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目蓋の裏に降る雨は

グラクロがヌイグルミの様な姿でまぷち達の前に現れた夕暮れ。


元々、鉱山の出稼ぎ者が増えた事で、宿の数が足りなくなっていた背景は合ったものの、鉱山に入れなくなったので下っ端や稼ぎの少なかった者は村を離れる以外、手が無くなったので一斉に救号令がかかるまでに村から出たので、小さな宿はどこも人気が無くなっていた。


な、もので一行も小さな宿に一人部屋を人数分借りる事も楽々出来たりする。

ドラゴンが出る前ならあり得なく非常に幸運だった、とは違うかも知れない。


宿の二階に借りた一人部屋で着替えると、クエスト報告の為にクドゥーナは一人村長宅に向かおうと階段を降り、ちょっとした食堂を通って宿を出ようとしたその時、天敵が視界の端に映り込む、シェリルだ。

まぷちこと凛子とヘクトルはまだ自室なのか、シェリルは一人、宿の一階食堂スペースで酒を注いでいる。


「クドゥーナ、あのさぁ、お風呂作れる?」


「・・・簡単なものなら?・・・」



そのシェリルが、目ざとく宿を出ようとしていたクドゥーナを、呼び止めてから見詰める。

それに、クドゥーナは唐繰り人形の様にカクカクと振り返り逡巡した。

睨み付けられるよりも、綺麗な微笑いを浮かべている時の方がやっかいだと言う事を身に染みて嫌という程クドゥーナは知っていたから。

依りによって今のシェリルはニコニコ笑っている、それも何処か神々しく眩しく思えたり。

逆らわずかつ今当たり障りの無い答えをクドゥーナは返す、せいいっぱいの笑顔を浮かべて。


「ん、頼んだ。」


「あ、・・・用事終わってからで、いいよね?」


シェリルは酒を注ぐ事を優先して目線は既にクドゥーナから外れていた上、答えると首肯で返す。

笑顔は余計だったかと半目でクドゥーナがそう言うと、手をヒラヒラ振って応えるシェリルのグラスは空になり、もう注いでいた酒は飲み干されていた。


「鉱山からドラゴン追い払ったよぉ。」


村長宅は村の北、細々とした村人の住宅地を抜け緩やかな坂の上に建っていた。

クドゥーナが訪ねると、フィッド村長・ザルアは少し驚いて迎え入れられた。


通された客間はソファテーブルと接いだ皮のソファが二つだけのシンプルな・・・質素な作りで、ザルアに言われてクドゥーナはその内の一つに浅目に座る。


開口一番にそう言ってクドゥーナはにっこり笑うと、出された熱いお茶を啜った。


「いや、まさか?本当に?」


「う、うん。」


『当然だとは思うけどさ、村長さん信じてくんないなぁ。』ザルアの態度と表情はとても優れないものだったから、クドゥーナも苦笑いを浮かべてそう思いながら、言葉少なげに頷いて見せる。


『やっつけては無いけどいいよねー。』乾いた笑い声をだしてクドゥーナがそんな事を思って頬をポリポリと掻く。

ふぅ・・・と重い溜め息一つ吐いてザルアが口を開く。



「うーむ、クドゥーナを信用せんわけではないが・・・都に人を出してしまったしのう。」


「あ、そうなんだ。5日も帰らなかったら、そりゃそっか。」



既に人を出して助けを呼んでいたザルアは、気の毒な事をしたと言いたげにクドゥーナに視線を絡めてくる。


それを受けてクドゥーナはザルアの目を見ると、気にしないでねと含んだ笑みで答えた。



「うむ、明日にも隣町から冒険者が着く。使いの者に行く先々で人を集めて貰うよう頼んだでな。」



それを俯いて溜め息を吐きながらザルアは言うと、顔を上げにっこり笑う。

あの事を話さないといけないと、思い詰めているクドゥーナを見て。


「・・・あー、そうなんだ。あ・・・アスタリ山の麓の集落───」


「顔を見ただけで解るよい、クドゥーナ。襲われたんじゃろう?オークに。」


逡巡した。

言おうか、言うまいかクドゥーナはぎゅっと力一杯押し結んだ唇をしかし、思い切ったのか、開く。


ゆっくり、喋ったクドゥーナはザルアが優しい語り口調で答える最中にも、その碧の双眸に大粒の滴を一杯に溢れさせながら、すんすんと小さく泣き声を洩らし始めた。


「う、うん。あ、オークはやっつけて巣は凍りづけにしちゃったから。も、・・・もう大丈夫だよ。」


取り出したハンカチで丁寧に、涙を拭ってからクドゥーナはそれでも震える声でそう言った。


「おう、・・・おう。なんと!オークの巣を潰してくれたのか?有り難いのう、クドゥーナ。本当にありがとう、村の者も安心じゃろう。ドネセの者たちには悪いが、これも運命(さだめ)じゃったのじゃろうの。クドゥーナが泣かねばならんことじゃあない。」



薄々解っていた事とは言え、少し考え込んだ風に遠い目をしていたザルアはソファを立ってクドゥーナの隣へ腰掛ける。


そして、更に涙を堪えようと必死なクドゥーナの頭をその胸に抱きかかえ、言い聞かせる様にまたザルア本人も、己れに染み込ませる様に言葉を紬いで囁くとクドゥーナに感謝した。

運命とは言うものの、小間切れになった餌にされるのが運命なら、なんて意味の無い、酷い運命なのか。

ザルアの言葉の端々に不条理を感じずには居られないクドゥーナ。


「だ、だって──わたしがもっと。せめて後1日早ければっ!助けられた人だって・・・ぅうう。」


「その様子じゃとあれか、やはり苗床もあったのじゃなあ。天上の神様も惨い事をなさるよのう。」


「苗床、は・・・ぅうう。」


「言わんでええ、言わんでええ。」


「目の前で・・・ぅうう。」


お互いの濡れた視線を、絡ませるクドゥーナとザルアのやり取り。

それでもザルアは一息に大きく深呼吸して、目を開くと涙がピタリ止まる。

両者が泣いていては収拾が着かないと、そう考えたのかも知れない。


一方、ザルアの胸を濡らすクドゥーナは次から次へと溢れて溢れて留まらない、まるで壊れた蛇口か滝のよう。


「思いださんでええのよ、儂じゃって苗床になってしまった者を殺した。若い時の事じゃがな。」



遠い目をして昔の事を思い出しているのだろう、そう言うザルアは片手で顔を覆うと我慢し切れなかった、辛い思い出は忘れてしまった方がいいと身を詰まされて知っていたのに、瞼の裏に嫌な光景が広がって自然と涙が一滴、つぅーと滑り落ちていった。



「オークに苗床された者はどのみち助かりゃせんよ、気に病まんでええ。」


「・・・ぅうう。」


「クドゥーナ、お前さんはようやったよ。ドネセの者じゃってそう言ってくれとるじゃろうて。必要なものはこの村まで降りて買って行っとったんじゃ、お前さんの売った蝋燭やパンやソースを買って行ったろう。お前さんの品で暮らしが豊かになっていたんじゃ。」


「う、うち、助けられたかも───知れなかったのに。」


ザルアが何と声を掛けても、クドゥーナの目蓋の雨は止まずに降り続いている。

まだ言っても幼いクドゥーナにとってそれだけトラウマになるだけの出来事だったから。




「ええ、ええ。泣きたいだけ泣くがええ。じゃが、今日、泣いたらそれでしまいじゃ。もう、ドネセの事で泣くんじゃないぞ?」


「う、・・・うっ。はい───」



己れの胸から放れず尚も泣き続けるクドゥーナを優しい言葉で宥め、あやすザルア。

そして思う、どうか一日も早くこの幼気な少女が苦しいだけの思い出を忘れられる日が来ます様にと。


声に出さず、啜り泣くだけになったクドゥーナに言い聞かせる様に、


「ドラゴン討伐の是非を既に役所に出した、退治されて居なくなったとクドゥーナ、お前が言うなら儂は信じよう。だがの、決まりなんじゃ一度ドラゴンが出てしまえば村の救号令を解けるのは役人がドラゴンが居なくなり、危機が無い事を確認出来て、その後なんじゃ。」


そう言って話題を替えてやる、にっこりと笑顔を浮かべるザルア。

何時までも泣いていても、どうにもならないのだから。


「ぐす、ぐす。じゃ、じゃあ一度入ったら──役人がぁ来るまで?」


人差し指で涙を振り払いながらクドゥーナがザルアの胸の中で訊ねる。


「うむ、解ってくれたようじゃの。」



もうそろそろいいか、とザルアがクドゥーナを胸から引き離し、大粒の碧のドングリを見詰めながら応える。



「ぐす、・・・ぐすっ。困るって言われるんだろうなぁー。」



すると途端に、クドゥーナは過去から今に引き戻されて愕然とする。

そんなの唯一つ、シェリルを怒らせた後が怖いからに決まっている。


ザルアに礼をすると、宿へと帰路に着くクドゥーナではあるのですが、しばらく村に滞在しなければならないと言い出さねばならない事を考えると、さっきまでとは全く違う意味で、泣きたくなるクドゥーナなのでした。



大分前の話で、プロットも腐りかけですね……

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