恐怖こそ悦楽の味
転がる先にわたしが見たのは、金色の毛むくじゃら。
はい、コレ当たったわ。
脳裏に食らったイメージが浮かぶ瞬間、這いつくばって躱す為、地面を掴もうと手を伸ばす。
その時、左肩に衝撃を受けた。
そのまま、地面を掴めずに転がる様に何度も地面にぶつかって。
頭を振って立ち上がると、あちこち痛い。
「おふっ、かすった程度なのにコレっ。」
イライザはわたしが逃げる方向を解ったのか、どうか。
わたしの背中を取ったイライザは、片手を振り上げたけど、これはフェイントに使い、本命は横払いに振り払ったもう一方だった訳。
見事、イライザ成功、わたし、あうと。
ックソ!
い、痛い。
「ヌゥウウウゥゥゥン!」
連続で両腕が交差するような横払いに、挟まれそうになるのを渾身の力で天高く跳んで躱す、わたし。
あんなのに挟まれたら良くて骨が砕けて、悪くてぺちゃんこだわ。
「は、速い・・・くっ。」
わたしに立て直すチャンスは無いの?地面に降りる間際、気づけば掬い上げるようにイライザの蹴りが斜め下から近付いてきた。
間一髪、蹴られる所を逆に丁度真下に迫ったイライザの膝の皿を蹴り返して、避ける。
「姐さんっ・・・降参してくださいっ、死んぢゃいますよお」
何とか窮地を抜けたとは言いながらも、影で解る。
パンチが近寄るのが。
「五月蝿い、五月蝿いのっ!」
ゲーテか、ジピコスかも解らないくらい野次が喧しいし、風が強くなってきた。
雨が来そう、と思ったらポタリと、雨粒が頬に落ちる。
さて、どうやって躱そうか・・・えっと。
思考停止。
だめだわ、さっきの二の舞のイメージしか湧かないって。
「ノッてきたんだから、・・・止めるな、バーァカ。」
ゲーテでもジピコスでも誰でもいい、まだ終わってなんか無いの、わたし。
降りだした雨の中、息も絶え絶えに叫び返しながら、全身をバネにして横っ飛びにパンチを躱せたはず、これで普段より距離を稼げる、はず?
嘘!
土煙の間から、目の前でイライザの瞳が爛々と輝くのに気付いた。
疲れてる筈でしょ、全力でわたしを潰しに来てたんだから。
どうして、まだそれだけ疾れるの!
「いつもの余裕ないじゃ無いかよっ!」
イライザの放った、左パンチがわたしの跳んだ先に近づくのに気付き、咄嗟に剣を楯代わりにまた剣の腹で受け止めたものの、勢いを殺せなくて転がった先に耳に響いた声の主、ゲーテが居て。
膝立ちになって息を整え、声のした方を見上げて。
瞳と瞳が一瞬合う。
そんなくしゃくしゃの顔で見るなってば、わたし、そんなにヤバいのか・・・ってなる。
「ダメもとでっ!決まれっ、〈レイジングスラッシュ〉!」
「グォオオゥゥゥン!」
跳んだ。
イライザの腹を狙って、紅く輝く剣の刀身。
わたしがイライザの柔らかそうな腹に、剣を刺したその時、全身が回転する、スピンするみたいに。
いや、違う、わたしが回転してるんじゃない。
周りが回転したんだ。
イライザが、回転したのだと解った時には、刺したはずの腹から剣が抜け、わたしは空中に投げ出される。何をされたのか考えてる場合じゃない、気づけば蹴りが迫る。
蹴り?さっきの回転は、わたしがするみたいに腰を捻った回転?ちょっとパニくっちゃう、だってそうでしょ、良くてパンチ、悪くて振り払うだけで、持ったパワーに振り回されてたイライザが、わたしの真似事をしたんだもん。
イライザが吼えて、その大きな躰から繰り出す、廻し蹴り。
嘘でしょ、まだ強くなるの?
「ふっ、蹴った?ナリのくせにやたら速い・・・ふぅー。」
助かったのは蹴りに十分にパワーもスピードも乗ってないとこかな。
全身を使って、迫る金色の毛むくじゃらに剣を振り下ろす。同時に背中の方で悲鳴が聞こえて、わたしは呟くように喋る、喋ってないと心が折れてしまう。
一息吐く。
ドッと疲れが出る。
死がじわりと近寄る感覚がしてうすら寒い。
「あはっ、アハハハハハハ!」
嫌な事に気付いて思わず、天を見上げて笑い声が溢れた。
わたし、こんなに負けず嫌いなのか。
すぅー
すぅー
はぁー。
やるしか無いか、アレ。
「ちょっと、隙あったわね。・・・コレ出させたら大した奴よ?すぅぅぅぅ!」
息も整った。
決めたら、逃げに転じる。
只、その時を待って──嘘!
さっきより、イライザ速い!
「グォウウウ!」
吼えてイライザが、まるでミンチを包丁で作るみたいに何度も、何度もわたしが居た場所を磨り潰す様にパンチを繰り出す。
あぶな・・・気付いて咄嗟にイライザの右足に跳んで無かったら・・・ううん、考えるのは止めた。
「少し、大人しくしてなさいよ。・・・イイもの見せたげるわ・・・」
決めたから。
わたしの取っておき!見せたげるわよ?イライザ・・・
「フォオオオッ」
「ヌゥウウウゥゥゥン!」
吼えてイライザはわたしの姿を追って繰り出す、パンチ。
それをわたしが、ひらりと跳んで躱せばそこを狙い澄ました横凪ぎに振り払う、金色の毛むくじゃらの腕が迫る。
わたしはそれを狙ってたんだけど、ね?
「はっ、・・・人に向けるの初めてだけど・・・」
イライザの腕を蹴って、イライザを飛び越し間際に喋りながら、イメージする。
イライザは死にはしない。
きっと、こんなに頑丈だし。
「頑丈そうだしいいわよねぇ、エクセ──」
地面に膝を着いたわたしの躱からは青白いオーラが生まれ始める。
ふん、これが──わたしの取っておき!
行くわよ?イライザ。周囲が燃え立つ青白いオーラに包まれた。
「はぁーい!止めやめっ!ヒール!」
すると、真横の方から駆け寄る気配がして必死にわたしを止める声が耳に届き、ヒールの癒しの光がわたしのオーラに重なって消え、飛び出してきたメイドさんに覆い被さって来られた。
「邪魔すんなー、凛子おっ!」
何してるの?凛子。
もうすぐ全部終わる、わたしが勝ってイライザを踏みつけて終わる、筈だったのに。
「ダメだって、それはダメだって。」
何がダメ?
王族のイライザを傷付けちゃダメ?わたし、もう疲れたもん、ヒールで痛みは和らいだけど。
心が、痛い。
「あっちも止まったから。ね?」
凛子の指差す方に視線だけ向けると、あんなに大きくて強かったイライザが、下半身から崩れて上半身を辛うじて持ち上げている所だった、イライザ・・・貴女も気力だけで、限界?そう、・・・か。
熱いものがギュッと、握り込んだ左の拳に落ちてって、染み込むみたいに消えた。
「ぅ、ううう・・・これじゃ、負けちゃうじゃない。」
アレ。
あれあれ?わたし、泣いて・・・る?・・・なんで、あ!
悔しいんだ。
悔しい、一方的にボロボロにやられて。
悲しい、負けた・・・イライザに負けたのが。
でも、・・・嬉しい。
こんなでも生きてる。
でも、やっぱり悔しいよおー!
「負けても、いいよ?」
「・・・え?」
何?何言ってるの凛子。
思わず、凛子の薄い蒼の双眸を覗き込む。
気付けばわたし、凛子に抱き抱えられてる。
嘘、頬が熱い。
きっと・・・涙を流してるせいね。
ぐしぐしと流れる涙を右腕で拭う。
あ、腕から血出てる。
余計に顔、汚しちゃうな。
涙は、止まらなかった。
「負けてもいいんだよ!み、シェリルさん。」
み、って。
みやこって呼べばいいじゃん。
気を許した人の前でしか呼ばないでってわたしが言ったからか、ま、いいや。
「いいわけっ、無いじゃない!負けたらそこで終わりなのっ。」
パァンッ!
凛子の瞳を見て、今のわたしの想いの全てをぶつけたら。
頬を張られた。
うん、ビンタ。
「終わり・・・じゃない!」
「・・・凛子ちゃん。」
あれー?凛子ちゃんの瞳も潤んで、わたしの頬に一粒、溢れた。
ポタリ、ポタリそれから何粒もわたしの頬に落ちて、更に滑り落ちてく。
「終わりじゃない、終わりなんかじゃない!」
わたしを叱り付けるように怒りを孕んだぽく凛子ちゃんは叫んで、ギュゥッと抱き締めてくる。
すると、止めどない熱を孕んだ粒がわたしに降り注いだ。
「終わりだっ!」
「終わりなんかじゃないよ、そこからまた始めたらいいよ、それを街中でやるのだけはダメだって。迷惑だよ?」
迷惑か・・・なんだ、わたしの為に泣いてくれるわけじゃないのね。
「・・・何だ、わたしの・・・心配したんじゃないんだ。」
止めてくれたのは、感謝しましょっか。
涙でぼやける視界のまま、イライザに視線を移すと、ダンゼとなにやら話してる、みたい?
そして、イライザもあちこちから血が出てるみたいで顔も血塗れ、地面もうっすら紅く見えた。
エクセザリオス使ってたら、取り返しのつかない事になったかも知れないし・・・。
「ッ──心配しないわけないじゃない!仲間だもん、家族未満で仲間だもん!」
わたしの言葉から少し間を置いて、わたしの顔をぐいと両手で自分に向かせて凛子ちゃんは、聞き分けの無いわたしの言葉を否定すると、髪を振り乱してわんわを泣いた。
「り、凛子おっ!」
思わずわたしは叫んでいた。
凛子の熱まった胸に飛び込んで。
ん、役得、役得とか思ってないわよ?
わたしの方が大きいのって、そんなの全然思ってないし?
「うん・・・うん、うんっ!」
頭を撫でてくれる、凛子の掌。
素手なのがちょっとなー、泣きながら、止まない涙を流しながら。
わたしは妙に冷静になってしまってそんな事を思った。
この凛子の掌が、渡して置いたカエル皮に包まれていたら、もっと良かったのにと。
完敗。
わたしの負け。
イライザの完全体はそれほどまでに強すぎた。
更に、戦いの最中にわたしの戦闘術・・・わたしの見せた技をスポンジみたいに吸収、学習して、もっと・・・もっと強くなられちゃね、敵わないわよね。
ま・・・負けちゃった。
(笑)
イライザやっぱり強かった、何となく解ってた。
なんたってライオンだし?
で、負けても笹茶屋は笹茶屋でした。
傲岸不遜。
笹茶屋ならこんなの言うんじゃないかなーとか。
ラバマニですし。
次回──多分 夕方くらい。
それでは、アデュー!