本能が報せるアラート。なんか、強そうな子がフードの中から姿を現したけど
シュシュッ!ビシュッ!!
シュシュシュッ!ズォオッ!
目の前で披露される疾風にも似ているように感じさせられるシャドー。
威嚇するように、見せつける様に発射された終わり際のわんつー。
その勢いで跳ねたフードから姿を表し、目に飛び込んできたのは大きく存在感のあるぐりんと巻かれた真っ白で太い角。
角は髪の毛の根本から生えているのが、見た目だけでわかる、ホントに大きい。
獣人も結構見慣れた感はあったんだけどな……。
視線を角から離せない。
尖り耳の上から、その耳を覆い隠すくらいの立派な巻き角は迫力があって威圧感も纏っている。
フードの下から現れた鳶色の髪の奥に爛々と煌く、まだ幼さを感じさせる粒の大きい、羨ましいくらいの長い睫毛を伴った切れ長でチョコレート色の瞳には悪戯っこ染みた色が浮かぶ。
よくよく観察すると長い髪を一纏めにしている、簡単な言葉で表すならポニーテール。
フードと同じような上も下もスウェットみたいな柔らかそうな布で出来た服を着ていて、鎧とか防具ぽいものをつけていない。
一目見て───ずばり、まだ幼い少女にも見えてわたしの瞳に映った。
凛子と同じか少し低いくらいの高さの身長よりも、にぱーと擬音が後ろに引かれて聞こえても全然おかしくない風に見える、真っ直ぐな笑顔が今のこの場に偉く不釣り合いに思ったくらい。
こういう場合、合法ロリって類も無いわけじゃないけど、あどけなさしか見せない表情からは、その見た目は中学生のクドゥーナよりも下をイメージさせる。
無垢ってこういうのを言うんじゃないかな。
「………………通して貰ったからそう、みたいだな」
言葉を失ってた。
はっと我に返り、と同時にぎぅぅと掌を握り締め思う。
呑まれる前にケリ着けないと…………先に行かせて貰えないかもね───その時口から出た低い声は、うまく動揺を隠せてたはず。
「はぁ………………。グリッケンの爺さん、もう、もうろくしやがったのかよ。それとも───」
思わず息を呑むような華麗で力づよい、そんなシャドー。
ほんの鼻先で止めた、そこまで迫ったストレートに全身がひりつくのを覚え。
ぞくりとした。
自然とこの巡り合わせに感謝をした。
ありがとう、やった!
にぱにぱと微笑んでいた笑顔がゆっくりと姿を失い、緩んだ頬がくいっと持ち上がって。
少女からは急速に獰猛そうな威圧感も孕んだ笑顔が姿を現す。
これも、小学生か中学生みたいの無垢さにも重なる。
ひらひらと舞い踊る蝶の翅を綺麗と言いながらむしって剥ぎ取る、といった具合の。
「いやあー、リハビリにちょうどよさそう……ちゃっちゃとやろう。かかってこいよ、カッコツケやろう」
そんな獰猛な獣のような笑顔でも少女の、見た目以上に垢抜けない田舎な子、ってイメージ通りの響くような声になぜかウズウズする。
灰色フードから巻き角少女に順調にランクアップした、目の前の可愛いものを見つめていると可愛いだけじゃあ無いって思い出させてくれる、思わぬめっけもの。
ゲーテ以上は確定、わたしの中でね。
それともイライザと同格なのかしら……、ってもどっちにしても楽しませてくれそう。
ここまでどこか満足出来なくて、フラストレーション溜まりまくり、だったりしたかも知んない。
でも、今。
それがチャラにして貰えそう、全部。
「……挑発のつもり……?」
シャドーの続きをするようにリズミカルにステップを刻みながらビュンッ、ビュシッ!
力づよいストレートを見せる少女に向かい直り、そう言いながら首を傾げて見せてあげると。
それを見た巻き角少女は、
ん……?
ああ……?
あ゛?
と、感じさせるようにバリエーション豊かにコロコロと表情を変化させていってから、それまでトットットッと刻んでいたステップを止めて立ち尽くした。
眉は吊り上がって。
唇は噛んでる。
ぷるぷると震えて握り締める掌。
それから。
ふん、と怒気を孕んだ鼻息を吐き出して見上げるように顎を突きだし睨み付ける。
獣人だと思うから獣化でもして襲いかかってくるかと期待したけどそんな風に無し、あーあ……。
「ははあ、いーなお前。いーよ、お前っ」
ガリリリッ!
固い床を削って不愉快な音を響かせ、少女の顔より大きな斧の刃が迫ってきた。
見落としていたけど、どうもそこに最初からその斧は転がっていたらしい。
斧の持ち手を蹴り上げてすかさず握り締め、勢いそのままに振り回してきた。
野球のバットででもスイングするみたいに。
わたしに目掛けて迫ってくるそれを、一歩踏み出して半身で逸らしタンっと横飛びに跳んですんでで躱す。
あぶっ、危ないじゃない。
元いた空間を斧が所在なく薙いで通りすぎていく。
今までがアレだったから、余裕に見てたけどコイツは。
目の前の身長より長い大型の斧を肩に担いで満面の笑みを浮かべる、巻き角少女は間違いなく100%戦闘狂と思うわね。
だってわたしがそうだもの、これがわたしの求めてたもの。
ひりひりと肌がひりつく、逆毛が粟立つ感じ。
それは恐怖じゃなく。
本能が知らせるアラート。
ここまでの相手より数倍、ううん、もっと。
目の前の少女は強い。
と、そう感じた。
「避けてばっかじゃ、斧にブッた斬られるぞっと」
挑発だ。
当てるつもりでは無い、……はず。
いままではそう感じたのに。
何だろ?
コイツからは全くそんな感じがしないのは。
まるで、ギラつく抜き身の刀を前にしてるみたいに。
全身、心の底からゾクゾクさせてくれる。
自然と唇がつり上がってるのが解る。
ワクワクしてきた。
そのせいか心臓の鼓動が速くなって。
ドッド、ドッドって意識しなくても聞こえる。
ふふ、……………………コレよコレ。
気付けば掌が、指先まで熱を持って熱い。
治まらない鼓動が。
沸騰して沸き立つ血液が。
もう、我慢の限界だとわたしを掻き立てる。
「……ちょっとはやるじゃないか、いいよ。こっちも……得物を出そう」
目の前の好敵手を迎えて、しばらく大人しくしていた感覚が蘇ってくるみたいに。
存分に闘いたいのだ、と全身が責め立てて来ていたのかも知れない。
素早く何もない目の前の空間を弾いて、取り出す。
手に馴染んだそれは、澄み切った海の色のような青い刀身の細長い剣。
獰猛な笑みを浮かべた少女は剣を取り出したのを見ていた。
黙って視線は指を追い、剣に移っていく。
そして一瞬、素に戻り、すぐにニヤリ。
満足したように身構えてから名乗りを上げて吠える。
「俺の名はぁイノヤ! ごちゃごちゃ五月蝿いのは苦手なんで、……つーか俺をせいぜい、楽しませろよなっ!」
熱くなるまでにここまでの番人は、コントロールが上手く出来ていただけだったかも知れない。
だけど、コイツは違う。
最初から最高潮。
床に置いていた斧を拾い上げた時点で殺気バリバリだもの。
コントロールの上手な相手より、コイツみたいに愚直にまっすぐの力と力の。
技と技のぶつかり合いを楽しませてくれる敵の方が好み、100倍マシ。
オブラートに包んだ力の探りあいなんて、つまんない。
やるならやる、ねぇ、そうでしょ?
「我が名は黒翼。待ってろ、今、引導を渡してやる。我の手でなぁっ!」
同じように名乗りを上げて力強く叫び放った。
この次の瞬間に始まる力と力の、技と技とのぶつかり合いを思い巡らせて。
剣を構え、イノヤを睨む。