を開いた。

「…おれ、高校だって自分で選んだわけじゃないんだよ」

純粋に言っている意味が分からなかった。おれが聞き返そうとしているのを察して、弥太郎がすぐに付け加えた。

「行きたいとこがなかったっていうのもあるけど、良晴がいるからこの学校受けた」

「え……マジで?」

「マジマジ。大真面目だよおれ」

思わずあっ、と声が出た。

そうだ。言った。同じとこでも行くかって。

あんな一言を掬いとった弥太郎はどんな気持ちだったのか。


「…そうしたら一緒にいられるって思ったから?告白するつもりだったのか?」

「…わからないけど、離れるのは嫌だったから」

弥太郎がおれのシャツをきゅっと握る。

「でも、おれがちゃんと色んな事考えてないから、良晴を言い訳に使ってるのかもしれない」

そうして、おれの顔の横に手をついた。少し肩を震わせながらおれに馬乗りになる弥太郎の瞳は、どこまでも真剣な、でもどこか苦しそうな光を放っていた。


「良晴が好きなこと言い訳にしてるのかもしれない。だってそうしたら簡単だ、楽だもんな」

自嘲気味な弥太郎の声は今まで聞いたことがなかった。おれの無責任な一言が、たった一枚の紙ひこうきが、弥太郎の重荷になっていることに気付かなかった。いや、それだけじゃない。弥太郎の気持ち自体にずっと気付かなかった。おれは何年も、何も知らず一緒にいた。知らないことは残酷なことだ。おれは気付くべきだったんだ。その責任があったはずなんだ。


おれは弥太郎の首に手を回して優しく抱きしめた。顔を寄せるとまた弥太郎の少し高い体温が伝わってきた。

「楽じゃないよ。だって今お前苦しそうだよ」

弥太郎の力がすっと抜けた。

「ごめんな、おれがあんな事言ったから」

「…良晴のせいじゃない、おれは良晴の言葉に甘えただけだ」

「ずっと好きでいるなんて大変だよな。気付かれないし言えないなんて辛いよな。それでも一緒にいることを選ぶなんて簡単じゃないよ」

おれの言葉なんかで弥太郎が慰められるかは分からなかった。でも言わなきゃいけないと思った。

「…あの、さ。おれと一緒にいようとすることは弥太郎のワガママ?」

「……そういうことになるのかな」

ずずっと一回鼻をすすって答えた。また泣かせてしまったか。

「お前がよかったらだけど、おれのワガママ聞いてくれる?」

「…?」


「おれと同じとこ行かない、大学」

弥太郎がキョトンとして目を合わせた。

「高校まで引っ張っておいて、まだやるのかって思うかもしれないけど。でも、ここに来た事が弥太郎のワガママなら、おれもワガママ言ったっていいだろ?」

ワガママどころかこんなのは完全におれのエゴだ。でも、一緒にいたいのはおれだってそうだ。お互い手に入れたものを今更手放すのは惜しい。

「工学部、確かあったし…」

弥太郎が以前呟いていた。行くなら工学部かな、と。


「行く!!」

弥太郎がこれでもかというくらい輝いた目をぶつかる寸前まで近付けて、力強い声で答えた。

「あ、いや、よく聞け、一緒にいたいのは同じ気持ちだと思う、でも大学となるとお前の将来もかかってくるからもっと考えて決め…」

「考えたってしょうがないよ。いくら考えたっておれは良晴と一緒にいたいって答えにしかならないよ」

食い気味な即答にフリーズしていると、嬉しそうに楽しそうに目を細めて、弥太郎は笑った。


「一緒にいたいのは同じ気持ち、なんでしょ?おれついてくよ、ずっと」



そう言って額に甘いキスを落とされた。

体温の高い弥太郎の口づけは、他の何よりも温かかった。






読んでいただきありがとうございます。

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