やって来た冒険者3
「がふっ。」
「まぷち、悪いけど。」
ウィンドスピアに突かれ防ぐ事も出来ないまま無数の刺し傷を負い、血を盛大に吐いて昏倒するゲーテをシェリルは、踏みつけると動けないのを確認して凛子に声を掛ける。
「あ、もう?カルガインの人達の方が歯応えあったね。───ヒール、ヒール。」
すると、酒場の客だけでは無くなっていた群集の中から人混みを掻き別けながら凛子が、ひょっこりと顔を出して倒れたゲーテを視界に捉えるとそう言って回復魔法を唱えると、癒しの光がゲーテの躰を包んで、
「ふざけるぬぁ、ぶちころしてやるっぶちころすっ!」
息も苦し気にゆらりと目を覚ました、ゲーテの瞳にはありありと憎悪の色が染め上がっていき、一息に息を吐いて身を屈めると渾身の力で地を蹴って悔恨の叫びを散らせながら、視界に捉えたシェリルに向かって飛び掛かる。
「口だけはよく囀ずるの、ねぇ。」
身を屈めたゲーテを見定めると余裕たっぷりに嘲笑も含んで言い放ち、シェリルは即座に直線的な攻撃を予測してダンっ!とウィンドスピアを、地に叩きつけぐっと力を込め横っ飛びすると、後追いするかの様にゲーテがそこへ突進を仕掛ける。
空中で上手く宙を蹴って、横っ飛びしたシェリルを追ったものの、またもや渾身のタックルは決まらない。
「どこだあっ。」
見失ったのかゲーテがタックルの構えから振り返り、辺りを見舞わすがシェリルの姿は無く、焦った様に上ずり声混じりに叫ぶ。
「上よ!」
返事は意外なところからした。
ゲーテの真上に華麗に舞い上がったシェリルが女王蜂宜しく勢い良くゲーテの肩に鋭いかかとから舞い降りる、スタンピングニードルを見舞った。
真上で声がした時には既にゲーテは、肩に激痛を覚え勢いに任せて両腕を振りまわすと、距離をとりシェリルを目で追った。
「ゲーテ、本気出せよ?そんなもんじゃねえだろ?」
「ジピコスっ・・・てめェからぶちころしてやるぞっ、黙ってろ!」
苦戦するゲーテに苦言を浴びせる声の主はジピコスだ。
開け放たれたままの酒場の扉にもたれ掛かったまま、誰を見るでもなく明後日の方向を見詰めながら喋り続けている。
普段の様に獣化したゲーテが、一方的にエルフをぼろ切れになるまで刻んで勝利すると思っていた彼に取って、ゲーテの散々足る負けっぷりに合点が行かないと言ったところ。
だが、本気中の本気で掠る程度も触れられないで苛立つ、ゲーテはジピコスを睨みつけ、威嚇する様に叫び散らす。
「おお、怖あ。だがよお、ゲーテよ。見ててみっともねえったら、手助けしてやろうか?」
一発当たりさえすれば、と考えるのは何もゲーテだけでは無い、ジピコスもその考えだった。
エルフの割りにホビットの様にすばしっこいだけで、シェリルのその身は見るからに細く弱々しく、ゲーテの腕の3/1に充たない腰などジピコスの蹴りでも当たればバッキリ行きそうに思っても仕方無い。
ただし、遠巻きに見ていても余裕たっぷりに笑うシェリルは、とても死力を尽くしている様に見えずまだ実力を出しきっていない気もして、そこだけはジピコスも内心判らずやってみなければどうしようも無い、だがそれでも、連れ添い、供に人生を歩んだゲーテがこのまま嬲り殺されるか、みっともなく負けるのは大人しく何もせずに見ていられる訳がなかった。
「そうねぇ。二人なら酔い醒ましになるかも、どぅぞ。お仲間さん。」
ジピコスが苦心しながらもゲーテを助けようと考え一石を投じたと言うのにシェリルはと言うと、酔い醒ましと言い放った。そもそも酔っている風情でないシェリルに何を醒ます必要があったのだろう、それはシェリル本人にも解らないこと。
唯の挑発だったのだし、ゲーテだけではどうも足りないのだ、カルガインでも度々因縁を受けて相手をすることがあったが、オークやゴブリンを追い掛ける様な冒険者ではシェリルを昂らせるには至らなかった。
例えば、塔を10階まで踏破したレットと手合わせすれば10合する頃には腕が痺れ、お互いに致命傷を与える訳でも無いのに自然と息が上がり、シェリルの方が幾段攻め込んでいても恐怖を感じる瞬間はあった。
切り、傷つけ、血塗れになりながらもレットの斬り返しを剣で受ければ重く、凌ぎ切れず跳ばされる。
種族差を埋めて余り有る濃い経験がゲーテには、足りない。
ラミッドを離れ、カルガインに10年過ごして居ればシェリルも余裕は消えて、笑い顔も違う意味を持ったものだったかも知れない。
「おほ、いいねぇ。てわけで、ゲーテよ!いつもの連携だ解ったか!へぼリーダーさんよおっ。」
ジピコスがそう言って群集の向こうから姿を現すとゆっくり歩いて酒場の段差を降りゲーテに近寄る。
その手には刃渡り30㎝程のダガーが握られ、ジピコスが使い込んだ相棒とも言えるそれは鈍く輝いて、良く磨かれ手入れされている様にも見える。
「ジピコス・・・命が要らねえのか?」
長く人生を供に歩んだ戦友の参戦に、言葉とは裏腹にニヤリと笑うゲーテ。
一人でダメだろうと、ジピコスが隙を生んでくれさえすれば、いくらか勝機はあるだろう、いや必ず小生意気なエルフ耳を這いずらせて命乞いをさせてやる!
どこまでもゲーテは、ポジティブだった。
「いくぜぇっ!」
掌の中のダガーを眺めていたジピコスが息を整え、改めて握り絞ると顔を上げて、シェリルに向かい眦を決して叫ぶ。
それが合図だった、しかし。
「げぇえっ!」
悠長にシェリルは待ってくれない、次の瞬間にはジピコスの隣に立ち、顔の横で指を動かしながらにこりと、追加でウインクも。
それを見たジピコスは戦慄した。
そして、いきなり衝撃を伴い軽くなって浮く感覚、次に自らの瞳に映ったのは宙を跳ぶ自らの脚。
ジピコスには全く解らなかっただろうが、瞬間的にドン!っと重心を左足に置いて腰を捻ってそのまま右足を振り抜き。
回し蹴りを叩きつけられたジピコスは何が起きたか解らず、躰をくの字に折り畳まれ不意を突かれたゲーテを巻き込みながら、向かいの商店へ突っ込んだ。
「ぐおおっっ。」
物凄い勢いで宙を飛び、目の前に迫るジピコスの背に驚愕して固まり恐怖の叫び声を上げるゲーテ。
そして、飛んできたジピコスに捲き込まれ折り重なるように吹き飛び、やはり向かいの商店へ頭から突っ込む。
それを見て咄嗟に顔を覆って頭を振ったシェリルは、ふん・・・と軽く嘆息をつき、壊した商店へどのくらい弁償しようかと、そんな今はどうでも良い事を考えていたのだが、顔を上げ崩れて土煙を上げる商店へ視線を移すと叩き込んだ二人がぴくりとも動かないことに気付き、
「二人にヒール掛けて。」
日差し代わりに額に手を着け、群集に混じって傍観している凛子の姿を目に止めて冷ややかな刺さるような声でそう言った。
憂鬱そうに溜め息を一つ吐くと凛子は、人差し指を頭上に振り上げヒールを唱えると、キラキラと輝いて癒しの光りが二人を包む。
「てめ・・・」
「ち、チクショウっ!」
すると、頭を振って起き上がるゲーテ、ジピコス。
思い思いの言葉を口にして振り向くとシェリルを視界に収め睨み付け、その内ゲーテはぐんっとその場で地面を踏みつけ蹴って飛び上がり襲い掛かる。
しかし、シェリルが少し早く手にしたウィンドスピアを、棒高跳びの要領で地面に突き刺しその勢いで、宙に舞い上がり片膝を畳んでゲーテの横面にかかとを食い込ませる、とある仮面ヒーローのキックにも似た単なる飛び蹴りをカウンターでお見舞いすると、唾液を撒き散らしながら吹き飛ぶゲーテの影から、ジピコスがにんまりと下婢た笑いを浮かべて、逆手に握り締めたダガーを振り上げていた。
ゲーテに掴まれたまま隠れてチャンスを伺ったジピコスも、ゲーテ当人もここまで完全に不意を突いたらさすがに一発お見舞い出来る!確実に!と思われたが、ぐるんっと空中で躰を翻したシェリルの回し蹴りを逆に鼻先に叩きつけられ、隕石の様にも、ミサイルの様な勢いで地べたに突き刺さる。
曲がりなりにも生命力に溢れる獣人だからこそ、こんな目に逢いながらも死ねずに、生きて苦しみを味わい続ける事になっているのだが。
「面倒だから、倒れる度にヒール掛けたげて?」
そう言って地面に刺していたウィンドスピアを引き抜くシェリルの後ろには土煙と、頭から地面に叩き付けられのびているジピコスと、唯の飛び蹴りを喰らっただけなのに妙に所々焦げているゲーテと、勿論二人は気絶していて、目も真っ白。
だが、まだ残酷な処刑タイムは終わってはくれない様で、気絶して動かない二人を確認すると、凛子は面倒くさそうに事務的にヒールを唱える。
すると何度も同じ事をしている気がしたが、癒しの光りがまたしても可哀想な生け贄を起き上がらせてしまう。
ふらふらと立ち上がるジピコスと、ゲーテの目には色が戻っていた、赤黒い憎悪で埋め尽くされて。
もうこの頃には、こんな面倒事をなんでやってるのか?と後悔を始めてはいたのだが、冒険者を続けて初めての挫折感よりも、未だ怨みの念の方が何倍も勝っていた。
勢い良く息を吐き出すとジピコスが駆け出し、ゲーテが飛び掛かる。
次の瞬間にジピコスとゲーテの、その視界に飛び込んで来たのは恐るべき速さで繰り出される、言うなれば一本の槍で作り出された槍襖。
冷淡な笑いを張り付けたままシェリルは苦し気もなくそう言った事をやってのけた。
ジピコスは踏み留まったが、ゲーテは勢いが殺せず必死に、槍襖を逆に飛び越えようと宙を蹴り避けようともがくもシェリルの生み出す快速の槍襖はその動きに合わせて当たり前だが移動する。遂には、矢の的に一斉に矢が刺さるが如く槍襖の餌食となった上、断末魔を上げて昏倒するゲーテをウィンドスピアの穂先に突き刺すと、ジピコスににこりと微笑いかけ、
「ねぇ、ゲーテとかジピコスとか言ったかしらぁ・・・いつになったら後悔させて貰えるの?ねぇ、ねぇ、ねぇ。」
鈴が鳴る様な凛とした口調でそう言うと、ゲーテをジピコス目掛け投げ付けそのままシェリルはジピコスに向かってロケットの様に駆け出した、その顔は正に狂気を具現化したようで。
ゲーテがジピコスに交差する刹那、叫ぶ!叫ぶ!叫ぶ!
そして何度も何度でも槍を繰り出し突き刺す。
「あー、ダルい。・・・ヒール。ヒール、ヒール、ヒール。」
凛子の魔力量(MP)もそう多い訳では無い、それでもシェリルの暇潰しに荷担しているのはどうしてなのか思案するが、やっぱり考えは纏まらずいい答えも出ないから従って辺り構わずヒールを連発して尻餅を突く。
そろそろシェリルに満足して欲しい凛子だった。
ふらふらと起き上がって来るものの、ジピコスには既に戦意が感じられない、息も絶え絶えだ。
ジピコスの態度からも相当、ゲーテがマシに頑丈な方だと理解出来るだろう、強いか弱いかは別としてゲーテは頑張っている部類と言えなくは無いのかも知れない。
そのゲーテの起き上がって息を整え様と息を吐き出した瞬間には、駆け寄ったシェリルが左足を振り上げてかかと落としをゲーテの脳天にお見舞いすると、ゲーテの躰はまるでゴム毬の様にバウンドして後方の先ほど壊した商店とは違う店へ飛び込む。
見当違いだったか焦ったようにも見えるシェリルは店へ飛び込む様に駆け込み、ゲーテを引きずり出すとゴリっと言う音を立てて這いずるその頬を踏みつけて、
「そろそろ生まれ変われたの?」
そうゲーテに向かって訊ねる、どこか狂気めいて悪魔にも見えるシェリルの表情に、その貌に、衆目からも震えあがる声がちらほら上がった。
「ヒール。」
その悲鳴にも似た群集の叫び声を聞きながら、凛子は事務的にゲーテに回復を唱える、シェリルにも暇潰し以外にも考えがあるんだと思う努力をしながら。
「腕も足ももぐんだっけ?」
尚も、ビクンビクンと痙攣するゲーテを、ゴミでも見るかの如く蔑んだ視線で見詰め白眼になったゲーテの横面を踏みつけて、訊ねる様に叫ぶ。
「ヒール。」
そんな声が聞こえてくると、いや、やっぱり京ちゃん(シェリル)は何も考えてないかも知れないと思いながらも言われた通り動かない、ジピコスを回復することにして思考は棚上げする凛子。
「あが、あがぁ!くそ、何でだっ。」
すると、我に返ったゲーテが唸り声混じりに、顔を踏みつけるシェリルをギロリと睨み付けながら声を上げる。
「弱いから?」
ゲーテの声に被り気味に、横面を踏みつける力を緩める事無くシェリルが呟く。
ギリっ、ギリっと耳元で嫌な音がしてゲーテはこの日何度となく味わった、気絶・・・ブラックアウトにまた引き込まれてしまった。
「ヒール。」
もうお昼何だけどな、早くご飯食べたいな等と最早、目の前の出来事から目を逸らしてしまいたくてしょうがない凛子はそれでも、白眼を剥いて魂の抜け欠けているゲーテにアレを唱える。
「お、俺はもうっ。許してくれっ。」
道端に転がるゴミでも扱うかの様に蹴られ、踏みにじられるゲーテを見て敵わないと思ったのか、悔しさ混じりに叫ぶジピコス。
「どの口が言うの?」
しかし、ジピコスが喧嘩を売ったのはシェリルであり、退屈を持て余し過ぎてどんな些細な事であろうと暇潰しに徹底的に最後までやると決めていた、生半可な命乞いなど右から左へ受け流されるだけでしか無い、つまり日が悪過ぎたのだ。
視線を絡めてくる情けない顔をしたジピコスに駆け寄ると右手でぐいと、ジピコスの上体を反らしてまるでサッカーボールでボレーシュートでもする様な動作で、シェリルは体を浮かせて右足でジピコスの顎を脚の甲で捉え、変則的な飛び蹴りをお見舞いする。
「ヒール。」
いつまでやるのー?ほら、お腹の虫も鳴いてるよー?凛子が、そうは思うものの嘆息ついて回復魔法を唱える。
シェリルは命乞いまでしているジピコスをまだ聞く耳持たないと斬って捨てるのだから、まだ終わらない。
「もう、歯向かわねえっ。」
「だから?・・・ねえっ?」
もう起き上がってくる生気も、気力もジピコスには無い。
涙混じりに天に向かって吐いた言葉はしかし届け容れては貰えなかったようで、ゆっくりとジピコスに歩み寄りながらシェリルは冷たく言い放つとにこりと微笑い、空き缶でも蹴る様なモーションで不様に転がるジピコスのわき腹に、抉る様に捻りを加えた右足からのPKシュートが突き刺さった。
苦悶の顔で固まり失神するジピコスに目を落とし中途半端な白旗は認めない!そう言いたげにペッと唾をジピコスの顔に吐くとゲーテにした様にギリっギリっとかかとで踏みにじりながら叫ぶ。
それを見て群集からは悪魔、もう止めてと声が上がってもシェリルは聞き入れる様子がない。
まだ足りない。
「ヒール。」
こうなると群集からも凛子にも視線が集まり始め、針の筵に思いながらもシェリルの気が収まらないまま止めてしまうと今度は、凛子が餌食にされかね無いのでじわりじわりと場所を移動しながらヒールをゲーテに掛ける。
早く終わって、の一心で。
「生まれて来た事そろそろ後悔した、・・・ねえ?」
今度は息を吹き返して呼吸を整えるのにも必死な、ゲーテに艶然とした表情でゆっくり歩み寄ると股関節を思い切り蹴り上げて、さも嬉しそうに嬉々として訊ねる。
「した、───だからっ。」
呼吸が定まらない中必死の形相で、シェリルを睨み付けながらのゲーテのその言葉には納得が行かない様に一息嘆息を吐くと、先ほどと同じモーションで股関節を蹴り上げる。
すると、ビクンと大きく震えて、ゲーテはまたもブラックアウトしてしまった。
シェリルが股関節を蹴り上げる度に群集の特に男から絶叫と言える悲鳴が聞こえ、もういいだろとか、今のでソイツ人生終わったよとか、お前は鬼か!等と口々にシェリルを非難する声に変わり始めた。
「ヒール。」
それでも残酷なお仕置きは終わってはくれない。
凛子からヒールを受けて呼吸が戻り、意識が目覚めると何事かゲーテが声にならない声を吐き出す。
「んー、解らないわ。」
ジピコスに続き、ゲーテもヒールを受けても身動きを取る事が出来ない、なぜなら休む暇無く蹴られ、踏みにじられるからだ。
幾分頑丈だろうと、回復を受けて半死半生だろうと、隙一つ作れないでいる。
情けない事だが、勝機が見えないのでは暴風の様なエルフの得体の知れない怒りが過ぎ去るのを待つ他無い、そんな考えにゲーテは至っていた。
そして、微睡みをたゆたう様な意識の薄い中、シェリルの嘲るような声が耳に響き、背と左頬に巨大な鉄の塊でもぶつけられた様な衝撃を受け、しつこいぐらいに昏倒するゲーテ。
摘み上げられて朦朧とするゲーテの背に左足で中段蹴りを叩き込み、返す反動の威力を加えて左側頭部を狙って上体を反らすYの字を、シェリルが自らの体で表した上段蹴りを叩き込むコンビネーションキックが炸裂したからだった。
おおお・・・シェリル酷ス。
もう勘弁してあげてください、凛子のMPはゼロよ!
まだ少し続く・・・って何でこんなに長いのよっ?
なんでかノリノリで書けてるからです・・・