武器ならドスタ
「これなんか、どう?」
「この弓でいんじゃね。」
「この槍はオスディさんが一月前に仕上げた新作なんですよー、こっちは一品物でオスディさんは断って来たんですけど・・・」
いろいろあった宴も終わってニクスの街へ。ヘクトルに案内され武器を探しに来たんだ。それはいいんだけど・・・店長のドスタだという女性がやたらオススメしてきます。手にとって見てるだけなのに、もうわたしが買うものだと決め付けて喋ってくる。・・・ウザい。
「手にとっていいですか?」
「どーぞどーぞ。」
了解を得てから手にとってメニュー画面に仕舞いアイテムステータスを確認。
ドスタは目の前で槍が消えて吃驚したのか、
鳶色の団栗眼をぱちくりさせて大きな声で短く叫ぶ。
+5かぁ。スリングが+1だからこの槍は大したこと無いね。確認したらメニュー画面からクリックしてわたしの手に槍は戻ってくる。そこでまたドスタは短く叫んだ。
ニクスの街唯一の槍以外も扱う武器屋、『武器ならドスタ』にわたし達は来ている。外見はこじんまりとしていてとても武器屋って感じしなかったのに、店内は所狭しと武器が詰まれている。中には一品物なのか、カウンターのショーケースに収まっている弓や槍も。注意深く覗き込んだけど値段は解らなかった。相当値が張るのかも知れない。
店内も見上げれば魔光なのかスポットライトの様に小さな灯りが横に等間隔で5つ程並んで、それを一区切りに5つある。中々に明るいんじゃないかな。もちろんショーケース内にも小さなライトを設置されていて照らし出されている。
『武器ならドスタ』はカルガインにあるどの店より店内は明るい、無駄に。カルガインなら照明は1つ2つで暗くても客は来るし物は売れる。
「ね、ヘクトル。」
「ん?」
「ここ無駄に明るいね。」
「そうだな。気にせず選べ、シェリルの奢りだろ。」
「店長がウザい。」
「暇なんだろ。」
客はわたし達だけだ。
「強そうでいい感じの武器無いんだけど。」
「どこ見てる?」
「もちろんステータス。」
「あのな。良い武器はステータスだけじゃない、補正値も見ろよ。・・・」
「例えばさっきシェリルが見てたこの貝殻の先みたいな槍。+3しか無いが魔法抵抗が+10付いてる。」
「それにこの、先を尖らせただけに見える黒い鉄の槍。+2なんだが貫通補正は+27とまあまあな性能。わかったか?」
「・・・なんとなく。」
「こちらの弓なんてどーですか?弦に使うのは従来のドミンでは無くなんと!頑丈なラハスの蔦を使ったから簡単に切れないんですよ。」
ドスタは興奮した様に鳶色の眦をついッと吊り上げて続けて商品を紹介する。
「それにそれに、中の物は値は張りますが使った素材が豪華になってます。この弓は名付けてオライオン。金属部分は拘りのメテュス鉱を使い、しなやかで絶対折れない。弦留めを飾りますのはオリハルコンで弦が外れない加工をしてますから・・・」
そう言ってショーケースから水色の弓を大事そうに取り出して、各部分の紹介を始める。説明を聞くだけで、ドスタの態度を見ているだけでオライオンと名付けられた弓は相当高級そうだと解っちゃった。
そもそもオリハルコンみたいな、有名で稀少とわかる鉱石を使ってるんだから。
「それいくら?」
「欲張り素材をふんだんに使ったオライオンのお値段、なんと!1千万グリムです。」
説明を黙って聞いていたけど、高いの解るけど細目になって疑いながら聞いてみる。一応ね、一応。
ドスタの口から出てきた値段はセレブ価格だった、やっぱり。なんだよ、欲張り素材って。
「売るつもりないでしょ?」
ドスタを上目遣いに見上げながら、嫌味混じりに問い掛けると。
「はい、もちろん!」
ドスタはいい笑顔で答えた。きっぱり、はっきり言い切るなってば。
「手にとっていいですか?」
「どうぞどうぞ。見てください、このフォルム。」
商品の自慢を言いながら手渡してくるドスタに御礼を言って、メニュー画面を開きクリックするとオライオンはぱっと手元から消え失せる。
「ありがとう。」
+152・・・凄い。補正は、即死補正+24に魔法抵抗+32、毒抵抗に・・・貫通補正+128と。ステータス確認すると10以上の補正ステータスを持つ弓だった。
ヘクトルを見るとニヤニヤ顔でこっちを見ている。なんだよ、これを京ちゃんに買わせようって?さすがに遠慮するよ、これは。
ドスタに視線を移せば青い顔をしてこっちを見ている。そんな顔をしないでよ、ちゃんと返すから。
こーゆーのが一級品の武器って奴なのか・・・クリックで手元に戻るオライオン。重さを感じ無いけどそういった補正もあるのかも知れない。ドスタに返すと急いでショーケースに戻される。
「オライオン・・・凄かった。」
感想を口にした。正直に。
ホントに言葉も無い。スリングから言うと何百倍強くなる様な感じ。
「ああ、だからこの店につれてきた。シェリルの奢りだろ、買ってくれるんじゃないか?」
「悪いよ、もっとそこそこのでいいから。」
ステータスも補正値も値段に見合ったものかも知れないけど。ヘクトルの問い掛けに答えた。
オライオンを手に入れたとして、その替わりにカラダを要求しかねないんだから困っちゃうとこだ。京ちゃんが思う何でもと、こっちの思う何でもは懸け離れている気がしないでもない。
「遠慮するな、俺より強くなりたいんだろ?」
京ちゃんが性癖を改めない限り、恐ろしいんです。恐怖しか無いよ、これは。
「ドスタに卸してる鍛冶師の腕は良いと思うぞ。」
問題は別なんだよ、ヘクトル。
「それは、そうだけど・・・遠慮するよ。」
わたしはノーマルだー!婀娜っぽく微笑む京ちゃんが脳内に浮かび、慌てて拒否を示す。
「溶けた俺の剣は+72のバスターソードだった。」
「わたしが渡したクレイモアは+30くらいね。改造は初期のしかしてないし。」
「この槍、欲しいって言ったら、買ってくれたりする?」
二人がカウンター近くの商品を、歩いて眺めながらぶつぶつと呟く。いつの間にか京ちゃんも近くまで来ていたみたいで。それは聞き流す事にしてショーケースに並ぶ、黒い槍を指差して京ちゃんに窺う。
「これ、手にとっていいですか?」
京ちゃんがドスタに了解を取って高そうな槍を仰々しく手渡され、
「へえー、レピヴィシュ+209ね。いくらになるの?」
ステータスをメニュー画面から確認すると感嘆の声を上げる。消え失せていた槍は、クリックするとすぐに手元に戻ってきた。
「こちらお値段5300万グリムです。ですが、お値段以上の品ですよ。なんと!海の司令官、浮遊鯨レピヴィシュの角から削り出した槍となってます。」
何をそんなに興奮するのか、ドスタは恐らく誰も買わないんじゃない?と思われる槍を受け取りながら驚異の値段を口にした。
「浮遊鯨なんて知らないけど高値なのもわかる気がするわね。・・・別のにしよ?ね、隣の弓は・・・」
困惑顔の京ちゃんは値段を聞いてすぐ、ドスタに手渡して槍を返す。気持ちは解るよ、値段が驚異だもん。
ドスタに手離すつもりが無さ過ぎると思っちゃった。
「1000万なんだけど。」
オライオンの値段も安くは無いんだよ、京ちゃん。
隣の弓は言うに及ばず、オライオンの事なのでわたしから京ちゃんに伝える。
「手が出なくはないかなー、毎日寝かさなくなるけど?」
唇の端に人差し指の先を当てて嫣然と小悪魔染みた表情で、ぺろりと唇と人差し指の先を舐めた。
何のつもりか解ってるので目は遇わさない、きっと瞳を濡らして艶めかしく誘っているんだから。そんな口調だった。
「さあー、別のさがそー、これはどうかな。」
オライオンを京ちゃんは眺めているけど、スルーよスルー。
「ちっ、100万までなら添い寝で我慢・・・しましょっか。」
大して悔しそうでもなく、舌打ちをして悩まし気に呟く。はいはい、そんなに誘っても差し出しませんよ?
「ケチケチしやがる。」
視線をこっちにもくれないで横槍を入れてくるヘクトル。気持ちは解らなくは無い。ヘクトルの与り知らぬ処でわたし達の戦いは続いてるんだよ。
負けたらそうだ、骨抜きにされちゃう?京ちゃんのオンナに・・・考えただけで身震いする。寒気がするくらいだからその結末は望んではいないんだよね。
「あんた買いなさいよ、レピヴィシュ。」
特にヘクトルを見るわけでもなく素っ気ない口調で呟く。二人は槍を使うスキルを持ってそうに無いけど?要らないでしょ?京ちゃん。
「そのクラスを買う・・・勇気が無い。」
視線を京ちゃんにやっと移してヘクトルはぼそりと力無く溢す。
「手元に金無いと心配するタイプでもないくせに。」
やっぱり素っ気ない口調で京ちゃん。本気で買わそうってわけで無いからどうでも良さげで。
「あ、え〜とドスタ。安いの、で、そこそこのでいいから、無いかな?」
話題を変えないと。その思いに囚われ、必死に身振り手振りでドスタに話を振る。
「槍でしたら、鍛冶師オスディの『めんどくさいから穂先だけ作りました』シリーズなどありますが。」
ショーケースにオライオンを仕舞って、ハケで埃を払いながらドスタは対応してくれた。が、どうにも欲しくならないなソレ。
「なにその明らかに客に喧嘩売ってる鍛冶師、買う人いるの?」
ふざけたネーミングだし、穂先だけ。欠けたらこの穂先を使って修繕しますよ!とか、そんな感じ?
「オスディさんは腕はいいんです、でも気分屋なのでこちらがいい素材を納めないとテキトーなものしか作ってくれないんですよねー、あははは。」
「素材ってもしかして・・・オライオンとか?」
「はい。もの珍しい素材や石を持っていくと何でも素晴らしい武器に仕上げてくれるんですよー。」
「ドスタ、その鍛冶師って街外れの?」
いやぁ、笑ってる場合じゃないよドスタ。気分屋の鍛冶師は素材が素晴らしければノリノリで、その辣腕を奮うんだとかで。
すると、ニコニコ営業スマイルのドスタに口を挟むヘクトル。
「そうですよー。よく知ってましたね、行ったんですか?うちと特約をしてるので槍を作るつもりならご相談に乗りますよ。」
「そのじじい、釣りしかしてなかったぞ。」
ほわっとした表情を浮かべたドスタはヘクトルに視線を戻すと自信満々に答えた。
ヘクトルは疑いの目でドスタに注視し、そう言って竿を立てる素振りをする。
「めんどくさがりなんですよ。素材さえあれば一品物の凄い槍を作ってくれます、保証しますよー。」
繰り返す様に素材さえあればって口にするドスタは素材が足りなかったりするのかな?これってクエストに発展しちゃうかも?
「槍、槍って。オライオンは弓じゃん。」
「オスディさんは槍しか作って無いんですよ。オライオンは・・・ホントにたまたま作ったらしいんですって。」
「たまたまって・・・」
わたしの何気無い問い掛けにドスタは眉を下げて思案してから答えた。
ドスタを半目になって見詰め、自然と溢れるようにわたしは口に出す。
「ええと、槍以外だと狩猟用に作っている物になりますね。これなどお安くなってます。」
話題に弓が上がったからか、わたし達が槍に興味を示さないからかそれとなく壁掛けに掛かっていた大型の弓──両手を広げるよりも大きなそれを手に取りニコニコ営業スマイルで勧めてくるドスタ。
「バイアステ、古代熊やハールビカなどの固い皮膚にも刺さる一撃を射つことが自慢になってます。」
大きなそれをドスタは弦を引っ張って見せながら説明をしてくれた。非力そうな彼女がぐぐっと腕に力を込めて、引っ張ってくれるけど半分も引けて無い、多分。
「自慢になってます?」
「はい、私の自信作です。ミスリル合金製で・・・」
そう言うつもりで聞いたわけじゃ無かったんだけど、どうもドスタの自信作らしい。
「ドスタさんが作ったの、作れるのっ?」
それはもう吃驚ですよ。只仕入れて注文して武器屋をやってるだけ。と、思ってたドスタが自作品があると言うんだもん。
「そうですよ?オスディさんは槍しか作ってくれないので、自作してるんですよ。困りものです。」
「ええと、こっちのも、あっちのも?」
弓はほぼ自作品と言ったドスタに目に付いた弓を、全部指差して聞くと彼女が頷いて、
「弓を求める客層にも応えられる様に頑張っちゃいましたっ。」
ぽうっとした表情で自信ありますとドスタは胸の前で両手を重ねる。
頑張ったからって出来るものなのかな。
「バイアステ、+82で貫通補正+50。充分過ぎる火力。ユーリアアト、+71で裂傷補正+30。でも、あれね。スロットは無いみたいだから改造代も必要ってことかしら。」
「もう驚きませんけど、出来ればいきなり消すのは止めて欲しいな。お客さん。」
「気にしないで、わたし達の癖みたいなものよ。こうやって強さを見てるの。」
京ちゃんがふいに、ミスリル合金製だと言う大きな弓と弓を二つ重ねた特殊な弓のステータスを確認する為にメニュー画面に収めた。すると、ドスタから見れば相変わらず消え失せてしまっているので京ちゃんを見詰めて釘を刺す。クリックして弓は京ちゃんの手元に再び現れ、ドスタに手渡さずに壁掛けに戻した。
振り返って視線を移した京ちゃんはドスタに、癖だよと説明する。
「私には解りませんが、便利な機能の付いたアイテム袋なんですね。素材の良し悪しだけではない、と?」
京ちゃんの説明に何か思い当たるのか、そういうアイテム袋なんだと勝手に思い込んじゃった。
特殊な補正は大きい、それは解る。
「逆に素材が悪くないから、火力の素晴らしい武器がここには並んでるのね。よく解るわ、拘りを持って素材を選んでるのが。」
「そう!そうなんですよっ!私のコレクションを貴女になら譲って差し上げてもいいですよ?待ってくださいね。」
京ちゃんの言葉に反応して、京ちゃんの掌を両手でぎゅぅっと握り締めるドスタ。
同志を見付けた!そんな口調で。
「これ、これなんてどうです?現物を見るのはなかなか無いでしょっ?」
店の奥から鈍い光を放つ妖しい石を抱えてくるドスタは今までの笑顔とはまた違った陶然と、うっとりした表情で石を見詰めて。
「あー、オリハルコン・・・。」
「これをお客様価格にお気に入り割引を加えてですね、500万の処450万で御譲りします・・・」
御気に入り割引って50万も引いちゃうんだ?
「ある。わたしのも見せましょうか?メテュス鉱石に、これはアーガス金、青金にババロ硝石にセライア銀。」
オリハルコンに酔った様な表情を浮かべる彼女と対照的に、どこか引き気味に京ちゃんがレアっぽい石を素っ気ない素振りで、角度のついたショーケースの上に出していく。
「セライアを探してたんですよっ。一つ御譲りしてくれませんか?」
並べられた内の一つの石──セライアに視線をロックオンしてしまったドスタは、ニコニコ営業スマイルに戻って交渉に入った。
「ねえねえ、シェリルさん何それ?」
「ふふふ、拾ったレア金属かな。」
わたしの問い掛けにセライア以外を仕舞いながら答えた京ちゃんはギラギラと瞳を輝かせ思案している。
するとヘクトルが横槍を入れてくる。
「俺もセライアなら余らせてるし売ってもいいんだけど。」
*
「ははあ、買い取らせてっ!オスディさんがお気に入りなんですよね、セライア。なんでも、加工がとても槍に向いているとか。」
「いいよ、500ぐらいあるから。」
「お客様方は鉱石コレクターか何かですか?この辺りではセライアは全く出てこないのに。」
稀少と語り、オスディからも注文が入っていたセライアに目の色を変えるドスタ。
京ちゃんとヘクトルは逆にドスタのテンションに付いていけず吃驚してる感じで。
事も無気に言うヘクトルの大量の在庫量に。ドスタは狼狽を隠そうともせずに驚いた。
「リヴィンス火山で拾った。」
「わたしは竜の巣で拾ったよ。」
「毒竜の山はわかりますが竜の巣は初耳ですね。良い値で買い取らせて貰いますよ、全部は無理なのでひとまず20程。」
二人の反応を見てそう言うドスタは両手を広げて、これくらい?と笑顔で交渉に移る。
「ねえ、ドスタ。これで弓を作ったらバイアステより良いものになるの?」
特に損な取引でも無いと思ったのか二人はドスタの提示した金額で頷く。
注視していたわたしはドスタの自信作より良い弓が出来るのか気になって口を突いて出てしまった。
「鉱石によって得手不得手がありますから、セライアで弓を作っても大したものは出来ませんね。魔力を通しやすい弓、になるかと思います。」
「ミスリルの上位銀と思えばいいのよ。竜の腹で精製されたミスリルがセライア銀になるのよね。」
二人係りでセライアの説明を受ける。強い弓より、どうも特殊な弓が出来上がるみたいにドスタは言う。
「さすが鉱石コレクターですねっ。そうです、古竜ほどセライアを多く持っていると言われています。」
竜の腹からなんと!石がたくさん出てくると話す二人。
「魔力を通しやすい弓かあ。あ、シアラの。」
「そうよ、エンチャントを染み込ませる事も可能な銀だって聞いたわ。」
「親衛隊のシアラ様ですか?この国でも上位の魔導師ですよ、海神ラヌクの祝福を受けた神の戦士でもあります。」
セライアの特徴に気付いて京ちゃんを見ると頷いて、更に付け加えて教えてくれた。わたしと京ちゃんのやり取りをクスクスと笑いながら見ていたドスタは、シアラのスゴさを『知らないの?』と、小首をコテンっと傾げて不思議そうに喋ってくる。
「そんなに凄かったの?ぜんぜん見えないけど。」
「今は!ですよ。何か強力な魔物と戦うという事もニクスにはありませんし、男手はすぐにここを離れますからね。ラヌク神に認められたという事はまだまだ強くなれるという事も含まれているんですよー。わたしも血を見ても大丈夫だったら親衛隊に入ったり、外へ出て冒険に汗を流したりしたかったんですけどっ。」
わたしの問い掛けに、ぽやんとした表情でニクスの常識を説明してくれるドスタ。
なるなる、ニクスの若者は国を離れてしまって、軍備なんてザルになっちゃうんだ。平和過ぎて常には必要ない様に思うけど、モンスターの襲撃には抑えは効かないかも知れない。
それにシアラはもっと、もーっと強くなるって、強くなる・・・のかあ。
わたしだって強くなるもん。
「血を見たらどうなるの?」
「気絶しちゃいます。それで諦めました。今は商人で成功して余所にも店を出したいですっ。」
気になって横目で窺い気味に聞くと、少し暗い表情を浮かべるドスタ。気絶しちゃったら、そだね。モンスターと戦うどころかって話だもん。
「セライアをまた買わせてくださいね。」
「今は簡単に竜の巣には行けないからわたしは難しいわね。ヘクトルは?」
「リヴィンス火山に行けばワイバーンやバジリスクをザクザク倒して・・・レア泥すれば、だな。」
「バジリスク!本で読むか吟遊詩人の詩に詠まれるくらいでしか聞かないんですけど。」
「うじゃうじゃいるよ、火山の奥に行けば・・・」
「竜の巣なら、コントラドラゴンかガレイラスかな。時間はかかるけど。」
「竜の巣はどこに?」
「べルンティアの南、竜に喰われし都が竜の巣と呼ばれてるわね。」
「ベルンティアも聞かない名前ですね、どこから行けるんですか?」
「ブルボンから東へ行くとルザレの港があって、メルまで船で行って、そこから南へ行くとベルンティア。」
ドスタは余程セライアを手に入れられた事が嬉しかったのか、ホクホク顔で京ちゃんとヘクトルを交互に向いて御礼し、今後の流通も取り付けたいみたい。必死だ、彼女も。
そもそも在庫量が豊富なんだから、少し減ったくらい何とも無いんじゃない?暫くは。京ちゃんのルートは無理難題っぽくて、拾いに行くならヘクトルが狩り場にしていたらしいリヴィンス火山。うじゃうじゃ居るみたいで。
ブルボンからの船旅で別大陸に移動した上に更に南に行かなければ辿り着けないんだって。わたしはポツリ、皆が心の中で思っていた事を代弁してしまった。
「・・・物凄く遠そう。」
*
「気分良いので。これ、試作の段階の弓だけど、善ければ差し上げたいな、と。」
再度の来訪を京ちゃんとヘクトルに取り付け、セライアの今後の供給が見込まれる様になってドスタは喜色満面の笑みを浮かべて、奥から取り出した弓を差し出す。
「いいの?」
差し出された弓を受け取って京ちゃんは疑いの目をドスタに向ける。
「試作したもので売り物にならないんです。そう言う意味では一品物、でしょうか。ふふふ。」
「そう言う事なら有り難く受け取ってあげる。はい、まぷちも御礼してね。」
こちらを見ながらドスタは微笑みを絶やさない。試作品だから売り物じゃないんですと、言われて納得する京ちゃんは手に収まった弓をわたしに視線を移して手渡してくれる。
「ありがとう、ドスタ。」
思わず彼女の手を握って御礼の言葉が出てくる。
「わたしやヘクトルには?」
その声に振り返ると微笑みを浮かべる京ちゃん。微笑みって感じが珍しい。パターンとしては、弄ってくる所じゃない?
「ありがとう、シェリルさん。ありがとう、ヘクトル。」
「気にすんな。在庫処理しただけだし、シェリルはこれを利用しようとするかもだけどな。」
あ、ヘクトルに突っ込まれた。まあ、御礼は言わせてよ。それを聞いた京ちゃんは、心外だと言いたげに難しい顔で言い訳を吐き出す。
「貰った物で恩着せないわよ、さすがにドスタに悪いでしょ?」
「では、また。そうですね・・・店閉めますから一緒に行きましょうか。」
手持ち無沙汰になり、店を出て鍛冶師の所に行ってみようかと言う話をすると、ドスタが同行してくれると言い出した。有り難いけど店は良いの?大丈夫でした、あくまでもついでってドスタは。
「どうせセライアも届けるつもりでしたし。構いませんよ。」
店を閉めるドスタを手伝ってオスディさんの工房へ足を向けて歩き出した。