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君の体温が好き  作者: ごん
第1章
12/20

ライフ

「二週間?」

「うん、二週間」

「お盆に帰るのはいつものことだけど、今年はなんか長いな」

「じいちゃんが腰やっちゃったんだって。大したことないらしいけど、どうせ帰る予定だったし、母さんの休みがとれる限り行こうかって」

窓越しにそんな会話を交わした。

弥太郎の祖父母は離れた田舎に住んでいる。お盆にはいつも裕子さんと帰省するのだが、今年はそれが長くなりそうだという話だ。

「正義さんは?」

「さすがに来ないんじゃない?仕事あるし」

弥太郎はポッキーを一本つまむと、いる?と赤い箱を差し出してきた。腕を伸ばして二本捕まえて、おれも同じように口に運んだ。

「じいちゃん畑もやってるからね。夏野菜いっぱい出来てると思うから、収穫してこなきゃ。コッコにも会いたいし」

コッコは鶏だ。おれも何度か遊びに行ったことがあるが、人をつついたりしない大人しい雌鶏で、会うとつい抱きつきたくなるくらいふわふわしている。

「そういえば弥太郎、おれがコッコ見てるといつもどっか行ってたよな」

「…だって良晴がコッコばっかり構ってるから」

動物好きのおれに弥太郎は拗ねたような態度をとる。おれはポッキーをさっさと口に放り込んだ。弥太郎はポリポリと小さく音を立ててゆっくりと咀嚼している。

「じゃあ帰ってくるのは8月の終わりだな。祭りの日までいるのか?」

小さな田舎町で行われるささやかな祭り。カップルが溢れる俗なものとは違い、豊作の祈りとしての意味が色濃く残るそれは、決して豪華なものではないが、田舎町の小さな楽しみの一つでもあった。

「今年は28日らしいから、ギリギリ向こうにいることになるよ」

「そっか。昔よく行ったなぁ。向こうだと蛍も見れるし毎年楽しみだった」

暗闇の中で淡く命を光らせる蛍も、暖色の提灯が並ぶ石畳の通りも好きだった。こっちでは蛍はいないし、祭りは騒がしすぎる。何も無い田舎の方が楽しいことが溢れている気がして、弥太郎とそこで過ごす夏休みが待ち遠しかったことを思い出した。弥太郎は思い出を巡らすおれの顔色を伺うように聞いてきた。

「良晴も来る?」

「え?」

「あ、いや二週間じゃないよ。お祭りの日だけ」

弥太郎は手をパタパタと慌てて振り、そう付け加えた。

「それくらいなら…ダメ?」

遠慮気味に零したその言葉に、気を使っていることはすぐに察することが出来た。そういえば夏休みももう中盤に差し掛かろうとしているのに、お互い勉強に費やす時間が多くてあまり遊んではいなかった。受験生はこんなものかと触れなかったが、このまま何もしないで夏休みを終えるのはさすがに味気ない気がして、おれはポッキーを飲み込んだ。

「いいよ。行きたい」


こんな一言で目を祭りに来た子供のように輝かせるところは、昔から変わってなくて安心する。



「母さん、良晴も祭り行くって!」

台所でカシャカシャと何かをかき混ぜる母さんにかけた声は、分かりやすいほど弾んでいた。

「あら本当?じゃあハルくんもお祭りの日はそのまま向こうに泊まっていったらいいんじゃない?」

「それも話した!いいって言ってたよ」

「じゃあ母さんにも連絡しておくわね。きっと喜ぶわぁ」

母さんは語尾をほんのりと伸ばした。


「なんだ、良晴くんも裕子さんの実家に行くんだね」

テレビの前で新聞を広げていた正義さんが顔を上げた。

「うん、昔はよく一緒に行ってたから」

「正義さんもお盆の数日くらいは来られない?」

母さんが忙しなく手を動かすと、カシャカシャという音がBGMのように流れる。

「うーん、お盆は自分の実家に行こうかと思って。裕子さんの家は、またお正月にちゃんと行くよ」

目元のシワをくしゃ、と寄せて優しく笑いながら答えた。

「ああ、そうねぇ。正義さんあまり帰ってないものね」

母さんも嬉しそうに頷いた。


正義さんはおれの父親…ということになるが、母さんと籍は入れてない。こういう関係にしっくりくる言葉が分からないが、つまり血の繋がりはない。母さんのパート先の社員で、誠実と真面目という言葉がよく似合う人だ。


おれの本当の父親は、おれが7歳の時に出て行った。10年近く前のことだが、酒とギャンブルに溺れた、タバコ臭い男だったことは覚えている。その数年後に一度だけ会ったが、それからはどこで何をしているのか全く知らない。知る気もない。

そんな男に比べれば、正義さんは本当にいい人だと思う。数年前から一緒に住み始めたが、母さんには優しいし、おれのことも面倒見てくれる。気遣いもわざとらしいものではなく、相手を気負わせない自然な優しさも兼ね備えていた。


そんな人を父親と認めていないわけではなかったが、おれはどうしてもこの人を『父さん』と呼ぶことができなかった。


「弥太郎」

いつの間にか鳴っていた金属音が止んでいた。

「マフィン焼くから、よかったら隣にも持って行って。今日はハルくんと勉強する?」

母さんは料理が得意だ。由美さんは料理が下手だと言う良晴はよく羨ましがっている。正義さんも母さんの料理をいつも褒めている。

「うーん、どうしよ。とりあえず持って行って決める」

窓からじゃなく、玄関から堂々と良晴に会いに行けるからマフィンに感謝した。



ピンポーン、と平和な音を鳴らすとすぐに扉が開かれ、反射的に口を開いた。

「これ、母さんがマフィン焼いたから持って来…」

大きな影が被さり、早々に話し出してしまったおれを出迎えていたのは、良晴の父さんだった。背は良晴よりも大きく、がっしりと立派な体格。正義さんと同じく真面目な性格だが、あの人とは少し違う、誠実というよりは厳格と表すのが正しい。眉間に深く刻まれた皺が、おじさんの堅物をしっかり体現していた。

「弥太郎か」

低く、体の芯にまでズンと入り込んでくる威圧的な声。おれは思わず背筋が伸び、体に力が入った。校長先生に対面した中学生みたいな気分だ。

「おじさん久しぶりだね。えっと、由美さんいる?」

少し声が上ずったが、この人はそんなことは微塵も気に止めない。

「買い物に行ってる」

おじさんは難しい顔のまま、それだけ素っ気なく答えた。この人との会話はレベルが高い。

「もうすぐ帰ってくると思う。あがるか」

感情の読み取りづらいぶっきらぼうな態度はまるで門番のようだ。

「うん、お邪魔します…」

いつもより丁寧に靴を揃えてあがらせてもらった。

この人の前では、どうにも調子が狂う。


「弥太郎?」

良晴がすぐに二階から降りてきて、おれの緊張は少しだけ解けた。

「母さんがマフィン焼いたからおすそ分け持ってきた」

ダイニングテーブルでマフィンの入ったタッパーを開けると、ふわりと甘い香りが台所に広がった。

今美晴もいないんだよ、と言って良晴は二人分を律儀に分けだした。この几帳面さはどちらから受け継いだのだろう、と可笑しくなった。


「弥太郎」

さっきの低い声が飛んできて、緊張も一緒に戻ってきた。声の方に振り返ると、おじさんは新聞に目を走らせていたが、背中だけでも十分すぎるほどの威厳を放っていた。

「お前も受験生だろう。用が済んだら早く帰りなさい」

「あ、ああ、うん…」

間の抜けた返事を返す。そう言われてしまったらもうどうしようもない。おれがまた玄関に足を向けようとすると、良晴がおれの腕を掴んだ。

「お茶くらい出すから。上で待ってろ」

静かな声だったが、おじさんの耳にもしっかりと届いていただろう。

それでも大きな背中は何も言わず、おれ達は二階へ上がっていった。



「悪いな、今二人で」

持ってきたマフィンとアイスコーヒーを二つずつ並べて、良晴はベッドに座った。おれは床にすとんと腰を下ろした。

「別に気にしてないよ」

まだマフィンの味見をしていなかったことに気付き、良晴より先に一口齧った。バターの甘い香りがして、いつも通りおいしかった。

「おじさんとは相変わらず?」

「見ての通り」

良晴はそのままマフィンを一口食べてうまい、と呟いた。

「そっちは?」

「まぁまぁかな」

おれはアイスコーヒーでマフィンを流し込んだ。夏休み初日と同じ味がした。

「別に困ることは何も無いんだけどね」

「そりゃ困りはしないかもしれないけどよ…」

「母さんがいいなら全部いいの」

半分ほど残っていたマフィンを口に放り込んだ。甘い香りを噛み締めながら顔を上げると、良晴は曇った顔をしていた。

「どうしたの?」

「…いや」

なんでもない。言いかけた言葉はアイスコーヒーで喉に押し込められたみたいだった。

「…あ、向こう行ってもちゃんと勉強しろよ?あとコッコの世話な」

代わりに出てきた忠告に笑っていいのかふてくされていいのか分からず、おれは曖昧な返事だけして氷をガリガリと噛んだ。

「…二人で気まずいなら、おれもうちょっとここに居ようか?」

「やめろよ」

空気が一瞬で凍った。強い語気に体が強張るのを感じた。

「そんなことで気遣うな。お前には関係ない」


やってしまった。完全な拒絶。

でも当たり前だ、良晴だって、おれと正義さんの関係にとやかく言ったことはないのだから。良晴とおじさんのことには踏み入ってはいけないと、あの時から痛いほど分かっていたはずなのに、余計な事を言ってしまった。

「ご、ごめん」

「あ、いや…」

苛立ちはすぐに引いたようだが、目には後悔の色が映っていた。その目を見てたら胸のあたりがジクジクと痛んだ。

「わりぃ」

決まりが悪そうに呟いた。そんな顔をさせるつもりはなかったのにと、後ろめたさがどんどん大きくなる。

「悪い、今日は帰ってくれ。裕子さんにもお礼言っといて」

目を逸らしたまま、良晴はそう言った。


おれは黙って部屋を出ていった。下に降りても、おじさんはこっちを見なかった。


蝉の声がやけにうるさい。








読んでいただきありがとうございます。

ルビをふり忘れてしまって申し訳ないのですが、弥太郎のお母さんは「裕子(ひろこ)」なのです。あと「正義(まさよし)」さんです。前々から考えていた家族のこともやっと書けました。

そろそろ物語が動き出す予定なので、気長にお待ちいただけたらありがたいです。

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