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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
13/20

星の降る夜は一人きり

田舎の空は綺麗だ。

空気が澄んでいて、星がよく見える。小学校の授業で星座を観察してくる宿題なんてものがあったけれど、家のベランダからでは1回も見られなかった。それを良晴はよく悔しがっていた。だから、ばあちゃんの家に行くのを待ち遠しそうにしていた。

おれは星のことなんてさっぱり分からなかった。冬の空に白く、丁寧な輪郭で光る星を一番星だと言っていて、よく金星だと訂正された。金星ならベランダからでも見える、と。そして、やっぱり星座は見えないな、と良晴は白い息を吐いていた。二人で窓から体を乗り出していた。


星座を探す良晴の横顔が、とても大切なもののように思えて仕方なかった。




途中休憩を挟んで2時間半。見上げれば広い青、ぐるりと見渡せば緑が続く。畑にぽつぽつと立っているカカシが、風を受けてさわさわと踊るように揺れた。空気がおいしいわねぇと母さんは呟いた。おれには空気の味はわからなかったけど、いつもより深く呼吸してみた。


「裕子、弥太郎」

小さな人影が古い家の方からゆっくりと歩いてくる。

「ばあちゃん」

腰を曲げたばあちゃんが草履をざりざりと鳴らしながら出迎えてくれた。

「久しぶりなぁ、遠かったろう」

「こんなに運転するのなんて実家に帰る時ぐらいだから疲れたわ」

車からバッグを下ろして、ばあちゃんについて家に向かった。着替えはそんなに持ってこなかったけど、お土産の紙袋がガサガサと音を立てた。


「弥太郎、大きくなったなぁ」

奥の部屋に行くと、じいちゃんが渋い色の座椅子に座っていた。

「でしょー?少しは伸びたんだから。じいちゃん腰大丈夫?」

「いやぁ、今年はじゃがいもが豊作でなぁ。カゴいっぱい持ったら痛めてしもうた」

「お父さん気をつけてよね。お母さん一人じゃ畑の面倒見きれないもの」

母さんは呆れたようにじいちゃんの脇に座り、小さな紙袋をいくつか並べた。

「これ、前気に入ってたからまた買ってきたの。こっちは正義さんから。お盆は来れないらしいけど、お正月にまた挨拶に来るって」

駅前のデパートで買った黄色いパッケージのお菓子を見せると、じいちゃんは嬉しそうにそうかそうか、と頷いた。座れるようにはなってるから、腰もだいぶ良くなっているようだった。

「じいちゃん、コッコ裏にいる?」

「ああ、おるよ。そろそろ餌をやっといてくれんか」

「わかった」

古い木造の家は、廊下を歩くと時々ギシギシと音を立てる。黒や茶色の木目を指でなぞると、懐かしい気持ちがする。

縁側に向かうと、その音に気付いたコッコが寄ってきた。

「コッコ、久しぶり」

庭にザラザラと餌をまくと、どこからかスズメも飛んできて、遠慮がちに取りこぼした餌をつついていく。コッコも上品に餌の粒を拾い続けた。

「お前やっぱり女の子だなぁ」

傍にしゃがんでその姿を眺めていても、コッコは全く気にしなかった。トサカを撫でても、邪魔しないならいい、と言ったふうに餌から目を離さなかった。

すると急に強い風が吹いて、餌の一部が風で飛ばされていき、スズメ達も一斉にそこに集まっていった。

「もういいの?」

足元の餌はほとんど無くなって、ごちそうさま、とでも言いたげに、コッコは首をしきりに振った。そのままおれの足元に寄ってきて、ぐるぐると動き始めた。何かを探しているような動きだ。

「今日は良晴いないよ」

ココ、と一声残念そうに鳴いたので、抱き上げて縁側に座った。おれの膝の上で器用に足を畳み、白い毛を丸まらせて目を閉じる。庭のふちではまだスズメが餌に群がっていた。

「お前ほんと良晴のこと好きだなぁ」

白い羽に手を潜り込ませると柔らかく暖かかった。


「おれも好きだなぁ」

コッコは目を閉じたまま動かなかった。聞いているのか、それとも寝ているのか分からなかったけど、それでよかった。ああ、そういえば鳥の体温は人間より高いって言ってたっけ。羽の中にしまいこんだ温もりは、夏でも心地いいなと思った。


「弥太郎」

ふいに、後ろからばあちゃんに声をかけられた。

「裕子、先に畑に行ったよ」

「ああ、うん。おれも行く」

畑と言っても、少し立派な家庭菜園くらいのものだ。でも季節に合わせて、じいちゃんとばあちゃんの撒いた種がきちんと芽を出す。二人では多すぎるくらいの収穫作業を手伝うのが、いつからか恒例行事になっていた。


「あの子は元気か?」

立ち上がりかけたおれの隣に、ばあちゃんはちょこんと正座した。

「…良晴のこと?」

「そう」

ばあちゃんは目を細めたまま答えた。

「元気だよ。そうそう、ばあちゃんおれ良晴と同じ大学目指すことにしたんだよ」

大学のこと、良晴に勉強を教えてもらってること、コッコに会いたがってたことを一気に話した。多分速くてばあちゃんは全部は聞き取れてなかったと思う。でも細い目をさらに細くして、そうかい、と嬉しそうな声を漏らした。

「ばあちゃんもコッコも良晴のこと好きだよね」

またコッコの白い毛を流れに沿って撫でる。ふわふわ。

「そらなぁ」

ばあちゃんは遠くの緑と青の境界を見つめていた。


「弥太郎が気に入った子だからなぁ」


ずっと遠くを見つめて、そう言った。


「おれ、畑手伝ってくる」

コッコをばあちゃんに預けて、畑の方へ向かった。



ギシギシ、ギシギシ。

早足で廊下を鳴らした。色んなものを気付かれないように。

胸のあたりがむず痒くなる。無意識に手を当てて、何か隠すようにしている自分がいた。こうでもしないと、よく分からないけど不安なものがしみ出てくる気がした。

ばあちゃんの言葉で、急に気がついた。

みんなに知られたらどうなるんだろう。

おれと、良晴の関係。

あの告白から今までが全部夢で、現実に突然引っ張りこまれたみたいな感覚だ。

ばあちゃんの言葉はどういう意味なんだろう。どういうつもりで言ったんだろう。もしかしておれは、自分が思う以上に色んなことを隠しきれていないんじゃないか。


ーーー男と付き合うなんておかしいでしょう?


美晴ちゃんの言葉が頭をかすめた。

おれを試すための言葉だったはずだが、やっぱり胸に刺さる。

見上げた太陽は大きいのに、自分の心臓だけきゅう、と小さくなっていくような気分だ。

美晴ちゃんは認めてくれたーーーいや、見逃してくれたけど、他のみんなはどうだ。

色々と想像した。おれの家族のこと、良晴の家族のこと、良晴のこと。今頭の中にある全員におれ達のことをカミングアウトしたら、必ず歯車が狂うだろう。それを想像することはとても簡単だった。

それでも。

それでも離れたくはない。

おれがしっかりしなくちゃいけない。

まだ隠さなきゃいけない。

顔を両手で叩いたら、頬だけ火を炊いたようにひりひり痛んだ。でも、なんだか気合が入ったような気がした。


「弥太郎ー、ちょっと手伝って!」

「はーい」

母さんの声に答えるおれは、いつも通りのおれだったはずだ。15年間、何かを隠し続けたおれだ。



「布団は押し入れにあるからな。おやすみ」

「うん、おやすみ」

しばらくは二階の小さな部屋がおれの寝室になる。階段も廊下と同じように、足をかけるとキシキシと音を立てた。パタン、と扉を閉じると、部屋の時間が止まっているようだった。外からは虫の声がするし、月の光がぼんやりと居座っているのに、ここだけ何も動かないように感じた。

昼間の疲れもあって、早く寝てしまいたかった。でも、布団に入ってもなんだか落ち着かない。


「…広いなぁ」

思わずため息がこぼれた。二人の温もりを知ってしまった今は、どうやって一人で眠ってきたのか分からなくなっているようだ。

そう思うとじんわりと目が冴えてくる。おれは一度布団から抜け出して、外を見た。

丸い月が見下ろしてくる。周りには小さな星が負けじと光を放っていた。

やっぱり田舎の空は綺麗だ、と思った。小学生でも高校生でも、この広さは変わらない。

一人で見るには、広すぎる。

全開だった窓を半分ほど閉めて、また布団に潜った。

少し暑かったけど、構わず目を閉じた。



二週間は長いなぁと、瞼の奥で呟いた。

読んでいただきありがとうございます。

月刊連載みたいなペースで書いてます。

話は考えているんですが、言葉が追いつかないです。


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