事の顛末
夢だ、夢の中なのに……。
全くいじってない、染めてもない黒髪。
耳にかかるくらいで切り揃えた。
いつも逆さハの字の気の強そうに見える眉毛。
それに意思の強さを感じる真っ直ぐな切れ長で黒い瞳。
黒い……瞳?
あれー……?
おかしいな、彼の瞳は黒く闇その物って感じがしてたのに。
今目の前に居る、夢の中の彼の瞳は紫。
オマケに瞳孔は乳白色で。
妖しく煌めく。
わ、わたし、わたしはっ!
この、この瞳を!
知っている!
この瞳は……この色は……あいつの瞳だ!
「な、……何やっ……何、……何してくれんのよ。もおっ」
激しく心が揺れた。
心音が速くなる。
ゾクゾクしてきた。
愉悦に浸ってる、いつもの高揚感を孕んだものとは違う。
恐怖。
気付くと、夢の中なのに汗がポタリと落ちたような気がした。
人を殺すことになんの躊躇もなかったあいつの瞳。
呼び起こさせられたのはトラウマ。
「動揺すんなよ。これしか方法が無くってね、悪いとは思ってるよ。お詫びに質問にひとつだけ答えようじゃないか。何でもいいよ、彼氏は今どうしてますか?とか、ほんの些細なことでも」
「………………彼氏、いないし」
その姿をして、彼の姿で彼の声で耳に届くその言葉はわたしを突き刺した。
グッサリ刺さった。
それはわたしを打ちのめす。
それでも、瞳を反らせないのは恐怖で固まってしまったから?
蛇に睨まれたカエルのようだと思った。
首輪に付いた鎖ででもぐいと引っ張られてるみたいに。
実際には首輪なんてしてないのに。
視線を変えようとしても、できないでいる。
心音が速い。
鼓動が痛いくらい。
きっと、歪んで酷い顔になっている。
ドラゴンや、数いるボスなんかよりも発するプレッシャーの性質、重さ、圧はゲーム中とても強かった。それはもう最強クラス。
わたしにだけそう感じれるんじゃないかってこともある。
これは、なんたってわたしが見ている夢の中の出来事なとこが大きい。
思い出したくないシーンというのが誰にだってあるはず、それが無い人がいるって言うのなら本当に生きているのかを問い正したくなる。
心の奥底に眠っている、核爆弾、それくらい言ってしまってもいい。
ああ。そう、……なんだ。
気付いてしまった。
この瞳はイーリス教団の幹部の瞳だ。
そうかもしれない、でも。
そうじゃない。それよりも、深い深いところでトラウマめいた、思い出したくないシーンを浮かばせる。
あの子の瞳を思い浮かばせて重なるんだ。
「そう、じゃあ。聞きたいことはないか……」
頭を軽くぶんぶん振って思考リセット!
トラウマは思い出す前に努力してでも忘れる方がいい。
それは分かりやすく言うと地獄の窯に蓋をするイメージ。
これ以上、わたしの心をざわつかせないで!
「ん!いやいやっ、あるっあるからっ!……わたしはこのままでいいのかな?帰ったら、帰ったで忙しくなってこんなにのんびりもできないし……」
何だって答えてくれるんでしょう?
トラウマ、とは別で悩みのひとつふたつくらいある。
過去のことは、自分でわたしが向きあわなければ解決はしないと思う。
今はそれよりも聞いて欲しいのは、未来のこと。
慌てて口を挟んだ。
大学に、一年以上行っていない。
不安で一杯!
留年決定するってこと。
わたし、遅れを取り戻せるかしら。
講義だって出てないし、単位だって当然、全く足りないだろうなーなんて。
そもそも、あと何年経てば帰れるんだろう?
大学に入る前に持っていた夢なんて叶わないって現実を突き付けられてしまったから良く知ってるし、現実的に卒業後はOLをする事に収まるんじゃないかなー。
趣味を実にするって意味で、風俗──ビアンクラブなんかに勤めるのもまあ、アリっちゃありでしょう……ほら、ね?
現実を見ると、ますます何もかもどーでもよくなってくる。
心の奥、底の底、深い深ーいとこから暗く黒い感情が沸き上がって来る気がした。
デュンケリオンでは職業的な夢が叶っている、半場、好き勝手やれてしまっている、それはデザイナーなんて居ない、言ってみればまっさらな誰も歩いてない雪の上をわたしが一人歩いているからで、なんらわたし個人の力じゃない。
解っている、先人の居ない未開の地でなら好き勝手できるレベルでも、掃いて捨てるほどライバルがひしめき合ってる地球に帰ったら腕の差、アイデアのクオリティで絶対に負ける。生き残れない、絶対!
それなら、このノルンで面白おかしく仲間とバカ言い合ってのんびりと酒盛りしてる方がずっといい人生を送れるんじゃ、とかって思っちゃったり……。
片手間にどこかで見たようなデザインの服を作ったり……だけど。
それは、逃げだ。
ぬるま湯に浸かるのは楽で……いい。
だったら、このまま帰らなくていい。
だけど!
そんなものは『わたし』じゃない、『笹茶屋京』はあの日に甦った……ううん、新しく生まれ変わったの!
階段の手摺に掴まって一歩一歩安全を確かめて歩き出すような、危険な雰囲気で立ち止まってしまうような、誰かに道案内をされないと前に進めないそんなわたしとは縁を切ったはずでしょ?
逃げてどうなるものでもないでしょ、このまま帰らなくての未来はそれはもう安全で何の心配もないくらいだけど……ここに彼はいない、共に研鑽すべきライバルだっていない、誰かが産み出したデザインを使い回しをするってそれはわたしである意味は無いとしか思えない。
ああ、なんて二律背反。
楽でいいからこっちに残る、だけどそうなると新しいデザインなんて産まれっこない、わたしの、わたしだけの、わたしだけにしか産み出せないデザインなんて!
ならデザイナーを目指す意味はあるの?
やっぱり、帰らないとダメ。
ダメなんだ、ここに居るままだと腐っちゃう。
信念をそう思って、思い直しても暗く黒い澱みのような心が、ここにいればちやほやされてトップで居続けられるのに、と唆してくる。
帰れないなら、それでも、帰れないと決めてくれた方がすっきりできる。
もうひとりの黒いわたしが言っている事は、一念発起でノルンにブティックを作ったわたしが一年前に思ってしまっていた事。
染み着いたネガティブ思考。
簡単には抜けられないってわけか。
わたしの悩む事は、そんな未来のことばかり。
残ってしまってもいい、心の隅では本気でそんなことを思ってしまうのは……わたしは執着が余りなくってだ。
彼以外のことは。
その、彼のことだって諦めようと思えば諦めだってつきそうで。
帰れない、なら。
「それが質問?困るよー。そーゆーのは、カウンセラーにでも言ってくれないか。夢をシェリルが見ている間だけしか精神に入り込んだりはできないんだから。今シェリルの口から出たみたいのは、相談ってゆーんだよ。俺は質問なら答えてあげれるけど相談には乗れないな。カウンセラーでも無いし、シェリルの事をよーく知ってるわけでもないしね!」
仁王立ちのまま、腕を組んでしばらく瞳を閉じた彼の姿をした何者かは言い切る。
後半は片眼だけ開いて、細い眼でこっちを睨まれた。
彼に睨まれただけで、とくんと鳴るわたしの胸。
妬ましい。
外見だけは彼そのもの。
似た何かなのに……パブロフの犬っぽく、反応するのを止められない。
彼の外見的───見掛けに惚れたとか好きになったわけじゃない、能面のような機械的にも思える無表情はどちらかと言えばマイナス。
ってゆーか有り得ない!
彼の外面はそうかもしれない。
中身に触れて好きになった……、ん?アレッ?
中身も中身で相当にズレた性格をしてる彼を思うと『どこを好きになったのか』ちょっと不安になる。
胸の辺りにぽっかり大きな穴が開いていて心臓が半分欠けているイメージが突然、湧いてきた。
不完全な人間とわかった彼。
そうだ。そんな彼の欠けている心臓の変わりになりたいと思ったんだ。
寄り添いたい、助けたいと心底思ってしまったんだ。
勝手な思い込み。
昔の自分、気持ち悪いとまで思ってしまう。
彼は確かに本質として、人間として社会に溶け込めないものを持っていた、けど……嘘を貫き通せるしたたかさだってあったんだ。
仮面を心に被って生活するぶんで彼の異常性は全く問題ないと気付けた。
なぜもっと早く気付けなかった?
発露しないなら異常性は妄想でしかないのに。
放っておいたら犯罪者になる、確実に。と思ってもそれってわたしが抱いた勝手な妄想なわけで……、理性と本能のスイッチが切り替わらない限りはニュースで、彼のことを見るなんてことにはなりはしないのに!
酷く、心が揺れた。
頭の中がごちゃごちゃする。
エラー表示でいっぱいになったり反対にオールグリーンに塗り替えられたり。
彼に睨まれたってだけで、ぞくりと心が揺れる。
「カウンセラー、ね。相談……できるやつ居ないもん。あ、質問……質問か……じゃあね、あんた……さぁ。ぶっちゃけ、なんなの?」
疑問に気付かないままの、たくさんのモヤモヤ。
夢だから?
思考が安定しない、目の前にいるこいつがモンスターだったら、とか考えてしまう辺り重症のような気もする。
夢の中で敵とバトルすることは可能かしら?
意外な答えが帰ってきた。
「わたしはっ、神だ〜」
「そうかー、あなたが神かー!……って、古い」
何?
これってコント?
神様をネタにするってどこにでもありそうとも同時に思考が相殺。
だよね、異世界ジョークってやつ?
「神。神だよ、俺は」
おおっ!
ジョークじゃないらしい?
至って目の前にいるこいつが表情を崩さない。
一切の感情が消え失せた。
そんな風に受け取れるように見詰めてくる。
バカにされた気分。
「はぁ、……五柱神のどれでも無いし、わたしの記憶に間違いがないなら……、その他の神様にもあなたは居なかったようなんですけど?」
即、言い返す。
反論をぶつける。
五柱神というのは、サロとかメルヴィ、アルヴザルドやコイン、ゼルヴァラル。
これらノルン世界の偉大な神様が五柱神と呼ばれていて、別段のとこ五元素や五原則とは関係ないらしい。
ゼルヴァラルなんて、闇だしね。
その他の契約神にも、目の前にいる彼の姿をした何者かが結び付くような神様は居ない。
ラヌクという神様が似ていないこともないけど、ラヌクはもっと幼い子供だった。
目の前に見えるのは、高校生くらいの姿……ううん、どうみても高校生にしか見えない。
それ以上だとすると、……と考えたとこで思い出した。
夢なんだし、その夢に入り込んだって言ってんだから。
気がつけよ、わたし!
見えるのは全てじゃない、信じれるものが無くなってしまったそんな気さえする。
そういう魔法もあるかも知れない、聞いたこと無いけど……。
焦燥感に襲われた、ほんの一瞬だったけど。
「ふふ。だけど、シェリルは俺のことを知っている、知っているはずだよ。きっとね♪」
知っている?
知っている、はず。だと……???
神様、神と名乗る存在───あっ!
「んー…………んんー…………と、いうことはっ!あなた、日本人じゃない?」
ぽんっと頭に閃いたのは、ニクスでシファから聞いたあの言葉。
鰹節のパックのイラスト。
竜神様が食べたという卵焼き。
あれは、神様だと言ったんじゃなかったかしら。
次の瞬間、目の前にいる名前のわからないやつは表情をじわりっと崩した。
「ピピピんぽ〜ん♪正解、正解、大正解〜♪正解したシェリルには、これをあげる」
パチパチと拍手をすぐにしてしまうところなんかも日本人ナイズされてる気もする。
ぴんぽーん!
なんて、言われたのは何年ぶりな……とにかく新鮮に思えた。
そして、漂う違和感。
彼は、彼ならそんなことは言わないのに……キャラ崩壊を止めて欲しいんだけど……。
とんでもないキャラ改変。
今のわたしを形成する大部分。
高校生の思い出を激しく濁流が押し寄せてきて、ざざざーっと全部押し流して何も無くなった、空っぽの喪失感が湧いてきて。
歯痒い。ぎりっと奥歯が鳴った。
そこでまた夢なんだし、と噴出しそうなマグマを落ち着かせる。
落ち着け、落ち着いて、落ち着こうか。
うん、……おさまった。
目の前にいるのは日本人であり、神様です。
けして、彼じゃ無いんだから。
悪趣味ね……、神様が彼の声でふざけたことを口にする。
その行為が、とても心をざわつかせた。
中でブリザードと台風が合体して手の施せないことに……。
ぐぐっと手を握りしめて心を握りつぶす。
神様相手にムキになっても意味ないじゃない?
「何?これ……って。ガム?」
渡された手の中を見ると、見慣れたガムが。
紫色の包み紙をめくると更にギザギザな銀色の包み紙。
これこそガムです。
「うん。あ、でも夢の中だから、味は無いかもだけどさ」
ん。ある。確かに、これは……ガムだ。フルーツの味がする。定番のグレープ味!
馴れ親しんだ味。
髪につくとなかなか取れないんだよね。これがまた。
「で、何してるの?用があるんでしょ。夢を荒らしてまでわたしの頭の中に入り込んでるんだから、……しょーもないことだったら日本に帰ったらボッコボコにしてあげるんだから!」
「ふむ。正しく、残された時間は無い。手短かに話すとしようか。じゃ、シェリル。起きたら、……戦争をしてほしいんだ♪」
ノルンにいる日本人の神様というと、思い付くのはニクスで聞いた神らしい声の正体。
もうひとつ言うとデュンケリオンで読んだり、噂に聞いたりした、サーゲート建国の英雄のひとり、アーヴル。
彼は建国の父、フィオレミリスの右腕で将軍。
けど、そのアーヴルは30年ほどサーゲートに仕えた後も、聖ナディアに居た頃のままの姿をしていたと書かれていた。
周りが老いていくのに彼は少年のままだったらしい。
つまり、年をとらない。
それから導きだされる答えは神様、だったんじゃないか。
アーヴルはサーゲートに色々な面で影響を与えているらしいし。
それまで無かった娯楽なんかはアーヴルの手に依るものなんだとか、知らなかったけど競馬場もデュンケリオンの郊外にはどこかにあるみたいで。
カルガインやブルボンに比べて……ううん、ノルンでどこにいったってそんなのは見た事が無いし、ゲームの時にも無かった。
デュンケリオンはその時から大きかった記憶はあるけど、ごちゃごちゃした町並みとNPCがごったがえす人口密度が高いだけの街って感じ。
住んでる人たちもいい意味で活気のある東南アジアのどこかの都市ってイメージの人たちで、発明家が多そうなドイツとかイタリアみたいな雰囲気はとても無さそう。
今よりももっと便利に、今よりもその先へ。ってのより、今が全て。今が素晴らしいと思えるからこれ以上は望まないっぽく思えた。
あれはあれで、素晴らしい。
素直にそう思う。
なにより毎日出店や露天が立ってお祭りみたいのはわたしとしても最高じゃない?と、ワクワクが止まらないし、ずっとそのままの姿が続いて欲しい。
正直羨ましい。
そういうどこかノスタルジーめいた光景が映画やドラマでしかしらない昔、少し昔にあった日本にいるみたいで離れづらくされてしまう。
実際問題、……わたしはまるっと忘れていた。余りに楽しすぎて、帰る場所があって、帰らないといけないってことを。
浦島さんになった気分を少しだけ味わった。
周りの笑顔や求められている自分。
さっきまで朝だったのが気付けば、外は真っ暗になってて充実感たっぷりに過ぎていく日々。
浴びるように飲む酒にも満足。
この毎日が嘘や、幻想な夢物語だったのだとしてもきっとわたしだけではないはず、抗えないのは。
正直、ぼっちが長くてゲームの中の世界にも心の中をぶちまけられる友達も見つけられなかった時代を過ごしたわたしには、こんなにちやほやされて必要とされるってことは麻薬。そう、ラリって重度の幻覚を見てるみたいに心地よくって、簡単にはこのぬるま湯の中からあがることは出来そうにない。
それはきっと、日本に無事に帰れてもまたすぐにここに来たくなる、そんな風に今だって思ってしまうからなんだけど。
意志が弱いというか。
情けない、なんては思わないのが分相応なレベルを知っているわたしらしいのか。
ここは不便だけど、無いものはないと割り切って考えればなんの事はない世界。
暮らしていくだけなら、悪いとこは無いしお酒だって財布を気にして飲むなんてしなくてもいい。
とにかく酒が楽しい、美味しいのが決意をあやふやにしてしまうんだよねー。
お酒って怖い……ゲージが無いわたしがダメって?そうなんだけど……。
高度な文化がデュンケリオンにだけあるのはどう考えてもおかしい。
違和感。
魔法の研究が進んでいるとギィシュは言ってた。
遥か昔、でもない昔にずっとずっと今よりも凄い魔法で大陸は潤っていた的なことを。
それはまあ、そうなんですかってことしか言い様は無いんだけど。
高層ビルのような建物があるのは、人口密度を上手くカバーするために魔法で積み上げて組み立てたのかしら、なんて説明もつくけど……アーヴルが聖ナディアで作った家具や魔道具を見たあとで目の前にアーヴルらしいのが現れるともう疑問なんて確定した解に結び付けられてしまうというか……。
折り畳めるテーブルとか、自転車のなり損ないのようなものとか。
タイヤが無いから自転車は失敗例だけど、魔法で浮かせてしまえばフロートバイクの親戚みたいのになりそうなんだけど、ね?
そうそう、当時の必需品って組み立て式のテントも開発してる、アーヴルひとりで何人ぶんの発明家に相当するか知んない。
見て、触れて、馴れ親しんだ、出来上がっているそれらモノを知っている現代人なら、ちょっとしたアイデアと材料だけで作り上げてしまえるものばかりなんだったりするんだけど。
ここに生まれ育って、標準てきな知識しかないくらいの人間がそれをやってしまえるか、っていうと難しく。
使い方を脳内に映し出されたニクスでの賢者さんにしたって、見たはずのレンジや冷蔵庫の開発とかは出来てなかった。
近いものは魔法の助けで完成させていたけど、大量量産出来る技術は得られてないみたい。
城と、いくつかの食堂にはそれっぽいのがあったりはしたのを見たけど……ここには電気通ってないしね。魔道具の域を出るものじゃないの。
アーヴルが天才で、とても先見性をもった傑物だったとしても無かったものを使い方も解らないものを短期間にゴミ山が出来上がるほど開発出来るわけがないもの。
それが出来てしまったら開発に苦労が無くてあっさりできてしまってたら、ノルンにアーヴルの影を追って大量な博士ですけど、ってな人達が現れなきゃおかしいもの。
決定的なのはこのアーヴル、姿を消す前に名乗っている。
その名は───カンダユークスと、記されていた。
名乗る名など無いと言って姿を消すのがカッコいいと思うのは日本人だけなようで、登場人物の王の配下はしつこくアーヴルに真の名を訊ねている。
戦略にしても、奇抜な策をいくつもフィオレミリスに授けていてその度に劣勢をはね除けてラミッドを撃ち破っているのは獣人達の諸国連合側。
具体的に書かれている策は、どこかで見たような策ばかり……ワザと指揮官クラスの人物が少数で敵側に発見され、劣勢を装いつつ当たり散らすように喚きながら逃げ、追って来た敵に追い付かれる。だけど、逃げた先には準備万端の味方が伏せていて罠にかかった敵を皆殺しにするという策ってコレって……あれよね、島津軍が得意にしてた釣り伏せそのままでしょ。
他にも、ゲームなんかで良くある策をアーヴルの思い付いた奇策として書かれてあったのよ。
アーヴルは、日本人または地球人。なら、カンダユークスという神も日本人だったりする可能性が無いわけではない。
わたし的には、日本人としか思ってなかったんだけどね。
「………………え!……はぁっ?」
散らばったピースが組み上がるみたいに脳内のバラバラだった情報がひとつの解に結び付いていく。
アーヴル、カンダユークス……って、それはいい。
今、何よりもおかしな事を喋ってくれてた気がする、よ?
戦争……!
わたし、戦争をするっ……えっ!?
「思っていたよりも……ふむ。じゃあ、カルガインと引き換えだ。シェリル、君が出来ないってゆーとだよ?ブルボンからやってきた軍隊にカルガインは滅ぼされないまでも、平和ではいられなくされるんだ。いいかい?……ここまで言ったんだから、後はシェリルに決めて貰う。イーリス教団、一万の兵と戦争をするか。知らんぷりをして、カルガインが地獄絵図に変わるか。決めるんだ、シェリル。守れるかどうかはその手ひとつ。どうかな?ワクワクしてくるだろ?ゲーマーなら、さ。こんなシチュエーションは美味しい、そうだろ?」
使い方も知っている。
触れて馴れ親しんでもいる。
思わず、剣を取り出して握りたくなった。
何を言っているの……。
戦争、だよ?
簡単に言ってくれちゃうけど、日本人から最も遠い言葉じゃないですか、それって。
受け入れれないと……平和が崩れて無くなる?
ぬるま湯の、失いたくない生活が。
眩しい笑顔や、活き活きした瞳の輝きが……わたしに懸かっている?
ちやほやされるのは気持ちいい。
頼りにされて、それに応えられて、必要なんだってすがられるのは堪えきれないエクスタシーというか、脳内のどこかがざわついて心地よく、どっぷりと満たされる。
だけど、戦争……殺せってことでしょ?
異世界でわたしは人殺し。
それも、大量殺人の残虐な犯罪者、になれって決断を迫られた?
それは大事な話だわ、出来ればわたし以外のとこにその話は持っていって欲しいよ……20人くらい、まだ会った事もない廃人たちがきてるんでしょう?
わたしじゃなくて、いいよ……わたしには、その選択を迫られたら……。
「……戦争……?守れるか、わたし次第?」
そう、あの……今日、会ったエクト。
あの子の方が強いよ、もの凄いんだから、だってギルド戦でもわたしには届かなかったトーナメント戦イベントで上位だったし、わたしはリーグ敗退だったし。
わたしである必要は……!
「うん、うん。実はもうそこまでイーリス教団の遠征軍は来てるんだ。しかし、だ。カルガインに一万の兵隊と戦う戦力はないし、それをどうにか出来る機略も浮かびはしないだろうね。そこで、シェリル、あなただったんだ。帰ってくるのも間に合ってくれたようでホントに良かった」
「何?言ってんの。一万、だよ……ふふふっ。迷うはずないじゃない、その戦争。受けて立とうじゃないの!」
頷くしかない、……頷くしかないじゃない───守りたいものの為なら、人殺し……よくも知らない誰かなんて、よ?
それにそいつらの目的がはっきり嫌悪できる悪意なら、わたしはわたしの敵だと認識出来る。
絶対的な数の暴力から、カルガインの人を今、守れるのはわたししかいないっ!
「さっすが、同じゲーマー!シェリルなら受けてくれると思ってた。わらわらと群れる敵を蹴散らすのは……ロマンがある。そういうもんだよな」
「そこまでゲーマーってわけじゃないですけどっ」
群れる敵を蹴散らすのは、無駄に楽しそうで。
ちょっと、怖い。
わたしがわたしでなくなりそうな気分。
退いていく敵まで追って無駄に人を殺してしまいそうで、そんな快楽殺人のとりこにはなりたくないけど……やるしかない!
「ゲームだと思い込むのが大切だよ。特に、俺とかシェリルみたいな日本人には身近にないものだから。割りきれるまでは、辛いよ」
「……日本人!そうだ、……そうよ。ねぇ、何者なの?どうして神さまなんてやってて異世界に居るの?」
アーヴル、カンダユークスだと当たりは付けている。
誰でもよくて異世界の神になれるのだとしたらわたしであっても良かったんじゃないって勘繰って考えれなくもないし。
わたしや凛子たちが今、神として異世界に連れ込まれてない理由って無い。
神を量産できるなら、面倒なことって何も無い。
神が持ってるポテンシャルで面倒を無かったことにだって出来てしまえるんだって思うから。
「んー、俺はまあ、なんてゆーか…………あ!」
その先の言葉は聞こえなかった。
わたしの耳には届かなかった。
何故か、それは───夢から覚めたから。
「………………ふふふ、ふふっ」
差が酷い。
夢の中での出来事。
な、それなのに。
決断を迫られた。
そして、それに頷くわたし。
戦争をする。
たった今から、時間は無い。
「話長いから、目覚めちゃったじゃないのよっ」
夢であっても酷いそんな東條英機も真っ青なトンデモ内容な夢を信じてしまう。
それは、余りにもリアル過ぎて夢であって夢ではないようにわたしの全身が反応しているから。
指が震える。
内容を一言一句思い出して頭に浮かべるだけでざわつく。
ああ、わたしは犯罪者になる。
必要とされて、犯罪者の仲間入りをする。
守りたいものがわたしは、ある。
守りたいものがわたしの中で大きくなってしまっている。
そんなに先では無い未来に、見馴れた光景がもう見れなくなると言われたら、そんなのは嫌、耐えられないと!
わたしなら答える。
戦争でもなんでもやってあげましょう。
それが、望まれることなら。
さ、敵さんが……待っているわ。
「──………………。
あー…………切れちゃったか、リンク。まあ、これでカルガインには今まで通りの平和が保たれるか。まさか、負けたりはしないだろうね?
うーん、それよりも心配なのは……PTSDってやつ。精神力は平均値の日本人、だしね。良くも悪くも、彼女たちは。……俺とは違って時間も足りない……」
どこか、真っ白な空間に一人の青年が立っている。
重大な判断を笹茶屋に迫った彼は、まだ若々しい青年の顔をしていた。
いまの今までリンクしていた世界の彼とはまた別の姿。
これが彼の、実の姿だったかもしれない。
それは染めた茶髪に黒い瞳の、日本のどこにいったって居そうな普通の青年と思える。
彼は笹茶屋の思うような、全知全能の神ではない。
不便などこかを少しでも楽にしたいといった、そんな考えしかもたない普通な思考をした、元日本人だった。
随分と遅くなってしまいましたです。
夢から覚めたら、即戦争とか……、強要されてもとても受け入れられません。
日本が無くなるとか言われても、そんなの出来るかどうか。
永遠のゼロ、あれを見ると何かどこかそんな遠い、絵にかいたような夢物語が実際にほんのちょっと昔、昭和って時代にあったって知って考えさせられるってゆーか……、今の日本人からは失われた魂ってゆーか。
お金が第一、じゃなかった時代。