絵になる時間
「みやこちゃん、うちがあやまるからなー。許したげて?な?」
次の瞬間、不意に視界の中に灰色と赤が映り込んでくる。
アスミさんが、しゅんとするイライザを見兼ねて助けに入った。
我慢できなくなって口を挟んだみたい。
“しな”を作って座り込んでいたイライザ、それを見下すようにして視線を変えないでいたみやこちゃん、その両方から目線を浴びる格好になったアスミさんは仁王立ちに構える、そこまでの一連の行動も含めて、アスミさんがとても……なんてゆーのかな、ヒーローっぽく見えた。
て、別に言ってないからね、わたし!
みやこちゃんが女幹部っぽいとは。
「引っ込みなさい。あなたに謝られても……それって違うでしょ?」
片眉を上げるみやこちゃん。
心なしか瞳が細まったような気がするなー。
あれあれ、その背後から闇色の真っ暗いオーラが。
目の錯覚ってやつだよね、コレ……。
「黙ってみとったんよ、でもなぁこんなんおかしゅない?意味のないやん、八つ当たりやって!」
アスミさんと、みやこちゃんを交互に見る。
おかしいんだけど、変にエフェクトが掛かって。
ぺかっと眩く閃るアスミさん、逆にずも〜んと暗く冷たいもやを纏っているみやこちゃん。
その瞬間、その場だけ、二人はとっても対照的で。
「お、……うぅん。わかった、しょうがないわね。ほら、イライザ……仲直りしましょ」
あれれ、あっさりみやこちゃんが引いた……?
もしかしたら。
自分じゃやめれなくなってただけとか、ま、それもあるかもだけども!
「これでいい……?」
その後、みやこちゃんの両腕がイライザを抱き抱え気味に引き起こしてそのまま二人は目線を絡ませてる。
差し出したみやこちゃんの左手に、おずおずと伸びていくイライザの右手。
それをみやこちゃんが余ってる手で掴んで握手した。
そのままにこり、と笑うみやこちゃん。
ほだされるようにイライザもにこやかな笑顔を浮かべて、掴んだままの手と手は弾んだように上下して震える。
そこまでしてから、アスミさんに顔を向けて照れたように頬を染めてたみやこちゃん。
こういうシーン、幼稚園とか小学校とか小さい時はよくみた光景と重なってなんか懐かしくなったんだよねー。
だから、緩くなっちゃってたかも涙腺。
「えぇわぁ。できたなぁ、仲直り」
アスミさんは手を頭の上でパンパンと軽快に鳴らしてからぱっと万歳。
それから二人の肩を引き寄せて二人の首に抱き掛かる。
超いい笑顔、この三人をパシャりっと行きたい。
この一瞬を切り取って残したいとこだけど、生憎とスマホなんて便利グッズは持ってないもんね……。
ポタッポタポタッ。
水滴の感触があって気づいた。
なんか、ジーンとしちゃったんだかな、だよね、じゃないと頬を濡らすくらい今のこの時に泣いちゃうってどーかと思う。
わたし、何にもしてないのにね〜泣いちゃったわたしを次の瞬間にはみやこちゃんの腕が抱き抱えてて、イライザにも抱き抱えられて最後にはアスミさんまで引っ付いて。
皆でなんか知んない。
なんか、誰が笑うでもなく笑い声が上がってつられて皆が声を出して笑ってた。
アスミさん、凄……い。
みやこちゃんを完全にコントロールしてたや。
わたしも、負けずに思考と行動と一緒に同期できるようになりないな。
今のままだと、思考だけ先にいっちゃってて動けてないし。
───ガンバロ!
─────・・・・
それから数日───イライザからは何とも連絡はなくて、上手くいってんじゃないの?、そっかな?っとみやこちゃんとも話していたんだよー。
いつもの宿の一階、酒場のテーブルの上には空ジョッキの山。
ついでに足下にもドドドドと並べられた酒瓶。
「あのさ。聞いてよー」
「何々ー?」
「変な客が、店によく来るよーになってね。やんなるよ」
「ちょっと。……愚痴ぃ?なら、わたしだって聞いて貰いたい。あのね───」
愚痴、とも報告っても、取れるような、そんなどうでもいい話をくっちゃべるわたし達。
代わり映えのしない酒場の外は、限られた時間を染めるように暖かなオレンジ色。
これから次第に黒い幕が下りてきて暗い夜が訪れる。
バカみたいに騒ぎ立てる賑やかな夜が。
そんな、いつもの夕方の風景。
その内愛那とアスミさんも合流して、その後にぐーちゃんがお腹を空かして帰ってくる。
そんなのがここ一月くらいの定番だ。
「決めました、私達……サーゲートを出ようと思います!」
それがどうして、こうなってるんだか……誰か詳しく説明してぷりーづ!
「と、突然どうしたの?」
「出てく、ってあれなんでしょ?栄転でどこか遠くでお仕事貰えたんでしょ?」
突然の、隙をついて繰り出されたイライザのその一撃に、その場が固まったみたいに空気まで息苦しく感じれる───
イライザだって、あるていど予想してたっぽくてね。
この一撃を放ったのはいつもの酒場じゃなくて、わたしたちを地下のアジトに移動させてからだった。
単に、経過報告かなって思ってたとこにそんな……出てくとか聞かされちゃうと、特にわたしなんかびっくり。
わたしとか、じゃなくて……アレッ、わたしだけー…………?
「………………」
「違うんですよ、シェリルさん」
ちょっと言葉に詰まってみやこちゃんの顔を向いたまま氷みたいに固まっちゃうイライザ。
金色の瞳を細めて、しゅんと睫毛を伏せちゃった。
そんな気落ちした彼女を見兼ねて口を開いたのはダンゼ。
「違うて、何が違うとるん。ダンゼはん」
声の主はもちろん、アスミさんで。
そんなアスミさんに『お!』と歪むダンゼの頬。
気付かれないようにすぐに元に戻す辺り、こんなシーンはダンゼにとって珍しくもないことなのかも。
「これはこれは。ヒィゴさん、和服、というのはデザインをあなたがしているとか。私が思うにあの和服は素晴らしい!」
なんかお世辞が板についてる、きっと役人のお仕事で磨いたスキル、だったりするんじゃないかな。
ヒィゴって聞こえたけど……あ、自己紹介すると肥後くまだから……なるほどそうなのかな?
みやこちゃんの店かどこかで二人は会ったんだね、それで。
今のこの反応。
「ありがとうな、それはまぁ、ええやん?今はもっと別な話しとるんやろ」
「と、言ってもです……よ」
お、ダンゼが口篭った。
やっぱ、なんか言いづらい事情ってゆー何かが有りそうな雰囲気。
「ダンゼ、私が話します。よいでしょ?」
「……いいですよ」
そんなことを思ってたら、イライザが落ち着きを取り戻してきたっぽく、ダンゼに交代を持ち掛けてる声が。
「私、二人で逃げようと思ってるんです」
イライザの一言に場が凍りついた。
え……ええ?
「父さまも居ません。私たちの仲を割くものは何もないと、思っていました。そうでは、そうではなかったのです」
イライザとダンゼが……駆け落ちってやつですか、これって!
つい、っとみやこちゃんが前にでてダンゼを見てから、イライザに向きを変えて口を開いた。
「お別れを言いにきたってゆー……そうか、そういうこと……」
「太守連中が、な。うるさい事を言い出したんですよ。ラザをある太守の妻に、と。そういうことです」
これ。
アレじゃない?
政略結婚、違うか……。
国王は姿を見せないし、黒翼が王様でしょ……?
特に得する人たちがいないのに、政略結婚とかしようがないもんね……て、なるとさぁ。
!───っ、イライザに惚れたとかしか、惚れたとしかっ。
思えなくない?
わたしは一人で、その時。
めくるめく、妄想の高速道路をとんでもないスピードで走り出していた。
……いいじゃん、もてた事無いんだし。
妄想の中くらい、スパークさせてくれても!
そう、イライザになった気分でうへへ。ってどっぷり浸っていた、逆ハーレム妄想に。
女の子の憧れだよ?
ただし、好みの男子に限る!!
そんな妄想なんて、長続きしないってことくらい解ってる。
ふいに現実に戻された、妄想に浸った時間なんてほんとに僅かだったぽい。
だって、さ。
大してさっきと状況は変わってないんだもん。
まだどことなくふわふわとした感覚でぐるりと周囲を見舞わす。
そんなわたしに聞こえてきたのは、凛としたみやこちゃんの声。
「イライザ、どこに行くつもり?」
「そうやな。追っ手もかからんわけないやろし、簡単なことやあらへんやろな」
「そう、ですねー。街道を避けて西にでも発とうかと思っています。今は」
「ラザ、残念だけどそれじゃ捕まるな」
「じゃあ!」
目の前では四人が行き着く先のなさそうな答えでも探してるぽく、次第に荒くなっていくその声。
後ろから、愛那の抜けたように呟く声が対照的に聞こえる。
(イライザ、どっか行くの?おみやげは?)
(おみやげかー、そうだな。貰えるなら甘いものがいいな!)
この二人にシリアスは難しいんじゃないかと思えてしょーがないんだけど……。
それでも目の前ではシリアスなシーンが続いてて。
四人の声に被って、愛那とぐーちゃんの控え目な呟きはわたしの耳にくらいしか届かなかったみたいだよ。
その時、イライザが一層声を荒げて叫んだ。
わたしだけ気づいたかも知んないな。
イライザのその金色の瞳からはつつ、と水滴が流れた痕もあることに。
「じゃぁ、……どうするのです?」
ダンゼの脱力感のある呟くような一言にバサッと髪を振り乱す、感情も表情もコントロールを手放したイライザは。
ぐぐっと手のひらを震わせるくらい握り込んで。
「私の気持ちは伝えたじゃないですか、ダンゼ。二人での未来以外考えられないのです。私が、私は───ずっと、ずっと。ずーっと昔から、あなたとっ交わした約束が成るものだと思ってっ、…います。そうならないなら───っ!……オレはダンゼを奪い去ってでも、信じてきた未来のためにっ、全て捨ててっ、どこにだってっ、逃げてやるんだぁあああーーーっ!」
意を、吐き出すように想いを口に出して、声にした。
言葉に嘘がない、言葉を選んでないほんとに溜め込んでいたストレートな意、想い。
もう、圧し殺すことが苦しくて堪らないと聞いているだけで伝わる。
と、そんな鬼気迫る……え、ええっと……これってアレだ、そうだよね。
間違えないようの無いくらい痛々しくてストレートに刺さった。
わたしが、告白されたみたいに。
他人の告白って見たこと、ドラマか漫画か程度しか経験ないから……生告白、しかも初。
これは、クる……、ものがある。
ヤッバい!
胸のどっかにイライザの気持ちが入り込んだみたいに、ズキっズキってする!
相手も居ないのに!
「ラザ……」
これって公開プロポーズ……?わ、わわぁ、こっちが逆に恥ずかしくなってきちゃうよ!
胸の痛みはずっと続いてて。
ズキっズキって。
返事をかえすダンゼを見ることも出来ずに俯いたまま聞いてた。
「私だって、血の一滴一滴がラザのためにだけ存在していると思っている。約束を成そうとも思っている。だけど……」
間を取ってから、ザッザッと足音がした。
ダンゼがイライザに近寄ったのかも知んない。
「本当に逃げ切れるのか?国中に目があることをラザだって知っているだろ?サーゲートを抜けられないなら二人で暮らせる未来は無いんだよ……」
頭を上げて二人を見ると、ダンゼがイライザの手を取って見つめ合っている、そんなシーンで。
なんか……絵になるなぁっ……。
黒い、紺かも知んないけど濃い色のスーツの上下のダンゼに、控え目なレースが上品に散りばめられた赤いワンピースドレスなイライザ。
このまま二人を記念写真したいけど、そんな魔法ってあったりしない?
黙ったまま、二人はそうやって見つめ合ってたんだ。
外野のわたし達も黙って見ていたんだよ。その絵みたいな光景を。
だけど、痺れを切らしたように呆れ声でちょっと嘲りも孕んで聞こえた声の主は。
やっぱり、みやこちゃんだった。
「そろそろ答え出そう?……そうは見えないわね?───」
イイトコ、教えましょうか?
そう言って最後、声色を圧し殺すと唇の前で人差し指を立てて。
どこか、妖しげな表情を浮かべるみやこちゃん。
「「どこにっ!」、そんな場所がっ」
「ちょっと遠いのよ。でも、そこは簡単には行けないし、追っ手も入っては来れないと思うのよね。どう?」
───乗る?
イライザとダンゼの驚く声が被った。
でも、その声色はどこか嬉しさを含んでいるように思ったんだ。
みやこちゃん、相変わらずさっきから勿体振るみたいな喋り方。
イライザとダンゼだけじゃない、この場にいる全員がその先を知りたいってゆーのにねー……?
「──教えてくださいっ」
「シェリルはん、カルガインてオチちゃうやろな?」
イライザかダンゼがすがるような声を上げると、被り気味にアスミさんが珍しくイラッとしたように口を挟んでくる。
いつまでも埒があかないこの空気に嫌気がさしているのかもね。
わたしだってそうだよ。
「そだよ。カルガインじゃ近いからすぐ追っ手来ちゃうよ?」
「ちちち、もちろん───違うわよ、誓って……追っ手なんて入れないわよ?何ならわたし達だって着いて行きましょうか?」
カルガインなら帰り道だし、わたし達で思い付かないわけ無いでしょーよ。
違いますよーだ!
そうは言ってないけど、そう取れなくない目線を貰ったんだもん!
だけど、みやこちゃんは余裕の笑みを浮かべてわたしに目線を流して。
小バカにしたっぽく小鼻を鳴らすんだ。
顔の横で伸ばした人差し指を軽快に回してるのは何かの癖?
あれもムカッと来た!
「はいっ」
伸ばした人差し指は最後にイライザを差す。
合わせたように、イライザから暗い表情が消え失って朗らかないつもの笑顔のイライザに戻った、へへへって。
「だから、どこなんや?そんな、ディスティニーランドみたいな都合えぇとこあるのん」
解ってないアスミさんは声を荒げ。
「あ、ああっ!」
解っちゃったわたしも大きな声で、アジト中に響き渡るような大きな声で。
思わず叫んじゃった。
そしたら、なんか懐かしいあの顔が目の前で動画みたいに鮮明に動き出しちゃったり。
しばらくぶりって感じ、アハハハ!
会いに行きたいな、みんなのトコ。
「わかったかしら?行ったことあるものね。そう───」
地下世界よ、久々に行きたくない?
「けど、そこまで行くまでに追っ手に見つかる可能性が超しんぱーい。カルガインに一度は入らないとだし」
「カルガイン、一度帰るつもりだったから。あっちに支店作りたかったのよ」
「そやったんか……カルガイン、……か」
みんなの思惑は置いといて、わたしは唐揚げが食べたいです。
アドルの唐揚げ、美味しかったなー♪
5時間くらい掛かった…やぱり夏バテっぽいです。