獅子姫(修正)
獅子姫の直しになりますー。
今回エルフのことを笹茶屋がくっちゃべりしてますが、こっちも読まないと意味判らないかな〜と思ったので……(なら、早く修正すればいいというのはごもっともですが……)
獅子姫
謁見の間は、まるでサッカーのグラウンドの様に、縦横にただただ、だだっ広く作られていて天井も天に届く程に高い。
左右の壁には等間隔に幅一メートル程の細い窓があり、その窓から暖かく柔らかな陽光が射し込み、だだっ広くて高い天井を支える太い柱が所々にある以外何も無い謁見の間を明るく照らす。
窓の幾らか上には、コンサートホールの二階の様なバルコニーがあり、十人掛けで石造りの椅子が何脚も、幾つも幾つも幾つも、ぐるっと謁見の間を取り囲んでいる。
その中心に赤い絨毯が敷かれ、更にその奥には段が付いてその上に一際豪奢な、ロココ調に似ているが更にその上を行く、細かい模様や彫刻が施された玉座が鎮座している。
その玉座の主である美姫は微笑みをたたえて待っていた、だだっ広い謁見の間にただひとり座って。
「親愛なる陛下の忠実なる騎士・シャリア。グロリアーナ陛下の御命令通り、国境警備の折りに発見したこの者を、連行して参りました」
美姫の前まで来ると、シャリアはうやうやしく跪いてそう言う。
その表情はどこか緊張しているようだ。
態度からも明らかに身分が彼女、シャリアよりも遥かに上なのだろうという想像が出来る。
決して、このサッカーグラウンドのようにだだっ広い謁見の間の赤絨毯の上を鎧姿でエクトを引き連れ、その……歩き疲れてしまった、という訳では無い。
自然と汗が額から頬を伝いポタリと赤絨毯に落ちる。
扉が開いてから5分は歩き続けた様だったが、断じて疲れてしまっただけでは無いのだ、歩き疲れはあったかも知れないが。
シャリアから、グロリアーナ陛下と呼ばれた人物を見れば金色の長い髪を両脇でカールさせており、清廉された刺繍がしつらえられた高貴な純白のスーツに身を包んで、細く人形の様な左足をこれまた人形の様な右足の上に載せて足組みをし、更に、細く人形の様に均一な両腕は、それが収まるべき豪奢な玉座のきらびやかな輝きを放つ、宝石が散りばめられた肘掛けを掴んでいる。
彼女、少々まずい事情を抱えている現グロリアーナの若き女王であり、シャリアの古くからの年下の友人でもあった。
実年齢といえば、グロリアーナの方がそれは純然たるエルフである尖り耳を、カールしたふわふわの金髪の隙間に見るからに、シャリアより随分年高いのだとしてもエルフと言う種族は、人間を遥かに上回るその産まれ持った長寿ゆえに、体感する時間の流れは非常にゆったりしていた。
彼らエルフ達の5年、10年が人間の1ヶ月程に感じられる程度ぐらいと説明すれば、その異常なゆったり加減がお分かりいただけるだろうか?
……エルフ達の時間感覚には、ゆったりした独自の生活リズム、独自の時間で生活を送っているとされる日本の南部の島国の人たちもビックリするレベルだったりする、かも……知れない。
成人に至るまでには百幾年を要するエルフであるから、知性的種族であるものの子供の内は、人間の幼子と変わらない。
エルフ達はその幼子である期間が、百年ほどはあると言われる。
このグロリアーナに至ってもそれまでの例に漏れず、その精神はまだまだ幼くて、例えば、年齢はグロリアーナが遥かに上であるのに、シャリアが小さい頃はその後ろを追い掛け、まるでシャリアを姉と慕う姉妹であるかの様だったと言われている程。
エルフの特徴として尖った耳と長い寿命の他に、顔から溢れて落ちそうなくらいの、大きく美しい宝石と間違えられそうな瞳が上げられるが、グロリアーナもそれにまごう事無い大きく美しい瞳をしている。
例えば、エクトの二倍ほどは有るのではないかと思える程だ。
人間が求め描くまま、キャンバスからそのまま脱け出したかのようにその姿は美しく、人間が古くは大陸の皇帝がその権勢を永遠の物にせんと喉から手が伸びるほどに探して追い求めた不老不死とは言えなくとも、それに匹敵するだけの年月、何千年と生き、恋焦がれる程に長寿で、人間が究めんとする程の全智を持った最も賢い種、それがエルフ。
このグロリアーナもそれに漏れず、外見だけを見るにまるでフランス人形か、芸術家が頭に思い浮かべてペンを手に取り描きあげた絵画が、そのまま動き出したような美しい調度品の様。
人形造型師が丹念に、幾年も掛けて納得が行くまで成形し続けたらこうなったんじゃないかとさえ思えるその整った顔に、その一本、一本にまで拘って植え付けられた為に、見事としか言えないのでは無いかと思えるその細く、柔らかそうでいてその実しっかりときめ細やかに生え揃っている、金糸細工の中でも傑作である様なふわふわカールの金髪、如何様な黒真珠も、如何様な暗黒光輝石も敵わない、高貴で気高く神秘的な輝きを湛える美しく大きな黒い瞳。
正に端正に整えられて、丁寧に丁寧に長い年月を掛けて造型された、持てる全ての技術の粋を究めて誕生した人形の様な容姿をしていた。
とてつもなく美しく、神秘性を兼ね備えたエルフであるのだが、加えて言うと唯一つ。
彼女、グロリアーナは小さい上に外見はそれまでの例に漏れず、やはり幼い。
見た目は小学生低学年っぽくにしか見えないのだ、どう贔屓目に見ても。
そんなグロリアーナは、玉座から背を浮かせて上半身を前に伸ばしエクト、シャリアの順にその宝石と見間疑う様な輝きを放つ瞳で見定めた。
『こやつなのですか?』
シャリアが報告書を出して、グロリアーナが目を通すや否やエクト連行の命令を下しており、シャリアはエクトを引き連れこの度の急遽の登城となったのである。
彼女、グロリアーナに何らかの思惑があっての事に違わなかった、それはシャリアも心のどこかで気付いて疑っていた事。
「崩して良いぞ、シャリア」
グロリアーナは微笑みをたたえつつ、どこか威厳ある態度で玉座に背を押し付けて座り直すとシャリアを立たせる。
要は、グロリアーナの態度は偉そうだった。
実際、偉い立場なのだけれども。
玉座の主であるグロリアーナは微笑みをたたえて待っていた、だだっ広い謁見の間にただひとり座ってシャリアの到着を。
彼女が連れてくるはずである所の報告書に書かれていた少年の到着を。
少年の手にする槍、シャリアの報告書には『……賊は鋭利な槍のようなもので突かれて一撃で事切れており、その周辺にいた見馴れぬ様相の少年を捕えて調べて見たのですが、槍など持っていなかったのです。調査は続行しますが、出会った事の無い案件だと思われます』と、書かれていた“見えない、不可視の槍のようなもの”の報告にグロリアーナは、ある妄想をしていた。
期待と不安をない交ぜにして今か今かとただただ待っていたのである。
好奇心からの期待、もし妄想が妄想で終わらず確信となり本当の事だったらと言う不安。
神代の神話の中にも、如何様にも小さく如何様にも大きく姿を変える魔槍があった事を、何故かグロリアーナはシャリアの報告書に目を通してすぐ思い出していた。
そこは執務室の、グロリアーナにはサイズの大きな歴史を感じさせる机の上で、実はこの机は五百年程前から歴代の国王が使用してきた実務机だったので、グロリアーナには少々……いや、かなりサイズが大きな机だった。
椅子は別注で特別に上げ底されたものを用意させ、それを使ってはいるものの、やはり体を机の上に寄り掛かってようやくペンを走らせられる状況という。
執務室は独特のペン=インクの匂いと本の匂いとが合わさった、例えるなら図書館のような匂いがする。
グロリアーナは書き物が苦手な部類で、しょっちゅうインクを溢したり書き損じて何枚も紙を無駄にするので書官や代筆から清書前に一度、他の紙に走り書きでも練習をしてから清書に移る事をお願いされていた程でグロリアーナ・ヴィ・ダ・グロリアーナと名前を書くだけでもインクを倍の量使う。
グロリアーナに言わせてみれば、山を通り越して山脈になる程に高く積み上げられた各種報告書や他の書類に、ひたすら目を通してサインをし、受領した証のための捺印をするこの時間はとてつもなく無駄な時間だった。
「疲れたのですーっ! 食事をする暇無いですっ」
山脈となった書類とは別に緊急、又は即日の内に目を通してサインしなければならない特別視報告書というのが実務机の目の前の小さなテーブルの上に用意されていて、気分転換に実務の机から飛び降りると、スタスタと歩いてテーブルに辿り着くと冷えた紅茶のカップを啜るように口から喉に注ぎ込みながら即日分の報告書を手に取る。
「はぅ、……何も全部に目を通す必要ないと思うのです……ン、これは? ほう、シャリアお姉様からの報告書ですか……。ふむ、……ふむふむ……ううーん……」
その中にシャリアからの報告書を見つけ嬉々として目を通したグロリアーナだったのだが、目を通していく内に段々とそれに書かれていた内容には嫌な感覚を覚えたグロリアーナは直感的に、
『妙な感覚ですっ、あってはいけないものが現れたような気分なのです……』
声に出さずにそう思い急遽、シャリアの報告書に書かれた少年の登場を指示したのである。
頭にぴったり張り付いて離れてくれない、妄想が間違いであればいいと思いながら。
「……気のせいで済めば良いのですが……、なのですが……」
グロリアーナに祝福を齎し、グロリアーナを加護してくれている女神・サロの命を、あと一歩まで追い詰めた魔槍の事を。
『わたしは知っているのです、お姉様の報告書に書かれた槍に良く似た“魔槍”の存在を──』
「は!
―――ええい、陛下の御前であるぞ。許し無き者は……」
命令したグロリアーナの声に従いシャリアはすらりと立ち上がると、エクトが腰を着いてだらけたように赤絨毯に座っているのを横目に見て気付き、態度を荒らげる。
そんなシャリアの態度に、大きな瞳をすぅっと細めグロリアーナが、シャリアの声を遮るように口を挟んでその場を制した。
「良いのです、シャリア。貴女も控えなさい」
厳しい目付きで、しかしゆったりとシャリアを叱ると視線をエクトに移し、
「お名前を聞いても?」
再び微笑みをたたえてグロリアーナが尋ねる。
その間に、シャリアは命令を受け入れて離れた扉の前まで下がろうと歩き始めるが、エクトに対する警戒は忘れない。
厳しい目付きで睨み付けたまま、グロリアーナの話に耳を傾けるシャリアの瞳はエクトに、シャリアの耳はグロリアーナに忙しい。
「名前は、エクトだよ」
後ろに下がっていくシャリアの背を追っていたエクトの目線が、グロリアーナに戻り自分の名を名乗ったかどうかの刹那。
グロリアーナの後ろの白壁には異変があった。
どこからか闇が滲み出すように現れ、それはみるみる内にある物を象ってゆく。
蛇、其れも一飲みにグロリアーナやエクトくらいなら楽々、咥え込んでしまいそうな大きな口を開けた巨大な人喰いの大蛇。
鎌首を持ち上げ周囲を威嚇するようにしゅるるるると音を立てて、闇と同等の暗黒の肌に幾分か仄かに薄く黒い鱗、そして何よりも鮮血の様に紅い瞳が刺すように鋭くレーザービームの様に煌めいている。
「なっ? 陛下っ!」
異変にいち速く気付いたシャリアが、取り乱しながらもそう叫んでグロリアーナの元に一息に駆け寄り、腰の剣に手を掛けた。
「控えなさい、シャリア。これは神である。……闇の神……」
するとグロリアーナは、再び厳しい目付きに戻り、今にも、突如現れた闇の神の変化した大蛇に斬りかかろうとするシャリアをたしなめる。
そのグロリアーナの視線は冷たく、闇の神―――ゼルヴァラルを向いたまま。
「障るものかも解りません! 陛下、お許しをっ」
「小娘、水巫女の小娘。我は王に興味など無いのじゃよ、安心せい。……ちっぽけな王などにはのう……」
シャリアがグロリアーナの制止を破り、前に出て剣を抜き放って構え、闇の神・ゼルヴァラルに対して警戒を強める。
いつのまにか闇の神は赤いローブを着た老人の姿に変化していた。
その声も老人のそれで、しゃがれていてそれでいてどこかドスの効いた、聞く者を思わず震え上がらせるような、地面の下から響いてくるような力強さの籠った声だった。
それは例えるならヤクザの組長とも、権謀術数を駆使して周囲を蹴落とし国の中枢で全てを思うがままに操るが如く長年の間、議院の椅子を下りる事の無い腹に一物持った熟年者の政治家。
全ての中心に自分が居ると言う、揺るがない自信を持った人物のみが持ちうる凄みと言うものが、ゼルヴァラルの全身からはオーラの様に滲み出ていた。
そのオーラはとてつもなく邪悪で、暗く、黒い。
「我がこの場に出てきた理由のひとつは小僧、我が同胞であり兄弟であり我が力、冥王の槍をお主、……持っておろう?」
老人は懐かしいものを見るように、エクトの持っているであろう魔槍を見詰め語りかける。
「……アーベンライン」
そう言って、ゼルヴァラルから視線を自分の掌に戻したエクトが、無造作に伸ばした左の掌に乗せられた金属の筒に呼び掛けると、
「そ、それがっ!!! あの……っ!」
思わず、玉座から立ち上がって信じられないものを見たと言わんばかりの表情に一瞬で変わり、ふるふると戦慄く様に震えるグロリアーナから驚嘆の声があがる。
だが横からシャリアの視線を感じ、後半は口を手で抑えて声を頑張って飲み込もうとして見事押さえ込んだ様で、その続きは聞こえなかった。
すぐ近くに居たシャリア以外の誰にも。
妄想であった、妄想でしかなかった魔槍が今、目の前にいるエクトと言う少年の手の中にある事にグロリアーナの表情は興奮に綻び、しかし、すぐに曇天の様に曇る。
その時、グロリアーナの脳内は軽いパニックを起こす。
ゼルヴァラルの出現だけでも厄介だったのに、
『アーベンライン……あの……神話の魔槍・アーベンラインとエクトは言ったわ。言ったのよ、この、耳で聞き取ったのです。間違いない……でも、何故? 今、この時にこのグロリアーナに魔槍・アーベンラインが? それより、このエクトと言う少年がどうやってアーベンラインの封印を? ……低級の神でも神柱封印は解けない、解けてはいかぬのです……そんな事になってしまったら、神話が崩れるのですっ』
まさかの妄想が確信に変わり、そして現実になってしまうとは……グロリアーナは無理に保っていた威厳を忘れて、自茫自失。
その余りにも可愛らしい口をあんぐりと開けて、エクトの拡げた掌の上から視線が放せなくなってしまっていた。
グロリアーナやシャリアの居る玉座のある段より三段ほど低い、謁見の間の赤絨毯の上に立つエクトの掌の上に乗った金属の筒が、みるみる内にはち切れそうな程の黒いオーラを放つ魔槍に姿を変えると、
「こんなに、弱々しいお前を見るのは初めてだのう。我が兄弟よ、アーベンラインよ」
老人がそう言って禍々しい魔槍に呼び掛けると、老人の口から煙り状の闇が魔槍に流れて融ける。
すると、エクトの掌の上からコロコロと魔槍は転がり、代わりに闇色の黒い炎が魔槍から一層高く立ち昇った後、天辺の辺りは黒くてその他は金髪な見事なまでのプリンな切りっぱなしの髪型で、眼光鋭く燃えるような紅い瞳をしていて、鍛え上げられた筋肉美の褐色の肌を持った若い男が立っていた。
両の二の腕から手首に架けては見様によっては禍々しいトライバル模様のような刺青が入っている。
その風貌からは“ヤカラ”そのものとしか見えないし言えない、そんな感じ。
本来の、有るべき姿のアーベンラインが其処には立っていた、腕組みをしたまま仁王立ちの格好で。
更に付け足すと、ゼルヴァラルに向けて不敵な笑みを浮かべて。
「よおゼルヴァラル、久しいなァ」
「──アーベンライン?」
「そうだ。あれから何百年経ったかわかんねえが、みなぎってきたぜえええ!」
エクトの問い掛けに振り向いて答えた褐色の男が、自らはアーベンラインだと頷いた。
その間、グロリアーナは驚嘆しっぱなしで綺麗に整ったドングリ眼を大きく開いている。
当然だった。
『……何がどうしてしまったのです? こんな事あってはならないのですっ……、でも、この。全身の血が。まるで先祖の方々が報せて下さっているかのようです……『お前では敵わない、逃げろ』と……、嫌、とても嫌な感覚なのですっ』
一枚の衣も身に纏わぬ素っ裸の、褐色の肌をした男、アーベンラインだと言うその男の言葉が正しければグロリアーナの妄想が突き抜けて妄想で無くなり、神話の時代に強力な封印を受けて人の目の届かぬ聖域に静かに眠っていたはずのアーベンラインが、目の前に顕現した所を目の当たりにしてしまったのだから。
パリリと閃光を走らせながら、キラリと燐光舞い散らせながら、その古代の神が幻想的に手の届く距離に現れたのだから。
アーベンラインの顕現したと共に、まるで何らかの手を用いてでも、危険を報せるかのようにグロリアーナの全身の血が一瞬停止した、ピタリと。
その時、グロリアーナを守るべきシャリアも目まぐるしい周りの変化に対応仕切れず、順繰りに視線を巡らせあたふたするばかりで。
「獅子姫よ、グロリアーナよ、何事なのじゃ? 我が守護地に、……よもや闇の神を、呼び込むとはの……」
「サロ様!」
その場をキン!と引き締めるような厳かな声を放ち、グロリアーナの座っていた玉座の影からヌゥッと現れたのは水の女神サロ。
その姿は、枯れた老女で賢者や司祭が纏うような、細工の細かい刺繍が全面に施された青いローブを羽織っている。
どうやら、グロリアーナをたしなめに来たようであった。
サロが現れた事に驚き、声を揚げる二人。
「ここに至ってもその名で呼ばれますのですね、水の女神サロ様。」
グロリアーナの少々まずい事情というのが、この……水の女神にある。
要するには、まだサロはグロリアーナを王と認めようとしないのだ。
まだ幼さの残る美姫は横に並んだサロを睨み付ける。
「二つ目の理由はそこの年寄り女でのう。恨みを晴らさせて貰おうか? サロ婆よ───」
サロが現れた途端に、老いていたゼルヴァラルの声が青年の声に変わると、同時にゼルヴァラルの手の上に、そこには有り得ない様な巨大な象牙色の槍が現れようとしていた。
「逆の始点の天界まで持ち出して何のつもりじゃ? この妾を、そんなもので殺せると思うてか。面白い……ゼルヴァラル、今のお主に可能だと言うならば───殺してみよっ!! シャリア、そこをどけいっ!」
ゼルヴァラルに憎悪では無く、侮蔑を孕んだ、とても卑しいものでも瞳には映しているかのような態度でサロ。
怒鳴りつけられていそいそとその場を離れるシャリア、サロも同調して動く。
巨大な槍・アアルキュペラルが、ゼルヴァラルによって投げられるより早くサロの唱えた魔法は完成している。
「無論だ。殺す以外にサロ婆になど用はない……っ!」
「──サロエムシェル」
サロが唱えると水の天幕が生まれ、ゼルヴァラルを中心に半球状に広がって空間を包む。
そこに巨大な槍が投げ付けられるが、水の膜は耐える様に槍を受け止めた。
ゼルヴァラルがアアルキュペラルを更に押し込もうとするのを、サロが水の膜に包みこんで逆にアアルキュペラルを押し潰そうとする。
「いい加減になさってくださいませ。サロ様、ゼルヴァラル様も。城を吹き飛ばすつもりですのですっ?」
膠着した謁見の間に、グロリアーナの怒気を孕んだ非難の声が飛ぶ。
それでも、二人の神の攻防は収まる様子は無い。
「如何に、……神々と言えどこれ以上の狼藉を働くのであるのであれば──」
「何かの? グロリアーナ」
「小娘が! 邪魔するかっ!」
その様に苛立ちを隠そうともせずグロリアーナが割って入る。
そして、神でもないエルフの、グロリアーナの忠告など耳に入ってこようと、二人の神々は『はいそうですか! とは』受け入れない。
「ええ、全力で止めさせて戴きますですっ!」
二人に向かって叫んだグロリアーナ。
深呼吸をするようにスゥと息を吐いて、両の瞳を見開くと全身を金色に輝くオーラに包まれた。
オーラが更に膜の様にグロリアーナを包むと瞳、髪や肌、白かったスーツまでも金色に変化する。
「面倒な、絶対無敵空間かっ! 幼子が使うものではないぞっ」
「獅子姫よ、……まさかアーディアル・ヘイトをその身で、体得してようとはのう」
ゼルヴァラルは忌々げに。
サロは悲しげに言葉にする。
「ふん、興が削がれた。アーベンライン帰るぞっ」
そう言うとアアルキュペラルを闇に仕舞い、アーベンラインに向かって歩き出すゼルヴァラル。
「絶対無敵空間が何を意味するか……、解って使っておるのかえ、獅子姫よ」
やれやれとサロは水の幕を仕舞うために吸い込んでグロリアーナに向き直り、返答を待たずに言葉を続けた。
「それは……、命の輝き。残りの命の灯。悪いことは言わん、……二度と……使うでない……」
二人が離れ戦闘を止めたことでグロリアーナは、既に金色の姿から元に戻り微笑みをたたえて居る。
「使わなければ成らなくしたのはどなただったです?」
悪戯っぽく笑ってサロを見詰め両の掌で手を握り、
「このまま二人が手加減なく戦闘を続ければ、城はおろかっ、グロリアーナその物が無くなり兼ねないですっ。もの、ね?」
有無を言わさず畳み掛けるグロリアーナに、サロも苦々しく頷くしかなかった。
「あっちは片がついたみたいだぜェ、ゼルヴァラルぅ」
ニヤニヤとアーベンラインがゼルヴァラルを笑う。
人が神々の喧嘩を止めた形になったのだ。
これがアーベンラインは可笑しくてしょうがない。
「それとなァ、ゼルヴァラルぅ……お前と帰るつもりねェんだわ」
ニヤニヤと笑ったまま言葉にする。
「聞かせておくれ。なにゆえこのような所に留まるのだ? アーベンラインよ」
心底不思議そうにゼルヴァラルはアーベンラインを見詰める。
「コイツを気に入っちまったんだよ。な、エクトォ」
「それならば……仕方あるまい、殺して連れ帰るまで」
まさかの一言にゼルヴァラルは再び戦闘体勢を取る。
が、捻れる様に魔槍に姿を戻したアーベンラインに瞬く間もなく貫かれるゼルヴァラル。
「アーベンライン、貫けっ」
「悪ぃいな」
「ぐは!!! 何を?」
やり取りを静かに聞いていたエクトだが、間近で戦闘体勢に入ろうとしたゼルヴァラルに対して先手を取る。
アーベンラインを手元に戻し、見事にゼルヴァラルを刺し貫いたのだった。
「決定権はエクトにある」
「く、次はないぞ!
エクトとか言う小僧よ」
手負いの闇の蛇はアアルキュペラルを仕舞った時のように闇に巻かれるように消えていった。
その後サロが現れた時のように玉座の影に消えて、何となく謁見はお開きとなった。
グロリアーナも疲れを隠そうともせず玉座に倒れるように座り込みシャリアに心配されるなどしたが大事なく。
二人は揃って謁見の間を出される。
黙ったまま帰路に付いた二人を狙うように近づく人影があった。名をギデオンと言い、国の大臣であり水の神殿のtopでもある人物である。
「シャリアよ!何があったのだ?よもや儂を締め出すとは、御輿の分際で何様か!あの小娘は。」
不機嫌そうに不敬極まりない言葉を口にする大臣にシャリアは、
「他言無用で御座います!」
感情を圧し殺そうとするが上手く行かない。通ろうとするが大臣に塞がれる。
「儂が知らずに居て良い事などないぞ!」
シャリアの態度に更に度を増して不機嫌になるギデオン。
「貫いていい?」
邪魔だと言わんばかりにエクトは既にアーベンラインに手を掛けて居た。それを見たシャリアはぎょっとしてエクトを自分の影へ回し振り向き様。
「今はダメ。あの方はギデオン、あれでも国の大臣。」
それを聞いて何かを思い出したように納得するエクト。
「へえー。大臣なのか。」
そう言うとエクトは悪戯っぽくにやりと笑う。
「ふん!話にならん、獅子姫自身から聞き出してくれる。」
憎たらしそうにエクトとシャリアを交互に睨み付けるとギデオンはさっさと歩いて行ってしまった。
「肝を冷やしたぞ!貴様、国の大臣に喧嘩を売るつもりか?アーベンラインが出た時点で死んでいるだろうが・・・そうともなれば・・・」
「あれは偽物。」
その場で説教が始まりそうな所をエクトの一言が制する。
「な?」固まるシャリア。が、すぐに平静を取り戻すと。
「ここで話すような事ではない。場所を変えるぞ、付いて参れ。」
言うが早いかシャリアはエクトの手首を握り潰し兼ねない勢いで引っ張っていった。
エルフは長生きなので、とにかくゆったりしてます……けど、ノルンのエルフはほとんどハーフエルフだったりします……。
種族にとか、潔癖な一族とか例外もあるんですけどね〜