そうだ!温泉へいこう。3
「酒場に行くのを止めるのね?」
「・・・怒んないでよぉ、こ、怖いからぁ。」
「ん?怒ってないわよ?笑ってるでしょ、多分上手に素敵な笑顔作れてると思うんだけどナ?」
その素晴らしいまでの素敵な微笑みが、対戦した相手やクドゥーナを恐怖させ天敵たらしめている事を、京は知るよしも無い。
青ざめて可哀想なほど冷や汗をかいていたクドゥーナは声を振り絞り、
「う・・・え、笑顔が怖いんですぅ。」
それでも、か細く言葉に詰まりながらそう言うと、まるで魔法でも解けるように強張って動かなかった体が、首が難なく動いた。
その状態でもやっと俯いて視線を外すのが精一杯なクドゥーナ。
「割り込んですまねえ。シェリーとかって黒髪のエルフと戦りたいんだが。ツラ貸せや。」
助け舟と為った声の持ち主はやはり、時と場所を弁えないゴロツキや冒険者の類いで。
入り口を潜って目に入った、食堂のテーブルでじゃれ合っている様にでも見えた京とクドゥーナのやり取りを、見ているのはこのゴロツキの成りをした男には難しかったのか、イラだつ様に京を見ると背中から大鉈を抜き放ち、顎で表へ出ろと合図する。
「いきなり抜いたわ!全力で、いいわよね、クドゥーナ?」
「はい・・・はい、お好きにぃ。」
首が軽くなったのを感じてクドゥーナが顔を上げながら応えると既に京は表へ出ていった後で、別にクドゥーナの返答を待つ積もりも無いのに京が振って来たんだと気づいたのだった。
そこでゴロツキの怒号が聞こえた後、騒音混じりに大きな物が壊れる音が響くのが耳に届いて、クドゥーナが表をそっと入り口から覗くと、宿の向かいに立つ別の宿の入り口にさっきのゴロツキだろうか、突き刺さって足だけ見えていた。
全力でやる!と京が意気込んだ結果。
イラつきが何れ程の物だったかを知って、戦慄するクドゥーナは青ざめた顔が更に青ざめていく、さも大量の縦線が顔半分を覆っていくが如く。
その後クドゥーナと京はまたテーブルに隣り合って座っていた。
正確には、京にクドゥーナが座らされたのだが。
愚痴を吐く京の相手をして相槌を打つ一方だった暫くの後で、クドゥーナが口を開く。
「あーあ、これだけやってもまだ、酒場行く・・・んですよねぇ?シェリルはぁ。」
「ん?──悪い?」
その自然な悪びれない応えに、京の辞書に懲りると言う言葉は、無いのに書き足せないんだなと納得したクドゥーナだった。
「止めませぇん、どうぞ。あ、裏の人達どーすんの?」
「好きにさせとけば?」
京に何を言っても状況は替わらない、その事に何となく気付いたクドゥーナが投げ遣りぽく問い掛けると、京はさも当然と言った風に答える。
愚痴を吐き満足したのか、それとももう寝直すのを諦めて酒場にでも足を運びたくなったのか──恐らくはそのどちらとも正解なのだろうが、京は徐に立ち上がると長い伸びをして黙ったまま階段を上がって、少しすると最近良く着ている脇を大胆にカットされて、横乳を隣から見れば苦労なく覗けると言うか自分から見せてるんじゃないかと思える、白と黒のぴったりとしたワンピースと、黒いオーバーニーのカエル皮で設えられたぴっちりとしたタイツにヒール姿に着替えた京が降りてくる。
気合が入っている訳でもない普段着。
クドゥーナが視線で追うものの、一瞥もせずに京は歩き去る。石床に、ヒールの音を高く響かせて。
「凛子には丁度良い経験じゃない?」
舗装されてない大通りを、行き付けになっている酒場に向かって歩きながら京は誰に言うでも無く独り、自分に言い聞かせる様に呟いた。
その頃──《古角岩魚の湖亭》の裏、と言うには路地を挟んだその向かいにある訳で裏なのかちょっと困る立地ではあったが、宿の裏。
近隣にも宿が飛躍的短期間に立った為に、資材置き場とか物置にされていて野晒しになっている空き地がある。
同上の理由で利用価値の無い空き地は、村の大通りに面して無い裏側にはあちこち点在していた。
子供達の遊び場になっている広場も所謂、デッドスペースで利用価値は無い為に、予備の建材置き場になっている様に家一軒建てるなら、陽当たり的にも裏路地に建てれば大通りに乱立している2、3階建ての建物の影になる為に望ましくは無い事も起因している。
そんな空き地に若い男女の声が響き渡る。
男の方は袖無しの黒の上下、女の方も同じ様な格好だ。
違うのは女の方は腕も足も、すっぽりとぴっちりとしたカエル皮のグローブとタイツに覆われて露出部が少なくなっている事だろう、それは凛子が怪我をしない為にと言う理由を付け、嫌がる凛子に無理やり京が着させているものだったのだが、実際に攻撃を受けてもやんわりと弾いて、結構受けきれずに攻撃を食らっているのだが怪我には至っていない。
お分かりだろうが、男はゲーテで女は凛子だった。
「──違う、下から掬い上げるようにこうだ!」
別に死闘をやっている訳ではない、稽古を付けてくれとゲーテが京に頼むと逆に凛子の稽古を押し付けられた形である。
使っている武器も叩かれれば痛いが、それ以上は無いだろう木刀。
態々クドゥーナに注文を付けて作らせた逸品で、見た目こそ土産物のよくある木刀だったりするものの、しなる材質のコアスの木を使い、怪我をさせない、ちょっとやそっとじゃ壊れない仕様になっていた。
刀を見たことの無いゲーテには、諸刃で無い事に違和感しか無いこの木刀だが、使い心地は悪く無かった様で軽々と扱えている。
ゲーテが指導のために手を抜いて軽く、弛い剣筋で更にその上飛んでくる方向を声で知らせながら木刀を撫で付ける、叩き付けるわけで無く手加減した一撃。
それは決して受けきれずに体にダメージを受ける様な剣筋では無かったのだがしかし、
「あ゛っ!」
弓しか使い馴れていない、勝手の掴めない木刀を使いこなせずに凛子は太股を叩かれる羽目に。
何回となくこうなのだから、当てたゲーテも溜め息が勝手に出ると言うものだ。
皮のタイツのおかげで大して痛みは無いし、驚く程傷にもならない為に重宝していてカエル皮と言う事は考え無い様にしている凛子だった。
「受けたら押すか、引くっ!すぐだっ!」
10合に一度くらいは、運良くゲーテの一撃を木刀で受け止める事が出きるのだが、唇をぎゅっと結びながらも、嬉しさを圧し殺し切れずにそれで満足気に、にこりとした凛子にゲーテの叱咤が飛び、すぐに木刀で木刀をぐいっと押し込まれて、ふらふらと凛子は腰から地面に倒れ込んでしまう。
「ひぃんっ。」
「足が、お留守じゃないかっ?蹴ってもいいし、後ろに飛んで躱してもいい、考えろ。」
何合目か、凛子が構えて打ち降ろす真っ直ぐで無い剣筋の一撃を躱してからそう言うと、木刀は掴んだまま凛子の足首目掛けて払うような蹴りを繰り出し、寸止めで止めるとニヤリと不敵に笑い、後ろに飛びすさり。
お手本としてゲーテが持ちうる経験上の技を見せているのだが、指導を受ける側がわーきゃーと騒ぐだけで身に付いているのか疑わしいのが、ゲーテは口惜しく感じていた。
一方的にやられるので無く、出来れば京とこうして触れ合って自分の技を高めたいのに相手が素人でしかも、こう吸収能力が無さげな凛子では時間を無駄にしている様な気がしてしまってゲーテ自身も身になっているのか、経験を積めているのか不安になってしまう。
「急に言われてもっ!初めて剣持ってまだ、二日なんだよっ?」
ゲーテがイライラとするのとは、違う理由で凛子もイライラはしていた。
手加減されているのは解るだけに、木刀を全然扱える様にならない自分自身に。
カルガインやニクスでもお願いさえすれば、稽古をヘクトルや京に付けて貰えていただろうが、特に言い出さずに今まで来ていて。
ゲーテが京に稽古をお願いして断った事から、凛子がこうして稽古をする事になったのだが、思う様に体が動いてはくれない。
やった事が無いのだから、出来るはずと思えた事も意外と出来ないものなのだ、それでも凛子は歯痒かった。
「二日もあったんだよ。二日で素人とかわらないんだって。」
見棄てる様なゲーテの辛辣な言葉にも内心なにさまだ!と思っても全然上達しないのだから、苦笑いを浮かべて黙って頷く、それしか返す事が今は出来ない。
「ゲーテ、姐さんと比べて見ちゃ可哀想だぜ、それを入れても凛子は下手だがなぁっ、あはははははっ。」
体を休ませながら足を伸ばすジピコスでさえ凛子を笑う。
下手だとは解っていても声に出さなくても良いじゃんと思う凛子はジピコスに視線を動かして、んべー!と舌を出した。
「とは、言ってもな。姐さんと戦れないんで、コイツ、凛子を俺と張れるだけまで上げないと手応えがなくてよ。」
そう言うゲーテに耳を疑わないで居られない凛子。
京と稽古がして貰えないから凛子を同レベルまで使える様にしようとゲーテはしていたと言うのだからそれは無理難題だ。
抑の経験から違って更に木刀を握って大して時間が経っていないんだから、凛子が思うのも尤もだったに違いない。
「そう言うなよ、俺がお手本を見せてやろうじゃねぇの。ゲーテ、変わるぜ。」
ジピコスがゲーテに変わるようだ。
無茶な要求をしているゲーテでは凛子の相手は務まらないと思ったか、それとも単に退屈していたからだったかはどうだろう?解りようも無いのだが。
「俺はゲーテよりは弱い、試しに撃ってこいよ、ホラ。」
木刀をゲーテから奪う様にして変わったジピコスが握って無い左手をひらひらと振って挑発する言葉を浴びせる。
と、一息吐いて凛子も見よう見まねでゲーテの薙ぎ払う一撃をジピコスに当てた。
実際にはヘロヘロとした只の横薙ぎにしか為らない、それをジピコスは逆手に持ち変えた木刀に左手を添えて、難なく受ける。
「こんなもんか?」
そう言うと、にやりとジピコスは笑いそのまま弾く様に木刀を振り払った。
「うーーー。」
木刀が弾かれふらつきながらも叫んで、これも見よう見まねの上段に構えてから真っ直ぐ撃ち落とすつもりの一閃。
やはり実際には真っ直ぐで無いヘロヘロな剣筋でしか無かったりする。
それを首を振って半身で躱したジピコスは、
「相手の次手を読めば、こうやって躱してから、こうだ!」
一歩半で間合いを詰め、凛子の懐に潜り込み言い放つと木刀の握りの部分で胸をダンッ!と突いた。
勿論、全身を持っていかず腰から上の捻りを加えた必殺となる一撃だ。
ジピコスの得物はダガーないし、大振りなナイフで木刀は些か勝手が違う事からこうした動きになってしまうのだが、普段なら返す上半身の動きで左手にも握っている筈の、ダガーでグサリと差し込むという連続した攻撃を考慮に入れた動作であり、しゃがんだりそのまま転がるなり横っ飛びで、敵の次の攻め手を躱せる間合いである。
「あ、うっ!」
思ったよりも強く胸を打って苦悶の表情で叫んだ凛子にジピコスの飄々としながらも人を喰った様な声が響いて、
「躱せば、懐に入ってトドメも刺せんだ。それか蹴って、次の攻撃に繋げるのも良い!」
気付けば又、凛子の懐に飛び込んでいたジピコスが逆Y字に蹴りを繰り出す。
寸止めで止めるとぐるんとそのまま転がって凛子の木刀を躱した。
「そんなに早く動けないよぅ、うっ!」
「動けない、で済むわきゃねーだろぉ?これでホラ、2回死んでんぞ、お前よ。」
視界の死角を突いてくるジピコスの動きに付いていけずに弱音を吐くとそれを遮られて、ジピコスに背中を取られて後ろから首を鷲掴みに握られる凛子。
二回殺したと軽口の様に言うジピコスに対して、
「う・・・ん。」
視線だけ肩越しに向けて悔し紛れに頷くしか出来ない。
「撃ってこい。次は受けてやんよ、ホラホラ。」
「こっのぉー!」
「おい・・・もっとこう、切れ味よく振れねえのかぁ?」
「言われても、解んないってばぁ。」
ジピコスに軽くのされて軽くあしらわれる凛子。
経験の差がゲーテ戦以上にありありと滲み出る。
言われた事が頭では解っても実行してもまだまだどうとも為らない程に。
「あっははははは、あはははは!・・・ふぅ、なんだ。素振りやっとけって事だな、基本が大事なもんだからよぉ。」
凛子の不様っぷりを見て、盛大に吹き出してしまうジピコスの行き着いた解は、基本をやんないと動こうにも動けやしないんだなって事だった。
「解った、そう・・・するぅ。」
腰からへたりこんでしまう凛子が、悔し涙に口ごもりながら顔を上げると、ジピコスの姿はそこには無く、裏路地を渡って向かいにある《古角岩魚の湖亭》に向かって歩き去る後ろ姿をなんとか視界の端で見付けたものの、声を掛けようと口を開くと宿の裏口をジピコスが閉めていた所だった。
主人公弱い、弱すぎる(震え声で)
ええ、またまたタイトル詐欺です。 温泉へいつ向かうんでしょう?プロットでは2000文字後です。
この回、詰め込み過ぎてごっちゃになってる気がしないでもありません、