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そうだ!温泉へ行こう(まとめ)

まとめになってます。

鉱山で賑わうフィッド村にまた朝がやってくる。

肝心な鉱山で異変が起きて10日目、鉱山は開店休業状態になり村には鉱夫の変わりに物々しい輩の姿が目立つ様になっていた。

そして、凛子や京の定宿とした《古角岩魚の湖亭》にも・・・


「これ・・・また、来たのぉ?」


朝一から冒険者に勝負を挑まれる京の朝は常より格段に早くなっていた。

村中に知れ渡ったゲーテとの死闘の噂を聞き付けて、次の日から朝と言わず、昼、夜何時でも寝ていない時なら挑んでくる猛者を片手間に血祭りにしている。


正に今、クドゥーナこと愛那が騒々しい怒号と、物音に割り当てられた部屋から着の身着のまま這い出てくると、道端に名もなき冒険者が三人伸されて呻きながら転がっているのだ。


幾分気が立っているシェリルこと京を見ても、クドゥーナはビビらないくらいには精神が回復していた。

始終ビビっていては話にならない、partyなのだから。

そうは言っても気迫に寄ってはまだまた解らない。

ヒリつく様な死闘でも始まれば、待ってましたとばかりに退屈した鬼神は顔を出す、そんな相手が村にやってくる冒険者にはまだ居ないのが幸いだった。


「冒険者増えたわよね〜、この村。」


クドゥーナを振り向かずに応える声は京で、こちらもパジャマにしているシースルーな金地のネグリジェ姿で宿の食堂スペースにあるテーブルにすらりと長い足を載せ休んで居た所らしい、いつも持っている風な酒が、テーブルに出ていないからクドゥーナはそう思ったのだが。

実際は起きたは良いもののまだ早いし、寝直そうか?と表の冒険者を畳んでから汚れた足を拭いてほんの少しの間、テーブルで考えて居たらクドゥーナが降りて来たと言う感じだ。


「村が集めてるんだもん、それはしょーがないんじゃないかなぁ。」


「にしても、朝から宿に現れるのは勘弁して欲しいわね・・・」


「さっすがに、シェリルさんでもぉ、保たないー、とか?」


「暇じゃないのはいいのよ?べっつにぃ。」


欠伸まじりにクドゥーナと京が朝一の会話と言うには物騒な話をしていると、表に大勢の気配がして暫くすると無くなり、また少しすると寝惚け眼の凛子が一瞥もくれずにフラフラと宿を出ていった。

ここ数日、休まる事なくゴロツキ染みた冒険者が噂の真偽を確かめ様とこうして宿主が起きてくる前から、決闘を挑んでくるのだから京が寝直すなどちょっとあり得ないことかも知れない。

大勢の気配はいつもの様に、村の警備の係が救護に来たのかも解らないし、冒険者に仲間が居ればそれらが回収なり救護なりして行ったのかも知れない。

何と言っても毎日の事になっているから、警備ももう一言口を挟む事も無くなった。


「・・・また来た。」


会話も途切れて、クドゥーナが伸びをして部屋に戻ろうとした時、背後に気配がした。

振り返ると上半身裸の山賊やってます!と自分で言っているかの様なゴロツキが立っていた、不敵な笑みを浮かべて。


クドゥーナが声を上げると京も体勢はそのままで、首を反る様に背もたれから長い黒髪が床を這うほど頭を落として男を視線に捉えた。


「お前が性悪エルフだなあ?一つ勝負して貰おうか。」



そして、男の挑戦してくる様な言葉に体勢を戻すと深い深〜い溜め息を一つ。その姿のまま立ち上がると表に、喚き散らすゴロツキ──名乗りを上げたり、自分が如何に凄いかを自慢しているのを無視して連れ出して消え、10分程。

再び、返り血を頬や細い腕や白い足に浴びて京だけが食堂に現すと、その様は人1人殺したかの様で。

ネグリジェにまで少し返り血がついたのを発見して憂鬱そうに、その返り血をどこからか出したタオルで拭きながら、


「ふん、雑魚なんだから。遠慮!くらいしなさいよっ!」


怒気を孕んだ京の罵声が朝の食堂に響いた。

すると、返す必要もないその言葉にクドゥーナが律儀に返答をしてしまった。

この言葉には『お気に入りの』ネグリジェが返り血で汚れた為に、非常に機嫌が悪くなっていると言う裏があったのだが、勿論クドゥーナは知るよし無い。



「そうやってぇ、全部結局相手しちゃうからーぁ。噂に尾ひれ付いて独り歩きしちゃうんですよぉ?」


心配して待っていた訳では無く、単に厨房から冷たい水を拝借して飲んでいたそれだけだった、運が悪かったのかも知れない。

ネグリジェを着ていなければ、朝一で無ければこんな理不尽な怒りは生まれようがないのだから。

事実、冒険者やゴロツキの襲撃は暇潰しには丁度良いと京は言っているのだし。

その応えに、クドゥーナの気だるい態度にカチンと来たのか、


「・・・負けてやれって?そう、言いたい。で、良いのよね。そう取るわよ?」


獲物はクドゥーナに変わっていた。

失言だった?とクドゥーナが冷たく凛として響いた京の声に、恐る恐る肩越しに振り返ると、婀娜っぽく微笑んで、だがしかしギラリと獲物を狙い澄ました肉食獣の様な鋭い瞳で、クドゥーナの全身をがっちりと鷲掴みにする京が立っていた。

ここ数日は、味わって居なかった懐かしいとは思いたくも無い嫌な空気が、クドゥーナの周囲を包む中、京が動く。

クドゥーナの首に手を回し引き寄せて、鼻先まで覗き込んでくるその姿はクドゥーナにどう映っただろうか?誰かが見ていたとしたら、可愛い女の子同士でじゃれ合っている様に見えただろうが、クドゥーナには悪魔に魅入られた様に思えていたのである。

少しはマシになっていたとは言え、天敵に違いなかった、鼻先まで顔を近づけてにこやかに微笑んでいる美人は。


「いやいや、違うけどぉ・・・うーん、相手しないで追い返せば?」


震える声で勇気を振り絞ってなんとか言葉にする。

首に手を回されているので簡単には逃げ出せない、クドゥーナは冷たい物が、顎先から垂れて落ちたのを感じて拭う。

冷や汗をかいていた。

蛇に睨まれた蛙が恐怖を感じて、汗をかくんだって聞いたけど・・・ホントだったね、今知ったよ・・・と、クドゥーナは拭った手に視線を移せずに思う。

今、悪魔に魅入られた哀しき生け贄と言えるかも知れないクドゥーナは沸き上がる唾も飲み下す事が出来ずに、覗き込んで視線を絡めてくる京から視線を外す事が出来ないくらい、全身が強張っていた。


「酒場に行くのを止めるのね?」


「・・・怒んないでよぉ、こ、怖いからぁ。」


「ん?怒ってないわよ?笑ってるでしょ、多分上手に素敵な笑顔作れてると思うんだけどナ?」


その素晴らしいまでの素敵な微笑みが、対戦した相手やクドゥーナを恐怖させ天敵たらしめている事を、京は知るよしも無い。

青ざめて可哀想なほど冷や汗をかいていたクドゥーナは声を振り絞り、


「う・・・え、笑顔が怖いんですぅ。」


それでも、か細く言葉に詰まりながらそう言うと、まるで魔法でも解けるように強張って動かなかった体が、首が難なく動いた。

その状態でもやっと俯いて視線を外すのが精一杯なクドゥーナ。



「割り込んですまねえ。シェリーとかって黒髪のエルフと()りたいんだが。ツラ貸せや。」


助け舟と為った声の持ち主はやはり、時と場所を弁えないゴロツキや冒険者の類いで。

入り口を潜って目に入った、食堂のテーブルでじゃれ合っている様にでも見えた京とクドゥーナのやり取りを、見ているのはこのゴロツキの成りをした男には難しかったのか、イラだつ様に京を見ると背中から大鉈を抜き放ち、顎で表へ出ろと合図する。


「いきなり抜いたわ!全力で、いいわよね、クドゥーナ?」


「はい・・・はい、お好きにぃ。」


首が軽くなったのを感じてクドゥーナが顔を上げながら応えると既に京は表へ出ていった後で、別にクドゥーナの返答を待つ積もりも無いのに京が振って来たんだと気づいたのだった。


そこでゴロツキの怒号が聞こえた後、騒音混じりに大きな物が壊れる音が響くのが耳に届いて、クドゥーナが表をそっと入り口から覗くと、宿の向かいに立つ別の宿の入り口にさっきのゴロツキだろうか、突き刺さって足だけ見えていた。

全力でやる!と京が意気込んだ結果。

イラつきが何れ程の物だったかを知って、戦慄するクドゥーナは青ざめた顔が更に青ざめていく、さも大量の縦線が顔半分を覆っていくが如く。


その後クドゥーナと京はまたテーブルに隣り合って座っていた。

正確には、京にクドゥーナが座らされたのだが。

愚痴を吐く京の相手をして相槌を打つ一方だった暫くの後で、クドゥーナが口を開く。


「あーあ、これだけやってもまだ、酒場行く・・・んですよねぇ?シェリルはぁ。」


「ん?──悪い?」


その自然な悪びれない応えに、京の辞書に懲りると言う言葉は、無いのに書き足せないんだなと納得したクドゥーナだった。


「止めませぇん、どうぞ。あ、裏の人達どーすんの?」


「好きにさせとけば?」



京に何を言っても状況は替わらない、その事に何となく気付いたクドゥーナが投げ遣りぽく問い掛けると、京はさも当然と言った風に答える。


愚痴を吐き満足したのか、それとももう寝直すのを諦めて酒場にでも足を運びたくなったのか──恐らくはそのどちらとも正解なのだろうが、京は(おもむろ)に立ち上がると長い伸びをして黙ったまま階段を上がって、少しすると最近良く着ている脇を大胆にカットされて、横乳を隣から見れば苦労なく覗けると言うか自分から見せてるんじゃないかと思える、白と黒のぴったりとしたワンピースと、黒いオーバーニーのカエル皮で設えられたぴっちりとしたタイツにヒール姿に着替えた京が降りてくる。

気合が入っている訳でもない普段着。

クドゥーナが視線で追うものの、一瞥もせずに京は歩き去る。石床に、ヒールの音を高く響かせて。



「凛子には丁度良い経験じゃない?」


舗装されてない大通りを、行き付けになっている酒場に向かって歩きながら京は誰に言うでも無く独り、自分に言い聞かせる様に呟いた。





その頃──《古角岩魚の湖亭》の裏、と言うには路地を挟んだその向かいにある訳で裏なのかちょっと困る立地ではあったが、宿の裏。


近隣にも宿が飛躍的短期間に立った為に、資材置き場とか物置にされていて野晒しになっている空き地がある。

同上の理由で利用価値の無い空き地は、村の大通りに面して無い裏側にはあちこち点在していた。

子供達の遊び場になっている広場も所謂、デッドスペースで利用価値は無い為に、予備の建材置き場になっている様に家一軒建てるなら、陽当たり的にも裏路地に建てれば大通りに乱立している2、3階建ての建物の影になる為に望ましくは無い事も起因している。


そんな空き地に若い男女の声が響き渡る。

男の方は袖無しの黒の上下、女の方も同じ様な格好だ。

違うのは女の方は腕も足も、すっぽりとぴっちりとしたカエル皮のグローブとタイツに覆われて露出部が少なくなっている事だろう、それは凛子が怪我をしない為にと言う理由を付け、嫌がる凛子に無理やり京が着させているものだったのだが、実際に攻撃を受けてもやんわりと弾いて、結構受けきれずに攻撃を食らっているのだが怪我には至っていない。

お分かりだろうが、男はゲーテで女は凛子だった。


「──違う、下から掬い上げるようにこうだ!」


別に死闘をやっている訳ではない、稽古を付けてくれとゲーテが京に頼むと逆に凛子の稽古を押し付けられた形である。

使っている武器も叩かれれば痛いが、それ以上は無いだろう木刀。

態々クドゥーナに注文を付けて作らせた逸品で、見た目こそ土産物のよくある木刀だったりするものの、しなる材質のコアスの木を使い、怪我をさせない、ちょっとやそっとじゃ壊れない仕様になっていた。

刀を見たことの無いゲーテには、諸刃で無い事に違和感しか無いこの木刀だが、使い心地は悪く無かった様で軽々と扱えている。


ゲーテが指導のために手を抜いて軽く、弛い剣筋で更にその上飛んでくる方向を声で知らせながら木刀を撫で付ける、叩き付けるわけで無く手加減した一撃。

それは決して受けきれずに体にダメージを受ける様な剣筋では無かったのだがしかし、


「あ゛っ!」


弓しか使い馴れていない、勝手の掴めない木刀を使いこなせずに凛子は太股を叩かれる羽目に。

何回となくこうなのだから、当てたゲーテも溜め息が勝手に出ると言うものだ。



皮のタイツのおかげで大して痛みは無いし、驚く程傷にもならない為に重宝していてカエル皮と言う事は考え無い様にしている凛子だった。


「受けたら押すか、引くっ!すぐだっ!」


10合に一度くらいは、運良くゲーテの一撃を木刀で受け止める事が出きるのだが、唇をぎゅっと結びながらも、嬉しさを圧し殺し切れずにそれで満足気に、にこりとした凛子にゲーテの叱咤が飛び、すぐに木刀で木刀をぐいっと押し込まれて、ふらふらと凛子は腰から地面に倒れ込んでしまう。


「ひぃんっ。」




「足が、お留守じゃないかっ?蹴ってもいいし、後ろに飛んで躱してもいい、考えろ。」


何合目か、凛子が構えて打ち降ろす真っ直ぐで無い剣筋の一撃を躱してからそう言うと、木刀は掴んだまま凛子の足首目掛けて払うような蹴りを繰り出し、寸止めで止めるとニヤリと不敵に笑い、後ろに飛びすさり。


お手本としてゲーテが持ちうる経験上の技を見せているのだが、指導を受ける側がわーきゃーと騒ぐだけで身に付いているのか疑わしいのが、ゲーテは口惜しく感じていた。

一方的にやられるので無く、出来れば京とこうして触れ合って自分の技を高めたいのに相手が素人でしかも、こう吸収能力が無さげな凛子では時間を無駄にしている様な気がしてしまってゲーテ自身も身になっているのか、経験を積めているのか不安になってしまう。


「急に言われてもっ!初めて剣持ってまだ、二日なんだよっ?」


ゲーテがイライラとするのとは、違う理由で凛子もイライラはしていた。

手加減されているのは解るだけに、木刀を全然扱える様にならない自分自身に。


カルガインやニクスでもお願いさえすれば、稽古をヘクトルや京に付けて貰えていただろうが、特に言い出さずに今まで来ていて。

ゲーテが京に稽古をお願いして断った事から、凛子がこうして稽古をする事になったのだが、思う様に体が動いてはくれない。

やった事が無いのだから、出来るはずと思えた事も意外と出来ないものなのだ、それでも凛子は歯痒かった。


「二日もあったんだよ。二日で素人とかわらないんだって。」


見棄てる様なゲーテの辛辣な言葉にも内心なにさまだ!と思っても全然上達しないのだから、苦笑いを浮かべて黙って頷く、それしか返す事が今は出来ない。



「ゲーテ、姐さんと比べて見ちゃ可哀想だぜ、それを入れても凛子は下手だがなぁっ、あはははははっ。」

体を休ませながら足を伸ばすジピコスでさえ凛子を笑う。

下手だとは解っていても声に出さなくても良いじゃんと思う凛子はジピコスに視線を動かして、んべー!と舌を出した。


「とは、言ってもな。姐さんと戦れないんで、コイツ、凛子を俺と張れるだけまで上げないと手応えがなくてよ。」


そう言うゲーテに耳を疑わないで居られない凛子。

京と稽古がして貰えないから凛子を同レベルまで使える様にしようとゲーテはしていたと言うのだからそれは無理難題だ。


(そもそも)の経験から違って更に木刀を握って大して時間が経っていないんだから、凛子が思うのも尤もだったに違いない。


「そう言うなよ、俺がお手本を見せてやろうじゃねぇの。ゲーテ、変わるぜ。」


ジピコスがゲーテに変わるようだ。

無茶な要求をしているゲーテでは凛子の相手は務まらないと思ったか、それとも単に退屈していたからだったかはどうだろう?解りようも無いのだが。


「俺はゲーテよりは弱い、試しに撃ってこいよ、ホラ。」


木刀をゲーテから奪う様にして変わったジピコスが握って無い左手をひらひらと振って挑発する言葉を浴びせる。

と、一息吐いて凛子も見よう見まねでゲーテの薙ぎ払う一撃をジピコスに当てた。

実際にはヘロヘロとした只の横薙ぎにしか為らない、それをジピコスは逆手に持ち変えた木刀に左手を添えて、難なく受ける。


「こんなもんか?」


そう言うと、にやりとジピコスは笑いそのまま弾く様に木刀を振り払った。


「うーーー。」


木刀が弾かれふらつきながらも叫んで、これも見よう見まねの上段に構えてから真っ直ぐ撃ち落とすつもりの一閃。

やはり実際には真っ直ぐで無いヘロヘロな剣筋でしか無かったりする。

それを首を振って半身で躱したジピコスは、


「相手の次手を読めば、こうやって躱してから、こうだ!」


一歩半で間合いを詰め、凛子の懐に潜り込み言い放つと木刀の握りの部分で胸をダンッ!と突いた。

勿論、全身を持っていかず腰から上の捻りを加えた必殺となる一撃だ。


ジピコスの得物はダガーないし、大振りなナイフで木刀は些か勝手が違う事からこうした動きになってしまうのだが、普段なら返す上半身の動きで左手にも握っている筈の、ダガーでグサリと差し込むという連続した攻撃を考慮に入れた動作であり、しゃがんだりそのまま転がるなり横っ飛びで、敵の次の攻め手を躱せる間合いである。


「あ、うっ!」


思ったよりも強く胸を打って苦悶の表情で叫んだ凛子にジピコスの飄々としながらも人を喰った様な声が響いて、


「躱せば、懐に入ってトドメも刺せんだ。それか蹴って、次の攻撃に繋げるのも良い!」


気付けば又、凛子の懐に飛び込んでいたジピコスが逆Y字に蹴りを繰り出す。

寸止めで止めるとぐるんとそのまま転がって凛子の木刀を躱した。


「そんなに早く動けないよぅ、うっ!」


「動けない、で済むわきゃねーだろぉ?これでホラ、2回死んでんぞ、お前よ。」


視界の死角を突いてくるジピコスの動きに付いていけずに弱音を吐くとそれを遮られて、ジピコスに背中を取られて後ろから首を鷲掴みに握られる凛子。

二回殺したと軽口の様に言うジピコスに対して、


「う・・・ん。」


視線だけ肩越しに向けて悔し紛れに頷くしか出来ない。


「撃ってこい。次は受けてやんよ、ホラホラ。」


「こっのぉー!」


「おい・・・もっとこう、切れ味よく振れねえのかぁ?」


「言われても、解んないってばぁ。」


ジピコスに軽くのされて軽くあしらわれる凛子。

経験の差がゲーテ戦以上にありありと滲み出る。

言われた事が頭では解っても実行してもまだまだどうとも為らない程に。


「あっははははは、あはははは!・・・ふぅ、なんだ。素振りやっとけって事だな、基本が大事なもんだからよぉ。」


凛子の不様っぷりを見て、盛大に吹き出してしまうジピコスの行き着いた解は、基本をやんないと動こうにも動けやしないんだなって事だった。


「解った、そう・・・するぅ。」


腰からへたりこんでしまう凛子が、悔し涙に口ごもりながら顔を上げると、ジピコスの姿はそこには無く、裏路地を渡って向かいにある《古角岩魚の湖亭》に向かって歩き去る後ろ姿をなんとか視界の端で見付けた時には、宿の裏口をジピコスが閉めていた所だった。





そうやって凛子が、溢れる涙を指で振り払って素振りを始めれば、一方で又騒ぎが起こりそうな状況に置かれている京が居たりする。


酒場の扉を開いてすぐのテーブルは、訳あって専用になりつつあった。

冒険者達は息を潜めてその時を待つ、黒髪の見目麗しいエルフがテーブルに座るのを。


そして今日も又、件の黒髪のエルフはそのテーブルに座り、いつもの様に酒をグラスに注いで飲み干す、また空になったグラスに注いで飲み干す。

その飲みっぷりだけで周りが小さくざわめいて視線が集中するのに、更にこの黒髪のエルフには酒場の客達にとって付加価値があった。


「ズ・・・、何か、用があるんですか?無いんでしたら、お引き取り下さいね。」


冒険者と言うのは顔を改めるのに絶対に、肩を掴んで振り向かせ様とするものなのだろうか、幾度と無く京はデジャヴュめいて同じ行動を目にして来ていた。


別段変わること無く自然体で京は振り払おうともせず、かと言って振り向りてやる訳でも、グラスを傾けるのを止める訳でもなく、グラスを空にしてから口を開く。

もう、お決まりになっていると言っても過言ではないいい気分で京が飲んでいると邪魔をしてくると言う事。

だから、棘を自主的に抜いた事務的な丁寧に取り繕った言葉に何の含みも無くなった。



「オォイ、いたぞ!きっとコイツだ、性悪エルフ。」


京の言葉に何の応えも返さずに一方的に声を上げる冒険者はブレストプレートに肩当て、手甲と言う初心者には手が出そうに無い、この世界ではそこそこ高価で別段生活に必要無さ気な格好。

ゴロツキや、その日暮らしの山賊ではおよそ手が出せない装備一式に身を固めた、騎士の態の男である。


この専用になりつつあったテーブルに座った黒髪のエルフの一挙手一投足は酒場の客達にとってここ数日は娯楽であり見世物だった。

黒髪のエルフには物騒な噂がつき纏う。

黒髪のエルフは返り血を浴びないとか、怪我をしても傷にならないとか、決して本気にならなくて・・・本気になるとエルフはおぞましい死に神に姿を変えるとかそんな真しやかな噂が。

実際は、取って置きこそ出さないものの本気にはちょこちょこなっていて、その度に周辺の商店が被害にあっている。

「なあ、黒髪の!此処等じゃ有名らしいなぁ?俺らとも遊んでほしいんだわ、いっかなぁ?」


今、京と喋っている冒険者もやはり、そんな信じ難い噂を耳にして真偽を確かめてやろうと又、京と同じ様に暇潰しと軽い気持ちで喧嘩をふっ掛けているのだ。

酒場の客達が息を飲んで視線がついつい京に集中し注目する中、


「──いいですよ?行きましょうか。」


そう言って、立ち上がりテーブルを離れる京は馴れた様子で扉を開いて酒場から歩き去る。

その後を追って冒険者が声を掛けた。


「助かるぜ。」


「俺はエナーグ。カダナリアじゃ名の知れた剣士なんだ、稼ぎのいい仕事(ヤマ)があるって聞いてくりゃまだ、始まってすらねぇってなぁ。」


エナーグと名乗りを上げた冒険者は京に喋り掛けた人物では無く、藪睨みの頬が痩けた姿をしていたりするものの、その体躯は恵まれていて鍛えている所は鍛えているぽく腕の手甲から見え隠れする筋肉は鎧の様に固そうだ。

そんなエナーグが使い馴れた得物であるクレイモアをジャキッと言う鍔鳴りを響かせて構えた瞬間に勝負が決まる。


「え?ぐぉ、ほっ!」


「──もう、良かった?」


ぞろぞろと酒場の外へと客達の足が向きだした頃に、同時にエナーグが名乗りをし始めると、京が準備運動を済ませて天高くジャンプしていたのだ!

エナーグがクレイモアを抜いた時には狙い澄ましたスタンピングニードルが完成して女王蜂の毒針宜しく、婀娜っぽい微笑みを湛えた京が言い放ち、急降下するヒールのかかとがエナーグの頭に刺さる。


もう片足で後頭部をヒールキックで蹴り飛ばし、エナーグが叫ぶ声を遮る追撃を仕掛ける。

そのまま10点満点の着地を決めてフィニッシュ!ポーズを決めて、京は酒場の客達にもサービスして倒れたエナーグを踏みつけて見せる。


「オォイ!え、一撃でエナーグをっ?」



その光景に堪らず、喋り掛けてきた方の冒険者が苦虫を噛んだ様な歪めた表情で悔し紛れに叫んだ。

なおも気を失ったエナーグは膝裏辺りの肌の露出した部位をヒールのかかとでグリグリと抉られている。



「──戦る?それとも、謝る?」


嫣然と微笑んでエナーグの膝裏を踏みつけたまま、京が冒険者を見上げて優しくも凛とした声で問い掛けた。






あの後の事は、振り上げた大剣を冒険者が降り下ろしたと同時に、エナーグが我に返る程ギリッと踏みつけて、超短距離ミサイルキックを名乗りもする暇も与えられなかった哀れな冒険者の顔面を捉えた。

すると、謝罪をするまでいつもの様に蹴り、踏みにじり、嬲し殺す様に満足いくまで可愛がってぴくりとも動かなくなると、今回の冒険者との死闘は終わりを向かえた。



「エルフさん、ウチの前の道は修練場かい?いやね、金はいいんだよ、たっぷり戴いたし。血を洗うのもまだいいんだけど、こう毎日暴れられちゃ。」


酒場に戻ってくるとまず、目を細くしたふくよかな体型の女マスターに苦情を言われる羽目になる。

やはり迷惑を(こうむ)っているのか、その瞳は真剣そのものの、京は店の上客で毎日通ってくる常連でもある為に苦渋の決断と言った所か、困りきった口調だ。


「見せ物みたいになってて、それ目的の客が居着いちゃって困る、とか?」


女マスターに言われて、周囲を見渡せばろくに口を着けてないグラスを、遊ばせているテーブルやカウンターの客が目に付く。

グラス一杯の料金で何時間も粘られたら商売にならないとかそう言う事だろう。今、思い付いた言葉を率直に口に出すと、


「ふぅっ──正解。ウチの店は金を貰って酒を出す店で、見せ物屋じゃ無いんだよ。シェリルちゃんだっけ?やるな、とは言わないし、言えないけどね・・・せめて口で解らせて、無理なら表に引っ張りゃいいんじゃないのかい。」


そう言った女マスターは深い深〜い溜め息を一つ。


「う、うん。解った、でも・・・気に食わないとすぐ戦りたくなるんだ♪」


すると、京は答えながら苦笑いを浮かべていたが口ごもると逡巡した後でにこっと笑って女マスターを見詰め、甘えた声でてへぺろ☆として見せる。

それを見た女マスターは肩を竦めてカウンターの奥に戻って、


「黙ってりゃ、お人形さんみたいなのにねえ。」


と誰に聞かせる訳でなく本心を洩らした。

闘う京の変貌ぶりを思い出すと、とても言えた台詞では無いなと内心で思い直しながら。


「おい、エルフがカダナリアのエナーグとネワッドをぶちのめしたらしい。」


早速、先程の死闘をダシに酒場中の客達はざわめき、止めどなく酒を飲み続ける京に視線をチラリと向けつつ、話題作りに必死だ。

目下、誰なら誰が黒髪の性悪エルフに引導を下すか?が話題の華になっている。


「昨日は、マナースのカイオットと、その前はカダナリアにたまたま来てた“剣鬼”メドイックがヤられて酷い様を晒してたってよ!」


「“百腕”ゲーテを軽くお手玉にしたってのも、噂半分ってワケじゃねえのかよ、おっかねえ女だぜ。」


『そんな大声で喋ったら全部聞こえてるんだけど?に、してもゲーテ。ふふっ、百腕って!だっさ。』


そんな噂好きの酒場客の声に耳を傾けていた、京が堪えきれずくつくつと含み笑いを小さく洩らした。

客達に話題は尽きない、そうだ!京が誰かに倒されるまではこの物騒な噂話は終わる事は無いのだから、何処其処のアイツなら倒せるんじゃないか?と話題は続く。


「明日にはラミッドからの冒険者も来る。“俊蹴”のジャバーや、ヴァナなら性悪エルフにも勝つかも知れねえぞ。」


「ばーか!メドイックは都でも名の通った奴だったんだよ、剣を持たせても貰えねえでボッコボコ!お情けで剣を持たせたら、フラフラでよ。面白かったんだが、すぐ降参じゃなあ?」


「蹴りが速いんだろ?それならジャバーでも並べるだろ。ましてや、ヴァナは大斧を使う大男。性悪エルフと言ってもタダじゃすまんさ。」


「ゲーテは速さも腕力もあったんだぜ?それがよ、噂じゃ蹴られて地面にへばりつくしかさせて貰えない処か惨めったらしい謝罪ってのをさせられて今じゃ、性悪エルフの舎弟らしいんだってんだから、速さで付いてけなきゃボッコボコにされて終わりさぁ。」


『ん?んん?』


噂話に耳を傾けていた京はどうにも聞き覚えのあり過ぎる声が酒場に響いたので肩越しに振り返ると、


「お前さぁ、ジピコスじゃねえか!無抵抗でゴミみたいに血塗れにされてたんだろ。」


どこかの客から声が上がる。

その客はあの死闘を見物していた様で、ジピコスを覚えていたのかも知れない。

ああ、ジピコスか。と、京がテーブルの上のグラスに視線を戻すと、


「へへっ!姐さんは強え。ジャバーもヴァナも戦らせねえし、・・・冒険者やめられちまうとそれはそれで辛いしよぅ。」


そのジピコスが声を上げてきた客に口を挟む。

まるで、自分が褒められている様でもあるのか、ジピコスは満足そうににんまりと笑って居たが、口ごもると苦笑いを浮かべて口をつぐむ。


「ジピコス!」


「あっははは・・・姐さん。」


何が気に振れたのかは知らないが、ジピコスが口をつぐんだと同時に京はジピコスの名を呼んで叫ぶ。

その一挙手一投足に視線がついつい集中してしまう京が叫んだ事に一瞬、ピタリと静まり返って何か誤魔化す様なジピコスの乾いた笑い声だけが酒場に響き渡ってやがて消えた。






「こっち来て?」


そう言う京は見るものを魅了する様な小悪魔めいた微笑みをジピコスにだけ向けていた。




「いやぁ、凛子はあれ、使い物になんないんじゃねえかって・・・ぐぉほっ!・・・で、喉でも潤そうかなっと。」


そう言いながら隣に座ろうと椅子を担いでくるジピコスの脇を京が放つヒールのかかとが抉ると、びしぃっと対面を指差しジピコスを座らせると、


「嫌ーな噂話に口挟んで、面倒事増やそうとしてた?」


口を開いた京が空のグラスを突きだし、ジピコスに注ぐ事を態度で要求する。

顔は横を向いて聞こえてくる噂話を聴こうと頑張ってるのを装いつつ横目でジピコスを窺う。

ヘクトル以外から注がれるのにまだ慣れないただそれだけだったが、ジピコスはそんな事でも嬉しく思った。


「そんなことねぇっすよ、姐さんがどんだけ強いかってのをですね、へへ。」


にへらと笑いながら、誤魔化し紛いの言葉をジピコスは口にして、突きだされた空のグラスにトクトクとゆっくり酒を注いでいく。


「温泉。」


注がれたそばからグラスを空にし、ジピコスに突きだすを何度か繰り返して、満足した京が惚けた様な表情でボソッと呟いた。


「を?」


「温泉っ!」


酒を注ぐ手は止めずにジピコスが聞き返すと、小さく叫ぶ。

口を開いて固まるジピコスを見て更に言葉を続けた。


「今日、入りたい。」



「今からじゃ無理っす。夜道をデルラ山の麓まで走る事になっちまう。」


固まっていたジピコスが気を取り戻し、説明する様に喋る。

思い直してくれたらいいなと、言いたげな表情を浮かべて。


「それが?」


「・・・いや、だからガルウルフも出るだろうし、ギーガも出んじゃねえかって。」


説明なにそれ、もう決めたし!説得なんて納得しないよ?もう!とこんじきの瞳が語る様でぷりぷりと頬を膨らませた京が視線でジピコスを突っ張ねる。

控えめな口調で説得を続けたジピコスの声などこうなったらスルーされるだけでしか無い。


「行こう、温泉!」


注がれたばかりのグラスを掲げて宣言するかの様に今日一番の上機嫌な京はその場に立ち上がって明後日の方向向いて叫ぶ。


「魔人、帰っちゃったんでしょ?」


「・・・まあね。壁はゲーテにやって貰えばいんじゃない。」


不安そうに苦笑いを浮かべてジピコスは、最も心配している事を口にした。

横目でジピコスの表情を窺って、椅子に座りながら京は頷いてそう言い、ヘクトルが居なくなった事を認めた。


「ガルウルフはともかく、ギーガが出ちゃ、俺らじゃ無理無理無理!」


「全然。」


ヘクトルが居ない事に顔が青くなるジピコスが夜道を山に走るのなんて嫌と言いたげに必死になって説得に気合をいれるも、そんなの知らないし?全部倒せばいいんでしょと、言いたげな表情の京に切って捨てられる。


「姐さんが強いのは解んすけど、ギーガは暴れだしたら止まんねえって話なんで・・・」


「前が時間稼いでくれたら、サクサクっと倒しちゃうから。ね、行こっ!」


「本気っすかぁー。」


「経験が足りないってゲーテも、ジピコスも言ってたでしょ?」


ジピコスの説得は京が折れるつもりが無いので、中身が全く意味を為さない。

逆に京に説得され兼ねない事になる。


「せめて、ねぇ。壁役を拾いましょうよ。剣鬼とかどうです?」


「えーーー。」


ジピコスが譲歩案を出しても真顔で京が断わる。


「じゃぁ、カイオット。あいつもデカいし、壁やれますよ。」


剣鬼もカイオットも連れて行った所でヘクトルの変わりにはならないし?ジピコスに言われた京がそう思って、


「いいから、皆集めて。温泉にレッツゴー!」


再びグラスを掲げて宣言するかの様に明後日の方向に向いて上機嫌に叫ぶ。


「姐さん、キャラ変わった?」


破壊神めいた雰囲気が全く感じられない、ジピコスが見たことの無いわーきゃーする京を目にして椅子からずり落ちる。

作ったとかじゃないし?周りがイラつかせるからピリピリしちゃう事にもなるじゃない?と内心思いながら、


「べっつにぃ、温泉が楽しみなだけだもぉーん。」


本心をジピコスに曝け出す様に京は、テーブルの上でジタバタしながら気持ち良く惚けた顔で叫んだ。

楽しみでしょうが無いみたいに。






しばらくして酒場の前に現れたジピコスが馬の手綱を手摺に軽く括り付けて扉を開くと京を手振りで呼び出すと、京は支払いをグリム金貨で済まして表に出る為に、入り口まで歩むとジピコスが口を開く。


「馬、こんなのしか借りれなかったんすよ。」


「デカ鳥・・・チョコ○思い出すわね。」


苦笑いを浮かべるジピコス、呆気に取られた京の視線の先には、酒場の前に括られて手綱の先に居たのは馬・・・では無くチョコ○大のデカい鳥、怪鳥と呼んで良いそれは口を開いて長い舌を見せびらかす様にヴェー!と一声鳴いた。


「馬よか早えんですよ、乗りこなせば。」


「知ってる。似たの、他のゲームで乗った事あるから。」


取り繕う様にジピコスが言うものの、京は別の機会にフルダイブで似たデカ鳥に乗り走らせた事があると言う。

その時は乗りこなすなんて出来なかったよね?と内心ごちる京。


「・・・こんなにデカくなかったけど。」


あっちは一人乗り用で、こっちは多人数を乗せて走る。

ジピコスを睨み付けながら京は咳払いをして呟いた。





フィッド村の昼下がり。

京は唐突に温泉に入りたい!と叫んでジピコスに用意させる一方、宿に帰って稽古を附けられている凛子と近所で遊んでいたクドゥーナを温泉に行こうと誘っていた。


「シェリル、本当にこれで行くの?」


そう言うクドゥーナは興味は惹かれるとは言え、あっちと同系統なら恐ろしい目に遇うんじゃ無い?と疑ってしまう部分もあり、簡単には乗れないでいる。


「借りれるのこれしか無いのよ、いいから乗る。」


クドゥーナの横から京がそう言い指差して促すと、渋々と言った感じで、クドゥーナが縄梯子を登り怪鳥の背中に上がる。

そこは当たり前に平坦では無いのだが、4隅に柵付きの鞍が乗せられて簡単には落ちない、安全策は講じられているみたいだ。

もともと多人数と荷物を乗せて移動する手段として、都市部でも活用されている怪鳥は一見便利そうだが、ある理由で一般受けしない。


「俺らは二人で前乗るんで、姐さんはそっちで・・・乗りこなしてやって下さいな。」


凛子と京が更に乗り込むとゲーテが同じ様に、クドゥーナ達の乗る、もう片方の怪鳥の背中から苦笑いをしながら声を掛けてくる。

乗りこなせと言われても、手綱が一つあるだけで乗馬笞の様なコントロールする道具も見当たらないので、京も頬をポリポリ掻いて考え込んでしまう。

暫し、思案を巡らせていると、


「これってチョコ○?」


凛子が怪鳥の背中のふかふかしたオレンジ色の長い毛を触りながら訊ねる。するとすかさず、


「それ、さっきわたしが言ったから。もういいってば・・・っ!」


何と言って良いか複雑な顔をして京が憂鬱そうに答える。

思うことは皆同じなんだなと、そう言いたげに。


デルラ山に先導してジピコスが前方を行く。

京が手綱を握る、もう片方の怪鳥を乗りこなせるのを暫らく待っているのか、まだ走ると言うよりのんびりと歩いている感じだ。

そのジピコスが手綱を見て思案する京に話し掛ける。


「コイツらシャダイアスってんです。気性は特に荒くねえんすけど、首を引っ張るとイラっとして速度が上がるんで。」


そう言われて、京はシャダイアスと言うらしい怪鳥の首をグイッと引っ張る。

すると、


「振り落とそうとして、なんすけど。」


それを見て慌てた様に、まさかいきなり首引っ張るかよ?と思いながらもジピコスが続けるがもう遅い。

狐耳がピンと立つ。


ヴェー!と一声甲高く鳴いた怪鳥が、オレンジ色の顔を真っ赤に膨らませて先程までの、ゆっくりと歩いていたとは思えない驚異的な爆発力を伴ったスピードで、ジピコスの視界から一瞬で消えてしまったからだ。


「行っちゃったな。追うぞ!」


急加速したシャダイアスは手綱を握った京を、振り落とそうとジグザグに走りながら更に加速していく。

それを視界に捉えてゲーテも、怪鳥・シャダイアスの手綱を引いて後を追うのだった。


「きゃああああああっ!!!」


鞍に付いた柵に縋り付く凛子が、愕然とした必死な表情で叫ぶ!


「ッ────っっっ!!!」


「ひゃああああああ!!!」


同時に、普段は見せない恐怖に引き釣った表情で、京も声に出せない叫びを上げ、飛ばされそうなクドゥーナも柵に両手だけで掴まって必死の形相で叫んだ。


「と、とっまれええええっ!!!」


「止まってええええーーー!!」


クドゥーナが飛ばされそうな事に気付いた京が猛スピードが生み出す、目も開けられていられない様な暴風の中、鬼神めいた顔で叫びながら必死に手綱を引き絞る。

叫ぶと同時に凛子も手を伸ばしてクドゥーナを助けようと必死に頑張ったが、あと少しの所で涙を振り撒きながら、クドゥーナが振り落とされてしまった。



「ね、早かったっちゃあ早かったっしょ、姐さん。と、愉快な仲間の人達。」


「死、・・・死ぬかと思った・・・」


「クドゥーナなんか、振り落とされてたわよっ?」


「飛べるからぁ、いいんだけどねぇ・・・ジェットコースターに、ベルト無しで乗ったらこんな感じぃ?うっ!」


程無くして、停まったオレンジ色のシャダイアスの隣に、白いシャダイアスが並ぶ。

ゲーテ達の乗るシャダイアスが、京達に追い付いたのだ。


シャダイアスから降りて、休んでいる魂が抜けかけた京にジピコスが話し掛けると、同じ様に魂が抜けかけた凛子がべそを掻きながらボソリと。

凛子とほぼ同時に京も非難の声を上げる。


その後ろからふよふよと浮かんでいるクドゥーナが、話ながら京を落ち着かせるべく、背中に手を置いて摩っていたがまだ気分が悪かったらしく、急いで付近の木の根本に少しリバースした。


「シャダイアスは臆病者なんすよ。ついでに肉食で、さ。働いたら、肉要求して来るのが面倒っちゃあね面倒って。」


一見便利そうなシャダイアスの最大のデメリットである肉食、それもジピコスとゲーテの訳有り顔を見ればかなり燃料効率が悪そうだと思える。


「クドゥーナ、肉あげてっ!こいつら、わたしを餌にしようと見てる気がする。」


そう言った京が唇をギュッと結んで悲壮の表情を浮かべた、オレンジ色のシャダイアスがヴェ、ヴェー!と鳴いてから舌を出して、睨み付けながら順繰りに品定めをしている様子に見えたからだ。


「お前は、美味そうだな。」


極めつけはオレンジ色のシャダイアスが京の鼻先を長い舌でレロリと舐めて喋ったのだ。


「あっちのは骨と皮しかねえや。」


オレンジ色が喋ると白いシャダイアスも促れた様に口を開いて喋る。


「ッ────っ、!」


鼻を舐められた舌を見て、オレンジ色のシャダイアスに視線を移した京が愕然として声にならない叫び声を張り上げた。

その後で、白いシャダイアスの背中から降りてきていたジピコスに、


「──ジピコス、こいつら喋るの?」


そう言って問い掛けるとクドゥーナの襟元を引っ張る困り顔の京。


「さぁ、俺は知りませェん。シャダイアスに気に要られたら喋るかも解んねえかも?」



問いにジピコスは答える解を持っていない風で、顎をしゃくり考え込むも良い答えは浮かばずに余りに曖昧な返事しか出来なかった。

その声に凛子もクドゥーナも、ましてや当人の京は当然の様に引き釣る。


「喋ってるよ!」



「クドゥーナも理解る?」クドゥーナがオレンジ色を指差して声を上げると、

気分悪そうな京が問い掛ける。


「何でだろ、わたしも解るかも。あ、喋った。」


やはり、凛子も白いシャダイアスを見上げて口を開く。

怪鳥・シャダイアスは喋ったのだ。


「おい、お前喋れんのか?何でもいい、肉よこせ。よこせば又乗っけてやる。」


その口振りから、肉さえあれば大人しく走ってくれそうではある。

肉食なので、いつ襲ってくるか、と言う不安が京、凛子、クドゥーナの三人の間に広がっていく。

まさか食べられる事はないとは思うのだが、そうは言い切れないのが現状かも知れない。


「ジピコス、何でこんなの借りたの?」


不機嫌そうな顔でジピコスを憎しみすら感じさせて睨み付けながら京が問い掛けると、


「馬は高いんすけど、こいつらは餌さえ与えとけば安いんでね。財布と相談したら、即こいつらの世話なるしかなかったっつー。」


そう言ってバツが悪そうにジピコスは苦笑いをして俯きながら頭を掻いた。

すかさず、ゴゴゴゴ!と響いて来そうな怒りのオーラを背に背負った京が、


「へえー?餌はジピコスでいい、いいよね。わたし達を怖い目に逢わせたんだもん。うん、そうしよ。」


微笑んでは居ても、目蓋は開いているか解らないほど細く、喋りながらぐいと眉が吊り上がり、額には青筋マークも浮かんでいそうなその光景にジピコスだけで無く、関係のないクドゥーナや、凛子までが顔を強張らせ震え出した。



「姐さぁん、勘弁して下さいっ。そんな最期いくらなんでも、嫌っすよ!」


堪らずその場にペタっとひれ伏し、ガタガタと震えあがるジピコスは涙声になりつつ弁解する。

それでも怒りのオーラは収まらず凛子とクドゥーナは京の後ろでひしと抱き合い恐怖にしばらく震えていた。

クドゥーナの言葉を借りたなら、空気が恐いぃぃい!て、事だったりする。


踏んだり、蹴ったり、に発展しないだけで鬼神の如き気迫で周囲を震え上げさせ続けた京だったが、やーめた!と、思い直すと。


「うーん・・・、解った。そうね、丁度いい速度はどうしたらいいか教えて?それで許すわ。」


そう言って、地面でガタガタ震えるジピコスの腕を引っ張って立たせる。

内心は、ここで続けたって温泉入るまでは村に帰れないし、どうせなら村に帰ってからジピコスは締め上げたらいっか。とこうである。


「そ、そんなの、なぁ、ゲーテ?知らねえよな。」


腕でぐしぐしと涙を拭って赤くなった瞳でゲーテに視線を移してジピコスはそう言って縄梯子に手を掛けると、一気に駆け上がる様に白いシャダイアスの背中に飛び乗った。

明らかに京の気迫に気圧され、逃げ出したとしか言えない。

聞かれたゲーテも首をぶんぶん左右に振って、知らねえと言いたげである。


「シェリルー、話せたんだからぁ、交渉したらいい!」



深呼吸をして青い顔のクドゥーナはそう言って、メニュー画面から取り出したウルフの肉塊を恐る恐るオレンジに差し出すと、長い舌を使って肉を器用に巻き取りオレンジは大きな口へ運び、一口で咀嚼しようとしてボトリと肉を落としてしまい、それをすかさず白いシャダイアスが嘴を器用に使って真上に放り上げると、大きく開いた口で受けとめバクッと閉じた後で咀嚼音をさせてから飲み下す。

その光景を見た一同が思った。

こいつら飢えていると。


氷付いたその場の空気を、引き裂いたのは当のオレンジだった。

肉を差し出したクドゥーナに向かって舌をレロリと出して、


「肉くれた奴となら、話したっていいんだぜ。」


そう言ってヴェヴェッと笑う様に鳴いた。

どうもクドゥーナからなら肉が貰えるのが解ったぽく、オレンジだけで無く白いシャダイアスもぐぐっと顔を近づけてクドゥーナのご機嫌伺いだろうか、鼻をふん!と鳴らして口を開くと、ビクビク震えるクドゥーナは頭を抱えてその場にしゃがみこんで現実逃避を図り、周囲はうわぁ・・・とそれを遠巻きに見ていた。

青い顔をして何やらブツブツと呟いていたクドゥーナが背負ったリュックを降ろし、


「そうだ!ぐーちゃんに交渉して貰おう・・・ぉ。」


震え声でそう言いながらリュックを開くと中ですやすや寝息を立てているグラクロが居て。

温泉に行くからと、京に強制的に連れてこられた時、ぐーちゃんをリュックに入れた事を思いだしたクドゥーナは、雷の妖精トロンがグラクロを畏れた事を覚えていた。

もしかしたら、目の前の不遜な態度のオレンジも、ぐーちゃんが従える事ができるんじゃないか?と、そう言う淡い期待。


「──なんだ?」


リュックから取り出して、クドゥーナがぎゅっと抱き締めると、何事か?と眼を覚まし、間近で見詰めている主の碧の双眸を見つめ返すグラクロ。

朝からセフィス達三人組と、クドゥーナと一緒に遊んでいた所を、強制的に連れてこられたのはこのぬいぐるみサイズになったドラゴンも同じだった。

グラクロの場合は、クドゥーナに付いてきたと言った方が近かったりするのだが。


間近で見詰め返してくる、こんじきの瞳を見て安心したのか、震えは止まり、


「起こしちゃって悪いねぇ、ぐーちゃんとお話したいってヒトが。」


「んん、クドゥーナ。これは人じゃないぞ?」


にっこりと笑顔を取り戻したクドゥーナがそう言って、ぐーちゃんを優しく撫でる様にポンポン叩いてから視線をオレンジに向けてからぐーちゃんに戻すと、ぐーちゃんもオレンジに視線を移してからクドゥーナに向かって、ニタリ嘲ると間違いを指摘する。

そのやり取りを見ていたゲーテ、ジピコスが口をポカんと開けたままになっている事に京も気付いたが敢えてスルーした。

今は怪鳥をなんとかする方が先だと、京も思っていたからである。


「ええっ!何でこんなのになっちゃってんです?」


オレンジが、ぐーちゃんを見てギョッとしてから俯きながら声を上げる。

ここに居ては、行けないものに出逢ってしまってどうしたらいいか解らずに戸惑って居たのかも知れず、その声は上擦ったものだった。

少なくとも間近のクドゥーナにはそう聞こえた。


「暇潰しだ。」


「そ、そうなんですか。」


身も蓋もない答えが返ってきてオレンジより先に、声を上げたのはしかし、白いシャダイアスで威圧する様な視線をオレンジに送り、オレンジも凄まれた為に下がり、変わりに白いシャダイアスがぐーちゃんに近寄ると、その長い舌を姿を変えてしまった彼のドラゴンの小さな掌に重ねる。


クドゥーナも勿論、その場に居た全員が何をやっているか解らなかったが、シャダイアス達なりの服従と親愛の礼をとっていたのだった。


「ぐーちゃん、その調子で。丁度いい速度で走って貰えるか、このヒト達に話して。」


間近までやってきた白いシャダイアスにビビりつつもクドゥーナは、胸に抱いたぐーちゃんに縋り付く思いでお願いをした。


すると、ぐーちゃんが暫くクドゥーナを見詰めてから、白いシャダイアスに向かう。


「──と、そんなワケだ、振り落とさずに言われた通り走ってくれるだけでいい──俺は、寝るから。起こすなよ。」


その後、彼のドラゴンと白いシャダイアスが交渉を始める。

と、言っても白いシャダイアスは何も要求はしなかった。

寧ろ、本来話す事はおろか姿を見る事も難しい存在と、会話をする幸運に身を打ち震わせているかの様だ。


「ハイッ!」




白いシャダイアスがあえてクドゥーナを乗せると固持したので今は、オレンジにはゲーテとジピコスが乗り込んで先行してデルラ山へ向かっている。


ジピコスが来る前に言った通り、ガルウルフやロカが目の前を塞ぐ事はあったが、オレンジが啄んで悉く逆に襲われている感じである。



「ぐーちゃんのおかげで舌噛むみたいな事も無いし、ノロノロ歩かれるワケじゃ無いし丁度良いねっ。」


後ろからの襲撃を警戒してクドゥーナは後方を眺めながら、四角く柵で囲われたシャダイアスの背中の上で、柵を掴んだまま片手を額に日避けの様に翳して、瞳をすぼませるとそう言った。

モンスターの襲撃は特に無さそうである。


「ホント、急速ジェットコースターはもぅヤダ。ちょっと揺れるかな?くらいでとっても速いね。」


そう言ってクドゥーナの隣で陽射しに焼かれている凛子が汗を拭きながら答える。

午後だと言うのにまだまだ日が高いからだった。


「・・・それでも、気張ってないと落ちるよ?」


二人の声に応えてそう言う京は手綱を掴んで必死に、先行しているオレンジを見失わない様に気張っていた。


実は、白いシャダイアスがオレンジを追ってくれるだろうから、おまかせにしていても良さそうなのだが、誰もそれに気付かない、当のシャダイアスも聞かれてないので、答えるつもりもないから気付かないまま京は手綱を引いたり、シャダイアスの白い首を叩いたりしてコントロール出来ていると思ってたりした。


「これで馬車引いて貰ったら速いんじゃないかなー?乗り心地もいいと思うし。」


「あ、それいいねぇー。」


「シェリルさん、機嫌悪い?」


「・・・った。」


「「え?」」


「・・・酔った!」


「「ええっ!」」


凛子が髪を風に振り乱されながら呟いて、それを聞いたクドゥーナも髪を押さえるも、走っているシャダイアスの背中の上だから、当然の様に流れ続ける。


二人が機嫌良く疑似ドライブを楽しんでいるのに対し、気張っていた京はいつからか低く唸る様になっていた事に気付いた凛子が訊ねると、掠れる様な声で京が振り返りもせず応えるも、何を言ってるのか二人には伝わらなかった為、思わず二人が聞き返すと、それまで見た事も無いほどの暗い表情で京が振り返り、負のオーラを纏いながら声を張り上げたので、今度は二人して驚いて声が重なる。


普段、京にビビりまくりのクドゥーナも思わず、『シェリル可哀想』と思ってしまう程だった。


「吐く?戻す?」


「ん、着くまで我慢する、ね。だから、お願い。そっとしておいて・・・」


不安定な、しかも走っているシャダイアスの背中を必死で、距離にして1㎡くらいを慎重に早歩きして苦しんでいる京の背中まで辿り着き、凛子が声を掛けるとギギギ・・・と音が鳴っているエフェクトがかかりそうな動作で京は、顔を上げ肩越しに振り返り、走っているシャダイアスの背中なのだから相当な風が吹いていて当然なのだが・・・目蓋を開けるのも辛そうに応えると再び前を向いて手綱を掴んだ。


「う、うん。」


手綱を掴む事すらも苦しそうな京と、変わろうとも凛子は思ったが、『・・・そっとしておいて』と言う言葉が脳内リフレインされ、どうしても喉元に来ている言葉を伝える事が出来ずに、苦笑いで返答して頷くしか出来なかった。


それでも、強がって我慢している様に映る、普段とは違う京の背中を見ていると生唾を飲んでしまい凛子は、


「で、でも我慢出来なくなったら言ってね。ぐーちゃんにゆっくり止まって貰う様に頼んで貰うから、ね?」



そう言って少しでも、頑張っている京の力になりたいと思ったのかも知れない。

クドゥーナからぐーちゃんが、ぐーちゃんが、と聞かされる内にその辺りも凛子は感染ってしまっていた。


「・・・コクッ!」


励ます様な凛子の言葉に、京は別の意味でも身悶えする勢いになってしまうが、それはまた別の話。

きっと凛子に心配された事に舞い上がり、顔全体で真っ赤に惚けていたのだ、この時、京は。

その為、ぷるぷる震えて大きく頷く事しか出来なかったという訳だ。


「凛子、そっとしてあげよう。怖いしぃ。」


逆に黙って頷く京を見て、今のクドゥーナの様に怖がってしまうものも居たりする。

そうしていると、前を走っているオレンジが木陰で止まるのが見えて、白いシャダイアスの手綱を京が引き絞る。


どうも餌の時間という事らしく、追い付いて止まると降りてくるクドゥーナ目掛け、オレンジが首を差し出し、


「さっさとよこしやがれ、肉。」


そう言うと口を開いて、レロリと長い舌を見せる。

ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・と言う速い息にクドゥーナが気付いて、良くよく見れば相当、息が荒い様だった。


やはり、燃費はすこぶる悪そうだ。

仕方無く取り出した肉塊、一つ丸々をオレンジが瞬く間にその長い舌を器用に巻き付けて口まで運ぶと、咀嚼音と飲み下す音が同時に聞こえて無くなったので、うぇえ!と言いたげな複雑な表情をクドゥーナは浮かべ、更に肉塊を取り出して白いシャダイアスにも与えた。


「ふん、すまんな。」


この白いシャダイアスも、オレンジと同じ様に息が乱れ相当に苦しげにクドゥーナの瞳には映った、だから。


「ねーね、凛子ー。」


「・・・ん?」


「この子達にヒール、お願いっ。」


「?、いいけど。──ヒール。」


「おぉっ!体、楽んなった。」


「これでまた走れる。」


「おぉ、不思議とぉ、顔色も良くなってぇー瞳に力が戻った感じぃ。」


「へー?、そうなんだ!へへ。」


クドゥーナが凛子にお願いをした。

疲れの色濃いシャダイアス達に、ヒールをして欲しいと。ヒールにすっかり癒された怪鳥2羽に感謝(?)され、凛子も素直に照れてしまうのだった。


その裏で、京はひっそりリバースしていたのを忘れてはいけない。

白いシャダイアスの背中に置かれたリュックの中では、ぐーちゃんがすやすやと未だに寝息を立てていたのも追記しておこう。


その後は思い思いに、あるものは酒を、あるものはジュースで喉を潤すと、クドゥーナが何処からかバケツに水を汲んで来て、シャダイアス達に振る舞って飲み終わると再びデルラ山への道を走り出した。






陽が大きく傾き、もう日暮れという頃。

デルラ山が近いのか、それとも温泉が近いのか気付くと周囲からは湯気が珍しくない量、範囲で立ち上っている。


その量、濃さで先行して前を走るオレンジを、見失う危険度を感じてしまう程だった、言うなれば湯気の濃霧。


「湯気、凄いからぁー!まるで、霧みたい。」


「ここまで来たらもう少しだねーぇ。」


「温泉!来たっ!わたしは温泉に来たゾーっ!」


何回目かの休憩を終えて、やっとで温泉が近づいた事もあり凛子やクドゥーナが燥ぎ始め、普段は諌める態度を取る京もルンルン気分で声を張り上げ叫ぶ。

下世話だが勿論、惚け顔で騒ぐ京の頭の中は凛子の裸、裸、裸で埋め尽くされていた事だろう。


その中身は表すならきっとこう、『凛子が裸。凛子の裸、裸っ!ふっわわわわわわああ!!』誰か、警察を呼んで下さいっ、ここに犯罪者が居ます!



濃霧の様に視界が不安定だったからだろうか、前を走るオレンジが急速にスピードを下げていき、軈て立ち止まると、


「着いたーッ!」


「ヒャッハーッ!」


オレンジの背中からゲーテの叫ぶ声が聞こえて次いで、ジピコスも燥いで大声で叫ぶと間髪入れずに大きな水音が2つ聞こえた。


どうやら、目当ての温泉に着いたらしく、二人は待つとか考えずに飛び込んだのだろう。


白いシャダイアスが立ち止まると、目の前には温泉が泉の様に湧く一角があった。

クドゥーナは降りるとまず、白とオレンジの2羽を労ってそれぞれに肉塊を差し出す。

すると、レロリと長い舌を出して2羽は咀嚼すると同時にお礼を言った。


「ゲプっ、満足だ。」


「済んだら一声くれ、あと肉。」


口は悪いかも知れないが、感謝はしてるのかな?そう思いながらクドゥーナは、その場に身を屈めて休憩に入ったシャダイアス達を見詰めていた。


一方、凛子と京はと言うと・・・。



「──ちょ、だから。一人で出来っ、脱げるっ脱げるっ!だ、誰かーっ!!」


「えー?手伝うよーっ、にへら。」


と、こんな感じで京に襲われ始めていました。

まず、普段着の皮の服がポイされ。

次に肌着代わりに着ているプリントTシャツが剥ぎ取られて行きます。

そうですね、京を危険視して誰かに助けを求める凛子は当然だったでしょう。


自らの両手でそれぞれに二の腕を掴んで胸を守ろうと奮闘する凛子でしたが、逆に胸を意識させる、挑発するポーズになってしまった事に気付けずに、その格好を見た京を、更に興奮させ惚けさせてしまうのでしたー。


そして、ついに!

背中をいつの間にか取られると、


「スキありっ!」


凛子はぎゅむとガードの上から、嫣然と微笑んで獲物をいたぶる様な表情に変貌した京に胸を揉まれて、


「どれどぉれっ?成長しってるかなぁっ。」


「ふゎわっ!」


っと、思わず力無い声を上げ、胸をガードしていた腕を振りほどかれ意識の弱まった所で、穿いていたスカートをずり下げられてしまい、下着姿で逃げなければならない程に追い詰められる事に。


「脱ぎ脱ぎしましょーねっ!にひっ。」


そう言って燥ぐ京は、その紅い唇から舌を出してぺろりと艶っぽく舐める。

逃げる凛子に征服欲を掻き立てられ、嗜虐心を煽られ、もう止まらない。

自然と興奮からか吐く息が荒くなり、胸を打つ鼓動が速くなっていった。


足を焦って絡ませ倒れると凛子は肩越しに振り返り、触れられる程間近に迫りやがて肩に、二の腕に触れてきた京を見詰めた。


「やあーっ!」


もう、いつの間にかブラのホックを片方外された凛子は得も言えない、恐怖なのか、恥辱なのか解らない感情が沸き起こり、思わず甲高い叫声を上げる。


「い、ひやぁあ!」


身藻掻いても柔わりと京にホールドされているだけの筈な躰が、まるで固定されている様に動かせずに、耳朶を噛まれたり、首筋をレロレロ舐められたり、皮製のショーツのクロッチ部をさわっと撫でられ嫌がっているのに凛子はされるがまま、抜け出せないでいるようだった。


「んふふ、感度、いいねっ。」


しっかりと掴んだ自らの腕の中で時折、ビクンビクンと跳ねる様に感じる凛子の蒼い瞳を覗き込んで、小悪魔めいた京が優しく笑って囁く。

慎ましやかな、その熟れたとはとても言えない小さな蕾を指先でキュと摘んで。

その瞬間、流れに流され欠けていた凛子が我に返ると素早く京の細く長い腕を払って、油断していたのか隙があったのか目眩く百合百合しい空気から脱出する事に成功して、



「も、もう・・・温泉入ろうよぅ。」


そう言うと、凛子はメニュー画面からスポーツタオルを取り出し、包まる様に羽織った。

その様を呆気に取られて眺めていた京は、さも残念そうに深く深〜い溜め息を一つ吐いて気を取り直すと、白と黒の大胆な皮のワンピースを脱いでパサッと足下に落とす。


「入るよ?温泉、だからっ!脱ぎ脱ぎしてるンじゃない。」


スカートは穿いてないようだった。

皮のショーツの紐を弛めながらそう言うと、スルリと皮のぴっちりとしたタイツも太股から一気に膝下まで降ろしてから、先に爪先、踵部を弛めて脱ぐとこれもその場にパサッと落とす。



最後にぴっちりと胸に絡み付く、ブラのフロントホック代わりの紐を外して、払いのけ、太股で止まっていた弛められたショーツを足下に落とすと、京はあられもないその身を恥じらいもせずに晒して、伸びを大袈裟にして見せた。


全てを脱ぎ捨てて、京が楽になったからだと思われるが、その一部始終を見せ付けられた凛子は羞じらう様にカーッと、瞬間的に顔を真っ赤に染めて、自然と声に出していた。


「え、えええっ?」


「女同士で恥ずかしがる必要、ないでしょ?」


火照った様に顔を真っ赤に染めて、羞じらう凛子の鼻先まで近づいて覗き込む京がからかう様な口調で自らの体を見せ付けるぽく、うねうねと身をよじってそう言うと、


「・・・男、いるじゃん。」


両手で覆うようにしながら凛子が京のこんじきの瞳を見詰めてモジモジと口ごもりつつ答えた。

一瞬、京が固まって逡巡していたが、パッと明るく表情を変えると、


「あ、忘れてた!へへ。」


そう言って普段の京の顔に戻って誤魔化す様にいけねっ!と頭を掻いて笑う。

目眩く、京と凛子だけの世界に入り込んでいたので、本気で忘れていた様だった。

タオルに胸を包んで、長い黒髪をスポーツタオルに押し込むと、京と凛子は温泉に向かって歩き出した。


すると、既に温泉に浸かっていたクドゥーナが声を掛ける。


「入らないのぉ?きっ・・・持ちイイよぅ・・・♪」


実にだらけきった、惚けた様な顔をして。

その後ろには岩の影でゲーテと、ジピコスも体を伸ばして寛いでいて、それに京は気付かないふりをした。



デルラ山の麓にこんこんと湧くこの温泉は、村の人達が整備したのか解らないが、周囲を荒く削った岩や石が覆うように埋め込んであり、広さは10人入ってもゆったり入れるくらいには広く、クドゥーナの後ろの岸には、その時に切り出した岩の残りなのだろう、丘の様に大きな岩塊が聳えたっている。


「それ、邪道じゃない?」


そう言うと、じぃっと刺すように見詰める京の視線がクドゥーナの胸に止まり、同じ様に凛子も足元の岩場に突っ伏して寛いでいるクドゥーナに目を落とす。


その視線に射抜かれている先には、クドゥーナの着ているワンピースの水着があった。

つまり、京が邪道と言っているのは・・・クドゥーナが裸体を晒さずに、にへらと温泉に浸かっている事に不満があるのかも知れない。

それに気付いて凛子がクドゥーナに近寄り、


「クドゥーナ、・・・水着はダメだよ。」


そう言って注意する凛子が前のめりになると。

ふぁさっ!

纏っていたタオルがずれて、覆い隠されていた膨らみが蕾が外気に晒される。


「ひぁっ?」


「んぇ?」


「んっ、お願い、水着脱ごう?」


それに気付くと凛子は、瞬間的にゆでダコぽく真っ赤に染まり、思わず口を突いて小さく叫声を上げて素早く元の様にタオルを巻き付けた。

すると、叫声を聴いてやっと惚け顔のクドゥーナは顔を上げて、すぐそばに居る凛子を薄ぼんやり視界に捉え反応を返す。


そのクドゥーナの態度に、凛子が必死にタオルを巻き付けながら、ぎゅっと自らの両手を握り締めて頼み込む様にそう言うと、やっぱり不思議そうにコテンと小首を傾げて、凛子の後で空気がキンと爆ぜる様に変わった事など気付かないクドゥーナは、白いワンピース水着の襟元を掴んで自慢気に見せ付けながら、


「可愛いでしょぉ?ギルマスから貰ったの。」


「いい、うん。凄いね、可愛い。でも、さ。今日は脱いで、ね?お願い。」


そう言ってまた、にへらと微笑む。

後ろが怖い凛子は困った様にたどたどしくも声に出すと、白いワンピースを脱がせ無いとせっかくの温泉なのに、空気が悪くなると思い、クドゥーナに手を伸ばす。


「えーーー。」


「クドゥーナの為だよ?チラッ」


非難の声を上げて抵抗するクドゥーナに、今避けないといけない恐怖を知らせる為に肩越しに後ろを窺った。

凛子の視線の先には勿論の様に京が居て、婀娜めいて微笑う。


「・・・うちの、水着ぃ。」


結局、クドゥーナの白いワンピース水着は京が温泉に入って後ろから羽交い締めにすると、スポンと強制的にパージした、脱がされたのだ。

すぐに、クドゥーナはメニュー画面を出すとクリック、タオルを巻き付けて温泉にちゃぷんと音を立てて鼻まで浸かる。

恥ずかしがるのを隠す様に。


「解ってないわねぇ、クドゥーナ。温泉は裸が基本なのよ。」


「・・・そう?」


「裸のお付き合いっていうでしょ?こうやって、肌と肌をくっ付け合って親密になりましょうね。って、深い意味が込められてるの、きっと、多分そう。」


「ふーん。」


それでも京と凛子が温泉に入って来ると、空気も緩んで会話が弾む。

裸のお付き合いを、京が説明するのを大人しく相槌を打ち聞いていた。


今の京も凛子もクドゥーナも裸に纏っているのはタオル一枚で、温泉に胸の膨らみが浮くと、そのタオルから見えそで見えない程度にしか、隠せていない状態になる。


それに気付いた凛子は足を腕で抱き寄せ、三角座りの様になり京とクドゥーナのタオルをチラチラと横目で窺ってから自分の胸に目を落とすと、ぷしゅぅと音を出すぽく一段と足を抱き寄せながら照れたのか、唇を波線の様に結んで頬を朱に染めた。



そんな穏やかな時間がゆっくり過ぎていくとやがて、騒ぎが起こる。

京を『姐御』と言って敬っているとは言え、美少女が並んでわーきゃー、きゃっきゃっうふふしてれば少しでも近寄り傍で見たくなって当然だったのかも知れない、ゲーテとジピコスも男なのだ。


「こっちくんな!男はそっち入れって。」


「そっちは熱くって入れってレベルじゃ無くってね、姐さん。隅で大人しくするんで入らせて下さいっ。」


最初に気付いたのは声の主である京だった。

向こう岸に背を預けて、寛いでいたゲーテとジピコスがいつの間にか温泉の真ん中までやってきて、京達三人のやり取りを覗いていた。

この温泉の底は深くても1㎡程しかない、ほふく前進しながら近付かれていたら、濃い湯気も手伝ってかそうそう気付かない。


熱過ぎて湯に浸かるのは勘弁して欲しいのかゲーテは苦笑いを浮かべてすがり付く様に弁解した。


そんなゲーテとジピコスを暫く目を細めてキツく見詰めて居た京が、視線を左右に居る凛子、クドゥーナに順繰りに向けて、


「隅から動かないなら、許そうと思うンだけど?」


そう言って仕方無いなぁと言いたげに同意を求めた。

「ちょっ!・・・っいいの?」


「うちはね、見られなかったら、まぁいいかぁーってカンジ。」


右に座る凛子は、京のその言葉に驚いた風だったが、クドゥーナは逡巡すると頷いて同意するとそう言って胸を抱く。

まさか許そうと、言い出すとは思っていなかった京に裏切られた気持ちで恨めしそうに見詰める凛子は、


「え、嘘。・・・」


思わず本心を呟いてから、唇を結び口をつぐむ。

それから、逡巡する様に頭を抱えてゲーテとジピコスに視線を向け、味方が居ないので諦めた様に、


「うー、解った。いいよ、いい。視界に入ってこないならいい、そうだ、うん。」


そう言いながら視線を京と、クドゥーナに戻して難しい顔になる。

それを気付いてかどうか、満足げな京は右手をすっと伸ばすと、掌をヒラヒラと上下に振る。

それを見てゲーテとジピコスは、へこへこと頷きながら元居た向こう岸まで戻っていった。


「ちょっと熱いわね。でも、疲れも取れそう。」


「ふー、のぼせそぅー。」


「じゃぁ、あっち入る?」


「ゲーテもジピコスも無理って言ってたのに、そんな事言うって鬼なんですか?」


「冗談よ。にひ。」


にへらと惚けた顔で岩場に突っ伏してむにゃむにゃと気持ち良さげにどちらかと言うと微睡(まどろ)んで寝る勢いのクドゥーナを横目に京と凛子はきゃっきゃっと会話に、温泉を楽しんで寛いでいるようだった。


「いいお湯だよねぇ〜♪」


湯の色は薄い水色で、三角座りの凛子が両手で掬うと溢れて落ちる。


「そうそう、まるで日本に居るみたい。」


岩場に背を預けて寄りかかり、肘を岩の上に乗せ両手を広げてすらりと長くて白い足を伸ばす京からそんな言葉がポロリとこぼれると、


「・・・。」


黙って凛子が京の顔を見詰める。


「んー、・・・帰りたいよね。」


見詰める凛子を愛しげに見詰めかえすと、首を岩場にもたれ掛かって天を見上げながらポツリと呟いて。

すると、何を思ったか細長い左腕で凛子を首抱きに胸元に抱き寄せると、


「そうよねぇ、早く帰って・・・あ、帰りたいよーな、帰りたくないよーな。ビミョー?」


急な事に吃驚して固まっている凛子に、目を落としてクドゥーナに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で囁いた。


逡巡した京は帰ったらどうなるか、日本での自分の事を考えていた。

またウザい教授と、エロ目の講師と顔を付き合わせて日々を送るんなら、こっちに居た方が・・・いやいや、アイツの事もあるもんな、振るにしても、振られるにしても決着だけはつけないとなぁ・・・ねぇ?凛子ちゃん。


「京ちゃん、帰りたくなくなっちゃったの?」


そんな京を見上げながら視線を絡ませていた凛子がぎゅっと唇を噛み締め、不安そうに問い掛けると、



「へー、シェリルはぁ、みやこって言うんだぁ〜。」

微睡んで、寛いでいた筈のクドゥーナから声が上がる。


「──言って無かったっけ?」


「・・・うん、コクコク。」


視線を一度、クドゥーナに絡ませてから戻すと溜め息を一つ吐いて、素の表情で京が訊ねると、ジト目になったクドゥーナが、何事か思うことでもあるのか悔しげに、恨めしげに唇を噛んで何度も頷いた。


「あ、そー言えば気に入らなかったから。言って無いんだったわ、ゴメン。」


ピン!と思い出したと言いたげに閃いて、京はにまっと口端を持ち上げると、目蓋を閉じて出逢った頃でも反芻しているのか、しきりに頷いてからクドゥーナに顔を向けて心無い口調で謝罪を口にする。


二人が、初めて顔を会わせた頃の京の態度を思い出してみると、確かにクドゥーナと好んで関わろうとしていないのが解るかも知れない。

何て事の無い、気に食わない態度を取られたから頑なに、名前を言うつもりも無かったのだから、凛子が口にしなかったら・・・三人でマッタリする機会が無ければ・・・京から名乗る事は無かったんじゃないだろうか。


「ちょ、京ちゃん!ぶっちゃけ過ぎだってば。」


「いいよぉ、凛子ー。うちだってねぇ、精神的に避けてたし、・・・恐すぎだからぁ。えっと、みやこは。」


「そんなに気にするなら、シェリルで通せば?嫌ならそれで、良くなイ?」


凛子がフォローに入るも、クドゥーナが突っぱねて、更なる挑発的な視線と言葉を京に浴びせた。

すると、応酬する様ににこにこと笑う京が訊ねて。

収集が付かなくなるのを嫌って、凛子は唇を噛んで逡巡すると、


「あ、あのね。京ちゃんはホントいい人だよ、ときどきね、変態になったり。ほんのチョット怖ーくなったり、するけどっ!ぇ──」


もうフォローにもなっていない。

フォローしようにも優しい?もちょっと違う、いざとなれば頼れる存在と言える、だけどそれを帳消しにした上で、天秤の秤を更にかさまして変態だった。

嘘をつけないとフォローにならないくらい普段の言動が凛子にとって、京は逸脱している、その上チョット怖い。と、そういう評価に至った。


「それ悪口?フォローしてるつもりぃ?身に覚えはあるけど、そんな風に思ってるんなら──ベットの上が楽しみね。」

そんな凛子のみずからの評価に更に調子づく京だったりする。

ビッチとヘクトルに言われ様が・・・これはヘクトルが、勘違いしているとは思われるのだが。

ヘクトルは京をビッチと言うより、正しくは痴女だと言いたかったんだろう。

露出高めで、ディアドの店では脱ぎ癖も披露している。

どちらに並ぼうと変態に違わないのが、京と言う存在を極めて正確にいい表しせしめていた。

少し考えると艶っぽく舌を出して京がペロリと舐めとり、最後の台詞を嫣然と微笑み口にする。

態度、仕草、言葉全てから凛子を欲しているのが解り、当人の凛子もクドゥーナも青い顔に瞬間的に変わる程だ、二人がそれだけで純真無垢だと解る。


「・・・ゴメン。」


「許さなぁい。」


震え上がった瞳で、京の視線を受け止める凛子が口詰まりながら謝ると、京はそんな薄っぺらな謝罪は要らないと笑い飛ばして、更に凛子の視線に金色の双眸を重ねた。

クドゥーナには女子と男子の、よくある痴話喧嘩に見えてどこか気分が悪い。

男子はこの場にはいないのだが。


「うっわ、みやこってチョット怖いじゃないよ、超わがままだよぅ。ね、凛子もそ・・・」


だから、ついつい必要ない口を挟んでしまった。

だがしかし、言い終わるのを待たずに京はクドゥーナの喋っている口を無造作にくいっと逆手に掴むと、切れ長の瞳を細めて冷ややかに笑いながら、掴んだ頬を引き寄せて鼻先まで覗き込み、


「どの口がぺちゃくちゃ囀ずるのかしらぁ。」


嘲る様にそう言ってクドゥーナの返事を待った。


「うぎゅ、むぐぅぐ。おぅもぇんわあえぃっ。」


「ここでそんなの始めちゃったら、京ちゃんてばっ。ジピコスとかこっち見てるからぁ。」


「ちっ。んん・・・わたしぃ、二人からはそんな悪者に見えてるの?」


正直、京と言う猛獣に捕らえられた愛玩鳥でしかないクドゥーナは、謝るしか逃げ出すすべも無い。

凛子が横目でチラチラと視線でゲーテと、ジピコスの方を指し示すと京は、小さく舌打ちをして掴んだ手を緩め、複雑な顔をして弱気な口調で訊ねた。


「・・・ほんのチョットは、そうかも・・・」


おずおずと凛子が返答すると、訊ねる前から態度で解っていたんだと言いたげに京が、静かに怒りを湛えた瞳で凛子を刺すように見詰め、溜め息を吐いてから口にした。


「そんなの言われて怒るなって、無茶言ってると思わない?」


「・・・ゴメン。」


「・・・言い過ぎたと思うぅ。」


「ま、ベットの上は予約しといたから。」


心の底から真剣に謝る凛子、怒りの色に染まった金色の瞳を見詰めながら。

しぶしぶクドゥーナも俯いてではあったが謝罪する様に呟くと、クドゥーナの事など耳にも掛からない様子で軽口を叩く京はいつもの調子に戻っていた。

凛子を見詰める瞳はやさしく包みこむ様に輝いていたから。


「みやこちゃぁん、何?何されるの、わたし。」


もの凄く嫌な気配をその瞳から、台詞から感じた凛子が怯えたように訊ねると、


「・・・んん、期待しちゃった?寝るだけに決まってるじゃない、変態なの?」


くつくつと含み笑いをしながら、にまっと笑う京が可笑しくて堪らないと言う風に答えた。

変態呼ばわりされたので意趣返しと、軽い罠を張った所へまんまと凛子が嵌まったらしい。


「ち、ち、ちっ!違うし、わたしはノーマルだもんっ。」


「なら、女同士、寝て何か?何も無いわよね?」


すぐさま凛子が否定の声をあげると、くす、と小さく京が笑い声を溢して真に仕掛けられていたトラップが発動する。

一緒に寝ても何にも不思議の無い状況だと、知らず知らず京に導かれて、凛子が認める様に開けられた言葉の落とし穴、その奥には蟻地獄の姿さえ見えてしまいそうで凛子はぶるぶると震えが止まらない。

ハメられた?

そう思ってももう遅かった、頷く以外に反論も出来ない巧妙で、逃げ道も見付からない罠。


「・・・う、うん。」


「うゎあ、あくじょってこういうこと言うんだねぇ。」


認める様に凛子が躇いがちに頷いてからクドゥーナが、この仕組まれた罠に気付いてうゎあ!と言いたげにジト目で舐め廻す様に京を見てから呟いた。


すると、クドゥーナににこりと笑いながら顔を向けて、


「──人生、後悔してみる?」


婀娜っぽく微笑んで京はそう言うと、艶々しく唇を結んで舌舐めずりをする。


後悔させる、と言うフレーズは非情にもクドゥーナの胸に刺さる、嫌な思いでを強制的に脳内にリピート、リフレインさせた。

焦ってクドゥーナは思い出したくない記憶を吹き飛ばす様に、ぶんぶんと首を振って、


「い、いやぁ。うち、まだ大人にもなってないし。ちょっと、心の中ぶっちゃけたくらいで、大人ならキレ無いでよぅ。」


そう言うと唇を噛んで襲い来る恐怖に打ち勝とうと体を強張らせながらも内なる記憶からの恐怖にガタガタと震えた。

すると、クドゥーナの言葉に言い終わるまえから、こちらもぶるぶると震えてふつふつと怒りを募らせ、


「子供って言葉を楯に何でも出来るって思った?そう取るわよ、そんなに──教育されたい?頭の中空っぽにしてあげましょうか・・・ッ!」


クドゥーナの小さな肩を握り潰しそうな勢いで掴むと、我慢しきれないと言いたげに喉から吐き出すように言葉にする。

以前にも、京はこの様に『弱いんだから助けてよ』的な言葉に異常な反応を示している事からも言葉に含まれる姿勢が我慢ならない程度に気に入らない様子だった。

別の言葉で解り易く説明すると京の『逆鱗に触った』。




京は言い切った後も息荒く、ぶるぶると全身を震わせて怒りを収める様子は無い。

眦が決する程見開かれた切れ長の瞳に怒りの色がありありと浮かび、眉は吊り上がり唇は固く結んで、肩を怒らせて憤怒の塊にでもなったかの様。


そんな殺気と、怒りを孕んだ気迫にあてられてクドゥーナは弁解を口にしようにも、凍りついたかのように体が指先ひとつ、動かせなくなり、それは隣で京を見ていた凛子も同じ事で固定でもされてるみたいに京から視線も離せないし、息もやり方を忘れたとも思える程、息苦しい。


そんな状態がしばらく続いたらゲーテや、ジピコスも気になって近寄りたくなるものだろうが、京から立ち上る黒いオーラに戦慄し、彼らも近寄り難い場が出来上がっていた。


やがて、京の息も落ち着いて穏やかになり普段と変わらず整った息遣いが出来始めると、クドゥーナや凛子の息苦しさもどこかへ行ってしまった。


・・・明らかに人為的な息苦しさだったのだろう、原因は目の前の京に違いないが、当人にも自覚は無かった様に思える。

クドゥーナは突発的に殺してしまいたい、と思ったかも解らないのではあるが、そこまでの怒りだったかどうか。


凛子にまで被害が及んでいるので京のコントロール出来ない所で無作為に周囲を固める或いは、息を止めるに近い何等かのスキルを使ったのかも知れない。


そもそも当人の京が予期せぬ事態になにが起こったかわからないぽく、しきりに両の掌を見る。

何か嫌なトラウマでもあったのだろう、自らを落ち着かせようと胸に手を当てながら、天を仰ぐ。


「・・・」


月は相変わらず5コあり今、自分がどこに居るか?を思い知ることができた、嗚呼よかったと、京が胸を撫で下ろし一応の落ち着きを取り戻したのを感じ取ったのか、


「・・・京ちゃん、フォロー、絶対、出来ないってば。」


凛子が口を開く。

その言葉には、息が出来なかった刹那の時が長ければ死んでいたかも知れない事による、今、京に凛子が思った正直な気持ち。


大体軽口を叩いたくらいの事に、過剰に反応し過ぎているんじゃないかと思っていた、内心はこうだ『クドゥーナがいつもの調子でちょっと気に触る事、言ったのは解るよ?態度がまるっとそうだもんね。それにしても、殺されそうになるなんて・・・京ちゃんも混乱してたしなぁ、本気でクドゥーナを殺したいと思う訳じゃ無いんだろうけど。京ちゃんのデリケートなトコに刺さったんだかなぁ?だからって、殺されたらそこで終わりだし?ちゃんと、釘刺して、こんなことにはならない様にしないと。』

今は空気が美味しく吸える。

凛子が口を開こうとすると、先に息遣いがまだおかしなクドゥーナがそれでも言いたい、言っておかないとと気力で、天を仰いだままの京に喋りかける。


「・・・ひゅー…ひゅー…み・・・み、みやこぉ、仲直り、しよっ?ね、それでぇ、今日の事だけっ!でいいから水に流して、えっと、こーゆーの・・・」


「無礼講。」


「そう!それにして、ね。ぶっちゃけさせてよ、お願いぃ。」


しかし、出てくる言葉は凛子が期待したものでは無かった、クドゥーナらしいと言えばクドゥーナらしい言い逃れにも聞こえるフレンドリーな仲直りの提案に、天を仰いでいた京が視線をクドゥーナに向けるとぽたりと頬を一粒の、水滴が滑り落ちていった。

そして、くすっと一度笑ってから厳しい表情に戻り、クドゥーナにぶっきらぼうな態度で京は答えた。


すると、クドゥーナは碧眼の双眸を潤ませてすがり付くように、京を見詰めてそう言い、両の腕を広げてアピールする。


このさいだから、ぶっちゃけたい。何もかも、思いの丈を!クドゥーナはそんな感じな気持ちだった。

シェリルという存在自体が恐怖の塊に思えて堪らなかった時期も在った、一緒にいる時間が過ぎていくにつれその恐怖は薄らいでいくが、ゴロツキを屠る姿は出逢った時のそれに重なって酷く不安になった。


だが、彼女の心の奥に仕舞われた思いは誰に届くものでも無い。

だからっ、ぶっちゃけたい!今は、少し近づいたり、遠退いたりしている目の前の美しい魔物めいた、みやこの心に。


「・・・メリット無いんだけど?はーい、今から、悪口言いまーす、でも全部許して、怒らないでねっ!・・・」


だがしかし、クドゥーナの思いなど知りようがない京が嘲る様にコントめいた素振りに、台詞も付けてクドゥーナを真似、とことんまで嫌悪感を示している最中、


「ま、そだよね。」


凛子が見るのが堪えられなくなったか京の演じる悪意のコントめいた何かを遮って同意し、それでも、やり過ぎじゃない?と言いたげに京を視線で射抜く。

「そうよ、そんなの・・・許さない!」


びしぃ!と指をクドゥーナに差して、都合がいいようになんて絶対させない!と言いたげに挑発するぽく笑いながら叫んだ。


クドゥーナが一見可哀想に思えるが、どっちも似た者同士で我が儘な気質が窺える気がしないでもない。

一方が、仲直りしましょ、ぶっちゃけたい、でも何を言っても怒らないで?と言えばもう一方が、そんなのムリムリ、お前の言うことなんか聞かない、とそんな感じ。


当人でない凛子は苦笑いを浮かべてしばらく見守るしか無かった。


「こ、怖いってばぁ。ねぇ、みやこってどうやったら大人しくなるの?」


「・・・んー・・・」


クドゥーナが恐怖も(あらわ)にそう問い掛けてきてもすぐに答えは浮かばない、ただ言えることは・・・


「あー、思った事を一回、頭で整理してからクドゥーナは喋った方がいいかも。」


チクリと刺さる棘付きの言葉で京とやりとりするクドゥーナには、言葉を選べと言うことに尽きる。

だが、苦笑いを浮かべる凛子の言葉にクドゥーナが思わぬ反応を示した。


「それぇっ!それだってば、うち、初めて会った時ぃ言ったよねぇ。愛那って呼んでねってぇ!二人はぁ、ちゃんと名前で呼び合ってるのにっ。」


極々一般的な欲求で名前、それも本名である愛那と呼んで欲しいと、羨ましげな視線で凛子を、京を見詰めて唇を噛み締めてそう言いクドゥーナは左腕を目蓋に押し当てた。

その隙間から数滴の雫が溢れると、頬を伝って温泉の水面に吸い込まれるように混ざって無くなった。


「あー、だからそれは、気に入らなかったから。」


「わたしは、・・・なんと無く忘れてた。ゴメン、あいな。今度からは、気を付けるし、間違ってると思ったら言ってね。そしたら、直すし。」


そんなクドゥーナもとい愛那の姿を見ていてもブレない京は突っぱねる様に呟き、おろおろと凛子は謝罪する。


「凛子ぉ、うち、嬉しいぃ。それにくらべてみやこって壁作るよねぇ。」


愛那の打算では、京も少しは歩み寄ってくれている気がしたのに実際は、やはりお互いズレがあるのだろう、簡単には仲直りは出来るような気がしないでも無い。


「そう?ま、いいわ。名前は愛那、ね。覚えた。でも、悪口言ったのは忘れないし、許さない。それに──」


冷たく映る微笑を浮かべながらクドゥーナを見詰め、愛那と初めて呼んだ京だが、クドゥーナが本名である愛那と呼んで貰えた事に感動を隠せない中、すぐ口調が厳しいものに変わる。


「子供って言葉を二度とわたしの前で使わない、約束して?出来ないなら、仕方無いから教育、することになるけど──どっちがイイ?」


冷たく、厳しく、時にチクリと刺さるその言葉は京のトラウマだか、訓示なのだか解らないが逆鱗である事に変わりはないのだろう、デリケートな部分で『子供ぶって困らせたらその時は誰が止めても許さない』と言う意図が含まれていた。


「う、言わないよ。うん、うち、もう絶対言わない。それは約束するよぉ。」


「約束して、仲直りって難しい事ないよね?京ちゃん。」


愛那が京の静かな烈迫に気圧され、頷くままになっているとこを見て、すぐさま凛子が京を見詰めて問い掛ける。


愛那と京がやり合ってるだけではどうにも仲直りのできる気がしなかった。

凛子にも感じ取れたのはやはり、どこか似てて、どこか違う、二人のそんな性質だったのかも知れない。


「んー、態度次第?かなぁ、あいな、の。」


「っ!、和気あいあいで、温泉、楽しみたいのに・・・」


態度次第では許さないとも取れる京の仕草に、凛子ははち切れそうな思いを抱えながらも、自分まで感情に押し流されたら笑って仲直りなんか出来なくて、愛那を置いてカルガインに京は帰るかも知れないと思い直し、それまでの思いを抑えて叫び出しそうなのを我慢しながら、ゆっくり優しい口調で、順繰りに視線を変えて諭すつもりで凛子がどうしたいのかを伝えた。


「ね、うちも。わーきゃー騒いで、温泉たのしかったねーぇって言いたい。」


その意見には賛同しているぽく愛那が喋りながら、京の手を取ってすがる様に見詰める。


「なのに、・・・怖い顔でこっち睨むんだよぉ、みやこ、が。」


すると、京は寒々とした眼差しで、愛那を刺す様に見詰め返すので、愛那は震える声で呟きながら、最後には叫びに変わる。


「そう、態度を改めるつもりは、無いと、うーん・・・隣、放り込まれたい?蒸し鶏もいいわよね?凛子。」


「和気あいあいがいいよねって。・・・和気あいあいにしたいねって、わ!た!し!言ったよね。京ちゃんも、く──あいなもっ。」


愛那が気にくわないのは変わらないので何をしても京の気持ちはブレない。

軽口で凛子に振ると感極まった凛子が泣くような怒ったようなない交ぜになった感情を発露させ言葉に乗せて叫んでいた。


もう、我慢が出来ないと言いたげに、笑いたいのに笑えない複雑な顔で。

しかし、この凛子の発言でその場にまとわりついた冷たい空気が霧散していく様だった。

顎に手を当て、京が逡巡する態度を見せる。


「あっ、く、って言った!また名前忘れてた!凛子、酷いよっ。」


「ソコ突っかからないでも良くない?クドゥーナ、あ♪あいなだっけ、ね♪」


ああ、いい雰囲気になりかけたのを、愛那がやはりというか台無しにした。

愛那VS京の構図は緩まない。

余計なツッコミをした愛那に京は嘲る様にからかった。

だが、悪いとも言えない、何故なら京に心境の変化は有ったようで言葉からは刺す様な悪意は抜け落ちている。


「──からかってるぅ?何か、やっぱり。うちは、名前も呼んでくれないんだっ・・・」


「あいな、違うって、ね。京ちゃんも、謝ろ?呼び慣れちゃっただけなんだよぅ、あいな。悪気無いから、ね?」


こんなに歩み寄ってるのに一向に良くならないと思っている愛那が、落ち込んで温泉の中に全身を押し込める様に消えるのを見て、焦って凛子が二人を取りなそうと発言した。


「そう、なら?喧嘩売るならいつでも買うわよ。」


そう言いながらも京は、愛那に対する憎らしいのか、気にくわない気持ちはすっかり和らいでいた。

それどころかなんというか、心にあったしこりの様な何かが取れ、晴れ晴れとした気持ちすら感じていたのだから。

なのに、許し切れないのは心のどこかに京なりの線が引かれて、そこを愛那なり凛子なりが越えて満たしてあげないといけなかったのかも知れない。

面倒なのだ、京は。

そういうところは子供の喧嘩のように見えなくも無い、そう言えば以前も京はこんな言葉でゲーテを許している。


『わたしが満足するまで終わるわけないじゃない?』


つくづく難儀な、我が儘な神経をしているのかも知れない、この笹茶屋京という少女は。


「凛子ぉ、ありがとお。みやこってば、まだ壁作るよねぇ。う、うう・・・喧嘩売るわけないじゃない、うち、知ってるんだから!喧嘩負けた事なんて無いでしょ?軽くひねられて伸びてるもん、誰だって・・・」


水面から少し顔を出し、凛子、京と順繰りに視線を変えながら喋る愛那。

そんな愛那の眦には溢れるものが湛えられて、涙目だった。

簡単には京は素直になれない、それが災いしてると言っても、それを(かんが)みても愛那は一言も二言も無駄がある。

一言多い上に言葉に棘があり刺さる、まだ精神的に幼い愛那には、自分の言葉で傷付けているという実感が薄い。

そんなとこでも、京は透けて見えて、凛子には解らない愛那の嫌な性質を感じ取っていたのかも知れない。


「・・・そう、良く解ってるじゃぁない。なら、喧嘩させたく無いならどぅしたらいいか?も、解ってるわよねぇ・・・?」


「そうやって強制するんだぁ?」


「ちょ、京ちゃん!だから、あいなもっ。喧嘩したいなら帰ってからやってよぅ。寛ろぎに来たんだよ?ねぇ、わたし達はギスギスしに来たんじゃないよねっ?」


半分より多目に喧嘩を売っているとしか、京には取れない愛那の言葉に逡巡すると、試す様に水面から瞳の下までしか出してない、愛那の頭を掴んで持ち上げ、碧眼の双眸を覗き込んでにっこり笑って言葉を紡いだら、、愛那はすぐさま恨めしそうに見詰め返して呟いたので、くすっと京は笑い声を可愛くこぼした。


こんな風でも京は楽しんで、その時をまっているだけだったが凛子にはそうは映らない。

訴えるような口調で凛子は、いい加減にしてと言いたげに京を注意する。


恐怖に怯えた様な愛那の碧眼を窺いながら、京はウザいけど可愛いとも思えるまでに心境は変わってきている。


もし、凛子と出会う前だったら愛那をとっくに許していただろうと考えて京は、また小さくクスリと笑う。ウザカワか!それもいいかもしんない、と。


後は京の満足するキーワードを愛那が言えれば、仲直りしてもいいとこの時には内心、思っていたのだがしかし、そこまで持っていけたのは愛那の言葉では無く、凛子の必死な説得とも取れる台詞の数々だった。


『和気あいあいと温泉楽しかったねって話したいし、ギスギスしに来たわけじゃない、寛ぎたくて無理言って来たんだった、わたしは。』


「みやこがあっ、・・・うっ、いつまでたっても、ぐすっ。敵みた、ぐしゅ、いにぃ・・・うぅぅえぇええっっ!」


「泣いたらどぅなるって?」


「だから、ダメだってば京ちゃん、何でそんなキツく当たるのっ?」



だがしかし、京に吊り上げられたそのままの態勢で京の心の移り変わりに気付けないまま、愛那は声を抑えながらも泣き出してしまう。


さっきまでの緩んだ気持ちが自分の中で一気に張りつめるのが京は解った。

どうにもまだ、仲直りは難しいなと。

諭す様に凛子が問い掛けるが頭に入って来ない。


『おっかしいなぁ?ここまでどうして子供ぶってる愛那が憎らしいのか、解んないんだけど?いつからこんななんだろ?わたしって・・・うーん、思いだせないな。』


京も内心そんな風に考えて、戸惑いを隠せないほど、温泉で無ければ不自然な汗を掻いていただろう。


「ぐしゅっ、ぐす。・・・ふぇえええっ!」


泣いてばかりいる愛那を見詰めて京は額に伸ばしきった指先を当てて何やら逡巡する。


京が以前言っていた言葉であめとムチと言うものがあり、凛子にはムチも振るったが飴もそれに負けない、ううん、それ以上に与えていたかも知れない。


が、愛那にはムチはこれ以上なく鋭く振るったまま飴を与えていなかった、まあ、愛那が京に怯えきって踏み込んでこない上に、イロイロ有りすぎて京もそれを忘れていたくらいだ。


あっさりと解は出てきた。『悪いことをしていた?んー、優しく接してないんだからかなり怖がられても仕方ないな』、と。


『怯えるくらいでウザいって思うのは止めよう、泣かれたくらいでイラってするのも我慢しなきゃ』、とも。


「ふん、・・・じゃぁっ!凛子は、わたしが悪いって言いたい?そうなら、さ。そう言えばっ?」


「あぁ、もうっ。」


内心、愛那が泣いているのも凛子の反応も楽しくなっていた京はだがしかし、裏腹にわざとキツく突き放した言葉で愛那と凛子の反応を窺うことにした。

だって、その方が楽しめそうだから、と。

愛那にも凛子にもはた迷惑でしかない、ねじ曲がった京の心情を周囲の誰もが量れない。


悔しそうに涙目で見詰めてくる愛那に、凛子に至っては京の態度がどうしても納得出来ずに、掌をぎゅうっと痛いほど握りしめて、諦めきれないがどうすることも出来ない自分自身が歯痒く天を仰いで心から叫ぶ。その様に満足げに一人、京は嫣然と微笑い凛子を見詰めていた。

やっぱり楽しくなってきた、と。


心と心からのぶつかり合いこそ京が、喉の奥から欲しがる楽しくて堪らなく求めるもので、自ら追い込んで作り出したギスギスした状況を思うに、笑いを噛み殺すのも必死になる。


『気づけるかしらぁ?凛子ちゃん。』


「・・・」


「・・・」


そうなると自然と無言でお互いを見詰める時間が生まれ、しかし、二人の表情は対照的に違う。

ニマニマと笑っている京と、苦虫を噛み締めたやるせない表情で、気持ちが伝わっていないと思っている凛子だったりする。


「ぐす、仲直り、・・・出来ないぃ?みやこぉー。」


睨み合う二人を順繰りに見詰めていた愛那が泣きながら、掌の腹で涙を振り払い再度、京に哀願した。

凛子と愛那、二人はまだ気付けてない様で京の雰囲気が変わっていっている事に。


「それなりの態──」


「京ちゃんっっ?」


楽しくギスギスした雰囲気を堪能している京が、そう易々と願ったり叶ったりの、今の状況を手放すはず無かった。

哀願を聞いても注文を付けて撥ね付けようと、京が心の奥であかんべをしながら口を開けば、凛子の真剣な真っ直ぐな瞳と、言わなくても解るでしょ?と語る表情に遮られ心ごと飲み込まれそうになり、唾を飲み込む。

敵もさるものと、凛子に高評価をつけて、


『じゃぁ、こう言うのならどうするのかなぁ?』と、京は心の内でケタケタと笑いながら、冷たい微笑みを浮かべる演技を始めると、


「わたし、そんなに悪者かなぁ・・・?ね、凛子ちゃんもそう思うの?」


伏し目がちにチラリと凛子を見詰め、わたし傷付いてますよ!なアピールをする台詞を語る。

語る、であり、そんなこと少しも思ってなど居ない・・・ロールプレイは京の得意とする所だったり。


「違う、違うよ。あいななりに歩み寄ろうとしてるの解らないのって、わたしは言いたいんだよ!」


しかし、京の考えを見破った訳では無いかも知れないが否定して、京が理解ろうとしない愛那をかばうような凛子なりの言葉で返す。


その時の京は内心こんなだったり。『ここはわたしに謝るとこじゃ?おっかしいなぁ、あぁ、うん。歩み寄ってるの解る、解るけど。何より今の状況が楽しいしさ?もうちょっと楽しませてよ。』

もう、何かイロイロと終わってる性格をしていると思われる京を、凛子は如何にして攻略すればいいのか・・・


「ぐす、ぐすっ。・・・凛子ぉー、解ってくれてありがとおっ。」


「・・・。」


泣きじゃくっていた愛那もようやく溢れる涙が収まりだし、凛子に向かって泣き顔のまま、にこりと微笑む。京は黙ってそんな愛那を見詰めていた。


そして、悪巧みを思い付いたと思われるしたり顔を一瞬浮かべると、すぐに冷たい微笑みを作れば京は泣き止もうと必死で熱い水滴を振り払っている愛那に、視線だけでなく体全体で向き直ると、


「悪口言われて、何も謝ろうとしないで『仲直りしましょ。』ってむしが良すぎるって思わない?まぁ、わたしが折れたら和気あいあいになるのよね?折れてあげようじゃない。んー?何、凛子、その顔。」


何の躊躇無く、悪女を演じきる京が自身の台詞に陶酔する様な気分で喋っていると、気に食わない、そんな事まちがってると言いたげに凛子が顎先まで瞳を近付け睨んでいるのに気付いて問いかける。

鋭く刺さる棘をいっぱいに孕んだ口調で。


「どぅしたらそんなねじ曲がった、ひねくれた言葉しか出てこなくなるの?」


すると、泣きそうな、今にも溢れ落ちそうな水溜まりを、瞳いっぱいに湛える凛子が数滴の涙を散らして、首を振り乱し京を説得しようと奮戦すると言う、京に取っては楽しくて仕方ない展開に。

内心、もうとっくに許しているんだから許すも何も。余興、おまけなのだ、京の中では。


「ごめんなさい。をさせたいなら、京ちゃんも柔らかく、弛んであげなきゃ。あいなも踏み込めないんだよ?踏み出したくっても・・・やっぱり『壁』が見えちゃう。だからっ、それ以上先に入れなくて言えないんだよ。ね?あいなもごめんなさい言いたいんだよね?」


水溜まりを全て散らすと一度、深呼吸をした凛子はキッと気合いを込めて、なかなか折れない京に何とか解って貰おうと、『愛那の伝えたい事』と感じた部分を心の奥で組み立てて口にし出し終えれば、どうだ!内心叫ぶと、目蓋に腕で蓋をして泣き止めないでいる愛那ににこっと微笑みかけ訊ねた。


「・・・うん、仲直り、したいよお。でも、ぐすっ。うちを見るみやこは凄く恐くて、・・・だからっ、言いたいけど、言えなくて──ごめんなさいっ。ぐすっ、へへ!・・・言えたよ、凛子ぉー。」


凛子を見詰めたまま、時折ぐすぐすと涙を堪えきれずに愛那はお辞儀をして謝罪をし終えると、凛子ににへらと惚けた顔を見せ微笑む、凛子に。こんな所からも理解るだろうか、愛那は天然だった。


「こぉら、わたしにごめんなさいしてもダメだってば。ほら、あっち!京ちゃんの瞳見て!今なら、壁、無いよ、きっと。わたしが壁に穴空けたからっ!」


「凛子ちゃん?わたしは何か?ラスボスか何か、そんな設定なのかな、んーっ?」


そんな愛那を見かねて、涙を左の腕でぬぐうと凛子はそう言って、愛那に促すように京を指差す。

指差された京はというと、温泉の水面を掬い上げて溢れ落ちていくお湯を眺めていたが、凛子が指差した事に気づくと、とぼけた口調で応えながらチラリと凛子を横目で窺う。


『まだだ、まだ引き延ばせる、折れるのは今じゃない。』と、思いながら。


「違う、ち、違うよ?えっ──」


「ごめんなさいぃ、みっ!みやこが恐くて、恐くて。2、3日前とかホントに近寄りたく無くて、いつ、見てもどっか血塗れだし、なんか黒いオーラ出てるみたいだし、ホントに恐くて・・・で、」


「──それ、謝ろうと思って謝ってるの?愚痴よね。」


凛子が弁解しようと口を開けばそれを遮って、心の内をぶちまけるように愛那が喋り出す。

それを耳に入れながら京は苦笑いを浮かべ、キッパリと愛那の謝罪を否定した。





「京ちゃんっ、最後まで言わせてあげようよ・・・」


すると、凛子がすがり付く様に口を挟んだので京は仕方ないと黙る。

凛子に視線を移して微笑むと愛那は真剣な表情で、


「──やっぱり見えない壁があって、仲良くしてとか、当たり前の事も言えなくて、いっぱい、いっぱい!酷い悪口言っちゃってごめんなさい!・・・」


視線を京に戻し真っ直ぐ金色の瞳を射る様に見詰めると、用意していた言葉を再び紡いだ。


もう、京は諦めていた。

及第点ではあるが、これを突っぱねる余地も無い、追い詰められてしまった京は悪女を演じる仮面を脱ぎ捨てる事にする。


「んー、20てんっ!でも、今夜は温泉たのしかったねーぇって言いたいわ。」


わざと低い点数をつけて、愛那、凛子を順繰りに見詰めながらおどけた様にそう言った。

これは折れないとまずいなと思いながら。


「じゃあっ!あいなと。」


間髪入れずにパァっと華が開くように明るい表情で凛子が訊ねると、伏し目がちに愛那もチラリと京を窺って、


「う、・・・み!みやこぉ、仲直り、してくれる?」


そう言うと唇を噛み締めたので、それに気付いた京は碧色の頭をポフポフ叩きながらポッキリ折れた。


「みやこが、じゃぁ無くて・・・まずは、みやこちゃんって呼ぼうね?あいな。」


「──うんっ、みやこちゃんっっっ!!!」


感極まったのか、涙腺が弛みっぱなしだったのかまたも熱い水滴を撒き散らす様に愛那は隣の京に飛び付き、ぎゅぅーっと抱き締めた。

あらん限りの力を振り絞って喜びをぶちつける様なその態度にふふっと京は微笑し、


「飛び付くな!バカ鳥。」


愛那を引き離すものの、言葉、態度と裏腹に優しい気分になって、京は両手でぐいと振り向かせ愛那を見詰める。


「え、そんな優しい顔、初めて見せてくれたぁ、みやこぉ。・・・ちゃん、が。」


それを見て、にへらと笑いながら愛那はそう言って再度、京の首に飛び付き手を回して抱き締める。

この時愛那は自分に対する京の態度が今までと全く違う、怖くもない、拒否するものでもない、受け入れてくれるものになった事がただ純粋に嬉しかったのかも知れない。


「うんうん、良い、いいっ。ほら、握手握手。」


「んー、仕方ないわね。」


「へへっ。」


「そのまま、ゆびきり指切りっ。」


「えーーー。」


「しよ、しよぉっ。みやこちゃんっ、──びっきった。」


「はいはい、やくそくげーんまん、ゆびきったっ。うん、水に流せそう。・・・許してないとこもあるけどね?」


その後は感動したのか、笑いながら涙を流したままの凛子の仕切りで、愛那、京ともに握手から始まり、指切りまでして仲直りが滞りなくなされていった。

京はもう少しくらいギスギスした空気と楽しみたかったのか分かりやすい毒を吐くと、

「京ちゃーんっ、一言多いよっ。」


凛子が頬っぺをぷりぷり膨らませて可愛く怒る。


「うちら、これでっ仲直りもしたし、仲良し三人組だよねぇっ?凛子ぉ、みやこちゃんっ!」


今にも飛び上がってしまうんじゃないかと思われるくらいに白い翼をはためかせて、テンション高めに凛子と京の首に腕を回しながら、そう叫ぶと愛那はウインクを一つして二人を抱き寄せる。


「あー、暑っくるしいから。ひっつくな!バカ鳥。ふふっ。」


「えへ、あははははは!いいね、仲直り、スッゴくいい!超さいっこおっ!」


愛那を右手で押し退け様と手を伸ばす京だったが、本気で嫌がってないのが、棘のない笑い声と雰囲気で解って、愛那は更に力を手に込めて引き寄せる。


「ふふふふっ!あっあははははは!皆で、笑えてホンっとさいこー!ほら、京ちゃんも。笑お?」


「そう?うふふふふ。あっはははははははっ!!!」


アハハハと嬉しそうに、楽しそうに笑い声をあげる凛子に促されて、にこっと可愛く微笑んだ京は、凛子を見詰めると二人にまけないくらいに声を張り上げて笑い始める。


「壊れましたか?姐さん。」


「急に、三人バカみたいに笑いだして、どうしたんすよ?」


笑う三人を見て、心配そうにゲーテとジピコスが声をかけてきた。

長い喧嘩をウンザリとしながら見ている内に、京から怒りとか、憎しみと言った暗いオーラを感じられなくなったのに真っ先に気付いたのはゲーテだった。


誇れることでないが、ゲーテは京の悪意という悪意、嫌悪という嫌悪を浴び続けて何度も殺されかけた・・・本当ならとっくに死んでいる身だったりするので、そのどす黒い悪意やら、負の感情を京が出していないのに気付いた、と言うわけだったりする。


だからか、口を挟むことなく楽観してゲーテは自分等も楽しむか、と観戦していたくらいだ。


「あれは喧嘩、じゃないな?ゲーテ、そうだろ。途中から雰囲気ってか、何か違う、殺気も感じなくなったしよ。」


少し遅れてゲーテにジピコスが訊ねると、


「あぁ、姐さんは楽しんでるみたいだな。」


そう言ってジピコスも納得させたので、しばらく見守っているとやがて壊れた様に、三人が笑い始めたので吃驚して近寄ってきたのだった。


「こっち見んな!下がれ、下がれっ。」


照れたのか、真っ赤な顔で子分であるゲーテとジピコスを下がらせようと京が手を振って叫ぶと、


「ゲーテも、ジピコスも皆で笑おっ?あっははははははは!」


ケタケタ、くすくすと笑い続けている凛子が呼び止めて、更に誘う。

一緒に笑おうよと。


「──へ?俺が?」


「俺もかよ、ふわあっはっはっはははははあっ!ゲーテも、やれよ。」


戸惑うゲーテだったが、すぐさま声を上げて笑い出すジピコスを見て、その場で大きな声で笑い出す。

突如として温泉は笑い声が沸き起こりある意味異常で、ある意味平和に見えた。


「え?、がああっわっはっはっはっはあっはははは!」


うふふふふふ!

あははははは!

えへへへへ!

ふわあっはっはははあっ!があっわっはっはっはっはっ!


五人の笑い声は鳴り止むまで大空に届かんばかりにクインテットになって響き渡ると、やがて何事も無かったように融けて消えた。








もう一人この場に喋る事が出来る人物(?)が居たことをお忘れでは無いだろうか?時を少し戻す事にしよう。


凛子が京に脱がされ、わーきゃー逃げ回っていた、同じ時、もう一人の登場人物の元に近寄り、辺りを窺う小さな影が一つ。

魔法を使ったのか、臆病で、警戒心の高いシャダイアス達の筈なのに、寝息を立ててその小さな影に気付かない。


闇に融けこみながら小さな影はシャダイアスに近寄り、シャダイアスに付けられた鞍の上に残されている青いリュックサックの革紐を弛めると中を覗いた瞬間、影は口端がにいっと持ち上がった。


勿論、リュックサックの中身は彼のドラゴンのなれの果て、グラクロと言う名の、しかし今はどこに出してもぬいぐるみにしか見えない、・・・黙っていれば。


知らぬ者なら、話し掛けはしないだろう、ぬいぐるみに話し掛けるのはイタイ人だけ、そうだろう?

なのに闇に融けた小さな影はぬいぐるみにしか見えないグラクロに呼び掛ける。


「起きないか。ん、違った。起きましょうね?」


「──誰、か?」


小さな影は彼のドラゴンに優しく喋りかける。


しかし、目蓋を閉じたぬいぐるみは瞳を開けてくれないのでリュックから取りだし、起こそうとゆさゆさと揺さぶっていると、ぬいぐるみは可愛らしい金色の瞳をパチリと開いて、小さな影のピンク色の双眸を覗き込んで訊ねる。


クドゥーナじゃぁないなと思いながら。


「グラクロデュテラシーム・・・──オリテバロー。」


「──ふむ、俺の名を全て知るお前は、神の一柱の某か。」


小さな影は答えた。

満足げに微笑うと、彼のドラゴンの本名をすらすらと全て言い当てる。


そんな芸当ができるものなど、神かそれとも邪神か。

どちらにしても、いい気分のするものでは無かったグラクロは特に何の感情もこもってない口調で神と思われる小さな影と言葉を交わす。


影の声は幼い。

セフィスと同じくらいか、それとも下かも知れないくらいにただ、幼さの中に威厳があった、この瞬間までは。


「えへ、お久しぶり。だねぇー、えっと。今は、ぐーちゃんって言うのがお気に入りなのか、なるほど。うぐぐ、可愛くなっちゃって、このこの!」


セフィスと同じ様にぐーちゃんと呼び、セフィスと同じ様にぬいぐるみをぎゅっぎゅっと抱き締めて頬に額にキスの雨を降らす今は、威厳が消え失せて、ただの幼子のようだった。

更にはグラクロの両頬を掴むとぎゅーっと引っ張る。

態度、仕草、声、容姿の全てが幼子と見間違えてしまいそうな小さな影は、きゃはははははと何が愉快なのか、力のこもってない小さな掌でぽふぽふとグラクロの頭を叩くと、またきゃはははははと笑い声をあげる。


「──用があるのだろ、神が遊びに来た訳じゃあないよな?」


ぬいぐるみの様にあやくられるままに、小さな影に身を委ねていたグラクロが口を開いた。


「うんうん、ぐふふふふ。話が早くて助かるよ。わたしが来たのは、ね?──と、云うわけ。解ったら、さっさっと元に戻りなさい。」


するとまとわり着く様に消え失せていた威厳が蘇り、小さな影は長い長い説明を始めた。神である小さな影がここにやって来た理由を。


話終えた影が、グラクロをピンクの双眸で見詰めると、グラクロは逡巡し、静かにだがキッパリと断りの言を入れる。


「──理解った。だが──断る。」


「ひゅえっ?」


まさか断られるとは思って無かったのか小さな影は眉をひそめて、吃驚した様に小さな叫び声を上げるとグラクロを見詰めていたが、何やら思案した後で、いいアイデアが閃いたのかむふっ!と悪戯っ子めいた微笑いを浮かべる。


逆三日月の瞳と、三日月の形の口と言えば解りやすいかも知れない。


「くふふふ。そのままじゃ魔法の一つ、使えないのに?ひんと、ね。あなたの主はだぁれだ?」


「──神々か?」


無い胸・・・幼子の容姿なのだから当然、無くて当たり前な胸を精一杯張って小さな影は、悪戯っ子めいた微笑いを変わらず浮かべたまま、グラクロに訊ねると当然だと言いたげに、ピンクの双眸を覗いてグラクロは答える。


しかし、ちちち!と小さな影は顔の前でピンと立てた人差し指を振って、


「違う、ちっがーぁうっ!」


と否定した後、大袈裟に深い深ーい溜め息を一つ吐くと言葉を続ける。


「それ、当たり前の答え過ぎてつまらなくない?そうじゃないでしょ。あなたの主はだぁれ。」


「──ふむ、俺の主は?では、シェリルか?つがいたいと・・・」


短い両腕を差し出してグラクロを見詰め再び、問い掛ける様に小さな影が訊ねると、グラクロはしばしの逡巡の後、小さな影に問い返す。


主が神で無いなら、好いた女が主なのか?と思いながら。


「あったま固いってば。じゃぁコレっ!」


だが、その答えも正解では無かったのか、事が上手く運ばなくてイラっとしたぽく小さな影はその場で地団駄を踏んでキーッと悔しがった後で、呟きながら空間に融ける様に右手が消え失せたと思うと、何事も無かった風にニマニマと笑って、何かを右手に掴んで取り出した。


「──何だ?」


小さな影が掴んだそれを、凝視してグラクロが思わず声に出して訊ねると、


「くふふふふ、コレね。わたしのつがいたい神がね。創ってくれたのぉー、ガチャって言うんだよ♪」


小さな影は可愛らしく口元に手を当て笑うと、頬っぺたをピンク色に染めて、照れた素振りでくねくねと胴を揺らして、両腕を頬に寄せると恥ずかしがりながら喋った。


影は神であり、神がつがいたいと言うならばそれも神だろうか、あるいは・・・。

何とは言え、しばらくの間グラクロは小さな影が一人、照れてモジモジ、ぐねぐねとしている様を黙って眺めていた。






ガチャと呼んだ箱についたペダルをぐるりと回すと、まず箱を中心に異空間が現れて眩い閃光が疾った、何度も何度も──


「くふふふふ。一つ回して見るね、っと!出た出た・・・んー。」


漸くモジモジするのを止めた小さな影は、ガチャ──ソレは幼子の背丈サイズの正方形をした、黒い箱を模した異空間だったのだが、異様なのは幼子でも手の届く場所に丸いペダルがちょこんと付いている事だった。


このペダル以外は、異空間を見た目サイズに切り取った様にしか見えなかったから。


その丸いペダルを廻すと、異空間はウォオオオという耳障りな音を立てて、異空間が零れ溢れるかの様に箱から漏れだして稲光めいた閃光がビカッビカッと何度も何度も輝き、閃光が収まると漏れだしていた異空間が元のあった様に戻って、残されたのは小さな包み紙が一つ。


「──何がしたいのだ。」


黙って小さな影の動向を窺うように眺めていたグラクロが口を開いて訊ねると、いつの間にか消え去ったガチャの後に、ただ一つ残された包み紙を拾い上げ、パラリと解いて中身をふむふむと読みながら何やら納得できたのか、何度も頷いていた影はグラクロに振り返るとニコッと微笑んで、


「ふむふむ、なるほどなるほど。ん?何をしてるかって。ソレはね、ひ・み・つ・ですぅ。ふふふっ。」


そう言うと顔の前にピンと立てた人差し指を振って可愛らしく笑う。


「──さっきのだけどな、理解った!クドゥーナだな。」


秘密と言われても全く、伝わって来ないグラクロはガチャの事を諦め、先ほどの小さな影の問いの答えを思い付いて口に出す。


「ぴっ、んぽんぴんぽんピンポーン!大正解っ。じゃぁ、ドラゴンのなれの果ての写し身なあなたが、どぅしてえ、ふふっ。人類の言葉を解るのでしょ。」


すると、正解だったようで小さな影は嬉しそうに跳ねて叫んだり、俯くと喜びを噛み締めているのか、小さな掌をぎゅっぎゅっと握り込んでうっしゃとガッツポーズまでして見せて、再び顔を上げると悪戯っ子めいた表情になった小さな影は、なかなかハードルの高い質問をグラクロにぶつけた。

人差し指をびしぃと突き付けて。


「──?、奴らが俺と同じ言葉を話しているわけでは無いのかっ?」


「んっふふふふ、正解だけどハッズレ!神なる力が働いてるに決まってるじゃない、えっと、クドゥーナだっけ?異世界から巻き込んじゃった子は。今の主なんだよね?その子だけじゃないけど──神なる力が備わってるのよ、この、このっノルンの運命を背負わせてるの。」


動揺した様に瞳をギョロギョロ巡らせて驚くグラクロを尻目に、更に重ねてぶっちゃける小さな影。


『クドゥーナ達に、神の力が宿る?それだけじゃない、俺が喋っているのはその・・・神の力が及んだクドゥーナのせい、だと?。』

そう思ったグラクロは、主だと言われたクドゥーナを思い浮かべる。


「──アイツ弱いぞ?バカだ、その、神が。」


グラクロはグラクロか、シェリルが基準となっているのでクドゥーナの評価は恐ろしく低い、セフィスよりも低いくらいだったそのクドゥーナに神々はノルンの、この世界の運命を背負わせていると言うのだから。


グラクロでなくても、ドラゴンのように力ある種なら同じく、神々をバカにして嘲ったかも知れない。


「しっつれいしちゃうなぁ。ふふふっ、まぁね?そのままなら弱いだけ、人類だものね。」


グラクロが喋っている最中から、含み笑いを溢していた小さな影が、そう言うと優しく微笑んでグラクロを見詰めてくる。


「用はね?勝手に連れてきて、巻き込んじゃってもイイって神々に判断されちゃった暇な人達を、集めてるの。あ、でも、ここに来たのは違う用なんだよ。忘れそうだった、いっけなーい。えへへ。」


そして、更に爆弾の様な衝撃的な言葉をグラクロにさらっと告げると、小さな影は本来の目的に話を戻そうとしたのだが、グラクロにその部分は聞き取れなかった、何故なら。


クドゥーナや、シェリルを勝手に巻き込んで・・・まるで、消耗品を使い潰す様に説明されてグラクロは思考がショートしそうな程ショックを受けたからだった。










「──暇、な人達?クドゥーナ達みたいのがまだまだ居るんだな?ノルンに。」

「んっふふふふ、その話はもう終わったんだぞ。今からはおしごとのお・は・な・し。」


小さな影に肩を掴まれ揺さぶられると我に返ったグラクロが怒りの形相で訊ねると、小さな影はニコッと笑うとやんわりとはぐらかして、コテンっと首を傾げるとグラクロの金色の双眸を覗き込んで、ピンと立てた人差し指を振りながら喋った。


「──おしごと?」


「君、きみのおしごとなんだったかなあ。思い出してみ?んんっ、ほらほら。」


はぐらかされる様にグラクロは別の話題を問い返されたのだが、それに気づかないまま間髪入れず訊ねると、更に小さな影に促される様に問い返される。


グラクロは正しい答えを貰えずに唯、小さな影に翻弄されていたが、逡巡すると思い出した様で、


「──大地の守護。実にくだらんな、代わってくれていいぞ?神よ。」



そう言って不機嫌そうに目の前の神にずいっと顔を近付けた。


「あはっ、あははははは!・・・ムリ。わたしはノルンにそんなに留まれないのが理由。理解ったかな?」


すると、グラクロの言葉に何らかのダメージを受けたのか、必死に平静を装って笑っては居たが、寂しそうに、悔しそうに小さな影が口を開くと、グラクロは理解できない様でイラつくのを隠せないまま、問い掛ける。


「──で、何がおかしいのか?」


「マナの塊である君が守護をサボッたら、ますます隙を作っちゃって大変になる、解るでしょ。」


グラクロの問いに返す小さな影の言葉は、どこかなにか足りない。


「──それは解る・・・神よ、俺は疲れたよ。寝るだけの存在か、誰にも相手にされない存在。そんなものに未練は無い。消すなら消せ。」


それは何故か?グラクロを装置か道具扱いしているからだ。

悲しき物言わぬ装置に戻るくらいなら、生など要らないとグラクロは言い放った。


グラクロの感情を無視した、神である小さな影の物言いに絶望した様に俯くと、グラクロは楽しかった思いでを走馬灯の様に思い浮かべる。


「はいっ、逆ギレ禁止っ!ぶっぶーっ!不正解っ。例えば、あなたが護っていた土地が無くなっても未練は無い、そう言うの?アイツはそんな隙が出来るのを何千年だっててぐすね引いて待ってるような、そんな行け好かないカンジなんだ。」


すると、慌てた様子もなく悪戯っ子めいた表情を浮かべ、厳しい威厳ある口調で小さな影は訴える。


グラクロの護る土地、サーゲートに隙が出来るのを待っている存在がいると、そのままだと綺麗さっぱりなくなってしまうんだと。


「──この、生まれて初めて手に入れた彩りある生活を捨て、灰色の生に閉じ籠れと命令するのか。なら、消せ。」


しかし、グラクロの決心は揺るがないのか、小さな影を見る訳でも無く色の無い檻には帰りたくは無いんだと、吐き出す。


「だっから、──わっかんないかなぁ。出来ない、それは出来るけど、何の意味も無い事なんだよ。だから、その生活を捨ててってお願いに来たんじゃないからさ。そっか、それが不安だったんだね?オリテバロー、解るよ・・・独りは、辛いもんね?独りに戻りたくなんて無い・・・よね。」


すると、グラクロが頑なに、生を諦めてまで貫きたかった事情に、なんと無く気付いた小さな影は、グラクロのキモチに触れてお願いしたいのはそうじゃないと話した。


グラクロが勘違いをしているんだと、小さな影はグラクロよりも、ある意味でぼっちの先輩だったようなものなのだから。


それでも、何千年と喋る相手の居ないと言う、グラクロの待遇よりは幾分はマシなのかも知れない、神であるならば神々とは交信できただろうから、グラクロが対話出来たのは滅ぼそうとやって来た敵に限られる。


「──解ってくれてありがたいな。じゃぁ、俺はクドゥーナのとこに行く!ばいばーいっ。」


小さな影と言葉を交わしていると、寂しい気持ちに押し潰されそうになって、グラクロは思わず口に出していた。


最初こそシェリルに目が止まったものの、実際partyに加わると、一番の会話の相手はセフィスを除外すると、クドゥーナだ。

寂しい気持ちに襲われて、まず最初に浮かんだ顔はクドゥーナだった事からも、グラクロとの距離はかなり、近いものになっていたのかも知れない。


「ばいばーい、って、じゃなーい!」


グラクロが手を振って去るのをついつい、小さな影も同じく手を振って返し、刹那ハッと気付いて突っ込む。

その時、ピンクの瞳を目蓋で塞ぎ、目の形は><こんな感じだったりする。


「──なんだ?違うのか?」


「約束、してくれたら。独りになんてさせないよ?あなたの生を護るよ、わたしが。だから、たまにでいい、オリテバロー本体に戻って神気の循環をして、それだけでいいから。ね?」


呼び止められて嫌そうに、溜め息をついて答えるグラクロに、小さな影が必死に訴える。


「──理解った。クドゥーナにそれは頼むとしよう。」


すると、いつのまにか威厳も消え失せて、セフィスと話してる様な気さえしてきたグラクロは、小さな影を見詰めて頷いた。


神がここまで威厳やら何やら捨ててお願いをするんだから、グラクロにしか出来ない事、そう言うことだったのかも知れない。

小さな影は、グラクロが強大なマナの塊であると説明した。


「うんうん、良かった。じゃぁ──わたしが来た事を無かった事にするね。あ、約束だけは置いていくし、わたしが護るよ、『独りにさせない』っ!」


グラクロが前向きに約束をしてくれた事に、大変満足したようで両手を肩の前に合わせると小さな影はニコッと微笑んで、コテンっと可愛く小首を傾げて発言し、うっしゃとガッツポーズをすると斜めに片腕を突き上げて叫ぶ。


この記憶ごと、存在がなかった事にするという小さな影、いや神であるならばそれくらいの芸当、出来て当然だったのかも知れない。


「──ガチャ(?)は何だったんだ?」


「・・・忘れちゃってた、てへっ!」


「・・・。」


「えっとね、これはねー。君の魔法──ブレスよりは弱いよ?アレは本来の君のマナが吹き出してるんだからね。あ、も一つひんと、主は強くなれる。」


ふと気になって、グラクロが亜空間に消えかけて左手だけ、見えていた小さな影を呼び止めると、いけねっと可愛く舌を出してへぺろ☆を決める小さな影が、亜空間から再びにょきっと姿を現した。


神の威厳がどこにも無くなった小さな影にグラクロが半目で無言の抗議を浴びせると、そんな顔すんなよー!と言いたげな表情であの包み紙に包まれていたモノを取り出してグラクロに見せる。

と、幾条もの閃光となって融ける包まれていたモノ──一つのマナ。


そしてまた、解りづらいヒントをグラクロに与えた。


「じゃぁね、ばいばーい!あっ、それとね?ふふふっ、雌雄無いよ?グラクロデュテラシーム──────オリテバローは、どっちを──選ぶの。」


グラクロが見送る中、手を振りながら亜空間に消えそうなその時、捨て台詞ぎみに今のグラクロにはかなりなショックを与える言葉を虚空に投げた。


神である小さな影が消え去るとまるで、そこには最初から何も無かった様にグラクロすら、リュックの中に戻された状態で、まさに『来なかった』かの様な光景が広がっていた。


残されたのは小さな影との約束と、最後の捨て台詞だけが何故か木霊の様にその場に留まっていたが、やがてそれすら消え失せた。








温泉編fin.

これに出てくる会話を最初に作ってそれを設計図に、肉付けが出来たとこだけをコピペしてぅpしてた訳です。


ぅpするときに変更があった部分もあったと思うけどたいして変わらないと思います、会話だけで1万ちょぃ、肉付けして5万文字ってこれだけでなかなか長い長い話だったんだなとか、思いますた。


思い出せば日常の章を始めるときにこんな話は企画してなくて、最後にある、小さな影の話は神そのもの登場して、まあ記憶は消されるんですが、場所も拉致されて亜空間で会話していく感じだったんですが、ブランコも長くなったんで書いてなくて、こっちにくっつくとあいなりました、てへ。


なんか、全部ちゃんちゃんになったし、グラクロの目的も決まったし、本編が動けます。 雌雄ないんで少女verもあるでよ。


魔法もらったけどどんなのにしようかな──決めてない。では。

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