夜は更け往く
屋敷の岩風呂を堪能した後で体を拭いて用意したパジャマに着替える。堪能出来たのかな・・・
京ちゃんが邪魔して来なかったら良かったんだけど。中から嫌な笑い声が聞こえて悪寒が走る。また悪い事を考えてるのかな、わたしに関係ないことだといいな。
など思案している内に着替え終わったので屋敷を見て回ろうと思い付き脱衣室を後にする。
屋敷はざっと見て回った所、洋風で作りはしっかりしているが装いに拘った等と言う事は無く意外とシンプルだ。
商人の持ち物だったのか広い倉庫が屋敷内に2つもあるのは変わってる点かな。2階の広い踊り場にはテーブルと2脚の凝った椅子がありここはサロンに使われていた事がわかる。
在りし日は御婦人達が茶を楽しんだだろう光景がありありと浮かぶ。
2階にもリビングは有ったが半分は襲撃を受けたのか剥き出しになっている。直して貰わないと底が抜けて落ちそうだ。このリビングは元々から壁が無くて柱だけで支えられてるから尚更。後は開けてない部屋が幾つか。でもどれも寝室か物置じゃないかな。
南側は襲撃を受けた時のダメージで1階も2階も直さないと住居に向かない。北側は大丈夫だけどそれでも部屋数は限られてしまう。と思っていると下から話し声が聞こえてきたのでわたしも下へ降りることにした。
降りると壊れたリビングで無事だったソファにゆったりと、半裸で座って寛いでいるシェリルさんと、無事だった椅子に背受けを前にして、もたれ掛かって話しているヘクトルが目に入る。気付いて手招かれたのでわたしもソファにもたれ掛かって座る。
今居る1階のリビングは南側の壁面も無く半分は床も瓦礫が散乱しているのか壊れたままなのかわからない程で、元の持ち主が調度品も持ち出さなかったのか乱雑に北側の隅に押しやられている。無事だったのは今座ったソファといくつかの椅子と燭台を置く引き出し付きの台座ぐらいで。
燭台に蝋燭は灯っているけど、4隅に取り付けられた魔光の明かりの方が明るい。グロウのマナの欠片を使った物なんだって。
「で、ヒーラーは用意してくれるっのかなー?」
「隊長がヒーラーらしかったけど、ダメだと。」
「あっ、ダメだったんだ。」
「経験は無いような者で良ければって話は貰ったけど。」
「居ないよりマシなら連れて来ましょ。ブルボンに居たら出来ない経験させたげるって言っといて。」
「おう。」
もう二人の話は半場終わっていてシェリルさんが何処からか手に入れていた煙管に蝋燭の火で点けると燻らせながらヘクトルが討伐隊から初心者のヒーラーなら貸し出せると言う報告を聞いていた。少し残念そうにベテランのヒーラーが同行出来ない事を聞き返している。出来ない経験をさせるってどういう意味でなのかな?気にはなるけど怖い。
終わるとヘクトルは一つ延びをして左肩をトントンと叩くとリビングからそのまま外へ歩いていく。まあね、玄関有って無いような感じだし。煙管を吸い終わるまでシェリルさんはここに居るらしいのでおやすみの挨拶を済ませると1階の客用に作られた寝室に向かった。
》》》》その夜》》》》》
違和感に薄目を開けると右手をヒラヒラさせてにこにこしている京ちゃんが視界に映る。隣も寝室だからそっちを使えばいいのに、もぅ。
疲れて眠いんだからおこさないでよぅ。再び夢の世界へダイブするわたしを引き留めようと肩をゆさゆさと揺すられる・・・
ふぁあ、なんなの。意地でも寝付こうと踏ん張るけどやっぱりダメね。京ちゃんは何の遠慮も無くわたしの胸を揉みしだいて覚まさせようとする。薄目をまた開けてはね除けようとすると、
「ね、凛子ちゃん。」
「な、何ですか。」
胸を揉んでいた掌が一度離れ、彼女はわたしにのし掛かって来る。京ちゃんの生息が頬を撫でる。近いぃ、近いってばぁ!
「そんなに緊張しないでよー。」
にんまりと笑って耳元で優しく囁く。月灯りに照らし出された彼女は本当に神秘的で瞬間的に息をするのも忘れるくらい美しくわたしの瞳に映った。
「いちいち触らないで。すぐ、・・・触る。」
「だって、みやこ寂しい・・・」
夢なのか醒めているのか解らない瞬間が在ったものの神経が教えてくれる感触によって現実なのだと理解する。わかったわかったから、目醒ますよ。て、寂しい?
ほんのさっきまで怖いくらい綺麗に映った京ちゃんが今は幼子に見える。目の前の幼子は終始胸をまさぐってくるんだけどね。
「―――この手は?。」
「?、おっぱいだよ。」
胸をまさぐって来る手を掴んで両膝を立てて起き上がろうとした途端に京ちゃんが倒れ込んで胸に顔を埋める。狙ったな、狙ってやってる狙ったかー。
恥ずかしいよりもワナワナと感情が高ぶる。この頃には完全に目が醒めていた。コテンっと首を傾げて『ん?』と見詰めてくる京ちゃん。あざとい・・・
「んっふっふぅ、やぁめてー。」
急に悪戯っぽい表情に変わると脇、脇腹、おへそ、太ももと移動しながら擽り始める京ちゃん。フィニッシュには足の裏をこねくり廻すように擽ってきた。わたしが笑うのを我慢してるとこがツボったのか突然ケタケタと笑い出して、
「はーい。そーだ、凛子って初心者のままレベル最近まで1だったんでしょ?ステポ振ってないんじゃない。」
素直に擽る手を止めてくれた京ちゃんが笑い過ぎて溢れた涙を掌で擦りながらふいに重要な事を口走る。何だそれー?
「みやこちゃん、ステポって?」
「ふふふ、じゃあステポに付いて教えるわ・・・」
ステータスポイント。通称ステポ―――レベルが上がる毎に3ずつ増える。他に特定のクエストとメインシナリオの達成でその度用意された分だけ貰える。10貰えるシナリオがあったり1しか貰えない事も。手に入れたステポを各ステータスに振り分ける事でそれだけ強くなる―――と、言うことらしい。シナリオ手付かずです。クエストはこっち来てからしかしてないからステポは貰えて無いかな?
「もしかして、ヒール効果上がったり。」
「うん、回復量は増えるよー。わたしは魔法剣士に誇りを持ってるからヒールは他人任せでよく知らないけど、きっと。」
少し考えて気になった点を問い掛けて見た。ヒールが強力になればきっと今よりもっと皆の役に立てる。横目で彼方に視線を向けながら京ちゃんはちょっと思案して後半は眉を歪めて困りながら答えた。
魔法剣士と言っても成り行きで剣持つ事になっただけで魔法がメインなんだからねと付け加えて。
「あとさ、りんこの契約神てなぁに?」
「えっ、・・・うーん。」
『契約神』という言葉に本気で眉をしかめ考え込む。サポートするとか言って一度も出てきてないから誰を選んだのか正直忘れてしまっていた事も付け加える・・・
「まあ、街にずっと居たんなら『降りて』来て冒険のヒント貰ったりなんて無いから忘れちゃうか。」
「・・・チュートリアルそのままで始めちゃったら。」
なるなる!契約神、街にいたままじゃサポートに出てこないみたい。それ書いてなかったよ、マニュアルに。思案を巡らせ黙っていると何時の間に動いて来たのかフォローの言葉を呟きながら京ちゃんが真横に居る。
なんとなくチュートリアル思い出した。カーソルを動かしてちらりと説明を読んで、たくさんの契約神の中から選ぶとか出来なくなり・・・結局、最初の契約神を選んだんだった。アカウント削除も無いからやり直す事も出来ないまま今に至っている。
「!良かったじゃない。人間+イーリスは隠しスキルあったはずだよー、確か。」
「へ、へえー。ヘクトルにも後で聞いてみよ。みやこちゃんは氷・・・だよね。」
隠しスキルってエクセ・・・みたいな強力無比な必殺技の事だろうか。エクセってあれだけ凄いのに1段階なんだって。特に気にもせずに京ちゃんの契約神に話題を振ってみた。ヘクトルの契約神も知らないな。
「うん!氷の女帝アルフザルド。ハイランド行けば必ず会えるけどね。契約神一せくしーだったから決めたんだ。」
にこにこ笑顔で京ちゃんは答えてくれる。決めた理由それ?実に京ちゃんらしいとは思うけど、普段の言動から察するに、生き方ってか生活スタイルからどっちかてゆーとそっちだもん。
そのやり取りが切っ掛けで夜も深いんだろうけど、NOLUNのあれこれを話し合うことになっていく。
「クエストの解放は早かったけど、移動範囲は狭かったって聞いたよ?」
「フィールドマップがえーと、4エリアで街2と城1が解放エリアだったから他ゲームと比べると狭いね。その分ダンジョンマップ100、クエスト1000以上とクエストで世界を把握する感じ。忘れがちだけど何気に塔1階分がフィールド1エリア相当なのが不思議なのよねー。1階にもエリアボス出るし。」
綺麗な造りの顔を歪めて思案しながら問い掛けに答える京ちゃん。あ、ダンジョンは知らないのもあるし、100くらいかっ!てと付け加えるのも忘れない。どうもダンジョンの数がどれだけとは把握できなかったから数を歪めて考えてたみたい。
「モロー族って変わった人に会ったんだ、もう次のとこ行っちゃったけど。」
「レア中のレア。定住地がザールアリアの奥地だけで、契約神絡みじゃないと会えない種族って思ってた。会ったんだ。」
そう言えば昼間出逢った可愛い種族の事をすっかり忘れていたと思い出して京ちゃんに教えると、ぱあッと顔を明るくさせて瞳をキラキラ輝かせて、隣に座るわたしの掌を痛いくらい京ちゃんの胸の前で握り締め詰まった物を吐き出すように喋り出す。
興奮しすぎて何言ってるかわかんないとこあるんだけど?京ちゃんてこーゆー子供染みたとこあるんだもん。たぶん、年上だろうけど、そこだけは妹みたいだなー。妹居ないけど。落ち着いてっ。掌が痛いからと握り締めるのを止めて貰って取り返す。
「強者を求めて旅してるんだって。あ、・・・」
「返すタイミング無くって持ってきちゃった。」
昼の痴情の事を思い出してフラッシュバックする。あぁあああ!もぅあれはヤダ、ヤダ、ヤダーぁ!!
と同時に返してない事を思い出し、メニューを開いて確認。うむ、確かにある。品名・モローシャツ
耐性・雷-水-風
制限LV・無し
DEF+2・INT+1
性能―スクイッドの鞣した皮膚で加工されたシャツ。水を弾く技飾が施されている為、水に入った後でもすぐ乾いて安心。薄くて強靭で透けるので重ね着にピッタリ。
なんだこれ。ひとまずレアっぽくは無いな、制限LV無しだもん。透けるのか、性能説明に書いてあるじゃん!ヤルンマタイン知ってて着せたのか、忘れてたのか。ああー、思い出しただけで頭ボンっ+顔超真っ赤だよぅ。
メニューを開いたまま一連のわたしの行動を見てたらしい京ちゃんが何見てるの?と心配そうに聞いてくるのでモローシャツを見せて借りたまま返せなくなってしまったことを話す。と、
「メニュー開くなり、顔真っ赤にして不審な行動をするから気になっちゃって。」
と言うなりシャツをわたしの手から奪って、引っ張ったり、シャツの中を覗いてみたり興味津々に顔をキラキラさせてみたり驚いてみたり面白い顔になってみたり。
どぅしちゃったんだ京ちゃん、百面相で笑わそうとしてるワケじゃないのはわかるけど。
「あははは。透けそうー、面白い素材ね。ゴム?」
今度はにこにこ笑顔で覗き込む様に質問してくる。何か気になる事あるの?レアっぽくないし京ちゃんがそこまで興味引かれる物とも思えないんだけどー。
「スクイッドの皮膚って性能説明に。」
「人間大のイカ。」
「え?、」
「海に関係するダンジョンに居てさー。群れで来られると嫌かなー。」
京ちゃんの異様な興奮具合にちょっと引きながらも答えると、彼女は眉を吊り上げ知っているモンスターの皮膚で作られている事に驚いてみたり。
わたしの詰まり気味の問い掛けにも興奮収まらないと言った勢いで一気に吐ききる様に答えると、
「この触り心地わたし好きかも。じゃなくて、・・・好き。」
何か陶酔した風なトロンとした瞳でシャツを頬ずりし始める京ちゃんは、蕩ける様な艶を帯びた甘い声で誰に言うでもなく囁く。
ラリってんのかというくらい呼吸も荒く早くなる。気のせいか、頬が朱に染まっているようにも見えていた。
「みやこちゃん、顔怖いよ・・・興奮し過ぎ。」
「洗って返すからこれ着ていい?替わりにこのベビードール着ていいから。」
「え゛?、でも。」
わたしの言葉は耳に届いてないみたいで、答える暇も無くピンクの可愛いベビードールを脱ぎ捨てモローシャツを着始める。表情がキチガイ染みていて狂気すら感じる彼女は。
「おっやすみなさい。いい夢見ろよ、凛子。」
すこぶる機嫌の良くなった京ちゃんはわたしに軽いデコピンを入れるとハミングをしながら部屋を後にする・・・何だったの?いきなりの超ハイテンションにわたしは戦慄すら覚えた。このー、ベビードールは制限LV無いのかなあ?可愛いし確かに着てみたいけど・・・
部屋を後にした京はと言うと、普段の彼女からは見受けられないような歪な狂気すら孕んだ表情で隣の寝室へと歩む。
『ぬぅぁぁぁ、これ。この締め付け感。肌がもう一枚生まれるみたいな一体感と吸い付き具合。ザールアリアに行けばコレを大量生産してる職人が居るのよね?でもどうやって行けばいいのかな?』
モローシャツを、スクイッドの鞣した皮膚を気に入ってしまい寝室のベッドに倒れ込むなりハートが沢山背景に飛んでいるのが見えてしまうくらいシャツの感触を思いの丈確かめては狂うほど身悶えする京。ゴム服の虜だった彼女が異世界ではゴムなど無いだろうと諦めていた所、目の前に現れた類似品に激しく狼狽し、心奪われても何らおかしくはなかった。
まくらトークですよ。夜と言えば、あ・・・全然バトらないなぁー