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それぞれの決意

「エウレローラ、やっほー。」


ご飯が食べたくて城に来るのはきっとわたし達くらいなんじゃない?


「やっほー。皆さんお揃いでどうされました?」


いまいち女王っぽく無いエウレローラもアレだけどね、庶民的ってゆうか。

やっほーにやっほーって返す女王様・・・他に居ないんじゃないかな?


隊舎を出て30分程歩けば城の西門、門を潜りエウレローラはどこかなっ?と思って歩いて城内に入る扉を探していたら中庭以外は意外に日本っぽさは求められていないみたいで、外見通りの石壁が続く、扉に着くまで。


この城は平和ボケしてるのか、西門から扉まで兵士に会っていない。扉の前で振り返れば正門が見え、流石に兵士らしき姿が見えた。シアラと最初に会った時と同じような青いカットソーを着た親衛隊らしき人影。自分の事では無いんだけど何故かほっとした。兵士が鎧を着てない時点で平和過ぎて必要ないんだよね?

って思ってしまう。


扉を開けると相変わらずの玄関があり、挨拶をするとわたし達が出迎えられたのはエウレローラ。

そして見ていたかの様にわらわらとメイド隊がやって来てスリッパを並べて去って行く。わたし達を見て微笑みを浮かべるエウレローラに誘導されるまま付いていった先がリビングのような部屋だったとゆうわけよ。




「宴はやったそうじゃない?でもね、私・・・疲れて寝ちゃってたのよ。何か・・・」


「解りました、今一度宴と参りましょう。では、準備をさせますので、奥の部屋で寛いでいてください、ね。」


ソファの座り具合を確かめながら京ちゃんが喋っていると、言いたい事を理解したエウレローラは宴を用意すると言って、最後まで聞かずに立ち上がる。

いやいやここで充分なんですけど。

言えずにエウレローラについてまた、長い廊下を歩いて、中庭に出て、暫く歩く事に。エウレローラに通されたのは、革製の絨毯の張られた立派な部屋でした。

広い部屋の床は絨毯で埋められている分、ミスマッチなちゃぶ台と部屋の隅にぽつんと書棚。普段わたしの使っている部屋ですと、エウレローラ。


「待たせてもらうか。」




ゴロンと横になるとメニュー画面を何か弄っているヘクトル。


「エウレローラ、楽しみにしてるね。」


早く食べたい。こないだより美味しい料理頼むね、期待してるよ。


「誰か、アドルを呼んでください。」


部屋を出るか出ないか、エウレローラはぱんっと手を叩くと控えていたメイドを呼んでそう告げた。


「え゛。」


何で真っ先にアドルを?うーん、テーブルの準備などはメイド隊がてきぱきするだろうし。宴の指揮官的な意味合いでアドルを呼ぶのかな。




通された部屋で思い思いの過ごし方をして寛いでいると、メイドともエウレローラでも無い足音が聞こえて犬耳がひょこっと現れる。アスカムだ。


「酷いじゃないですか、一人、置いていくなんて。助っ人に呼ばれたと記憶してるのですが。」


襖を開けたアスカムは見慣れた教導服を脱いで、街で良く見かけた白いテカテカしたカエル皮の上下服に身を包んでいた。

酷いと言ってるわりに怒気を感じないなあ。しかもすっかり土地の人みたいな格好になっちゃってさ。


「お、アスカム。忘れてた。」


アスカムを見てるのはわたしだけ。京ちゃんは書棚を漁っているし、ヘクトルは相変わらずそっぽを向いて寝ては無いみたいけど大人しい。

正直に答えたらアスカムは難しい顔をして犬耳を垂れる。


「わ、忘れてた?って酷いじゃないですか。」


いやいやいやホンっトに忘れてたわ。忙しさも有ったし、シファが可愛かったし、宿の料理が美味しかったし。

あれ?アスカム必要なとこないわ。


「あっそ。」


詰まらなさそうに京ちゃんが、アスカムに掛けた言葉に彼は無言で京ちゃんを見詰める。その表情はどこか悟っているようで。


「どうしても必要なら呼びに行ったし・・・それくらいのものってコト。おわかりになって?」


見詰めるアスカムに嘲笑も含んだそんな言葉を。


「貴女方に比べれば私など確かに弱小でしょう、ですが・・・」


ああ、アスカムは俯いちゃった。力無く言葉を返して。


「うっさい!私って言うな、使うな。そういう口調がイラつくんだ、今は。」


今はって。傍若無人だね相変わらず。酷くイライラとした風に片眉を吊り上げて京ちゃんは怒気を孕んで吐き捨てる。


「敬って喋っていたのに・・・。ああ、フッ切れた。僕は教団辞めるから!」


黙り込んでからわたしに向かってアスカムは同情して欲しいと言いたげに大それた言葉を吐き出す。

言い返そうと言葉を選んでいると続けて、


「素敵な飼い主を見つけたんだ!」


飼い主が出来たのかー。良かったね。


「ふん、飼い主ねー。」


「おう。良かったな、アスカム。」


「犬にはやっぱり飼い主居ないとね。」


わたし達はテキトーの極みだった。アスカムが教団辞めるって言うのを、聞き流してしまうくらいには。素敵な飼い主発言の方に、興味を持ってかれたせいもある、多分に。


「ここはブルボンから比べたら天国だ、骨を埋めるつもりで飼い主と共に永久に暮らしたいと思ってる。」


「流石だ、犬っコロ。教団には行方不明とでも言うから好きにしな。」


「感謝する。」


「特注の首輪を注文して贈るわ、助っ人のお礼にね。」


「ありがとうぅ。」


いつの間にか垂れた犬耳を立てたアスカムは、感動をしたのか涙を溢れさせていた。

今の会話のどこに、感動するフレーズがあったの?解んないんだけど。


「あ、おめでとう。でもさ、どんな心代わりなの、何がそこまでさせるの?イーリス、イーリス五月蝿いアスカムが。」


「ブルボンに国を追われてイーリスに入れば、全て許されると言われて入っただけです。確かに平等な世界には憧れはありますが、ブルボンにはそれが出来ません。貴族達が居るとそれに頼る者が出てきて結局、平等など実現出来ないと思う。イーリスがどんなに素晴らしい言葉を言っても、ブルボンの貴族はイーリスを利用して版図を広げたいだけって薄々気付いてはいたんだ。それでも、僕は弱かった、教団の隅にでも居れば強くなれた気がして、誇らしかった。」




気になって聞いてみたらもうその悩みは吹っ切れたと言いたげに背景に青空が浮かび上がりそうな清々しい笑顔で、よくぞ聞いてくれましたと、中々に長々とアスカムなりのイーリスやブルボンに対する考えや答えを喋る、喋る。

思わず、誰?このひと。って思っちゃった。掲げる理想像は素晴らしいけど中身とのギャップを感じてたみたいで喋り終わるとさっきとは違う涙を見せる。

可哀想な犬なのかも知れないナ・・・。


「ブルボンには、国を追われてたか。何故恨まない?」


むくりと喋ってるアスカムの方に向き直ると、ヘクトルが無感情に問い掛ける。


「恨まないさ。ブルボンに逆らっても得は無いって誰もが思ってる、今は。」


「今は。が気になるけどなるなる。解った、悩んではいたけどイーリスの傘の下は安心して暮らせたってわけだ、それで苦しむ人が居ても。」


以前、京ちゃんとのチャットで教えられた教団とかブルボンのイメージだと弱いもの虐めの集団って感じ。間違ってないよね?とっても強そうだから教団とか肩書きがあれば得をする事もあったんじゃないの?


「今は。と行ったのは・・・貴女方みたいな素晴らしい旅人が、増えれば!ブルボンの悪行を正せる!そう思えたからです。貴方は心が強いから。」


今度は京ちゃんを横目に窺って、彼女を誉め称える様に。更に向き直ると頭を下げつつ言葉を選んで紡ぐ。時に期待を込め、時に激情的に。


「他人任せいくない。国を追われた人がどれだけ居るか、解らないけどその人達で力を併せれば、たった一つの国くらい捻り潰せたりしないの?それに心だけ強くても・・・」


今話してるのはわたしでしょ?何でそこで京ちゃんが出てくるかな。京ちゃんを頼ってもその内帰るんだから、わたし達は。

こっちの人達で団結して倒せばいいじゃんね?



「北国のクィンマルスが難民を受け入れて、集権しようとして動いてた気がします。が、北国も元々一枚岩に成りきれない場所なので教団の信仰の力と速度に対抗仕切れない。歯痒い事に、ブルボンに対する恨みより・・・北国内の嫉妬が勝つ事もあるんです。」


何となく政治的な話になってきたような。クィンマルスてとこが纏めようと手を挙げて人を集めたけど、同じ国側の他人に足を引っ張られてるってコトでOK?


「地図を見せて。」


「・・・僕の持っているのはカルガインの地図だけだよ。」


「クィンマルスとブルボンはどれだけ離れてるの?」


興味を引かれたのか黙って話を聞いていた京ちゃんがそう言うと、アスカムは持っていた地図を見てこれは駄目だとでも思ったのか、表情を明らかに曇らせる。それでも辺りを見回してちゃぶ台を見付けると地図を広げて、この地図は違うって言った。

近付いて地図を見た京ちゃんがアスカムを真剣に見詰め地図上のブルボンをとんとんと叩く。


「国二つ分だったかなー。内一つはブルボンとクィンマルスの戦場化してると聞いてる。」


地図の上、数個分をとんとんと叩く、アスカムは京ちゃんと地図を視線を動かしながら。


「それでクィンマルスが負けに傾いてたりしたら、周辺の国はブルボンに対して『勝てない』と思ってしまうよね。」



地図を見て横槍を入れるわたしを京ちゃんは見て地図に視線を移すと黙って、考え込む様に小さく唸る。

実際は地図を見ても鉄の森とカルガイン、ブルボンと数本の街道が載ってるだけなんだけどね。


「ブルボンも戦力を固めてクィンマルスを叩く!とまでは行ってないので。大国・グロリアーナも休戦してますがブルボンを嫌っているから。この地図を見て、ほらココが元々グロリアーナの要塞だったコンティヌス、こっちがグロリアーナの王都。」


ブルボンにクィンマルスを本気で戦う意思は今の所は無いんじゃないかと説明を受けた後。

ブルボンの下の方、鉄の森と書かれた場所の切れ目辺りを指差しとんとんとアスカムが叩く。


更に浮かして、距離を置かずにとんとんと叩く。グロリアーナの王都だと言う、それは驚くほど近い。


「余り離れてないね、ココから雪崩込んだらグロリアーナの王都にすぐじゃん。」


地図の上でこんなに近いんなら恐らく、1日かからずに要塞からグロリアーナの王都に辿り着いてしまう。


「うん。だから、ブルボンとグロリアーナはずっと鉄の森の国境で争ってるんだ。・・・そして、両国がどうしても欲しいのがカルガイン。」


「地図見たら子供でも解るわ。カルガイン取れたらグロリアーナはブルボンまで直ぐで、逆にブルボンはカルガインを取れば鉄の森を越えるだけでグロリアーナの西側から挟み込める、でしょ?」


アスカムはわたし達がカルガインの住民だからか申し訳なさそうな口調に変わる。

地図上のカルガイン、ブルボン間はそれでも近い。

離れてはいるけどグロリアーナとも森を挟んでいるだけでカルガインは両国間の要所と言えなくも無い。


「地図のこの街道を使えばサーゲートに侵攻も出来ます。ああ、鉄の森を越えるだけでと言ってたけど、モンスターの巣で簡単に入ったら出れるって場所じゃないから結局、ブルボンも鉄の森を迂回し、この街道を東進したいって考えであってるはず。」


鉄の森はどうあっても迂回する事になるようで、地図の一番下の街道を、とんとんとアスカムが叩く。

カルガインからは森を一部迂回する道と、山越えの道が繋がるその街道を押さえれれば、更にもう一つ国に進攻する事が出来ると、アスカムは力を込めて語る。


「どうしてもカルガインを巻き込みたいんだ?」


ブルボンとグロリアーナの問題なんだから、カルガインを巻き込むなよ。


「あの隊長も恩を売るつもりの討伐隊と言ってたしなあ。」


黙って頷いていたヘクトルが口を挟んで来る。討伐隊に会いに行ったのはヘクトルだけだ。思惑があってカルガインに乗り込んで来たわけか。


「正しいでしょ?恩を売ればカルガインを丸め込むチャンスがあるくらい、僕にも解った。」


ただ困っているカルガインの人を助けようというワケじゃない、召喚士がモンスターを使っている事といい。ピンと来た。なぁんだ。


「あー、解っちゃった。氷の川!」


京ちゃんと目が合う。ブルボンの軍隊か教団の召喚士だったんじゃない?ねえねえ・・・カルガインが困ったらブルボンを頼ると、そうしたら討伐隊の名でまず一団を送り・・・だけど京ちゃんは違うみたいで、言葉を遮る様に反論を浴びせてくる。


「サモナーの事?・・・言われて見たらそうかもね。きっと違うけど・・・?」


何が違うのん?カルガインを困らせて得をしたのはブルボンじゃない。


「ブルボンが小数でもカルガインに自分の軍を置く隙が出来たでしょ。チャンスじゃん。」


「考えが甘いわねーぇ。きっと・・・水を売りたい商人の仕業よ?だから別問題。隙を作ったには作ったけど。ね、討伐隊じゃ恩を売れても討伐した後ならカルガインは要らないから。帰る事になるじゃない?」



冷ややかな瞳で見詰めてくる京ちゃん。あああ、そうか水が異様に高かったけど確かに売られていたね。

水商人が召喚士を雇って氷の川を止めてたと京ちゃんは考えてるみたい。


「討伐隊が名前だけ変えて残るかも知れないじゃん。」


「きっと・・・そう。ね、この話終らないわよ。想像だけで話してるし。」


アスカムの説明を聞いているとあの一件はどうしても軍隊とかが絡んでる気がする。説明にもアスカムの推察が混じってはいるんだけどさ。


変わらず冷ややかな瞳で見詰めてきて、この話は一先ず終わりになった。


「ブルボンの腕の立つサモナーなら街一つ捻り潰せるんじゃないか?」


皆が自念の海を漂う中、話を頷きながら聞いていたヘクトルが口を挟む。


「・・・無い話じゃない、と思う。」


俯いて犬耳を垂れていたアスカムは溜め息混じりに答える。


「戦場に軍が出ている隙に街中で召喚されたら、街一つ簡単に無くなるかも。」


あのヒュドラみたいのを街中で解き放ったら・・・想像するだけで阿鼻叫喚の図が浮かんでしまう。


「グロリアーナくらい大国になると対処する余力もあるけど、小国で同じことをされたら街は更地になる。サモナーならまだいい・・・」


「悪魔召喚か。」


犬耳をぴくぴく動かしながら喋っていたアスカムが急に犬耳を垂れて神妙な顔に変わり、吐き出す様に語るのをヘクトルが遮った。

悪魔を召喚!解らないけどヤバそう。


「知ってるのか。」


ヘクトルの肩を掴むアスカムは犬耳をぴくぴくさせて。


「話に聞く程度にはな、ブルボンはやられた側じゃなかったか?」


ヘクトルは少しの間、顎に手を添えて考え込むと、添えていた手をずらしながら後頭部に回し頭を掻いてぽつりと問い返した。


「昔の戦争で、魔人の戦闘力に対抗する為に、悪魔召喚が複数されたことがあると習ったんだ。」


真の魔人は腕を降り下ろすだけで地を穿つと言い伝えられるんだって。


「灰の街ロケディンと死者の平原だな。」


それを聞いたアスカムはただ頷いて、


「人々の恨みの怖さかな。何の関係も無い住民を贄に、悪魔を呼び出すなんて。」


恨みで街一つ生け贄にした、そう語る。悪魔の召喚には御決まりの自身の魂を持っていかれる。で、済まなかったのん?


「確か・・・呼び出したサモナーも飲み込まれたんでしょ?」


思ってたことを京ちゃんに言われた。やっぱり、京ちゃんも何か知ってるみたい。有名な噂だったりするのかも。


「奴はまだ『そこ』に居る・・・話を聞きに行っただけで戦わなかったが。」


「ヘクトルさん、よく生きて帰ってきたな。死者が彷徨うロケディンで。」


「話しただけだ、クエストでな。」


「何を聞いたの?」


「・・・天界の扉って奴だ。レベル上げに行こうと思ってな。結局、ミナルディオを倒さないと行けないって解ったから、止めた。」


天界の扉って?何かそのまま天使とか出てきそう。

クエストでミナルディオってゆーのと話して諦めて帰ってきたらしいヘクトル。わたしと目が合って何か思う所があってか直ぐに逸らす。


「ミナルディオ!・・・悪魔召喚の主を倒すなんて無茶だ。」


「皆さん、お話はその辺でよろしいですか?宴の準備が整いましたのでお呼びに参りました。」





アスカムが吐き出す様にそう言った時、ぱんと手拍子の音が聞こえて、一同が振り返ると、眉尻を下げたエウレローラが立っていた。


「女王自ら呼びに来るのか。」


「エウレローラいつからいたの?」


来たなら一言、掛けてくれたらいいのに。


「ええと、地図を拡げて愉しそうに無さっていたようでしたから。外の話はわたしとしても何を聞いても楽しくて、つい。」


てへっと微笑み、ぺろりと舌を出すエウレローラ。

お手本になりそうな、てへぺろ。どこでそんなテクニック身に付けてくるの?


「しばらく前じゃん。早く止めてよ、脱線しすぎて話を聞いてもちっとも解らなかったんだよ?」


正直きつかった・・・後で京ちゃんにミナルディオとかロケディンとか聞こう。それより、あの態度気になる。


「・・・わたしは楽しくて。」


そう言って答えて寂しそうに笑う、エウレローラ。

なんてゆーか、自由じゃないのって苦しいんだろーな、お姫様やるってのも。


「準備も出来たみたいだし、行きましょ。」


この宴の主役、京ちゃんは立ち上がってエウレローラの後を追う。アスカムもめの色を変えてその後に続く。

わたしはその後を追おうとしないヘクトルを睨み、


「ねえ、ヘクトル・・・色々知ってるじゃん。」


「まあな、レベル上げにクエストを見付ける度にクリアしようと頑張った結果な。」


「・・・帰るヒント解ってて隠してない?わたし達が聞いてないのかも知れないけど。さ、知ってたら教えて。」


言葉を選びながらヘクトルの顔色を窺う。限りなく、予想は当たっているようでブスッとしていたヘクトルはにやりと笑って。


「言うと思った。喋りすぎたな、・・・クリア出来なかったクエストの中にありそうな気はする。が、今じゃ無いだろ?」


クリア出来て無いと言う事で、今のままじゃ辿り着けないと言うわけか、それじゃあね・・・


「シェリルさんには話してあげたらいいじゃん。」


この世界を楽しみながらも、帰りたがっている京ちゃん、もちろんわたしも帰れるなら帰りたい。


「ヘクトルは帰りたく無いの何となく解ってた・・・でも、わたし、わたしっ。」


でもヘクトルは何か、違う。帰れなかった所で別に良いと思ってそうなんだ。

あ、あれ?何か・・・熱いものが頬を伝って、落ちて行くよう、まさか・・・泣いてるの?悔しかったの?ヘクトルが、一緒に帰るつもりだった目の前のコイツが、わたし達に隠して話してくれないと思って。

でもそれじゃ想像だけじゃん。

悲しいとか?何で。


「この街に居たら恋しくなったか?日本が溢れてるもんな。だけどな、今話しても先で話しても、何にも変わんない、そう思うぞ俺は。」


否定しないんだね?確定。コイツはあんまり元の居場所に帰る気が無いみたい、いつかは帰ってもいいって、そう言っている。


「解ってよ・・・こんな気持ちじゃ・・・」

言われた通り、ここに来て元の居場所の素晴らしさを再確認して今すぐ帰りたい。に、なってる。

そんな事を思いながら、笑ってるコイツを睨みつけたんだ。


「今行けば皆・・・死ぬ、これだけは絶対だ。」


にやけた顔ががらりと真剣な表情に変わって、握った拳を鈍い音を立てながら、口を開く。つまり、コイツが大事な事を話すと決心した証拠。


皆・・・死ぬ?・・・え゛?・・・


「いいか?ノルンのpartyは6人居る。ギルド戦になれば50人、ハーフ戦で20人必要な?」


「何を急に・・・!もしかして。」


「数だよ、引き込んだ、迷い込ませた奴の考えは解んねえよ。思うに俺は、数を揃えないと始まりもしないんじゃないのかってな。」


数。ギルド戦の数のユーザーを探すってコトを考えてるの?そもそも50人も引き込まれてるのかな。

もう、元の無表情に戻ってる、真剣な表情長く出来ないのか、ヘクトルは。


「悪いけど、今は『お前、数に入らねえ』からな?・・・数に入れるのはシェリルくらいだ、俺も弾かれると思うぜ。」


50人以上こっちに来てるとマジに考えてるみたいで。その数に京ちゃんしか入らない、入れないと。


「・・・。悪いけどシェリルでも数に入れるのは難しいかも知れねえんだわ。」


言い直してあの京ちゃんが数に入らないかも?と。


「奴にはエクセがある。あれを磨けば数に入れるかもな。」


「な、何を言ってるの?」


確か、京ちゃんのエクセは第1段階って聞いた事があったような。これを進めないとダメだって思ってるんだね、ヘクトルは。


「迂闊に深淵を覗こうとはすんな。死が呼び寄せられて持ってかれるぞ。」


「難しいよ、何も解んない。」


やたら難しい言葉を使ってくんな、中二病か。

そう言う時代とは無縁だったんだからね、わたしは。気付くと溢れていた涙は止まっていた。


「うんうん、そうだ。俺もそうだし、シェリルともだけどブランクあるだろ?この世界を少しずつ覗こうとやって来た俺達とはお前違うじゃん?たむろってお喋りに夢中になってたって言ってたよな。解んないで当然、解ってたまるかー。あはは。」



喋ってる内に段々可笑しくなったのか少し笑うヘクトル。

確かに、わたしは繋がってただけで何にもしてこなかった、そうだよ。話してただけだもん。それだけで楽しかったから、来てたんだし。言いたい事はわかった、なら・・・


「強く、なればいいんだよね?」


「今のシェリルは追い越さないとな。そんな事より腹減らねえ?今は飯にいこう、な。」


わたしは決心した。強くなる、誰より強くなる。

でもどうやって?ヘクトルはにやにや笑っちゃって、目の前まで近づくと髪をわしゃわしゃとしながら頭を撫でてきた。まるで犬猫でもあやすみたいに。

もっと優しくしろ。


「それと、俺の今言ったこと、言うなよ。自分の事だけ頑張って、強くなって、俺も、シェリルも追い抜け。それでやっと同じラインに立てるだけだろーな。」

わしゃわしゃと続けながら、一方的にわたしの目標ラインが決められた。

まずは京ちゃんを追い抜くらしい。ええと、ワームを倒した時点でレベル53だったから・・・42上げれば追い付ける?ううん、エクセ級のスキルもゲットしないとだ。


「解ったら、行こうや。な?」


そんな事を思案しているのを知ってか知らずか背中を押して歩き出すのを促される。


「一体誰を見て話してるの?」


ヘクトルを見上げて。


「同じラインに立てるだけって、比較してる人が居るみたいにっ。」


良く考えてみたら同じラインて、京ちゃんの事じゃないよ。何か違和感しか無い。


「アイツらも引き込まれてんじゃねーかって、思うだけ、さ。」


「アイツら?」


コイツ、こっち見ねえでどっか遠い目してる。

アイツらって何なのよっ?疑問を無くそうと思って呼び止めたのに新しい疑問がわたしの中にログインしました。


「・・・いいから、行くぞ。」




「あっ来た来た。何よ?二人して・・・コソコソ話かあー?」


いやぁコソコソ話ってわけじゃ無いけど決着はつけてきたよ。もっと重いもの背負っちゃった気がするけど気のせいだよね?

意地悪気に微笑う京ちゃん。えっとね、きっと想像してることと違うよ、ホントだから。


「そーじゃなくて、ちょっと気分悪いって、ヘクトルが。だから、背中擦って上げてたんだよ。ね?」


「おう。」


ヘクトルにウインクして相槌を引き出す。


「ホント、にぃ?」


『に。』でぐいっと覗き込んでくる京ちゃんをじぃっと見詰める。ここで目を逸らすと勘の働く彼女の事、問い詰められてヘクトルが酷い目に合うかも知れない。や、まあそれはそれでいいんだけど。


「う、うん。近い、近いから。」


息が掛かるくらいじぃっと見詰め返してくる。本来の目的忘れて只見詰めて来てる気がしないでもない。


「しょーがないなぁ。そゆことでいいわ、食べましょ。わたし達の為だけの料理なんだから。」


諦めてくれた。京ちゃんは空腹に負けたみたいで、視線はテーブルの上に移っていった。


「皆様お揃いに為られたようなので私、このニクスの国の女王、エウレローラが挨拶させて戴きます。地上の皆様、私の願いを聞き届けよく凶悪な竜を倒してくれました。ニクスを代表して私から感謝の言葉を。・・・」


やたら長ったらしいエウレローラの女王としての挨拶。その後に乾杯の一言で一同がグラスを掲げてから口に含む。

この間とは違って、わたし達とエウレローラとアドルにメイド達、それに親衛隊の人達、その中にシアラの顔もある。名前も知らない偉いさんは今日は居ない。


「美味そっ、この肉っ。」


何の肉なのかは解らないけど、鼻腔を擽るこの暴力的な匂いに、ダラダラとヨダレが次々と湧いてきてどうにも、堪らない。気づいてきゅっと手の甲で拭う。はしたない。


「よう、食べてくれよっ?俺が端整込めて作ったんだからよ。」


「うあ、アドルが?」


肉を手にとってかぶり付こうとしたら、後ろから声を掛けられて、そのまま振り返るわたし。声を聞いてわかってた、アドルだ。


「料理室長だからな、うはははは。」


そんなわたしを見て豪快に笑う。


「親衛団長って言ってたのにー。」


「はっはっは。料理は男の花道なんだからよ。人魚一の上級料理人ってことだな!」


収まりの悪い豪快な笑い声に、頬を膨らませて不快を示した。アドル、上級料理人なんだって?見た目はヤ◯ザの組長とかなんだけど。


「アドル、この麺美味いぞ。」


「こっちのスープも美味っ、ソテーも焼け具合最高。」


口々に料理を褒められて今まで見たこともない微笑みを浮かべたアドルは、


「食べてくれた客の満面の笑顔が、料理人に対する最高の誉れだよ。」


そう言って胸をドンと誇らしげに叩いた。そんな姿を見て想像だけしてみた、やっぱりエプロン姿のアドルは似合わない。


「卵焼きも絶品・・・って、何でエウレローラが喜んでんの?」


大皿を一つ丸々占領する我慢出来ない、食欲をそそる匂いに自然と手に持つ箸が動いてしまうそれは、狐色に焼き上げられた卵焼き。この間のはたしか黄色だったんだけどな。焼きすぎたのかな?と、思ったけど口に含むと疑問はほどけて。醤油だ、これは醤油的な何かだ。恋しいあの独特で他には無い味。

ちょっと溢れるものがあってもしょーがないよね?日本人なら。


「わたしも手伝いで焼いて見ましたの。卵焼きとか、焼き串。ふふふ。」


そう言って微笑うエウレローラはとても嬉しそうにわたしの食べている卵焼きを見詰める。


「そうなんだ!美味しいよ。」


「ありがとう、アドルの気持ちが良ぉくわかりましたわ。料理を褒められるってこんなに快感なんですもの。」


お世辞抜きに美味しいよ。どこか懐かしいけどどこか違う、でも美味しい。

エウレローラに視線を戻せば両腕で自分の肩を抱いてユラユラと悶えている。仄かにその頬を朱に染めて。



「帰ってきてー、エウレローラ。」


この箱入り姫様は周囲の目を気にせずに、ほっておいたらずっとぬるぬる悶えていそうだ。

アドル止めてやってよ。初めてあったときは口喧しくエウレローラを躾ていたアドルも今日はうんうんと頷いているだけで、止める気配は無いみたい。


宴はそうやってまだまだ続くのでした。




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