ささやかな休息
ふああ?
気づけばテントの中に居たりします。ああ、あのまま寝たまま運んで貰ったのかなあ。起こすと悪いとでも思ったのかな?防衛隊の人達。なんだ、隣にシェリルさんも寝かされてるじゃん。スヤスヤ気持ち良さげに寝ちゃってさあ。簡素ながら2人余裕で寝転んでいられるテントの外は夜が明けそうだった。ああーあ、何だろ。今更、恐怖が湧いてきた。あ、涙まで出てきた。寝起きに涙って、、、おい。なんだかなあ。
グスングスン。。。
やだなあ止まらない。次から次に溢れちゃってどうしよう。こんなトコで泣いちゃってたらシェリルさん、起きてきちゃう。ぐすっ、でもだめだ。泣き切っちゃわないと、きっとまた泣いてしまう。今日は人の死を見すぎてしまった、助けられたかも知れない命。それでも、どこかまだ受け入れて無いみたいだ。ふぇぇえん、次はわたし?
「どこか痛い?どうしたの。」
やっぱり起きてきちゃうか。声を殺して泣いたつもりだったんだけどなあ。
「すいません、起こしちゃって。」
「気にしないで。ね、それよりも何で泣いてるの?」
寝たままでシェリルさんはこっちを心配そうに窺っている。
「なんか力抜けちゃって。そしたら昨日は色々ありすぎて・・・助けられたかも知れなかったのに!」
毛布を掌が痛いぐらいぎゅっと握り込む。
「なぁんだ、怖かったのか。受け入れて行かないと後が辛いよ。寝て起きたら元通り・・・なんて訳無い事わかっただろう?ここは平和な日本じゃないんだから不条理なんていくらでも、今日以上の事だってある。今日は運が良かったっておもってるぐらいなんだけど。」
喋りながら物々しい表情に変わっていくシェリルさん。なんだろう、わたし達より人の生き死を見てきたみたいに言うけど。それと、なんか最初の印象とどこか違う。背こそ高いけどわたしと同年代くらいと思ってたけどどうも違うなこれは。説教じみた言葉使うって随分上なんじゃないかな。OLさんとかなのかも?
「受け入れろって・・・簡単には無理ですって。モンスターを狩りに出たことだってないのに。」それはもう凄い顔してたんじゃないかな。泣き張らした顔で思いきり隣のシェリルさんに振り返って睨み付けてやったんだから。
パアアンんんん!!!
そしたら、あれ?左のほっぺが熱い!身を持ち上げたシェリルさんに何の躊躇もなく思いきりビンタをされちゃってた。
いきなり何?
瞳が忙しなく動く。わたわたしてる間にシェリルさんが口を開く。
「しっかりしないとすぐに動かない肉塊になって帰るに帰れないようになるよ。どこにいるか・・・わからない、けど連れてきた奴とっちめて一緒に帰ろう。それまでは目の前で起こるあれこれを受け入れろ。これは命令。」
真剣な瞳でじぃっとわたしを見詰める二つの光。この時のわたしはホントに、シェリルさんの瞳が光輝いてるように見えたんだ。その後ろには後光まで差し込んで眩しいくらいに。
「なんですか、命令って。ふふ」
「ふふふ。いい顔になったよ、・・・えっと―――名前なんだっけ?聞いていい?ハンネじゃなくてさ。日本の名前、あるでしょう。」
頬が痛くて熱いのになんだか笑えた。自分でもおかしいくらいに。シェリルさんは元の穏やかな表情に戻って聞いてきた。名前言ってもいいか、いいけど今関係あるのかな?
とりま、やる事はひとつ!
パンッ!
「お返しです、これでおあいこでしょ。」
後先考えず叩きたくなったから張ってやった、どうだ。ビンタされた頬を擦ってあっけに取られてるシェリルさんはわたしを一点に見詰めて可愛らしく口をぱくぱく。
「えっと、名前・・・ですっけ?馬淵凛子って言います。」
「ええ、・・・凛子ちゃんって言うのか、いいお名前だね。あたしは笹茶屋京改めてよろしく。」
名前を言い終わってにこりッと笑って見せると頬を擦っていた手を下ろし、わたしの手を取ってシェリルさんは穏やかに笑い返してから笹茶屋京と名乗った。
なぜ名乗った、聞きたかったのか?の疑問ににこーと微笑み。『なぜって、自己紹介は人間関係の基本でしょ。どれくらい掛かるかわからないけど、日本に帰るまでは連れ添うんだから。それくらいは知っておきたいよね。』ってええ、連れ添うってなんか恥ずかしいんだけど。まるでカップルじゃない?素敵な男子から言われるとその気になっちゃうかもな、熱っぽい言葉。そんな歯の浮くような台詞を言いながらシェリルさんは口の端に人差し指立ててウインクしてみせる。どこか、身の危険を感じてしまって笑うと三日月になる瞳ですらだんだん怖くなってきたかも。ほとんどにっこにこしてるし。そんな事を考えているとしばしの静寂のあと、
「なーにー。2人はそんな関係だったのかあー。」
そんなやり取りを知ってか知らずかヘクトルが間の抜けた棒読み台詞を言いながらテントの幕を捲って現れるからついつい、
「惜しいなー60点。」
などと照れ隠しのどうでもいいことで場を濁そうと口から出る。茶化されるのも解らないではない、気づけば熱っぽい言葉を囁いて2人見詰め合ってるこのちょっと妖しげな状況ではね。いいじゃん、女同士の友情を深め合ってたんだから。シェリルさんはちょっと怪しいけど、断じてその気はないぞわたし。シェリルさんシェリルさん?何で残念そうな顔で恨めしげヘクトルを睨んでるの。もしかしてもしかしてピンチを気付かない内に助けられたのかなわたし。・・・シェリルさんがそっちの話題ふって来たら流され無いようにしなくちゃだわ。
ヘクトルは兵士達に言われて呼びに来たんだって。やり取りを聞いてたのか尋ねると、惚けられた。ただ、
「おまえ、顔真っ赤だぞ。」
とだけ無表情で言われて、はっとする。うわあ、なんでなんで?顔真っ赤?えええ?なぜか背中に寒気が走った。振り返るとシェリルさんが不機嫌な表情で、
「惜っしいなー。泣いてる女の子をあやして慰めてその後は何でもアリアリだったのに。」
ね?と言うとわたしの両肩を押さえる。何だと。やっぱりそうか、この人はそっちなんだ。気を付けないと。そうは言ってもこんなに真っ直ぐ見詰めらるのなんかなかなかないから、隙が生まれてしまう。隙間にぐいぐい入り込んでくる感覚。じわりっと追い込まれてる、でも。流されないぞっ。
「わたし、その気ないですからっ。」
振りほどいて逃げ出すようにヘクトルを追った。だめだだめだ、こんなの馴れてないから心臓ドッキドキしてる、音が回りに聞こえないか心配なくらい。こんなのヤだ、ノーマルだもんわたし。まだ瓦礫だらけの道をおっかなびっくり歩きながら頭パニック寸前。そんな所へ後ろから、
「まだこんなとこいたの?早くご飯いただきましょっ。」
わかってるけど憂鬱そうに振り向けば相変わらずにこにこしたシェリルさんが。この人だけはほんとにマイペースだなー。さっき自分が何言ったかわかってる?もういいや、忘れよう。
「どっち行けばいいかわかります?」
正直ヘクトルも見失ったのでどこでご飯貰えるのか解んない。困ったように聞くと防衛隊舎ならこっちよと、手を取られて引っ張られ連れて来られたのはトロルに初めて出会した広場。そこでは兵士達が木製のジョッキを手に手に掲げわたしたちを待っていてシェリルさんに気づくと、一斉に歌を唄い出した。喜びだとか感謝だとかなぜか理解できるけど聞いたことの無い歌を一通り唄い終えると、1人の兵士が前に進み出て、
「乾杯。町を救った英雄に乾杯。」握ったジョッキを掲げて大きく叫ぶ。
「・・・そして、死んでいった友や家族に、乾杯。」今度はトーンをやや抑えでジョッキを前に皆で一斉に突きだし叫んだ。そして、ささやかな宴が始まった。どんな神経してるのかわからないけど、昨日はここ、、、ねー?回りの瓦礫には血糊がべったりまだ残ってたりさ。正直、わたし的にここで宴をやろうって気にはなんないよ、やっぱり。平和なとこからやって来たわたしとは違う感性をお持ちなんだな、この兵士達は。なんか1人で思い出して憂鬱そうにしていたんだと思う。そんなわたしに見かねてか、狙われてたのか解んないけど。すっ、と皆の持ってるジョッキが俯いてたわたしに差し出される。
「あんた昨日はありがとな。」
声に気付くとワアッとさっきまで耳に届かなかった宴の喧騒が戻って来て、顔を上げたら立ち上がれないとこを助けた兵士だった。名前はベイスと言うんだそうだ。ここに顔を出せるほどでもないけどノクスさんも命の危険ということも無くなったと言う。良かったー。役に立ててるわたし、少なくとも目の前に立っているベイスさんと顔は出せてないけどノクスさんも。ジョッキを受けとると、甘い柑橘系の飲み物が注がれていく。そういえば暫く何にも口にしてなかった水くらいもと、思い出して喉がゴクリっと音を立てる。行儀悪いとわかりながらまだ入り終わって無いジョッキを急いで口に運び、一気に飲み干した。いっひゃー!生き返るう!何だろ?これ美味しい。口当たり爽やかな中にじんわりとした砂糖じゃない甘みが。
「これ、もう一杯!」
空になったジョッキをずいっと差し出すとトクトクっいう音と共に再び注がれていく。これなんですかあ?と聞くと、シェリルさんからあんたは酒は早いだろうと聞いてね、まあ見た目そうだよなとは思ったが。だって。わたしの為に急きょ酒以外の何かを用意してくれたというのだ。なんか嬉しくなってしまって。
「でも、カルガインには酒以外の飲み物ってのがな。恥ずかしい事だが無くてな。」
「うえ?」何だって?
「ギューをほら。これの汁で薄めて出したんだ。せめて飲める水があると良かったんだけどなあ。」
言われて見たベイスの手には今潰したのだろうオレンジ色の果実が。生搾りかよ、素手。んー、日本じゃあり得ないんだけどここじゃアリなのかなあ。飲み水が無いってゆーんだし・・・無いのか、水。
ベイスが言うにはなんでも飲み水は貴重で薬を服用する時以外は基本、保存が利いて安くつく地酒『ギュー』を飲んでるんだそうで。そういえば日本じゃ安いけど余所では水は高いとこもあるって習った記憶がある気がした。興味無いことは右から左へ抜けてくからね、だから気がするくらいではっきり覚えてない。これじゃ帰ること出来てもアル中になっちゃうねわたし。悩むけど他に変えられないから飲んじゃうよねわたし。薄まったギューは口当たり爽やかで何杯でもいけちゃう。ついつい空になったジョッキをずいっと。
ギューは元々甘い酒なのかな。ん?砂糖じゃない甘みは何なんだろう。何度目かで空にしてもジョッキに注がれなくなる。ベイスさんを見ると、
「ギューはあるけどこっちが売り切れちまった。」
差し出されたオレンジ色の果実に視線を移してから見上げると苦笑いが返ってきたのでへへへと苦笑いで返す。物がどれだけあるかも解らずに馬鹿みたいに御代わりしてすいません・・・。ベイスさんは取ってくると言って歩き出し喧騒に紛れて消えていく。いいですよっと言い出せずその背を見送った。空になったジョッキを見詰めてため息を一つ溢すと、その場にしゃがみこみまた憂鬱になる。水どうにかしないとほんとに危険だ。アル中じゃ学校は通えないよなあと、ウジウジ考えているとぐいと左腕を掴まれて引き起こされた。見上げると、そこにはやっぱり。にこにこ笑うシェリルさんが居た。