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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
16/20

君じゃなかったらきっと

9月中旬。

体育祭と、文化祭と、中間テストが順番に並んでやってくる時期。


「あ、あの、佐倉、さん」

「何?」

隣の席の池田さんが、ある日突然話しかけてきた。今まで特に接点があったわけではない。なにか委員会の連絡でもあったかしら、と彼女の顔を眺めながら考えていると、嫌な名前が出てきた。


「あ、あのね、黒岩さんが、呼んでるって…昼休みに校舎裏に来てって…」


黒岩。

クラスの中の強者、と言いたいところだが、強者だと思い込んでいるだけの普通の女子高生。友人なのか取り巻きなのか知らないが、いつも誰かを引き連れて行動している派手な人。努めて彼女と関わらないようにしているわけではないけど、向こうはいつも私のことは眼中にないようだった。

まぁ私も好きではないし構わないけど。


「彼女に呼び出されるような覚えはないのだけど」

いつも通りの声色で思ったことを聞いただけだったが、池田さんは焦ったように声を大きくした。

「わ、私だってそんなの知らないよっ、私関係ないから…ただ呼んでこいって言われて…!」

ああ、この子に聞いても意味は無いか。

「そうね、ごめんなさい。わかったわ」

行かなくて難癖つけられるのも面倒だと思ったので、昼休みは言われた通り校舎裏に向かうことにした。



ところで、校舎裏ってどこのことを言ってるのかしら。この一帯は全部校舎裏だけど。

とりあえず訪れた校舎裏でそんなことを考えていたら、黒岩さんの方から私の前に現れてくれた。後ろにはいつもの取り巻き。私の後ろにも派手に制服を着こなした同じような女子が数人出てくる。思いがけず私は囲まれる形になってしまった。


「よォ佐倉ァ。まさか本当にのこのこ来るとはねぇ?」

時代遅れの挨拶とウェーブのかかった長い茶色の髪。スカートは下着が見えてしまいそうなくらい短くて、顔は化粧でバッチリ作られている。

どこにでもいる、普通の女子高生だ。

「のこのこって…あなたが呼び出したんでしょう。要件は何?」

図書室に返したい本があったので、できれば早く済ませてほしいと思っていたのだが、どうやらそういう空気ではなかったようだ。彼女はよく聞こえる舌打ちをした。


「何、じゃねぇよ。お前、この間倉田と喋ってただろ?」

「倉田さん?」

同じクラスの倉田さんのことで合ってるのかしら。

あの子の名前がなぜ今突然出てくるのだろうかと首を傾げると、彼女はくちゃくちゃと噛んでいたガムを吐き捨てて怒鳴った。

「あたしらがアイツを無視してたの知ってんだろ!?なんでお前が話しかけてたのかって聞いてんの!!」

「何故って…先生から彼女に伝言を頼まれたから話しただけよ」

「アイツはなぁ、あたしの彼氏を誑かしてたんだよ!だから無視してたってのに…!」


彼女の言っていることは激昂に紛れて、他のクラスの人が聞いてもよく分からなかったと思う。しかし一年四組の人間なら理解できるだろう。

彼女は数人のグループで、気に入らない人を無視したりするいじめの主犯であった。周りも巻き込まれたくない一心でそれに加担する。しかし彼女が飽きたらそのいじめは終了するシステムになっているらしい。今の標的はその倉田さんだったのだろう。

誑かす、なんて言葉が全くしっくり来ない大人しそうな彼女に話しかけたことで、どうやら私は巻き込まれてしまったようだ。


「話は分かったけど、彼女に話しかけたことは私が呼び出される理由にはならないと思うんだけど」

「……はァ?」

彼女の苛立ちはとてもわかりやすく伝わっていたが、私は思ったままに言葉を綴った。

「だって、あなた達が無視していたからって、私も一緒にそれを実行する理由はないじゃないの」

「……っ!!」

「あなたの彼氏の事も、倉田さんが関係あるかどうかはハッキリしているの?確証もないのに巻き込まれたんじゃ、さすがに私も迷惑なのだけど」

私の言葉で彼女は相当頭にきたらしい。さらに顔を赤くして怒声を浴びせられた。

「うるっさいんだよガリ勉が!!ちょっと勉強ができるからって調子にのんなよ!?澄ました顔しやがってうぜぇんだよ!!」


彼女は頭が悪いようだ。最初から怒る相手は私ではないのに。

「…もう気は済んだかしら。帰らせてもらうわ」

踵を返した私の道を、他の女子が塞ぐ。赤く塗った唇を歪ませてニタニタと笑っていて、向かい合っているだけで気分が悪い。

「このまま帰すわけねぇだろ?頭悪いんじゃないのあんた」

じりじりと一歩ずつ距離をつめてくる。

向こうは人数も多いし、さすがに私も困ったと思った時。



「きゃっ!?」

急に黒岩さんは女の子らしい高い声を上げた。訳が分からず立ち尽くしていると、周りの女子がみんな上に視線を送った。


私も同じ方を向くと、彼がいた。


「……ってめぇ何すんだよ!!」

どうやら黒岩さんの悲鳴の原因は彼にあるようだ。

「何だか知らないけど、そんな大人数で寄ってたかってかっこ悪いと思わないのー?」

「…ちっ」

行くぞ、と黒岩さんが促すと他の女子もぞろぞろと続いた。何人かが私を睨んでいくことを忘れなかったが、どうでもよかった。



「ありがとう」

全員が立ち去ったのを確認してから、上にいる彼に声をかけた。

「別にいいよ。ケンカでもしたの?」

「向こうはそのつもりなのかもしれないけど知らないわ。逆恨みもいいとこよ」

「はは、冷静だねぇ」

「黒岩さんに何したの?」

彼は手に持っていたペットボトルをちゃぷんと振った。

「背中にちょっとかけてやった」

そう言って小学生のようにケタケタと笑った。

特に危害を加えられたわけではないし、先生に報告する必要もないか、と考えていたら、彼のいる廊下から他の男子の声がした。

「やたろー、何してんのー?」

「おお、今行くー」

彼は何事もなかったように、軽いトーンで返事をして、声の方向へ歩き出そうとした。


「あ、ありがとう」

立ち去ろうとする彼に、私はもう一度お礼を言った。言わずにはいられなかった。

「別にいいのに」

彼はとても愛想のいい笑い方をして、二階の窓から姿を消した。少しはねた髪が彼の後からついていくようにひょこひょこと動いていた。


「…変わった名前」


それが彼の第一印象だった。





9月中旬。

夏の匂いが消えて、乾いた色が目につく季節。



良晴が話しかけてこなくなった。


体育祭の準備やテスト勉強で忙しいのかと思ってたけど、それにしても全く顔も合わせないのはおかしい。部屋のカーテンはいつも閉めてるし、朝も先に行っちゃうし、屋上には来ないし。明らかに避けられてる。


一人きりの屋上は、やたらと強い風が鬱陶しかった。良晴がいた時はそんなこと思わなかったのに。古い扉がギィ、と気だるげに鳴らないかと、耳をそばだてている自分を可笑しいと思った。


「…高校入学した時に戻ったみたい」



どこからだろう、と記憶を巡らせる。

何回もそれを繰り返したが、一点しか心当たりがない。

夏祭りの日だ。

あの夜の帰りはおれが上の空だったし、こっちに戻ってくる車の中でも二人揃って寝ていた。まともに言葉を交わしたのはあの日が最後だった。約半月、良晴と顔を合わせていない。

同じ学校に通っていて、隣の家に住んでいてもそれが可能だということをおれはよく知っていた。

実際、ほんの少し前までその状態だったんだから。


「よっと」

屋上から学校内を見下ろす。柵から半分身体を乗り出すと、少しヒヤッとした。良晴がいたら危ないって怒るだろうな。

隣の校舎の窓なら見えるし、門から出ていく姿はないかと探したが、知らない背中や頭しかなかった。

さすがにもう帰ったよな、と諦めかけてそのまま携帯を触っていたら、見覚えのある姿があった。その人物は、隣の校舎にある図書館を出た廊下を、少し早足に歩いていた。


「佐倉」


いつもの凛とした二つ結びは、歩く度に生真面目に揺れた。おれは、それを見て思わずカバンをひったくり、走り出した。

そっと閉めなかったドアの音が狭い階段に大きく響いたが足を止めなかった。

屋上からの階段を下りきってまた扉を開き、校舎の中に飛び込んだ。下駄箱へ向かう人波をすり抜けて、階段を駆け上がる。一段飛ばしで上へ向かうごとに体中の酸素が減っている心地がした。


「こぉぉら走るんじゃないぃぃ!!」

「やばっ、ごめんなさい!」


途中先生の注意を浴びつつ、おれは佐倉の元へ全速力で駆けて行った。

図書室の下の階の廊下で彼女に追いつくことができた。


「はっ…はぁっ、はぁ…」

「ふ、藤崎くん?」

「あー、はは、えっと…はぁー…」

速くなる呼吸を必死に抑えながら、なんとか笑顔を作った。部活引退して体力落ちたかなぁ、と受験生らしい言い訳を頭の中で組み立てたりした。


「あの、ちょっと時間ある?」

やっと絞り出した言葉がそれだった。

心臓が速い。小動物のように心拍数が上がっている原因は走ってきたことだけじゃない。断られるだろうか、怒るだろうかと少しドキドキした。


「うん」

佐倉は優しく笑った。

「一緒に帰りましょ」

本当は彼女は怒ったりしないことを、おれは分かっていたのかもしれない。その言葉に素直に頷くことが出来た。





おれが屋上にいる間に、下校のラッシュは一旦終わったようだ。周りには満員電車を避けようとした三年生が数人歩いているだけだった。


「体育祭の準備忙しいの?」

「まあまあかしら。私は係決めやプログラムの調整だから、当日は何もないし」

お互い間を埋めるためだけみたいな言葉をぽつぽつとアスファルトに零しあっていた。

付き合っていた時はよく一緒に帰っていた。

二人の共通の話題は少なかったけど、それでも会話が途切れることはあまりなかった。

今は予想通り、気まずい空気を引っ張りながら歩いている。


駅には10分ほどで着いてしまった。

まだ本題に入れないおれを察してか、佐倉は人の少ない方まで歩き、ベンチに先に座った。おれも拳二つ分くらい空けてそこに座る。


「覚えてる?二年前の今頃だったと思う」

「…?」

不意に佐倉は雲が晴れたような、スッキリとした声で問いかけてきた。おれは何の事か、すぐには理解できなかった。

「初めて藤崎くんと話したの。校舎裏だった」

「…ちょっと不穏な初対面だったね」


たまたま廊下の窓から見えたあの光景。

囲む女子達とは対照的な、校則違反なんて一個もない、正しさを纏った彼女。

ああ、学年1位の子かぁ、というのが第一印象だった。とても仲良しな空気には感じられなくて少しだけ助太刀をしたけど、今思えば良晴と佐倉を重ね合わせていたのかもしれない。



「あれからずっと好きだったの。今もずっと」


柔らかくシーツのようにその言葉はおれの上に被さった。佐倉は少しだけ上を見ていた。その言葉に、目に、答えたいと思う自分がいるのは嘘じゃなかった。それがきっと普通なんだろうなと思った。

でも。


「…ごめん」


佐倉は全部わかってたみたいに、肩の力を抜いて答える。

「謝ることじゃないでしょう」

「そうじゃ、なくて…」

また心臓がドクドクと鳴っていた。

おれは目を伏せて続けた。

「おれも、ずっと好きな人がいた」

「…葉山くんのこと?」

ああ、やっぱり分かってたんだよなぁ。

「ちゃんと言わなくて、ごめん」

「別にいいのよ、わざわざ言うことでもない」

小さな缶の中から赤色のドロップだけを取り出すみたいに、おれはその次の言葉を選ぶのに手間取った。

「良晴に彼女ができたって聞いて、それでちょっとヤケになってた部分があると思う。おれに告白してくれた佐倉の気持ちを利用するみたいになって…本当にごめん」

今度はきちんと顔を上げて、目を合わせた。佐倉の中の、奥の方にまで届くように。

この一言を言うのに、ずいぶん遠回りをしてしまった。その為の言葉でもあった。

「別に私は悲しくないの。それよりも、藤崎くんがいつも誰を見ているのかが知りたかったの」

佐倉は、月が欠けるみたいにきれいに目を細めて笑った。


「それがわかって良かった」


おれに告白した時と同じように笑ってくれた。




『1番ホームに電車が参ります。白線の内側に…』



「あ、電車…」

おれと佐倉の乗る電車は反対方向。だから二人で話すのはいつもここまでだった。

去年の行動と重なるものがある度に、距離が離れてしまったことを実感しつつ、実は最初から距離なんて縮まっていなかったんじゃないかと薄情なことを考えてしまう。


「……」

おれはぎゅっ、と膝の上の拳を握った。駅のアナウンスが流れる。もうすぐ電車が来る。

「…こんな事言うの、卑怯だと思うんだけど」



「おれは佐倉じゃなかったらきっと付き合ったりしなかったよ」

「……!」

男としてこのタイミングでそんなことを言うのは非常識だと思った。でもどうしても伝えておかなきゃいけないことがあった。

「佐倉は、佐倉が思ってるよりも、ずっとずっと素敵な人だから。おれじゃなくても、それを分かってる人はいるよ」


二人の代わりに、電車の到着音が沈黙を埋めてくれた。風で佐倉の髪が揺れる。

「じゃあね」


ひどい優しさにいっそのことおれを嫌ってくれたら、佐倉にとってもいいのに。

そんな望んでもない理想を、彼女はいとも容易く打ち砕いてくれた。


「ありがとう」

扉が閉まる直前、背中に届けられた言葉に、つい頬が緩んだ。

なんだか泣きそうだ。


プルルル……プシュー……


扉が閉まるのと同時に、駅のアナウンスが流れる。ガタン、とゆっくり動き出す電車に佐倉は背を向けた。





ハッキリとフラれた。

吹っ切れた、とはこの事か、と思った。

もう一度到着のアナウンスが流れる。それをぼんやりと聞きながら、私は誰かに認めて欲しかったんだろうかと考えた。


ーーー佐倉じゃなかったらきっと付き合ったりしなかったよ。


彼の言葉をそっと握りしめた。

自分の好きな人に認めてもらえた。


私だって、あなたじゃなかったらきっと告白したりしなかった。

あなたは誰を好きになったっていい、ただ私にはあなただけしかいないから、あなたを好きでいることだけは許して欲しい。


そんなこと、とても言えなかったけど。

でも他は全部伝えられてスッキリしたせいか、なんだか可笑しくなってきて笑いでも零れそうになったのに。

「…あれ」

頬に何か熱いものが伝っている。あまり人目はなかったけど私は慌てて目元を拭いた。後から後から流れてくる涙に、戸惑った。制服の裾が濡れてしまったけど、ハンカチを出す気も起きなかった。

なんで、今更。


「あのぉ…」

電車の音に紛れたせいか、もともと小さな声だったのかその時はわからなかった。

「佐倉さん、だよ、ね?」

最近よく聞かれる。何なんだろう、と滲む視界の中で声の主をチラリと見た。

「急に声かけたりしてごめんね、あの…何かあったの?」

真っ直ぐに切り揃えた前髪の下に純真な瞳を覗かせて、そんな言葉をかけられた。見覚えのある顔だった。

「何でもないの、大丈夫」

ホームに入ってくる電車のライトで、一瞬彼女の顔が影で見えなくなった。

「ああ、えっと、じゃあ深くは聞かないけど…私のこと覚えてる、かなぁ」

私はもう一度涙を拭って頷いた。

「よかったぁ、私ずっと佐倉さんにお礼が言いたかったの」

膝上の短いスカートを履いた、どこにでもいる普通の女子高生。でも黒岩さんとは違う。やっぱり、男を誑かすなんて出来そうにない子だと思った。

「1年の時、黒岩さんの標的にされちゃって、みんなに無視されて、すぐ終わるだろうって我慢してたけど、あの時すごく辛かった。だから、佐倉さんが声かけてくれて、本当に嬉しかったの」

「声かけたって…ただの連絡だったはずよ、あれ」

「そんなこと関係ないよ。本当に嬉しかったの。どうもありがとう。遅くなってごめんね」

彼女のお礼や謝罪の言葉がするすると胸の中に入ってきて、溜まっていた何かを溶かしていった。

「私、佐倉さんとずっと話してみたかったの。本当だよ。頭が良くてきれいな人だと思ってた」

さらさらと人を褒められる彼女の方が、よほどきれいな人だと思った。そんなことはお構いなしに、私の前にぴしっと立って、映画みたいな宣言を恥ずかしげもなくしてくれた。

「私、倉田あゆみ。佐倉さん、よかったら友達になってくれませんか?」


友達、という響きをとても懐かしく感じた。そういえば、そう呼べる人がしばらくいなかったような気がする。



「わわっ、佐倉さんっ、大丈夫!?」

押し込めた涙がまた溢れ出してきて、彼女はオロオロと私の顔を覗きこんだ。

せっかく話しかけてくれたのに、これ以上彼女を困らせるのは嫌だなと思った。



「…杏香きょうか

「え?」


告白みたいに恥ずかしかったけど。


「佐倉杏香。下の名前で呼んでくれたら嬉しい」



彼女じゃなかったらきっと、こんなことは言えなかった。






読んでいただきありがとうございます。


佐倉さんはお気に入りです。

黒岩さんはキャラが適当すぎるなぁと反省してます。

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