水底の捕食者
屋敷に着く前に露店でざっと見繕って買った朝食を提げて、玄関からリビングに向かうと知らない赤毛の少年が椅子に座って、ソファに座る京ちゃんと楽しそうに談笑していた。
わたしに気付いたのか、ちらりと視線を向けて手を揚げて、京ちゃんが反応するも続けて談笑する。その様を見て買ってきた包みから、肉を挟んだパンみたいなのを取り出してパクつくわたし。
うん、続けてどうぞ。すると今度は逆に京ちゃんと少年から視線がムシャムシャとパンをパクつき出したこっちに集中したんだ。
「この人を待ってたんですよね。」
「うん。そう、こいつーがまぷち。でさ、まぷち、こいつアスカム。」
人を指差しちゃいけないんだよ。京ちゃんがさっきまで談笑してた少年とわたしに次々指差しで紹介する。
「よろしく、アスカムと言います。」
「え、あー。まぷちです、よろしく。」
アスカムと名乗った少年は挨拶を済ませると握手を求めるようににこにこ笑って右手を出していたからパクついていたパンを急いで飲み込んでから挨拶をして握手に応じるわたし。
「さ、揃ったし行きましょう。」
「えーと、それは耳ですか?」
「そうだよ。シーター族という。」
目の前でぴくぴく微動する猫耳とは違う犬耳を見て気になり過ぎて問い掛けると有らぬとこから返答が返ってくる。声のする方に振り向くとヘクトルが欠伸を噛み殺しながら廊下に立っていた。
「シーター族をご存じですか。」
「犬耳がな。」
「あ、ヘルメット忘れてました。」
驚いた顔をするアスカムだがヘクトルの最もな指摘に頭の犬耳に触れると納得したように失態の言葉が零れ落ちる。
「行こう、みんな。エウレローラが待ってる。」
「可愛い系、それとも綺麗系?エウレローラって。」
アスカムから視線を外したヘクトルは胸の前辺りで空をなぞるそぶりを見せアイテムを取り出し片手で玩ぶ。それに気付いてわたしは声高らかに叫ぶ。その声に反応して京ちゃんが茶々を入れたけどスルー。
その場で転移アイテムの光にわたし達は包まれ、気が付くとマトーヤ洞窟の前に着いていた。
マトーヤ洞窟は相変わらず青くて天井から淡く光っている。その上シェリルさんのライトボールがわたし達の回りをふよふよと浮きながら照らしているので以前に来た時より格段に足元も明るい。
そして猛烈な雄叫びと共に突進してくる物体が。そう、以前は追い回されたグランジ。でも横に並んでいたヘクトルが『へっ』と余裕と言いたげに言葉を叫んで一人で突っ込み、剣を横に薙ぐとグランジの胴体に切れ目がすぱぁっと付いて絶命する。
「凄い・・・一撃で。」
「レベル差があれば突進しか無いザコだ。グランジなんて。」
「そうそう。もしかして追われたりしたの。」
「うん。」
「ふふふ、誰もが初心者の時に通る道よ。わたしなんか、即死だったんだから。」
「俺もだよ。」
「クエストで来て即入り口に居たらアウト。」
「だな。」
強い事は解ってたけどまさかあのグランジをサラッと倒して目の前で余裕の表情を浮かべ剣に付いた血を払うヘクトルを見て思わず絶句。勢いで零れた感嘆の言葉にも当たり前の事と返ってくる上、シェリルさんも同意なのかうんうんと頷いて見詰め返してそう言うので素直に苦笑いしながら頷き返す。
すると古傷を刺されたと言いたげにテンションが下がって俯き気に頬をヒクヒク動かしながらシェリルさんが吐き出す様に喋るとヘクトルも同調して頷く。
それを横目でちらりと窺っていたシェリルさんは一息吐いて少し調子を取り戻すと絶対不可避だと声を荒げて叫ぶ。またも同調して何度も頷くヘクトル。歩きながらそうしているとグランジに追い詰められた行き止まりに辿り着く。
「あれーぇ?おかしい。」
確かここにヤルンマタインが開けた穴が有った筈なのに今は何事も無かったように塞がっている。
「迷った?」
「うん。」
「敵はどんな感じだったの。」
「ビーンズ黒の群れと、ゴブリンが増えた、・・・かな。」
「他に居ないなら2階ね、行きましょ。」
「だろうな。」
行き止まりの壁をあちこち触ってキョドってるわたしを、窺っていたシェリルさんが後ろから優しく問いかけて来る。確かにここなのにと思いながらも頷いて返すわたしに更に敵はどんな感じ?と問い掛けるシェリルさん。
なるほど、敵の種類でわたしが何処に行っていたか判断するのね。感心して思い出しつつ昨日の敵の種類を説明した。それを聞いたシェリルさんは顎に手を当て考える風で記憶を辿り次の行き先を言葉にして来た道を戻ろうと振り返って歩き出すとそれに同調してヘクトルも歩き出す。
「ちょっと待って下さい。」
それを見たアスカムが制止する声を上げてわたしを見る。
「壁の色は何色でしたか?」
「あ、コンクリートみたいな」
「それだと、ここじゃないわね。」
「・・・ボーマンの通り道か。」
「それじゃ、さっきの行き止まりの壁を突き破りましょう、ね。」
少しの間思案しアスカムが壁を指差し問い掛けてくる。あ、そう言えばと思い出しつつマトーヤ洞窟の壁面と色が違う事を皆に伝える。すると思案を巡らせるシェリルさんとヘクトルから別の洞窟に行き止まりの壁から繋がったんじゃない?という結論に行き着く。
大事な事を忘れてた。マトーヤの壁面は青銅色。地底湖に続いたあのダンジョンはコンクリート色だったんだ。再び行き止まりの前に立つと今度はヘクトルが力いっぱい壁を叩き崩す。一度目で大きな亀裂が走り、二度目で亀裂が全体に及び、三度目で壁には大きな穴が穿たれる。その向こうにはコンクリート色の壁のダンジョンが続いていた。そして穴が空いた事に驚いたのかゴブリンが数体飛びかかってくる。
わたしがスリングで応戦。ボロボロのダガーを振りかざすゴブリンを目の前で一刀両断にするヘクトル。青い刀身のロングソードでアスカムを狙ったゴブリンを突き刺すシェリルさん。慌てふためきその場でお祈りを始めるアスカム。戦闘はすぐに終わる。二人にとって何でもない雑魚なのだ、ゴブリン等は。泥漁りをしても小さな魔石と錆びたダガーくらいしか残ってないわけだよねやっぱり。
「ここ?」
「うん。」
道中色々とあっても何とか地底湖まで辿り着く事が出来た。地底湖に着くまでわたしはともかくアスカムはゴブリンは勿論ビーンズ黒からもタゲを取られて襲われっぱなしだった。モンスターからも嘗められるアスカム。逃げ回らず座り込んでブツブツ唱えるだけなのでアスカムを目掛けて来るゴブリンやビーンズを二人が難なく露払いするわけだが。その後始末でどっさりと小さいけど魔石を手に入れるわたし。何か意味はあるのかスライム液もかなり沢山。
「エウレローラ、昨日は居たのにな。」
地底湖を見渡してみる。湖面の向こうから滑る様に走ってくる人影は無いけど。
わたしと目が合って吃驚している水色の髪を両脇で纏めておだんごにした年上と思われる大人びた、入り口のすぐ傍で座り込んでいる少女。エウレローラよりも上かシェリルさんと同じくらいか。
「ヤー。エウレローラ様はご病気になったのでシアラが来た。男がいいならそっちを用意しますです。」
シアラと名乗った少女はやっぱり脚があり普通に元気に歩いて近づいてくる。いや、男の人魚はどこか夢を壊しかねないから遠慮したいかな。
「ねぇ、まぷち。人魚からのクエストなのよね?」
「うん。そうだけど。」
あれ?酒場で二人には説明したと思うんだけど人魚と思えないシアラの出で立ちに困惑している様子で若干ひきつり顔のシェリルさん。
その表情のまま差し出され握手を求めるシアラの手を握っている。わたしもアスカムも自分の前に差し出されたので握手に応じていた。
目の前に居るエウレローラの代役と言う少女は白いカットソーに青いフレアスカートを履いた、カルガインの大通りを歩いてる少女達よりも人間っぽいのだ。シアラを見せられて人魚と言われるとちょっとギャップに苦しめられるかも知れない。
どちらかと言われるとパンツスタイルの方がカルガインでは目立た無いかも知れない。ただし、エウレローラと同じようにテカテカしているので素材は白ガエルとか青ガエルとかその辺りの皮を使っているんじゃない?
「あれ、わたしお邪魔ですか?男がいいです?」
「人魚のクエストって聞いたから来たんだがな。」
「?わたし、人魚です。ニクスですよ。」
「「足!」」
人魚と聞いてないアスカムは特に変わらないが、二人は同様に動揺して表情が優れないでいた。シアラが不思議そうに二人を交互に見詰めながら自分の顎先を指差しそう言うと、見事に二人から発せられた叫びはシンクロしてハモった。
「あ、二人共。彼女達はね。」
「水に濡れると皆さんの想像する人魚の姿になりますです。見たいですか?でも、早く皆さんをお連れしないとですから後で、です。」
二人に説明し直そうと声を掛けると、シアラも二人の前に出て急かすように訴える。そだね、水に濡れればヒレに変わるから誰も人魚と疑わない姿になっちゃうね。
反論が無いと解ると案内を取るために先を歩くシアラのその後を付いていくわたし達。アスカムは相変わらず珍しいのか周辺の砂を触ったり石を叩いたりしているので手を取って誘導する。
「すげえ壁。」
前を歩いてたシアラが急に立ち止まって何やら準備を始める。命綱なのかロープを出すと腰の辺りに巻いてからわたし達に残りを渡してくる。
ヘクトルの叫びも尤もで目の前には十数メートルの高い壁が塞いでいてその下を地底湖から流れ込んでいるのか水脈が走っている。どうやらこの壁をシアラは登らせようとしてるみたい。
「水脈を泳いでくれたらすぐなんです。地上の人達、泳ぎ苦手でしょ?」
決して緩やかでは無い水面を見詰めながらシアラは眉をひそめる。そして横目でチラッチラッとこちらを窺ってくる。水脈を泳いであっちにわたしは行きたいんですよ、楽ですからねと言わんばかりにその瞳は物語っている。
「泳ぐ泳ぐ。ヘクトルもいいわよね。」
何だ、泳げばすぐなんだ?と言いたげにシアラに視線を移したシェリルさんは余裕そうに泳ぐ事を決定、視線を変えるとヘクトルにも要求するように問い掛ける。
「まあな・・・これよりはマシだろ。」
「水着あるの?シェリルさん。」
「うん。無いの?」
「無いよ?」
ヘクトルがそれを了承して泳ぐ事が決定する。わたし持ってないんだけどなーとメニュー画面から水着を取り出そうとしているのか激しく胸の前辺りで空を指先で撫でているシェリルさんを見詰めて瞳で訴えるとそれに気付いたシェリルさんはやれやれと言いたげに頷くと肩を竦める。
わたしは勿論持ってないからね。と、昨日の事思い出して頭ボンッすると顔が熱くなった気がして俯く。露出狂と呟くエウレローラの姿と透けて見えた小さな蕾が続けて頭の中でフラッシュバックする。露出狂じゃないもん、露出狂じゃないもんとそれを頭の中で念じる。
「わたしは色々あるから貸したげよっか。」
「そ、それ。」
「いいでしょ。性能もチート級なのにインナーとしても使えるのよ。」
貸してくれると言う声に我に還ったわたしが見上げて視線を声のした方に向けるとエリクネーシスを着た・・・ないすばでぃが居た。
エリクネーシスは殆ど紐しか無い水着と言えるかも知れない。股間部分は革製でV字になっていてバックルで調整できるのか飾りなのか後ろはTバック、ブラのカップもハーフになっていて更にカップを谷間のリングで繋ぎ、リングから首に掛けて二本ずつバックルで革ベルトを止めて固定している。
同じように背中から両脇を通すように革ベルトがバックルで止まっていた。見て貰えば解るように肌の露出が凄い上に無駄にバックルやリングが入って只のビキニよりもセクシーさが高められている気がして見てしまうだけで顔が真っ赤になる。
大事なトコや恥ずかしいトコが見えそうで見えない際どいラインだしおまけにシェリルさんは臍にピアスが入っている。湯気のせいかお風呂では気付かなかったみたい。
シェリルさんは見せつけ挑発するようにエリクネーシスのカップの部分を人差し指と親指で引っ張って凄いのよ!と自慢してくる。持ってない事もないし見たこともあるのでチート装備というのは解るけど。見るに見れない恥ずかしい装備だとしかわたしには思えないんだけど。
「制限無いので装備水着って。コレしか無いわ。」
と、ニヤニヤしながらシェリルさんが取り出したのは『名前欄付きの』スクール水着。運営の趣味なんですか?名前欄にはNOLUNと書かれていた。見れないけどシェリルさんのメニュー画面を覗いてホントにこんなネタ装備しか無いのか見てみたい。
「ありがとう。って、シェリルさん!」
「嫌ならレベル上げる。20なら革のビキニ着れるから。」
思わず何とも言えず眉をしかめて突っ込みを入れる。するとシェリルさんはわかってないわねと言いたげに強くなれば?とそう言うニュアンスでビキニを薦めてくる。ビキニもヤダ。露出狂ってエウレローラに言われるよ、また。
「ノーマルのセパレートかワンピース水着は無いんですか。」
「無いわ。ダサぃじゃない。可愛いは正義なのよ。」
すかさず苦笑いをうかべながらシェリルさんに普通の水着を貸してとそう言うと見下す様な意地悪な表情をしたシェリルさんがそんなの持ってないし!と言い返す。
結局、無いものは無いと引き下がるわたし。トホホ。可愛いは正義なのか、可愛い・・・のか?
アスカムはヘクトルから借りていたみたいだった。結局わたしはスク水。
「ホントに・・・人魚だったのね。」
予備運動と着替えが済んで水に次々と飛び込んでいく。水にすぐ流されて壁の向こうに口々に叫び声を揚げて消えていく。壁の向こう側はちょっとした池になっていて最後にゆっくりと水に入ったわたしが追い付くとポカンと口を開け眉をしかめて赤い鱗の人魚になったシアラを見つめる三人。正気を取り戻したのか首を左右に振ってシェリルさんが震える声で信じられないと言いたげにそう言うと、
「ヤー。だから言いましたよ?ニクスですよ。」
シアラは不思議そうに小首を傾げて見詰めながら答えた。頭で理解するのと見るのとでは違うものね、やっぱり。わたしがエウレローラに足が生えた時も同じ感じでちょっと時間必要だったし。
「わたしの知ってる人魚はノルンでも人魚だったのよ。」
シェリルさんはシアラのピンクの尾びれを触って何か納得したように頷くと皆を一度見回し呟く。見回し終わると視線はシアラの尾びれに戻っていく。
ガン見だよね。わかるわかる。後ろを見ても横目で窺ってもあとの二人だって視線は尾びれに釘付け。
「その人が陸を歩く姿を見ましたです?きっと陸では足があるですよ。」
恥ずかしそうに顔を赤らめ三人の視線を釘付けの尾びれをピタピタと動かす。そんな事をしたらほら、ヘクトルも尾びれ触りに行ったじゃん。アスカムは何か恐怖だったのか何事か祈り始めた。暫く、沈黙の後でシェリルさんが頷き、いこ。と一言。それを切っ掛けにシアラが再び先頭を切って池に潜り、水中からこっちこっち!とジェスチャーをしてくる。意を決して一息吸って潜ると池の底付近、壁側にシアラが待っていてその後ろには大きな穴が空いていた。シェリルさんが追い付いてくるとライトボールの灯りがその先を照らす。
奥は仄暗く、穴の大きさは大体縦横に4人分ほどで暫く横穴は無いのかずぅっと同じ壁面だった。そうして穴の前で中の様子を窺っていると残りの二人が合流してシアラから指さしで進もうのジェスチャーが出た。
それを見て露出狂と比べても良さげなシェリルさんがダッ!と勢いをつけて泳ぎ出す。その後をシアラ、わたしが続き、アスカム、ヘクトルが殿を務める意味合いでも後ろを気にしながら何か気配でも感じるのか遅れて泳ぎ始める。
暫く奥に進むと何事もなくまた池の様な水溜まりに出た。危なかった、息続かないかと思った・・・。途中振り返って二人を確認したけどちょっと遅れてるみたいだったけど大丈夫かな?
「水脈ってモンスター出ないのかな。」
心配になったわたしはシアラを見詰めながらそう言って問い掛ける。一番に水から揚がっていたシェリルさんは後ろで早速ビーンズを退治していたけど。あ、突っついてる突っついてる。
後一つ壁を越えたら街に出ます。と、シアラ。それにしてもまだ揚がって来ない二人。
「少ないですけど、居ます。ビーンズやスライムなどそれに・・・」
「来るぞっ!!」
シアラが指さしで壁のビーンズを差してわたしに教えてくれているとアスカムが水から揚がりすぐに怯えた様にいつものお祈りを始める。泳ぎは下手ってわけじゃなかったのに何怯えてんの?
シアラが池の底にヘクトル以外の影に気付いて話を中断すると、ヘクトルが水から揚がって荒い呼吸を急いで整え様とぜーぜーはぁはぁーっと深い息を吸った瞬間、巨大な魚影がハッキリと水底に現れ、みるみる内に大きくなる。ヘクトル達はこいつから逃げてきたんだ。ヘクトルが水面に振り返って叫ぶと同時に、シアラからも絶叫に近い叫びが上がった。
「こいつですよ!ペリディム!!」
シアラの叫び声に気付いて駆け付けたシェリルさんが剣を構え斬り殺そうと飛び掛かる。大きな魚影は食い付くように水面上に飛び出してその全体の姿を現した。
ペリディム。と、シアラの言った巨大魚は紺の固そうな鱗に覆われ、はみ出す牙と凶悪に尖った背鰭とを持った醜悪な巨大ピラニアの様にわたしは思った。思案している間にシェリルさんは2撃、3撃と自ら回転して斬りつけ、尾びれで叩かれるのを、体を背中から後ろにずらして避ける。それでも避け切れず岸へ吹っ飛ぶ。
走り寄ってシェリルさん目掛けヒール!ヒール!ヒール!!!と連発する。ぺろりと舌を出してゆっくり起き上がり、水面を泳ぐ巨大魚の影を睨み付けるシェリルさん。尾びれで弾かれたのか右のカップがずれていたので引き上げて直す。
次の瞬間、大きく口を開けた巨大魚はアスカムを狙って水面を跳ねた。
だああああああああっ!!!
其所を狙ってましたとばかりに、ヘクトルが吠えて巨大魚に飛び込んでいく。ギョロリと巨大魚の眼は動き、空中で獲物を変えた。大きく口を開けたまま顔を動かし、ヘクトル目掛け噛み付こうとする。噛みつこうとするのを避けずに、ヘクトルは撫で斬りにするも巨大魚が口を閉じ、口からはみ出した牙に弾かれる。それでも巨大魚は吹っ飛び水中に落ちると深く潜り、水底から勢いをつけて再びアスカムを狙って噛み付こうとするのを、シェリルさんはアスカムを守りながら1撃、2、3、4撃と連続で突きをくりだして応戦した。
「魚と水中で戦うのは大変ね。」
苦しそうにシェリルさんが言葉を吐き出す。わたしは苦笑いを浮かべながらもヒールをヘクトル目掛け唱える。その間も水面に現れた巨大魚にヘクトルは袈裟斬りに斬りかかり、準備を整えたシアラも二股の槍を携え両手で強力な突きを繰り出していた。ペリディムの固そうな鱗からもあちこち流血が見え始め気付けば所々赤く染まる水面。
「ま、マズイです。ペリディムが、血を嗅ぎ付け群れるです!」
早く決着を付けないと巨大魚は数を増やすとシアラは眉をしかめて忠告する。
「ペリディムは大きいので、壁を抜ければ追ってこれないです。手前で襲われるからこのペリディムだけは、動けない様にするか、殺さないと!です。」
壁を指差してシアラは逃げ道はあると震え声でそう言う。1匹でも手こずるのに群れられたら・・・どっちにしてもこいつは倒さないと進めないのはわたしも理解した。流血しながらも動きが鈍るワケでも無い巨大魚をどうやって倒せばいいの?シェリルさんに視線を向ける。
エクセ=ならトドメを差せるかも知れない。けど、アレはシェリルさん半日寝ちゃうもんなあー。
今寝ちゃうと群れたペリディムと無理にでも戦わなくちゃになってしまう。
シェリルさんも言いたい事を理解したのか左右に首を振ってはっきりノーを示す。
「アシッド・ブレイク!、サンダー・ブレイク!」
その間にシアラは二股の槍に各々にマナを宿らせる技飾を施し槍をユラリと泳ぐ巨大魚目掛け放つ。
雷と毒の魔力を帯びた二股の槍は水面上に出た背にグサリと刺さったが刺さりが甘かったのかポロリと剥がれてしまった。それを見てシアラの表情がザワッと曇るのが見えた。ああー、惜しい!でも毒刃が刺さったんだからじわじわと体力を削れるはず。槍は水底に消えちゃったからシアラは潜って取ってこないといけないけどさ。
「エンチャント出来るのか?俺の剣に頼む。」
「わたしの剣にも。」
一連のシアラの動きを見ていたヘクトルが潜ろうと息を吸ったシアラを呼び止めると、エンチャント?と、シアラに視線を向けたシェリルさんからも声を掛けられる。
「中級のエンチャントを少しです。毒と雷のどちらかです。」
「じゃあ、わたしの剣に毒を。ヘクトルは雷を。いい?」
見るとエンチャントの準備に入ったシアラの手からは紫電がパチパチと弾けている。
シェリルさんは直ぐ様に毒を選び、雷をヘクトルに押し付けるように視線を向ける。ヘクトルがそれに頷いてエンチャントが決まる。
エンチャントとは魔力を物に付与させるスキルで、あらゆる物が対象となるらしい。それはモンスターも例外では無いのだとか。
とは言え、伝説級のエンチャンターでやっとモンスターに属性追加をやってのけたと言うことなのでシアラは中級と先に言っている訳で無理なんだろう。中級では武器が精々、しかも大ダメージを1撃でとはいかないみたいで。数をこなせばエンチャントも剥げてしまう様だし。
先ず、シェリルさんから剣を受け取り毒のエンチャントをじっくりと付与する。続いてヘクトルの剣を空いてある方の手で受け取りシェリルさんに剣を渡す。受け取ったヘクトルの剣に次は雷の付与を施していく、これもじっくりと。
「レイジング・スラッシュ!」
シェリルさんは毒のエンチャントを付与された剣を確かめると唱えて水面上に現れた巨大魚に仕掛ける。ふわりと舞い上がり獲物を狙って彼女が突き出した毒の魔力を帯びた剣先がグサリと巨大魚の鱗に刺さり、更に光の刃が追い打つ様にその肉を貫く強力な衝き。
強力な1撃に堪らずギィィイイイイという醜悪な叫びをあげて悶える巨大魚にエンチャントを終えた剣を受け取ったヘクトルが飛び込んでいく。
だあああらぁっしゃああああああ!!!
決め台詞と共に、
「奥義!刧十閃!!」
パリパリと迸る電光を付与された刃は更に白く黒くオーラを刀身に帯び縦に垂直に斬り付けると巨大魚は鱗を吹き散らして皮膚が焼け、肉が裂ける。
断末魔を揚げてヘクトル目掛け最期の1撃を喰らわそうと噛み付いてくるのを、そのまま十字を描くように横に薙ぐ。血飛沫を断面から揚げて今度こそ動か無くなる巨大魚。
その間にシアラは水底まで潜り槍を拾い上げ回収してくる。死骸に集られると困った事になるからか巨大魚を突き刺し引き上げる。わたしはそれを見て泥漁りをする為に歩み寄りガサゴソとアイテム化する部位を探す。巨大魚の牙、巨大魚のヒレ、巨大魚の肉がアイテム化したのでメニュー画面に仕舞った。こんなに苦労したのにレア泥は無いみたい。
肉は美味しいんですよ、ペリディムと言ってシアラは小刀を出して切っている。えー、と。わたしがゆーとあれだけどそんな事してる場合でした?群れるんだよね?
その時、水中に新たな巨大魚の影が見えた。そしてその数は増えていく。1、2、3、4、5・・・
「二人共早くっ!」
シェリルさんの急かす叫び声が聞こえた。
ジョーズを思い出しながら書いてました。 あいつら空中で獲物を変えてましたよね〜 とかいいながら無印ジョーズはほぼ覚えてません(笑)っ