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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
4/20

オレンジ色の教室

ーーーおれが5歳の時のことだったと思う。

「せんせぇ、りょうたくんはかなちゃんのこと好きなんだってー」

「いっちゃだめだって!そうまくんだってしおりちゃんのことすきだっていってたんだよ!」

保育園児のおままごとみたいな恋の話。若い女の先生が相手していて、黙っていたおれに気を遣ってか聞かれた。

「弥太郎くんも好きな子いるの?」

今思えばとても子供向けの笑顔だったような気がする。でも何も知らないおれは素直に答えた。

「…ハル。ハルが好き」

この頃には自分の中に違和感を覚えていた。みんな、好きな子の話になると女のコの名前を挙げるのだ。自分は良晴が好きなのに。だから、大人の先生なら理解してくれると思っていた。

「良晴くん?」

「うん」


先生は笑いながら、おれの最も望まない言葉を吐いた。


「やだ弥太郎くん、良晴くんは女のコじゃないでしょう?」


どうして女のコじゃないとダメなんだ

どうしてハルじゃダメなんだよ

どうして……



幼い頃の夢を見ていた。昨日は着替えずに寝てしまったようで、白いシャツはすっかりシワが寄ってしまっていた。半分寝ぼけたままで昨日の記憶を探った。

えっと、そうだ。

良晴に告白したんだ。

おれをなだめて、そのまま良晴は帰って…嘘、10時間くらい寝てた?


時計の針は4時半を指していた。カーテンの隙間から光がもれていて、外はもう明るそうだ。とりあえずシワシワになってしまったシャツを着替えた。洗濯機に放り込むついでに両親の寝室を覗くと、二人とも穏やかに寝息を立てていた。

「まぁまだ4時だもんなぁ」

二人を起こさないよう静かに呟いて戸を閉めた。普段ギリギリまで寝ていることが多いから、早朝は慣れないし困る。夏の柔らかな日が差し込むリビングはいつもと違って、神聖な世界に迷い込んだような気分になった。

おれの部屋のすぐ目の前は良晴の部屋だ。

(まだ寝てるかな、もう起きてるかな…)

シャッと朝に相応しい音と共にカーテンを開けると、薄緑のカーテンの奥には人影が映っている。


良晴ももう起きてるのかと思ったらちょっとだけ顔が熱くなった。



中学の時は毎朝一緒に通学していたけど、高校に入ってからはなぜかしなくなっていた。別に理由はない。はるか昔からの約束であったかのように、なんてのは大袈裟かもしれないけど、それでも良晴との距離は自然と遠くなった。だからあの場所を、屋上への道を見つけたんだ。



結局学校では一度も良晴と話さなかった。教室が違うし、廊下で後ろ姿くらいは見たけど。昼休みと帰りに屋上にも行ったが、その日は顔を合わせることは無かった。珍しいことでもないが、昨日のことがあるだけに避けられてるような気がして少しモヤモヤしたものが胸に残った。



夕方5時。人が少なくなっても校舎には規則的なチャイムが鳴り響く。今日は委員会のせいで屋上にも行けなくて、弥太郎に会っていない。珍しいことでもないが、昨日のこともあるから何だかモヤモヤする。

(もう帰ったよなぁ…)

屋上にいるかもしれないという小さな期待を持って、教室が並ぶやたら長い廊下を急いだ。パタパタと一人分のスリッパの音だけが静けさの中に溶け込んでいく。


階段の手前で一つだけ、教室のドアが開いているのに気付いた。すっかりオレンジ色に染め上げられた教室の中を覗いてみると、一番後ろの席にあいつがいた。

「弥太郎?」

机に突っ伏したままで返事はなかった。寝ているようだった。音を立てないように机まで近づくと、いつも柔らかい弥太郎の髪もきれいなオレンジに染まっていた。

「おーい、弥太郎」

そのまま頭をくしゃくしゃ触ってみたが返事はなかった。

「…一日ずっと考えてたんだぞ」

寝ているなら意味が無いが、勝手に言葉が漏れていた。

「昨日寝れなかったんだからな…頭ん中ずっとお前がいるんだもん…」

独り言だったのかは分からない。でも確かに弥太郎に向けた言葉だった。


「…おれも好きだよ、弥太郎」



聞こえていないならそれでいい。また明日屋上で言うだけだ。この告白が、静寂の中に消えても構わないと思った。

でも。


「…おい」

「…………バレた?」

顔は伏せたままだったが、弥太郎が答えた。

「ええー 何でわかるの」

「何年一緒だと思ってんだよ。気配がするんだよなんか」

「良晴、野生動物みたいだね」

クスクス笑っているがその表情は伺えない。

「…なんでこっち見ない」

少し語気を強めたが、弥太郎は答えなかった。じっと見つめていると、理由がわかった。

「…恥ずかしい?」

ピクッと反応があった。昔からの癖だ。弥太郎は照れると耳が赤くなる。

「だって…」

消えそうな声で言った。

「普通さ…OKでると思わないだろ…」

「まぁ確かに…」

イスをひいて隣に座った。窓の向こうの空はもっときれいなオレンジ色だった。


「!」

外を見ていたら、突然腕をつかまれた。クーラーがかかっていたから弥太郎の手は少し冷たくなっていた。冬眠から目覚めた動物のようにのっそりと動き出すと、俯いたまま聞いてきた。

「…ほんとにいいの」

この告白が成功することは、弥太郎にとっては重大なことなんだろう。一昨日まで普通に女だけを恋愛対象としていたおれと付き合うということ。それは周りから見たらおかしい事だということを弥太郎は分かっている。きっとおれにも迷惑がかかると思って迷っていたんだ。


「いいよ」

おれは冷えてしまった弥太郎の手に自分の手を重ねた。

「いいよ。たった一晩と思うかもしれないけど、ちゃんと考えたから。おれはお前がいい」

弥太郎は伏せたままだった顔を勢いよくあげた。頭突きでもされるかと思ってドキドキした。弥太郎は頬を赤く染めたまま、もごもごと何か言った。

「ふつ…すが」

「?? なんて?」

目をぎゅっと瞑ったまま。顔を真っ赤にして。

「ふ、フツツカモノですが……」


「……ぶっ!!」

その一言につい吹き出してしまった。さっきまでとは空気が一変した。

「な、な、な…!!な、何で笑うんだよここぉ!!」

「いやいや、だって…ちょっ、ちょっとタンマ…」

笑いが込み上げてきて、いきなり可愛いこと言うから、までは言えなかった。


一通り笑い終えた後には弥太郎の緊張も解けていて、手も温かくなっていた。おれは目尻の涙を指で拭いながら、また弥太郎と向き合った。


「なんか、初めましてって感じだな」

「恋人としては初めまして?」

「そうそう」

「良晴結構ロマンチスト?」

「うるさい」

どうでもいい会話の一つ一つが心地いいと感じるのは、相手が好きな証拠なんだと思う。繋いだままの右手が夕焼けみたいに温かくて、それがたまらなく嬉しくなった。


「おれ弥太郎の体温好きだなぁ」

「体温?」

「いつも温かいし。動物みたいだな」

「はは、何だよそれ」

そんなこと言いながらも弥太郎はずっとにこにこしていた。そして右手を強く握っていつもの調子で言った。

「まぁでも好きならいいかぁ」



お互いの人生初の告白は、成功に終わった。教室のオレンジが濃くなった気がした。

読んでいただきありがとうございます。

恋愛経験がないので自分でも書きながらどきどきしてます

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