出前式──だっこ
わたくしが暇で暇で暇を持て余し捲って、回想に耽り込んでいる間にもダンゼのスピーチは恙無く、わたくしの言葉として冒険者に伝わって行っている。
「──と、言うわけでこれより山に上がります。今回の視察、メインはドラゴン退治で──」
「ダンゼ、長いわ。」
ただし、長い。
長過ぎる、暇でしょうがありませんったら。
ここは村の山側の門前。
今は冒険者たちをかき集めての出前式の最中。
わたくしとダンゼの二人は、出前式の為に急増されたステージ・・・まあ、急増と言いはしても威厳ある王族の為のステージ。
手抜かりは無い程度に作られています、感心感心。
わたくしの身長より心持ち低い、5人は楽々並べる広さのあるステージの前には、急報をうけ周辺の村や町から腕に自信のある者たちが集まっています、まるでウンカの様に。
酒場を出るとダンゼは警備の者も使って鐘を鳴らさせ、または宿と言う宿と、酒場と食堂・・・考えられる全ての場所を当たらせ、急ぎ冒険者たちを集めてくれました。
一歩下がっているわたくしの所から眺めても、目の前には一癖も二癖も有りそうな屈強な男たちが瞳をギラギラさせて、ステージ上のダンゼに視線を集中させ仰視している。
時折わたくしの方を熱く見詰めて来る、冒険者の視線も感じますけど、寒気がします。
何故って?・・・歩く迷惑、歩く迷惑ってわたくしの異名を叫んでいるんですもの、気に入らないわ。
ダンゼは酒場から戻って、一張羅の黒いコートを羽織っただけの格好でわたくしの隣で、わたくしの代わりに冒険者たちに説明と、心構えを話している所で。
わたくしはギチギチに拘束感たっぷりの戦闘服姿で、ダンゼのスピーチを聞き流しながら暇を持て余しながら、ただにこやかに笑って立っている。
道化か何か。
ではない、ダンゼの方がうまくやる、ううん、わたくしはスピーチをやってしまうと感情のまま喋ってしまい、場の空気をぶち壊す、らしい。
だから、解っています。
ダンゼが適任で今までもそうだった様に、役人としてのわたくしの仕事は立っているだけで、ダンゼから促された場合のみ、全力で檄を飛ばすなり、ダンゼが事前に用意した、格好のつく言葉を集まった衆目の前で読み上げるだけだったりする、でもそれは・・・酷く退屈。
「しかし、・・・イライザ様。」
「ダンゼ?」
刺すように感情を込め、横目にダンゼを睨んで後の言葉を飲み込ませる。
限度があります、ダンゼ。わたくしが黙って立ってにこやかに笑っているのにも。
「はい、解りました。イライザ様より一言ある、静粛に!」
ダンゼが物足りぬ顔を一瞬しました、が。
そこはわたくしの功労の常に影を支えたダンゼです、直ぐ様前を向いて無感情な表情に変わるや、平静を装い大きく掌を斜めに差し出すと、わたくしはダンゼの掌が指し示すままに一歩前に進み出て。
冒険者たちをゆっくりと順繰りに眺めた後、片方の拳をギュゥと握りしめ作法通り厳しい口調を心掛け、しかし目の前の冒険者たちを鼓舞する様に聖女が如く、嫣然と微笑みながら檄を飛ばさなくてはなりません。
勿論、ダンゼの事前に用意した筋書きをわたくしが覚えて発言する、それだけ。
「──集まっていただいた冒険者の皆さま方、この度は多大な徒労と辛苦を伴う旅路となるでしょう。しかし国難と受け止め、誰もが英雄たらん、とその御力を奮って戴きたいのです!わたくしから最後に──どうか、一人でも多くの生還を共に致しましょう!」
「──これで、よい?ダンゼ。」
冒険者たちに檄を飛ばしたわたくしが一歩下がり、息を整えてから横に並ぶダンゼを横目に窺って呟くと、こちらに視線も向かずに何度も頷く。
用意した通りに覚えられなかったので、感情のままに檄を飛ばした所もありはしましたが、ダンゼから合格点をどうやら戴けたようです。
満足げなダンゼは一息吐いてわたくしと入れ替わる様に一歩前に進み出ると、
「今より、先の説明の通り隊を組め!相手は、未知のドラゴンであり、冒険者の諸君には共に退治に向かって貰おうと思う。準備を済ませ門外に向かえ!解散!」
そう言って力強く掌を振り上げて冒険者たちを鼓舞し、出前式を締め括るとわたくしを促す様に、ステージを共に後にしたのでした。
「良くできました、ダンゼ。ゆし、だっこ。」
ステージ裏。
ダンゼに向かってわたくし、両手を広げて冒険者たちに見せる様な作り物の笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべておねだりをしたんですよね。
ええ、ええ・・・ええ。
これくらい甘えても、構いませんでしょう?
言われました通りに、頑張ってにこやかに退屈な時間を笑って持て余して、えっとー、奇異の眼で見られるのも我慢して、やれるだけの檄を飛ばして、大成功でしょう?ね、役人のおしごとぉー頑張ったご褒美を戴け・・・ませんかしら?
なのにダンゼったら、
「何ででしょう?」
そう言って他意無く聞き返すのですのよ?
シェリルさんと、りんこさんと言ったかしら?・・・あの方たちの様に、お互い心から笑い合ってぶつかり合えたらどんなに良いでしょうね。
それはそうと、ダンゼの返事はわたくしをとてもとてぇーも、不機嫌にいたしましたわ。
「命令は聞けないと?では、命令らしい事をいいますわ、足が疲れたの、わたくしを抱えて馬車まで運んでちょうだい。これならよくて?」
是が非でもダンゼにだっこをして貰えないと、獣化してしまうかも知れない危機。
わたくしの獣化はネジが外れている、若しくは操り糸が切れている、と言われる代物でしょうか、感情のコントロールが出来ないばかりか激情の様な感情の暴走によって自我すら放棄してしまう事もあるのです。
シェリルさんとの一戦も、途中から意識の混濁を覚え、意識がハッキリと戻った時にはダンゼの声だけが聴こえて、還ってくる事が出来たのです。
これ程、自分で自らの感情をコントロール出来ない上、自我をあっさり手放してしまうようでは獣化は只、危険なだけの行為。
命令でも何でも、心の安定を優先しなければいけなかったり、・・・する。
それがポンコツなわたくしの唯一の心の支えである、ダンゼなのです、傍にいてくれるだけで落ち着く・・・でも、出来れば甘えていたい・・・。
「は、お受け致します。」
命令なら。
命令でも何でも、ダンゼの体温に包まれていたい、少しでも長くダンゼの体に触れていたい、と思うことは罪なのですか?メルヴィ様!
「面倒ね、王族なんて・・・」
ダンゼに脇の下と膝裏に、ダンゼの腕を差し込まれてそのまま持ち上げられる。これが、今のわたくしの望んで叶う、最大最強の贅沢。
息遣いが聴こえる、鼓動が聴こえる、体温が感じられる、体に触れていられる。手をちょっと差し出せば、頬に触れる事が出来る、口も、耳朶も、前髪にも。
何より、わたくしの全身でダンゼを感じられる。
こんな事で、世界で一番幸せと思えるのに。
わたくしはダンゼの為なら、王族なんて捨てると言うのに、言ったのに!
「仕方がないですよ、ラザ。」
見上げれば仕方がない、と静かに笑うダンゼ。
王族なんてだいっきらい。
ダンゼが父様に遠慮をして、わたくしに──イライザに手を出せないと言うなら、イライザをやめてラザに戻ってダンゼの家族と静かに暮らしたい・・・
「嫌よ、そんなの。」
素直な心の吐露が溢れて、落ちて、誰にも届かない。
こんなに近くに居るのに、わたくしはダンゼの笑みを見詰めながら寂しさに身悶え、心苦しい程の孤独に苛まれていたのに。
誤魔化し笑いをして、ダンゼに気づかれない様に眦に溜まったわたくしの想いの粒たちを、人差し指で払った。
本当にこの二人は焦れったいです。
出前式終わっていよいよ、・・・黒幕と小悪党の登場っぽいのですが、 ・・・ 鉱山主ならやっぱこんなカンジかなぁと。
次回──夕方かなぁ。
イライザとダンゼは・・・一杯設定を引き継いだので、そんなカンジにアレしてくんだと思っててくださいな。