灰色フード
「ひどい目に逢った、全く……手の上で、我が踊らされたとはなっ」
ヴァルカナから逃げ出すように通路を踏み鳴らして歩いた先に見つけた、階段状の床を上って見えてくる扉。
今までの、いつもの扉より小さく幾分頑丈そう。
更に近づいて触って解る、赤鉄鋼製。
中に居る番人の格があがったのか、何なのか、今までよりも丈夫そうに見えるし実際頑丈に出来てるんだろう門扉だった。
「変な拘りね……」
扉を開くとそこは。
「そう、コレって…………はぁ……」
壁は四隅にちゃんとあるにはあるものの、広々とした空間。
「また肩透かしか。奇をてらったフィールドで少しでも楽しませて貰いたいものなのだがな………」
口から滑り出した低音のいぶし銀の枯れボイスも、ガッカリ感を更に引き立てるように聞こえて耳に届いてしまってダブルでテンション下がる……。
言ってみれば退屈な。
ジョシフォーヌと、あの全身鎧乙女ちゃんと戦った部屋と似ている。
ちょっと、……ちょっと。
あっさり見たとこ変わりがない気もする。
何か無いかなとキョロキョロと辺りを窺うと、遠目に間違えなくてもここの番人だと気付かせる影。
「何か、居るな」
よーく瞳を凝らすと、ああもう、面倒。
スカッド!
うん、これで視界がズームする。
遠くのものの姿がクリアに近くに見えちゃうの。
「おぉ、見える、見えた!」
番人だと思う影は、まだこちらに気づいていない?
のか、しきりに、小刻みに動いているものの、こっちに気付いた風でなく何のアクションも起こしていない。
「見た感じ、人間……いや……、まて? 唯の人間がこんなとこ居ない……か」
ズームしているんだから、影でも無いわよね。
瞳に映し出されるのは、灰色をしたフードのようなものを頭から被った人型の何か。
お?
やってる、やってる〜。
その人型の何かは無言の空間でただ、ずっと素早く腕を前後させている。
その空間を支配していたのはシュッ、シュッと空を切る音だけ。
繰り返し。
ただひたすら繰り返し。
なんとゆーか、プロボクサー並みのシャドーを単にしているだけって事なんだろうけど。
「うーん、アップして待ってるってゆーより……」
観察していると少し違和感に気づく。
少しシャドーの速度が上がっているんだ。
ジャブジャブ、わんつー、わんつー、ストレート。
ジャブジャブ、ストレート。
連続フックも組み込んで。
ピタ、と立ち止まるとぐぅと固く掌を握りしめて抜けるような左アッパー。
まるで固い何かを叩いたように思わせる、その素晴らしいアッパーはそこにわたしだけに見える幻想の敵を浮かび上がらせてそんな幻想を宙に葬った。
カンカン……とけたたましく止まないベルが鳴り、KO勝利。
ノックアウトした敵は立ち上がれない。
そんな、妄想をしちゃうくらい見事な、見事としか言えないくらいの、掬い上げるように腰で溜めて突き抜けるように発射する輝いているみたいなエフェクトが掛かる左のアッパー。
ま、全部個人の妄想の中なんだけどね、なんてゆーか見惚れちゃった。
そして、何事もなかったようにまたシャドーに戻っていく。
「──周り見えてんのか、アレ。シャドーに夢中になりすぎてる感バリバリじゃん。けど、アレのが意外と強かったりしたりするのかしら? おぉ、………………素になって声出てた!」
いけないいけない。
コレ、ずっとここから黙って見てたらこっちに気付かないパターンもあるわね……。
それだけ必死に打ち込んで一生懸命、丁寧にシャドーをしてる風に見えたんだ。
わたしの瞳にはそう映った。
にしてもだ、気付いたら素で独り言を喋っているって、わたしとしてもどーかと思う。
シブいオッサンの声色で、普段のわたしの口調とか……どこのオネエだよ、って……ねーっ!
スカッドを解除し、近付いてみる。
100mくらい歩くと、こちらの存在に気付いたように小さくビクンと震えて振り返る灰色フード。
凛子より背は小さい、のかな。
クドゥーナと同じくらい、と言ってもいいかも知れない。
ズームを使って、シャドーしてるのをじっくり観察してた時から、気にはなってたんだけど不自然にこんもりとした側頭部には、もちろん髪の毛も生えていて、チョコレート色をした明るい髪の毛の奥にアレが生えているのが見てとる事になった。
ふうん、ウシか、ヒツジか、ヤギってこと。
そこそこの大きさの角があると思う、1%くらいはコウモリの羽根でもそこから生やした悪魔……と、妄想をしてみて違う違うと軽く頭を振り、それは掻き消す。
悪魔、そんな訳無い。だとしたら殺気を消すのが上手すぎるもの。
まず、……シャドーなんかして強さを求めないだろうし、パンチのキレを磨いたところで悪魔にあんまり意味ないだろうし。
灰色フードの奥でギランと輝くものがあった、その瞬間。
声も掛けずにあーだこーだと考えながら歩き続けているわたしに向かって駆け寄る灰色フード。
それはもう、なんというかドン!と聞こえてきそうなくらい一歩一歩、力を込めるにも程があると思わず言ってやりたくなるくらい、脳にまで筋肉があるんじゃないかって思った実際。
灰色フードが力いっぱい床を蹴ったら砕けて礫が飛んでる、そんな勢いのままのもの凄いスピードで。
床が可哀想だからそこは手加減してあげて……。
灰色フードが走った後の床はとんでもなく重い何かが通ったみたいにへこんで、瓦礫が散らばってて割れてて。
「なんだ、グリッケン爺さんも通したのかー」
シャドー宜しく。
ジャブジャブ、ストレート。ジャブ、右フック、ジャブ。
ジャブジャブ、わんつー、わんつー、ストレート。
目に止まるか止まらないかのギリギリの速さのラッシュ。
当てるつもりなんか最初から無い、殺気を感じさせない疾風のようなラッシュだ。
明確な威嚇。
もしくは、嫌がらせかこっちの実力を計ってるのかしらね。
その時灰色フードが跳ねた。
このあとのバトル部分をスカッとさくっと消したので、しばらく見るのが嫌になってた……ちょっと短いけど、まぁいつも短いし、これで予約して今週おしまいっと。
……ダイヤのエースなんかより話が進まなくてスイマセン。