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庭と共に生きる

作者: G

遠山成章(とおやまなりあきら)

女性が大の苦手で、人嫌いの青年。


遠山大寛(とおやまだいかん)

感情派で、息子のことに頭を悩ませる父。


遠山幾重(とおやまいくえ)

第16代目庭後継者の祖母。


荒生田星霜(あろうだせいそう)

荒生田財閥の御曹司。


荒生田蒼華(あろうだそうか)

荒生田財閥の令嬢。

遠山家の伝統は庭にある。「庭継承の儀」、その式典には16代目庭継承者である今は亡き祖母の孫、遠山成章の姿があった。成章を含む、喪服の集団は祖母の顔写真に涙を贈りながら、一列を形成していた。お経を読む僧侶の声に耳をすませ、成章は遂に祖母、遠山幾重の顔を拝むことができた。成章は列の最後尾だったため、拝み終えてからすぐに「庭継承の儀」に移った。

儀式の進行役を務める父、遠山大寛は成章をまっすぐ見つめ、成章の覚悟の程を伺っていた。列の最後尾。それは儀式の後継認定者の座だった。そう、成章は今日を持って第17代目庭継承者となったのである。


幾重の3周忌が回った頃、成章は相も変わらず庭いじりに没頭していた。あの「庭継承の儀」以来、仕事、家事の一切を辞め、庭と共に生きることを決意してから、弱音一つ吐かずに庭を以前以上に立派なものにしている。その庭と成章の美しい姿に大寛はあっぱれの一言だったが、ただ一つ不安なことがあった。成章の婚活問題である。性格上、成章に女などという言葉はまったく当てはまらないのだ。庭と共に生きる決意をした以上、婚活など問題ではないと考えていた大寛ではあったが、よくよく考えてみると後継者を残さなくてはならない。そこで大寛は成章にお見合いを勧めることにした。


大寛にとって初のお見合いは不安でしかなかった。成章の性格上、お見合いで結ばれる確率はほとんどない。しかし、大寛はただ確率だけで決めるほど、論理的な人物ではなかった。成章に女というものを触れさせておきたかったのだ。その少しのきっかけが、無限の可能性を秘めていることを大寛は知っていた。お見合い相手は向かいの襖の奥、遠山家の縁側に繋がる和室にて行われている。お見合いの準備が終わり、襖から女が現れると、いよいよ本番が始まった。と、ものの数分のことである。女の顔を見た成章が一言、貴女のような方に私は興味がない、と言い、その場を後にしたのだ。一人取り残された大寛はただただ、成章の無礼に頭を下げるしかなかった。

その夜、寝室にて机上の蝋燭をぼんやり見つめる成章の姿があった。今回のお見合いを自分なりに考えていた。なぜ、急に父はお見合いを勧めて来たのか。結局、最後はその問いに至る。今の成章には庭があるだけで十分らしかった。午前0時を回ったところで、翌朝の庭の手入れのために、颯爽と寝床に就いた。


翌朝は予定通りに庭の手入れを施し、昼食を摂ることにした。家事全般を勤めてくれるお手伝いさんのおにぎりが今日の昼食だった。縁側にて、一面の庭を見ながら、塩味の効いたおにぎりを頬張っていた。気を利かしたお手伝いさんは空になった湯呑みに茶を注ぐ。成章は無言でその湯呑みを手に取り、湯呑みを揺らして中の茶の波紋ができるのを見ながら、突然、お手伝いさんに尋ねごとをした。

お手伝いさんの名は宇野街子。遠山家でお世話をして、はや5年のベテランのお手伝いさん。お世話をし始めた当初は、その若さから働けるのか不安がられていたが、その機敏な働きぶりが認められ、今では遠山家専属のお手伝いさんである。彼女は今年で23歳となり、26歳である成章とあまり変わらない年齢差だ。そんな年下のまだ恋愛というものが分からない女性に、成章はお見合いや婚活について訊くのだから、女というものに、まして人というものにいかに興味を示さないかがわかる。成章の無鉄砲な尋ねごとに、街子は困惑の表情を露わにせずにはいられなかった。

昼食の時間を終えて、成章はその答えを見つけられずに、午後の庭作業を始めた。


大寛は先日の成章の無礼な行為に頭を悩ませていた。彼は今、客間でお客さんを迎え入れている。そのお客さんは遠山家の古い親戚、荒生田星霜である。荒生田財閥の御曹司にして、歳は成章とほぼ変わらない。若くしてそのカリスマ性を開花させ、次期財閥の後継者として期待されている。言わば、成章とはある意味では正反対とも呼べる人物なのだ。星霜が訪問した理由は、ただ一つ。お見合い相手、荒生田蒼華令嬢が心を痛めた件についてだった。

蒼華令嬢は成章のお見合い相手にして、荒生田財閥の令嬢であったが、先日のお見合いの事件以来、心に深い傷を負っていた。そして、星霜の直々の訪問に大寛は泣きたくなっていた。成章を恨みながら、ただただ頭を下げるしかないと思った。が、星霜は違った。成章を呼ぶよう進言したのだ。これは占めたと思い、大寛は午後の庭作業を始めた成章を呼びに行くよう、街子に命じた。街子は縁側で成章の名を呼ぶ。が、成章は行きたくない気持ちでいっぱいだった。そして、街子の前に姿を現すと、街子の手を握って、一緒に来るようにと引っ張って行くのだ。客間に着いた成章と街子は星霜の前に座る。

「星霜さん。私は蒼華様に嫌いな気持ちは毛頭ございません。この成章、庭に命をかけている故、自身に目を惹く女に興味がないのです。そこで、私はこの街子のような庭を守る成章を献身的に支える女が必要なのです」

不器用に言ったその言葉は、星霜と大寛を黙らせ、街子は小っ恥ずかしい気持ちになった。そして、少しの沈黙の後、大きな笑い声が客間に響いた。星霜である。

「はっはっは。あっぱれです。まさか、恋文が聞けるとはね。大寛さんも面白い子を持ったものです。僕はね、成章君の本音が聴きたかったんです。いやあ、はっきり言われるとスッキリするもんですね」

大寛は目を丸くしていた。この異様な光景に大寛の頭はこんがらがっていた。


それから数日後、大寛は幾重の部屋にて、埃かぶった箪笥に目が行った。その箪笥は幾重のお気に入りであり、中でも鍵のかかった2番目の引き出しは大寛でさえ、未だ見たことがない。この箪笥は今は亡き母に代わり、成章に譲らせる気でいたが、2番目の引き出しは開けておかなければと思い、鍵師を呼んで開けてもらった。その中を見ると、一枚の折り畳まれた紙が入っていた。そこに書かれていたのは、幾重の筆跡で書かれていた大寛宛ての長文だった。


ー大寛、私は遺書ともう一つにこの手紙を贈ります。成章のことです。成章は次期庭後継者となり、子孫を残す身となるでしょう。そこで、私はある方を成章の相手に推薦します。手伝い役の街子です。彼女は若い時から、庭と共に生きる私の背を見て、この家で成章と共に成長していった数少ない一人なのです。私は街子を認めなかったわけではありません。街子にいつか成章の妻になってもらいたく、私のわがままで指導させてもらっただけのことなのです。大寛、これを受け入れてくれるでしょうか。成章と街子の未来を想ってー


この手紙を読み終えたとき、大寛はその場で崩れ落ちて、幾重に思いを馳せた。

「お袋、大丈夫だよ。彼らは自らその運命を辿って行ってるからね…」

2日程度で仕上げた作品です。

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