過去───チュートリアル。2
ええと、
マニュアルは・・・と。
まずは葵ちゃんを待たせてる筈だから、
探さないと。
メニュー画面の隅にヘルプを発見、
早速ヘルプを見てみる。
ええと、
NPCが街中を、
フィールドエリア内を歩いています。
さっきのエルフ達はきっとNPCって言う人だったのかも。
だって、
ユーザーには緑の文字で名前が正面から見ると頭の右上に表示されます。
って書いてあるけどエルフにもドワーフにもそんなの表示されて無かったもん。
ポンポンっ。
道行く人達を目で追いながら、
葵ちゃんらしき人を探してたら急に肩を叩かれた。
「君、僕も初めてなんだけど一緒にparty組まない?」
何コイツ。
わたしは違うんだってば、
葵ちゃんを探してるんだから。
暇じゃないんだよ。
振り返ると短い金髪のドワーフが立っていて、
片目がオレンジ色でもう片方は青の。
オッドアイってゆう瞳だったはず。
「人を待ってるんで。ごめん!」
わたしはオッドアイのドワーフにはっきりと、
誘いを断った。
するとドワーフは苦笑いを浮かべながら、
「うーん。考えが変わるかも知れないし、その人も加えてparty組めばいいんじゃない?ええと、フレンドなろうよ。離れてもchat機能でお互い話せるんだ。携帯みたいなもんね。」
大袈裟なジェスチャー劇をやってくれたドワーフ。
まぁ、
そう言う機能ならフレンドだけならまぁいっか。
「うん、じゃあフレンドはOK!partyは相談してから、って・・・これ、押せばいいの?」
わたしが話してる最中にイルミって名前がポップアップされる。
『イルミからフレンド申請があります。OK?NO?』
わたしは積極的だなーこの人と思いながら、
▽ OK
えんたクリックをした。
良く良く見れば、
笑顔に変わったオッドアイのドワーフの頭の右上にイルミと文字が出ていた。
「これで僕と君は、この世界のどこに居たってchatで話せるんだ。凄いと思わない?」
イルミのジェスチャー混じりの熱弁に、
わたしは首を左右に振って答える。
NOだ。
凄いとは思わない、
だって電話あればどこに居たって番号を知った相手なら話せるでしょ?
「えっと、凄くは無いかな。電話あれば同じだけど凄いと思わないもん。」
せせら笑いを含んでわたしの答えをイルミに聞かせる。
「地下鉄──電波無かったら電話は繋がらないっしょ。chatならダンジョンの深い所にいても、海の中だって話せるんだよ。ね、そう思えば凄いでしょ?」
いちいちジェスチャーが笑えるんだよなぁ、
このドワーフ。
「笑い殺す気なの?アハっアハハハハ!」
「普段はシャイだから僕、こんな事出来ないんだけどやってみたかったんだ、面白かった?良かった。」
堪らずわたしが吹き出すと、
イルミがにかっと、
会心の笑みを浮かべて胸を張る。
こうやってイルミと打ち解けた頃、
虚空にオレンジ色で文字がいっぱい現れて浮かぶ。
のぶなが》凛子ーお待たせ!
のぶなが》凛子ー?
634 》うるせー
じーく 》フレチャ使え
・・・
のぶなが》ごめん、凛子居ますか
「・・・。」
あれきっと葵ちゃんだ。
名前出したら恥ずかしいじゃん、
止めてよ、
もう。
うわー、
待たせてる。
待たせ過ぎちゃった。
「エリアチャットの連打は恥ずかしいね。早く相手・・・」
おずおずと手を挙げながらイルミが喋っているのを中断して、
「相手、です。わたしです、きっと。たぶん。」
うわー、
恥ずかしい!
葵ちゃん、
恥ずかしいってば。
名前言わないでー、
もう。
わたしです、
わたしが悪かったから、
謝るから。
もう止めてよー。
ア、
アハっ、
アハハハハ・・・
ひきつり笑いをイルミに見られながら、
メニュー画面をポップアップ。
ヘルプを。
葵ちゃんにどうにか、
名前を出さないで気付いて貰うには。
ってヘルプを読んでる最中にイルミが、
イルミ 》のぶながさん、広場にお友達連れてくので待ってて
エリアチャットを葵ちゃんに向けて返してた。
虚空に浮かぶオレンジの文字。
じぃっと見ているわたしに気付いて、
親指を立ててウインクするドワーフ。
うぜー、
ドワーフでやると何か厚かましい。
イルミに連れられてお喋りしながら歩く。
それで理解ったんだけどこの街はカルガイン、
皆始めるとここからスタートするんだって。
イルミもNPCに話し掛けたり、ユーザーに話し掛けて手に入れた情報だったりする。
一人で取り敢えず外に出たものの、
でっかい花のモンスターと戦ってすぐに死んじゃった。
で、partyを組んでもう一度行こうとまだparty組んでなさそうな、
一人きりでキョロキョロしてたわたしに声を掛けて来たんだってさ。
アハハハハハ!
イルミもう、一度死んじゃったんだ?
わたし達が歩くのは、
街のメインストリートでもある大通り。
石畳みの敷かれた広い通りから、
幾つも路地が有って覗き込むとNPC達の生活の一部が垣間見える。
丈夫そうな紐で釣った洗濯物や、
窓から吊り下げられた色とりどりの名前の理解らない花と、
路地の奥から歩いてくるペットと思ったら・・・何かのモンスターなのかな?
ちょっと見たこと無い小型犬くらいのオレンジ色の毛を逆立てたキツネみたいな顔のモンスターをペットにしてるのか、
エルフの少女が歩いてくる。
頭の右上の名前が無いからNPCだ。
嬉しそうにキツネ顔のモンスターとじゃれながら。
こんな何でもない一つ一つがリアルに再現されていて、
ホントに異世界に迷い込んだ錯覚を覚えるんだけど、
ふいに掌が頬に触れて、
何の感覚も無くてやっとゲームだと。
手を頬に持っていくのは吃驚した時の癖だった。
我に返ったら、
イルミに袖を掴まれて引っ張られる。
「ぼぅっとしてたら迷子になっちゃうよ?の、のぶながさんに会いに行くんだろ。広場はもうすぐだから。」
シャイと言うイルミらしい、
迷子になるからと言って手は握れないで袖を掴むなんて、
それも指先で。
照れたのか、それからは黙って人混みを掻き分けてぐんぐん前へ進む。
わたしはそれでも見る物全て新鮮な、
大通りの商店をキョロキョロと眺め歩く。
イルミに引っ張られる為、景色は右から左へ流れてハッキリと見えないけど。
楽しくて、
ワクワクして、
ドキドキが止まらなくて。
自分でわたしは頬がふにふにと弛んでいくのが理解った。
そんなこんなで広場に着いたみたい。
イルミが立ち止まり話し掛けて来る。
「見て、ここが約束した広場だよ。」
目の前には大っきい噴水。
と、噴水を囲むようにテーブルが並べられて、
更にそれをぐるりと低い植え込みが囲んでいた。
「のぶながさーん、どこですかー。」
イルミが両手を口許に添えて叫ぶ。
それじゃ、
エリアチャットと変わらなくない?
恥ずかしいー!!
すると、
ぽんぽんっ
後ろから肩を叩かれて振り向くと、
「りんこぉー、大変だったよぉー!何なの?あのチュートリアル。」
あの、
葵ちゃん?
だよね。
そこに立っていたのは、
猫?何だろ。
獣色の強いキャラが疲れた顔をして、
わたしを見詰めている。
「あ、葵ちゃん?」
「あー、りんこぉー?何その髪の色。」
あー!
やっぱり?それ、言っちゃう?
そう言う事になっちゃうと、
葵ちゃんの髪はどうなの?
白髪・・・じゃないよね、灰色か銀色?
「葵ちゃんに言われるとは、思わなかったなー。それ、似合うと思ったの?」
わたしの目線を追えば葵ちゃんの髪に辿り着くのが、きっと解ったと思う。
「あ、これ?これってね、種族に合わせてみたー。わたしホワイトタイガーなんだよ。レアなんだって、さ。りんこぉー、何でゲームで人間なんて選ぶかなー。髪も遊んだんだから、さ。キャラも遊べばいいのにー。」
うん、そだね。
わたしも、さ。
遊んだんだから、
遊んだけど。
ヴァンパイアやワイアーなんかイイなって、
思うのもあったのよ?
でも・・・決めきれなかったんだよぅ。
守りに入っちゃったかな?
なんて。
灰色の髪に紅い瞳の虎の獣人が葵ちゃんだ。
わたしは紅髪に水色の瞳で人間なんて、
外国には確かに居そう?
葵ちゃんが凄い遊んでる感あるからわたしはちょっと見劣りするかも?
「僕の存在って、そんなに薄いかな?」
あ、
イルミ忘れてた。
見れば落ち込んだ風に肩を落として、
大きな溜め息を一つ。
そんなに落ち込むなよぉー!
気を取り直して、
葵ちゃんにイルミを紹介する事に。
「えっーとっ、こちら!イルミ。今日が初ロっグイン!わたし達とおんなじだよぅ、party組んで欲しいんだって、さ。どするー?」
葵ちゃんもおんなじ様に大きな溜め息を一つ。
「明日なら、ねー?今、何時間経ってるか解る?チュートリアルもあんだけあったしぃー、いつ帰る?」
あ、そーだっけ。
言われて慌てて時計を探して周りを見渡してみた。
うーん、無いなあ。
目に付くところに時計を見つけられない。
「何してるの?」
キョロキョロしてるわたし、挙動不審だったかな?
イルミが不思議そな顔で問い掛けて来る。
「んにゃ、時計無いなってね。今、何時かな、解る?」
答えたけどキョロキョロ時計を探すのは止めない。
葵ちゃんまでキョロキョロと辺りを見渡し始めて、
「ん?時計なら・・・ほら、やっぱりあった。メニュー画面の隅に表示されてる。今は、16時6分だね。どうする?明日にする?」
言われてメニュー画面をポップアップする。
確かに、時計だ。
そこにあるかも知れない。
とか、思わなかった。
そ言えば、
液晶テレビの画面の隅にも時計あったなーと、
思い出した。
だからか、イルミが気付いたのは。
「スマホとか隅に時計が表示されてるじゃん。たから、メニュー画面なら時計あるかもって頭に閃いたんだ。」
無言でイルミの顔とメニュー画面をガン見してしまって、
慌てた様にイルミが口を開く。
「あ、そだね。じゃあ明日って事でいっか。」
うん。帰り、コンビニ寄るとして夕食の準備も手伝わないとだから・・・えーと?
後、1時間くらいかなあ・・・
「ん?・・・これ、OKしなきゃなの?」
葵ちゃんが急に叫んだので、
さっきのイルミとわたしのやり取りを思い出した。
やりやがった!
イルミめ。
葵ちゃんにも多分、フレンド申請したんだ。と、思ったからイルミの方を見ながら、
「葵ちゃん、一応悪い奴じゃないしOKしたげて?気にいらなかったらゴメン。」
小声で、葵ちゃんの耳に寄せて囁く様に。
「いやいやいや、約束したんだから。そゆことじゃなくて・・・これ、押せばいいんだよね?」
「葵ちゃん・・・わたしには見えてないって。」
「あ・・・そう。」
メニュー画面は何故か?
自分自身のものしか見えない。
何か製品版になる以前に問題があったのかも知れないね。
「押したよ。じゃ、今日は落ちるから。明日って何時にインするの?」
「僕?そーだな・・・10時は?」
葵ちゃんの問い掛けに少し間を空けてイルミが答える。
「遅いっ、9時には来い。いいな?」
10時で良かったのに。
葵ちゃんはびしぃ!と指差して、
ドワーフの鼻先に人差し指を突きだしピンと弾く。
なんだっけ、
確か葵ちゃんの癖の一つ。
うーん・・・いいや、
思い出せないぽい。
「う、・・・うん。」
ほら、イルミもそんな事されると思ってないから吃驚しちゃってんじゃない!
まるでそうね・・・
鳩が豆鉄砲喰らったみたいに?
だっけ。
次の日、朝───9時。
わたしは起きれなかった。
遅刻してログイン。
イーリスが何か話し掛けて来たけどそんなのムシよ無視っ!
遅刻したのを謝りにログインを終えて、
メニュー画面をポップアップすると11時を廻っていた・・・葵ちゃん起こしてよ。
のぶなが》こらーっ!
のぶなが》遅刻だゾっ
虚空に急に紫色の文字が浮かび上がった。
解らない事はヘルプを読まないと、
わたしは初心者だから解らない。
メニュー画面をポップアップ、
ヘルプをクリック。
うーん、
エリアチャットがオレンジ色で、
紫色は、と。
ふむふむ、
あ・・・フレンドチャットだ・・・
まぷち》ゴメン。ちょっと、遅刻しちゃった。てへ!
のぶなが》てへ!じゃねえ、早く来ないから俺LVあがっちゃったよ!
葵ちゃん、
男の子みたいになってるよ?
言葉遣い。
こんな、
そんな感じで。
わたしはそれからも、
葵ちゃんに誘われたりしても街の外に行かずにチャットして、
広場の噴水で話したり街の商店を冷やかしたり、
葵ちゃんに装備を奢って貰ったりして仮想ファンタジー世界ライフを送るのです。
が、
それはまたの機会に。
その時には・・・
語る事もあるかも知れない。
チュートリアル─────fin.