わたしのバイト先はやらしぃお店じゃありませんっ
やだなあ。
また、絶対忙しいんだ、解ってるんだもん。
変な、見掛けない服を着た店員の居る食堂─だってちょっと有名だもんね。
その見掛けない服──改造メイド服、コスプレ用メイド服なんだけど、慣れたら一人でも着れる様になっちゃった、最初はあんなに・・・胸をあーしたりこーしたりされて、腰もあんなにこんなに、コルセットをギチギチに締め上げられたり、京ちゃんに好き勝手されちゃったのにー。
思い出すだけで鳥肌だよ。
慣れって怖い。
道行く村の人からそんな話を教えられたんだけど、それはまあいいとして、村の人ほとんど獣人らしくてケモ耳なんだよね。
獣化してくんないかな、モフモフしてて気持ちよさそうなんだよおー。
ゲーテにして貰えた事あるけど、あんまりモフモフじゃなかったや、残念。
ここ、《青い蟹亭》は外テーブルとテラス席を含んで全部で10のテーブルがあり、4人掛けのテーブルが今は満席で、カウンターも6人が座って順番待ちまでしていて、天井は2階分高くて、真ん中にマナで動かしてるのか大きなプロペラぽく羽が廻って心地好く優しい風を送ってくれていた。
「また、お客さん多そうだよね、はぁ。」
今は厨房から、お客さんで埋まった食堂(戦場)を見てる。
溜め息をひとつ。
「看板娘があぶら売ってないで、ちゃんとおしごとしましょうね。」
肩をポン!と叩いて、聞きなれた声がする。
ベテランのウェイトレス姿の、
「ジレさぁん、お客の視線が痛いんだよぅ。」
ジレさん。
二の足を踏んでる、わたしの隣にジレさんが並んだから、横目で視線を交わして声を返した。
ジレさんは見た目のままなら、三十行かないくらいだと思う。
痩せてないし、太ってるってわけでもないし、普通。うん、ジレさん日本なら子供3人居るなんて思えない体型だわ。
お母さんって雰囲気はあるんだけどね。
「ふふっ、可愛い格好してるからよ。ほら、さっさと行くわよ。」
「はぁーい・・・。」
ジレさんのその言葉に釣りあげられて。
いらっしゃいませー!のかけ声を合図にわたしとジレさんは食堂に足を踏み入れた。
もう後は、お客さんをもてなすメイドを遣りきらなきゃなんないわけで、つまり、わたしの休憩は終わり。
「・・・お客様、ご注文は如何なさいますか?」
2番テーブル。
もう毎日、《青い蟹亭》にバイト来てるんだから、馴れたもので、お辞儀をしてからお客さんの顔を見て注文を聞く。
最初は照れとか、メイド服を気にしすぎてそんな簡単な事も全っ然、出来てなかったんだけど。
「奇っ怪な姿をしているな、店員。あー、そうだな、お薦めを貰おう。それと、冷えた水を頼みたいんだが。ここはちゃんと井戸はキレイかい?」
見慣れない顔の客。
毎日バイトに通ってたら、常連な客の顔なんて覚えちゃうもんね。
わたしが覚えちゃうのと同じ様にお客さんにも顔ってゆーか格好は覚えられてる、と思う。
この客はだから、わたしは初めてお相手するお客さんなんだ。
奇っ怪な格好だって、ふふっ、その意見がふつーですよねー。
「はい、お薦めをひとつっと。水ですね、井戸はいつでもキレイにしていますよ、冷たく冷えてます。」
ええ、井戸は綺麗ですよ。
従業員一同、シフト組んで洗ってますからねー、・・・大変なんだよ・・・。
「それは良かった、長旅でな。デュンケリオンからこんな田舎の村くんだりまで態態・・・おっと、すまないな、聞かなかった事にしてくれたら店員さん、チップを弾むよ。」
厨房に注文を通さなきゃなので、テーブルを離れようとしたらそのお客さんは、そう言って愚痴を口にしたから。
離れようとした足が、止まる。
それを見て、お客さんの表情が一瞬ハッとしてマズいと思っちゃったのか、チップ代なのかな、硬貨が2枚渡されちゃった。
えっと、チップは別にいいんだけど、いや、欲しいのは欲しいけど、さ。
・・・それって、
「デュンケリオン、都・・・役人さん?」
この人、都から来たんだよね?じゃぁ役人の人なのかなって、聞いてみた。
「いいや?ただの、使用人だよ。君や、周りの人と大して変わらない、ね。」
「そうなんだ、へへっ。じゃあ注文通しますね、お待ちくださいませっ。」
返事はまぁ、違ったけど。
出稼ぎって雰囲気じゃない、雰囲気が明らかに村人とか、村長さんとかとも違うと思ったんだけどなー。
お客さんが不思議そうにわたしを見てきたから、お辞儀をしてからお客さんの瞳を見て、そう言うとテーブルを離れた。
「ああ、楽しみに待つよ。」
テーブルを離れる彼女の背に私はそう、声をかけた。
私の名はデカット、役人さん?と聞かれたけど役人じゃあ無いな、役人の付き添いと言うか。
都にもそんなに、居着いて無い。
かといってこんな田舎でも無かったが。
「──御嬢様にも困ったもんだよ、ふうー。何が悲しくて、まだ小さい愛娘を置いて・・・こんな汚い田舎に来ないと行けないのか。」
「・・・──様、お客様?心の声、だだもれでしたよ?気を付け無いと、わたし以外にも気づかれちゃいますよ。あ、はいっ。良ーく、冷えてます。」
とんだ失態だ。
まさか、愚痴を声に出して、それをあの彼女に──ピンク色の奇っ怪な服を着た店員だ、聞かれてたなんて。
私は、水の入ったグラスを受けとると、震え声にならないように注意しながら、返事をして握ったグラスを一口含む。
ふむ、良く冷えてる。
「──っああ、・・・良く昨日は眠れなくてね。ありがとう、んくっ。生き返るよ、いい店だな。」
「ありがとうございます、へへっ。でもね、これから混むんですよぅ。あ、呼んでる?はいっ、ただいま向かいます。っでは、失礼しまーす!」
私はニヤリと笑って彼女を見詰める。
その時、彼女を、店員なら誰でもいいのだろうが──呼ぶ声が、少しずつ混んできて喧しくなりつつある店内に響くと、彼女はお辞儀をしてから声のする方へ返事をして、再び私に向き直るとまたお辞儀をしてテーブルを離れた。
「や、元気あっていいよ、店員さん。」
わたしが次のテーブル(ターゲット)に向かって、離れる背にそんな応援めいた言葉を貰っちゃった。
なんか、やる気出てきたなぁ。
「お、お待たせしましたっ!・・・お客様、ご注文は如何なさいますか?」
あ、ちょっと声が上擦っちゃった、かな?
8番テーブルのお客さんは、わたしの顔を見てニカッと笑う。
おじさん、あ、いけないいけない。
お客様?どうしてそんなにジロジロ、絶対領域あたりを覗いてくるんですかぁ?京ちゃん、まだ来てないな、こーゆーエッチぃのは『お嬢さん、わたしが護りますよ。あなたの御身は。』なんて言っていつも追い払ってくれるのに。
「アンタの笑顔を注文したくてね、また来てしまったよ。」
えっと、確か。
何回か見た事ある顔、だけどー、えーっと・・・あっ!カドモスさん、だ。
この犬耳、シーターのカドモスさんで間違いない。
見た目、良い年してるんだもん、エロジジイって呼んで良いかな?目付きやらしぃんだ、カドモスさん。
「こうで宜しいでしょうか、お客様?繰り返し、お訊ね申し訳ありません。お客様、ご注文は何になさいますか?」
わたしの格好は、『今の』ノルンにはまず無い格好なんだって。
だから、目の前のカドモスさんみたいにわざわざ見に来る為だけにだよ?何回も通う客までいるみたい。
やらしぃ目付きで、さ。
あっちじゃ葵ちゃんと家族くらいか、見せた事無いんじゃないかって、飛びきりの笑顔ってやつを振り撒いて、カドモスさんを見る。
したら、カドモスさんは満足そうに頷いて、何度も。
やっとメニューに手を伸ばしてくれる。
この食堂はご飯を食べに来る店で、決してやらしぃ目付きで、店員を覗きにくる店じゃないんだからねっ。
「じゃあ・・・大黒魚の焼きものと、モナリポのスープを頼むよ。」
メニューを見ながら、メニューに指差しながらカドモスさん。
やっと、カドモスさんから注文取れたよ、たまに要るんだ、こーゆーお客さん。
「厨房に注文を通しますので、少々お待ち下さいませ、カドモスさん。」
わたしがカドモスさんの名前を覚えていたのがよっぽど嬉しかったのか、カドモスさんは少しの間ポカンと口を開けてたけど、我に還ると、
「おう、ゆっくり待ってるよ。」
そう言って煙草モドキ──この煙草は煙りを吸っても気持ち悪くならないし、臭くない。
そもそもこれ煙草なの?見た目はおっきな煙草ぽいんだけど。
煙草モドキにカドモスさんはテーブル備え付けの魔道具、魔光と構造は多分同じで、四角くて手にスッポリ納まる魔道具の中に、ぷちファイアのマナが入ってるんだと思うんだ、それを使って火を点けると白い煙りを吐き出す。
別にカドモスさんが特別ってわけじゃなくって、食堂に来るお客さんで手持ち無沙汰にしてる一人客なんか、スパスパやってるの良く見るや。
冒険者の人たちの中にも、吸ってるお客さんも居るし、割りとスタンダードな嗜好品なのかも知れないなー。
吸った事無いし、吸いたいって思わないけど。
ジュースより美味しいんなら、ちょっと吸っちゃおうかな?なんて。
後で、ジレさんにでも煙草モドキの事、訊いてみよっと。
わたしの格好、改造メイド服、京ちゃんに無理やり押し付けられた、この服。
欲しいってお客さんが良くいる。
光沢のあるエナメルめいたこんな素材は流通があまり、無いんだって。
これってゲーム時の装備だから、そもそもノルンには無いもので当然なんじゃないかな?
『この妖しい輝きがここの客たちを虜にしてるんだよ、どこで買ったんだ?』冒険者の人にも、村の人にも、口々にそう教えて貰った?・・・逆に訊かれた気もするんだけど。
この質感を出せそうなのは、カエル皮かなぁ?そうなると、必須になるのはニクスの技術だから・・・サーゲートか、カルガインの人にもニクスの技術が流れないと、まず作れないと思うんだ。
そんな事を思ってたら思い出しちゃった、今ごろエウレローラどうしてるのかな?また地底湖辺りを歩いてる、訳ないない。
エウレローラは金ヅチだもん、泳げないのに地底湖には用がないよね?
シアラは泳ぎ上手だったからシアラ辺りなら、カルガインに技術を持って来れる・・・けど、わざわざ隠れ住んでるんだっけね?
ニクス達って。
『ひぃ、んっ!』
大黒魚の焼き物ー!、モナリポのスープーっ!って、厨房にカドモスさんの注文を通して、フロアに戻るとカウンターに座る冒険者風な客に。
お尻、撫でられた。
とうとう今日も、今日もだよ?毎日、一回以上触られるんだから。
「へへへ、注文取ってくれよ。可愛いねえちゃんよ、エッロイ格好して誘ってんのか?いくらだ?」
なんだろな、怒る気にもなんない。
エロイ格好かなぁ?そんな目で見るからエロイって思う訳で、この格好は露出も少ないし、エロイ格好じゃ無いんじゃないかなって・・・思うんだ、わたし。
いや、誘ってないよ?全然、いくらって・・・わたし、売り物じゃないよ?言っちゃえばまだ、発売前?誰かのモノじゃなくて、わたしはわたしだけのモノ。
売ってない、売るつもりも一切ないんだからねっ。
カウンター客に向き直り、一礼をして、
「・・・お客様?、わたしは売り物では御座いません。他にご注文は御座いませんか?無いようでしたなら忙しいので、これで。」
そう言って丁寧に、なるたけ丁寧を心がけて冒険者の前を離れる。
あーゆーのは、京ちゃんに血だるまにされたらいいんだ、べーっだっ!あんなのでも、お客様。
振り返ってあかんべしたいのを堪えて、わたし偉い!心の奥で密かにあかんべをしたんだ。
京ちゃん、まだ来てない。
酒場で盛り上がってるのかなあー?
そんな事を思ってたら、厨房から料理が出来たから運んでって呼ばれる。
「はぁーい。」
「これ2番テーブルさん、ダリ鳥のロースト(大)にモナリポのサラダに湖の魚三種盛り、ね!おまたせぃっ!」
カウンターの受けとり口に料理が威勢良く通る店長兼シェフのザックさんが並べていく。
わたしはそれをトレイに並べて乗せて、目的のテーブルに向かう。
「大変お待たせしましたぁっ!本日のオススメらんちになります。」
2番テーブルに着くと、わたしは説明しながらちゃちゃっと料理をテーブルに並べていく。
心待ちにしていたらしく、お客様は説明をする前からナイフとフォークをロースト(大)にぶっ刺す、切る、刺す、口に運ぶ。
あ、美味しそうな、満足そうな顔。
ローストの切り口からじゅっわっ!としみ出す、溢れる肉汁!
美味しそうだなぁー、ホントに。
モナリポのサラダも好きなんだよねー、特に似ている食べ物が思い付かないから、モナリポが美味しい!としか言えないんだけど、さ。
っと、いけないいけない説明続けないと。
「ダリ鳥のロースト(大)にモナリポのサラダに湖の魚三種盛り、でーすっ!ご注文はお揃いですかーっ?では、ごゆっくりー。」
ちょっと遅れました。
いつもの食堂でした、いつもの食堂でしたね?でしたね!
と、伏線みたく振りつつ、次は京が酒場で大人しく地酒を堪能する話です。
な・・・わけないですね、うん。
京はいつもの京でした、本当にありがとうございました。
次回、──夕方…どぉかなぁー、8時くらいかも。
では次回更新まで、アデュー!