喧嘩バカは熱くなっちゃったら止まれないのよ
その時わたしは──笹茶屋京は思わぬ再戦に胸の高鳴りを感じていた。
だってそうでしょう?
やる気の感じられない狼をこずいた・・・ううん、攻撃を躱しもせずに只、立ってたとこを蹴ったらわざとらしく倒れただけ。
わたしの必殺の最初の奇襲は、本能なのか何か解らないけど弾かれて、こっちが割りを食ったくらい。
やる気があったら、なかなか楽しめそうな狼だったのに。
その狼が倒れて、わたしの言う通り這いつくばって命乞いをしようかとなった時。
あのライオン王族、だっけ?がやって来たんだから、殺意剥き出しに。
「はい、姐さぁん。王族だって戦るんですよねえ、止めても。」
ゲーテ、止めるなって。
ま?そんな瞳で見られてもわたしは止まれないし──わたしが止まってもあの娘、イライザって言ったかしら?止まらないわよ?きっと、ね。
凄い殺気だもん。
殺されてやんないつもり、でも、前みたいに手の内晒さないでやるつもりでも無いみたいだし、・・・ヤバイかなぁ、殺意にあてられて全身の毛が逆立つ気分になってくる。
「目の前に居るおばかさんを、あやしてあげないといけなくなったからぁ。ねぇ、・・・何泣いてるのぉ?おバカさぁん♪」
うん、本気出さないとね。
道の真ん中で狼にすがりつかれてる、マントを羽織っただけのイライザを見詰めてニコニコと嘲るみたく微笑んでやる、楽しくてしょうがないから。
きっと、イライザだってワクワクドキドキが止まらないんじゃないかな?
同じ気持ち。
なら、いいなー。
「くっ、──あああ!」
霰もない姿、マントを翻したイライザの中身は、おうおう、穿いてない、し!
ブラも破れたのか脱いだのか無い。
自分がどんな姿かも忘れちゃうくらいたぎって吼えたのね?イライザ、いいわ!
いいわよ。
それでなくちゃ、楽しめないわよね?何もかも剥ぎ捨てて心からぶつかって頂戴。
じっくり、美味しく料理してあげるわね?イライザ。
「ラザ、私、いや俺は──今日ほど己の非力を恨むことはないっ、守ろうとしたものに守られるなんてっ。」
「黙って、ダンゼ。虐めた奴を皆殺しにしてやるから。ねぇ、顔を伏せないで・・・オレを見てろっ。」
なぁんて、狼が盛り上がってきた場に水を差すような事を言っても、イライザは止まるような腰抜けじゃないみたい。
それが、とっても嬉しくて。
「じゃぁ、戦りましょうかっ!」
「「姐さん」」
あ、わたしの方にも場の空気を読めなかった困ったちゃん、居たみたい。
ゲーテとジピコスを恨むように睨み付ける、黙って。
「相手は王族なんですよ?」
ジピコス、解ってる。
解ってるけどもう始まっちゃったのよ?イライザは獣化し始めちゃったじゃない。
「俺が姐さんの相手はしますから、血だるまになるまで、意識の続く限・・・」
「黙って、ゲーテ。ねぇ、解るわよね、ね?」
あんまり、五月蝿く囀ずるゲーテの口を鷲掴みに、静かに怒りを含ませて言い聞かせた。
うん、ゲーテの気持ちは解ったわ?後でたっぷり血だるまにしてあげるから。
・・・今は大人しくしてようね?ガキじゃないから解るよね?引けないんだよ。
「・・・。」
くいと顎でイライザを差して、ゲーテにイライザをみるように促す。
イライザの瞳を見て?あんな嬉しくて狂喜に湧いてる瞳を見て、止めるなんて言えないよね、酷いじゃない。
「五月蝿いのも黙ったし、戦ろっか?」
右で拳を作って左掌をパンっと叩く。
「お前えっ!」
イライザの瞳はいつかTVで見た猛獣の猛り狂ったそれのように壮厳で、覗き込む者を畏怖させる烈迫とでも言えばいいのかな・・・ああ、一言で言えば解るか、・・・怖い、怖いんだけどワクワクする。
これと今から戦うんだと思ったら、初めてのボス部屋に飛び込んだ時みたいに、じゃあ・・・イライザに悪いかな?
「あら、怖い・・・お互いが血まみれになるまで、ゾクゾクする死闘を、しようじゃない。」
ゲーテに、気取られないように平然としてなくちゃね、わたしは仮にとは言え、ゲーテとジピコスのボスなんだし、みっともないとこ・・・見せたくないじゃない?解るかな。
ゾクゾクと全身が粟立つ死闘が始まる。
「砕いてやる・・・」
「んー?」
「ほ、ね。骨の一本まで砕いてやるっ。」
良く聞こえない。
もう、野次馬が凄い数。
そうよね?王族がこんなとこで闘おうとしてんだもん。
日本で言ったら・・・そうだ、信長!
信長の娘が、何か良く解んないのと闘おうとしてるとか?そんなカンジよねぇ。
きっと。
問いに返ってきた言葉は怖い怖い。
折られないようにしなくちゃ、その期待には添えられません、残っ念!。
「イライザ様っ、ラザッ!駄目だ、言っ・・・」
「ダンゼ、もう止まらないんだっ!こいつとっ!闘いたい!」
「・・・これも、リオグリスに生まれた──ラザの業かも知れませんね、しかし、群衆にまで被害を与えたら──命、賭して必ず!止めます、いいですね。」
「ありがとう、ダンゼ。」
「もういい?」
イライザとダンゼだっけ?ロミジュリみたい?オペラの中での台詞みたく熱の籠った何か甘酸っぱい事言い合ってる、えっと。
女々しいぞ?ダンゼ、やる気ないのは引っ込んでてよ。
「姐さん、やばいですって・・・」
「ジピコス・・・無駄だ。姐さんも、王族も完全に眼がどうにかなっちまってる。」
ジピコス、無理。
ゲーテ、ナイス!ようやく理解ってきたみたいね、退けない・・・ここまで熱く、昂った想いをぶつけ合わずに止まれないのよっ!
「シェリルちゃん、流石に止めるよ?王族を血塗れにするつもりかい。」
あー、普段はもうとっくに諦めきってる酒場の女マスターが。
空気読んでよ、もー。
「店長さん?黙ってろ。」
と、思って口を開こうとしたらイライザが女マスターを静かに、それでも威嚇するように低く唸ってから即断の声をあげた。
うわ、声を聞いただけでわたし、本能が警鐘をあげてるどんどん脈が速くなるのわかる、鼓動もさっきより遥かに大きく耳に届く。
あれ、ビビッた?わたし、あれー、人間らしく言えば捕食される側だしね、しょーがない。
でも。
熊でも、虎でもビビッたりしなかったのに、さ。
これ、格上だって、解っちゃってビビッてるんだ・・・かっこ悪。
「・・・王族の方がそう言うなら、あたしは。いいですね?止めましたよ?止めましたからね?」
「行こう、シェリル。」
「楽しみましょう?イライザ様♪」
女マスターを追い払ったイライザが殺意を燃やして、わたしを見詰める。
わたしも瞳を、視線を絡めるように見詰め返した。
ちょっと、準備しよ。
カエル皮のグローブとタイツ、それに青い長剣。
素手で戦りあえる、活きのいいだけの的じゃないしね、イライザは。
わいわい、がやがや。
王族と性悪エルフがやるんだってよお。
聞いた聞いた。
王族の方は前に聞いたこと無いか?歩く迷惑、あの嬢ちゃんがねえ。
歩く迷惑!町を半壊させたんだろ。
性悪エルフもさすがに泣いて謝んじゃねーかあ?
性悪エルフをやっつけてくれよっ。
笹茶屋、ビビッてます。
イライザがものすごく殺気を振り撒いてて怖い、でも楽しくてしょうがない。
次回──喧嘩バカ二人が激突。
でわアデュー! 短くてすみません、ここしか切れない…