アスカム
熱っぽくアスカムがメイド達を見詰め進み歩く。それを見たメイド達、親衛隊もが誰彼と無く黄色い声を上げる。きゃーきゃーと。
アスカムは犬耳をぴくぴくさせて緊張している風で。一歩一歩ゆっくりと。
*
それより少し時間を戻して、悶えるエウレローラをゆさゆさ揺さぶって引き戻した頃に。
「あはっ。」
自分の世界から帰ってきてもエウレローラは普段よりも陽気に笑う。いつもの微笑みなんかじゃ無くて声まで出して。
「このデザート美味しっ。」
何か果物を煮詰めて冷した感じ?ゼラチン質を感じるのでゼリーのようなものなのかも知れない。味はもっと素朴だったから煮詰めて冷したとおもったわけたけど。
「こっちのケーキも。」
京ちゃんはホールケーキみたいなそれをさっくり切って。切り分けられた断面には神様の宿った男のレシピが元なのかも知れない、良く見るショートケーキのように紅い果実が挟み込まれていて。折角だから、一つ戴いちゃおう。
ショートケーキだけどショートケーキじゃない、何か違うけどマズいわけじゃ無い。何だろ?何か足りなくて何か足されてる?
こんなの気になってしょーが無いじゃん。
「・・・ね、エウレローラ。」
振り返ればそこにいるはずの女王様に聞いてみよう、そうしよー!
「はい、何ですか?」
声を聞いて振り返れば満面の笑みで『美味しい』を待ってますと言いたげにエウレローラは両手を左頬の前で揃えてにっこにこ。
いやっ、その期待には答えられないんだけどねっ。
「豆、それも大豆ってあるの?」
疑問その1。これ無いと醤油を作れない・・・ハズ。そして、これさえあれば豆腐サラダも食べられるんだもん。お豆腐食べたいもん。まだ、この世界では食べて無かったんだよ豆腐。
「何ですか?無いんじゃないでしょうか・・・アドルに聞いてみますね。」
どうやらエウレローラは知らないみたいでアドルに聞きに行っちゃった。えっと、大豆は雲行きが怪しい感じ・・・あ、帰ってきた。
「どうも、アドルにも解らないみたいでした。お役に立てず、すみません。」
眉尻を下げて申し訳なさそうにエウレローラ。えっと残念です、残念だけど。
それはエウレローラ悪くないし、落ち込むなよーう。
・・・そうなると。
「お、おっかしいなぁ。それだとどうして、醤油があるんだろ?」
大豆、無いのか・・・豆腐って大豆以外何必要だっけ、にがり?きっとそんな感じ。
「それは、ドミンの実を寝かせば出来る。と、習いました。作ったことは無いので、どうやって作るかまでは解りませんけど・・・」
ドミンの実?ハードモードだなあ。いきなり知らない単語出てきたよ。なにはともあれ、醤油の代用品はあるみたいで、ドミン。
果実から醤油みたいな味を作るってちょっと不思議ー。だけど、無い所から作ってわたしの口に合う代用品になっただけで感動だよー。あの卵焼きの醤油具合はさいっこう!ぐっじょぶ、エウレローラだよ。
「砂糖はどうやって手に入れてるの?」
疑問その2。宿の外にも、畑は見えたけど、サトウキビは無かった。シアラの言うお茶っ葉みたいに、取れる場所が合ってないのかも知れないけども、だ。
そうなると流通も余り出来ないのじゃない?とか思ったよ、アドルのにも宿の料理だって砂糖と思わせる味。結構、使われてたよ?
だから、疑問なんだ。
宿で大雑把に使えるって事はコストは安くないといけないじゃない。
「マシュミーミエの体液からです。アドルに教えて貰いました。」
へ?へえー、またまたわたしの知らない単語出てきたよ。・・・しかも、体液を使うンだってえー!!
「エウレローラ。」
「はい?」
「地上の人より良い物食べてるけど、何でここは平和なの?」
疑問その3。こんな楽園みたいなトコ絶対みんな欲しがるんじゃない?じゃないかな。
なのにダンジョンに潜るか、遠くの森に行かないとモンスターすら居ない。
こんなのどうやったっておかしいよ。カルガインなんか、食べ物を出しっぱなしにしてるだけで、魔物を引寄せるなんて言われてるのに。
「加護では無いでしょうか。・・・後はですね、ここに辿り着くには色々あったでしょう?」
その全能の加護は凄いな。ああ、ペリディムには苦労しました・・・ガジガジと蠢く鋭い牙、やだね、やだよ二度と。
ってか加護だって判明して無いんだ?暮らしてるエウレローラが解んないンじゃ・・・あ、シファの知識にそこは頼ろうかにゃ。
「そう言えばそだね。でも太陽の熱も感じるし、風もある。地下なんでしょ?不思議な・・・」
場所的にカルガインの地下のハズ、って事になるとブルボン、カルガイン、グロリアーナと近い。今まで何で発見もされずにニクス達は居られたんだー?
「地上ですね。・・・だと、思います。」
きっぱり言い切ってから浚巡すると言い直す。
ちょっと、地下じゃないのん?
「え゛?」
「だったら何故わたし達を地上の人なんて呼ぶの?」
エウレローラの態度から気になった事がある。
地下なのか聞いたら、地上だと言い切ってから何か疑問があったのか言い直したから。あれ、どちらでも無いんじゃないか?って思ったのかな。そこはシファに頼ろうか。
「昔からの呼び方なんですよ。海のそばで暮らしてた頃の名残なんじゃないでしょうか、実の所は今まで気にしてなかったから解りませんけど・・・」
眉尻を下げて申し訳なさそうに、エウレローラは落ち込む。
シファの態度からも薄薄思ってたけど、このニクスの楽園にはニクス以外が入ったのは例外を除くとわたし達が初めてなんじゃ無い?だから、こんな疑問も生まれたりしなかった、そうなのかも知れない。
だから、落ち込まないでいいよっ!わかりっこないんだから。
「神様の宿った男って、どうなったの?」
疑問その4。ってゆーかコレは謎でしか無い。日本食をニクスに広めて、そしてどうなっちゃったのか。
「うーん、・・・沢山の奇跡の食材を亡くなるまで作っていたと教わりました。」
思案する様に目を瞑り、人差し指を立てて旋毛の辺りで回転させてから、思い出したように、にぱっと目を開き眦を上げたエウレローラ。
奇跡の食材を沢山・・・ね、ニクス達の幸せの為に最後まで頑張ったのかな。
「醤油とか?」
「そうです。他にも魔物の油で揚げ物を作ってみたり・・・」
わたしの問いに、にこにことそう答えて、更に浚巡する様に人差し指を唇に立てて添えると、追って思い出した事柄を語り始める。おいおいぃぃいい、なんて?魔物の油?唐揚とかの揚げ物は魔物の油で揚げたと言い出すエウレローラ。
「え゛・・・もしかして、わたし達が今食べているのって。そうなの?」
「当然です、ドミンだって魔物ですよ?果樹を頭に生やしてるんです。」
吃驚して聞いちゃったけど、思った様な答えが返って来たからやっぱり、気分悪くなるよ・・・そっか、そーなのかー。食材の宝庫なんて勝手に思ってたけど、違ってた。カルガインでは試しもしない事をやっていたんだ!
魔物の体液・・・砂糖になり、油にもなり。考えてみれば勝手に溢れてくるんだから、魔物を食べてれば飢える事なんかにならないワケで。食べるって考えにならなかっただけとも言えるか。どうやって食べるか、どこを食べていいか・・・難しいとこだね。
神様の宿った男が居なかったら、ニクス達も試しもしない事なんだろうから当然。
「聞かなかったら良かったって、事になりそうだから、もう質問辞めるね?」
それはこの世界にとってとても素晴らしい事に思えて、でも受け入れたく無い日本の生活に慣れた自分も居て、矛盾の二律背反に苛まれ悶える。こう、モゾモゾしてきて気分悪くなってきちゃった。
「そうですか?残念です。わたしの知識でもまぷちさんの、役に立てると思ったですのに。」
シュンと効果音が添え付けられそうなくらい落ち込まないの。虹色の滴が落ちる、泣いているの?ま、また機会があれば聞くから。料理食べてる時に常識を飛び越えた話はして貰いたくないんだ。
例えば、今持ってる肉が何か解ればわたしは気分悪くしたりしちゃうんでしょ?嫌、取り敢えず今は美味しく食べて、後で後悔したい。そうだ、たぶんそう言うこと。
そう思えて美味しく戴いてた肉が少し怖くて。ちょっと、ほんのちょっと躇って飲み込んだ。
「あ、あはは。そだね、今は食欲を守りたいから止しとくね。」
ちょっとエウレローラの悲しそうな顔、直視出来ないな。でも大切な事だから、もう一回。食べないで後悔するより食べて後悔したい。
今は知らないでおこう、エウレローラの知識の中の奇跡の食材。きっと、京ちゃんなら美味しいんだからいいじゃん?て、わたしはまだそこのトコ開き直れないんだよ。だから知らないで置きたい。
そんな、自責の念に圧っされて苦しんでた時だ。
歓談して食事を楽しんでいるのはわたし達だけじゃない。今日の宴は京ちゃんの好意によって、メイドや親衛隊も度を弁えた範囲で一緒に食べる事が許されていた。
メイド達や親衛隊の固まる一角から、女子特有の期待や羨望がない交ぜになった黄色い声が上がっている。見ていたらしい、京ちゃんならわかるかな?肩をトンと叩くと振り向く上気した頬。酔っ払いめ・・・
「アスカムが何か始めるみたい。」
どうしてそうなっちゃったのか。アスカムは食欲が高まると顔だけ犬の様に戻ってしまうはずで、わたし達の今見てる彼は、犬耳こそぴくぴくさせている事はあっても、先の夜みたいに犬口で、大皿をざらざらと食べるワケでなく、酒を樽ごといっちゃうとゆうワケでなく。
アスカムそのままに、見えるんだけど。赤い顔をしているのは熱があるのか、照れているのか?あ、メイド達の方にキョロキョロしながらゆっくり歩いてく。
メイド達と親衛隊の影に隠れて見えなくなったアスカムを使命感に押される様に追うと、メイド達の隙間に彼の姿を見つけ、立ち止まる。ここからで充分。
緊張しているのかほんの少し虚空を見詰め、俯いているシアラの前に進み立った。その瞬間、周囲の女子から、わあッ!と歓声が。
「シアラっ・・・いやっ、シアラさん!」
熱っぽくアスカムがシアラを見詰め口を開く。それを見たメイド達、親衛隊もが誰彼と無く黄色い声を上げる。きゃーきゃーと。
「うわっ、犬耳がシアラの前に立ったわよ。」
「ここで告白ターイムッて、ちょっと神経疑うわ。」
「シアラ様もあんなに赤い顔なさって。」
「犬耳、度胸見せたりなさいっ。」
「地上の人でも、いいから私を貰ってー。」
「シアラ様も隅に置けませんわねー。」
「お幸せにー。」
「結婚しても親衛隊は辞めさせ無いからねっ!!」
「あーあ、私も早く彼氏欲しーい。」
「親衛隊にいる内はダメだな、出会いが無さすぎる。」
「男がなんじゃー。女王様に誓いを立てたんだから、女王様の赦し無く・・・むぐぐ。」
「エピーは女からモテモテでしょお。」
僻みと祝福の混ざり在った周囲のヤジに振り向きもせず、アスカムは変わらずシアラを見詰めて。
次に言うべき言葉を、選んでいるのかも知れない。
それでも決心したように眦を返すと、
「永久にここで共に暮らしましょう。僕の・・・飼い主になって下さいっ!」
ああ、言ってたね。素敵な飼い主を見付けたみたいな事。まさか、その相手がシアラとは。
冷め遣らぬ熱を纏ったようにアスカムの顔は真っ赤に染まった。真っ直ぐシアラを掴まんと、その手はぴん、と伸びて。
あん、そんで白いゴム服だったのかなー、タキシードのつもり?
「・・・きっ。」
俯くシアラは唇に力を込めて、決心したように眦をきりっと釣り上げて。
「う、嬉しいです。」
瞬間、ぱちぱちという一つの拍手から波打つように広がって場は賑々しく盛大な祝福の拍手に包まれた。
「喜んでです。飼い主ってことに引っ掛かりあるですけど・・・」
照れているのか、嬉しいのか朱に染まった頬に虹色の滴がつつーッと伝い、落ちていく。
長くやってもしょーないのでアスカムの告白ここらで仕舞いや。