待ち受ける敵がお爺さんだと、ついついやりづらさがどうも先行するようで
余裕たっぷりに微笑む老人はグリッケンって言った。
グリッケンは見た目、ベージュのスウェットの上下の様な格好でゆったりと金属製の槍を肩に担いだ方と、そっちとは違うもう片方の手に青銅で出来た煙管を持って、乳白色の煙を煙管を咥えた口から吐き出す。
これって霧!?
霧の正体はグリッケンの吐き出す煙管の煙?
ん、まさかね。
開いた扉から逃げ出すように部屋に充満していた煙管の煙が流れ出し。
ゆっくり、ゆっくりと霧が晴れていく中で。
グリッケンの周り、相変わらず霧が晴れないなぁ。
燻らせている煙管の煙があるから、それだけではないからかも知れない。
流れ出していく霧の速さは目に見えてゆっくり。
そんなグリッケンと瞳があった気がして、そのキツネ目の双眸が揺らぐ。
ニマニマと微笑みながら咥えていた煙管から唇を放した。
垂れても緩んでもいそうに無いその頬には、グリッケンの歩んできたその日々、年月を刻む年輪のように何本もの線が走っている。
悪そうには見えない爺さん、でも。
本性はきっと腹黒ね。
こんなに温かそうな笑い方をする人生の先輩方は本心じゃ歪んでて……そう、大抵。
悪の親玉って感じ。
「急ぐな、急くな」
目、鼻、ノド、胸、腕、すね、膝。
「段階を踏まねばならんのじゃ。人生、何があるか、どこに大きな落とし穴があるかも知れんからのう」
霧の向こうでは煙管を咥えてくゆらせながら、器用に全身の守るべき箇所を的確に防げるだけの防具を身に付けて。
「ふむ、さて。いつでもよいぞ、よいぞ?」
準備が終わると、軽く息を吐き出して首を回す仕種をする。
「ほれ、そこの。顔は見せんつもりのようじゃが、若いの。相手をしてやろうぞ、せいぜい経験の差というものを教えてやるわい」
そんな準備している光景が流れる霧の切れ間に見えたりする。
何もせずに煙管をくゆらせて今までただ待ってただけなの……?
一部始終、グリッケン爺を観察してたらそう思ってしまった。
「……………………ただ、待ってただけなのか?」
「……どんな奴が来るかわからんのに、準備が必要かな? 見て解らんか。今更、生き急ぐ年でも無いじゃろう。動くなら、相手を見て動こうというものじゃ」
頑強そうに見える、その肩にもたれかけさせるように手には、一振りの丁度良いぐらいの槍が握られている、その槍は鈍色の持ち手と紅い穂先。
「はぁ………………最強だと? 随分としわがれた最強もあったものだ。見たところ過去の輝かしい栄光、そんなものにすがり付いているだけではないか。実に、実に───老人らしい考え方。実に経験するべきを識ってもう何も足るべきの無い……未来の無い者がすがる虚像……と、でも言ったところか?」
「おのがまなこには捉えられんかの。見えているようで、見えておらんようだのう、ん……、いや本当に見えておらんのかな?
我が最強たる由縁、その瞳に映してやろう。血をみても泣くでないぞ」
低い声で変換されたわたしの問いかけにグリッケンは静かに立ち上がりスチャッと槍の調子を確認しながら。
キツネ目を一瞬で更に鋭く細めてニタァ……と唇を歪ませる。
怒ってる? 怒らせちゃった? 思ったことを黒翼というキャラっぽく口に出しただけなのにー、あーあ。
でも、……相変わらず違和感が先行する棒読み。
喉を寄る年波で痛めてるのかも……ここまで棒読みだと、わざとじゃないかって思うのもまた当然。
「これは口を滑らせて老人を怒らせてしまったかな? それには詫びよう。それにしても、だ……。これから一戦交えるステージと言うには余りにも酷い、足場だが……まあ構わん。グリッケン、お前の言う時代遅れの最強とはどんなものか、せいぜい見せて貰うとしようか」
やるか。
お爺さんを殴る趣味は無いけど、……あっちはそうじゃないっぽいから、やらないわけにはいかないみたい。
「待て待て、……。さっぱり怒ってなどおらぬわ。それよりも普段より喜んでおるくらいじゃて。活きの良さそうな若いのが吠えるのを見るのは、この年になってからは生き甲斐と言ってもよい……。
では、一つ。始める前に言っておこうかのう。うっかり足を滑らせて水に落ちるような奴では、ここに居る価値は無かろうな。そのような若輩者のお帰りは後ろじゃぞおっ」
あいも変わらず直る様子を見せない棒読みのままの、グリッケンの引き留める声を霧の切れ間の向こうに聞きながら構えを取って跳ぼう、と一歩踏みしめたその時。
薄くなった靄の向こうから、突如として姿を現す、わたしを的確に狙ったグリッケンの一撃。
染料でも塗られているのか、金属そのままの色なのか紅く染まった槍の穂先が目と鼻先に迫る。
「自由に動けぬよう足場を削って、そのうえ霧の向こうからいきなりの槍とはな? はっはっは、なるほど!」
先手で挫かれた。
焦った。なんとか躱せたものの、グリッケンは話し声か何かで霧だろうと靄だろうと見えないこちらを捉えているらしい。
同じように殺気を感じ取っていたりするって事があるかもだし。
こっちは足場がどこにあるかもまだ把握仕切れてないってゆーのにー。
グリッケン爺さん、辺りを探っても……殺気を感じさせてくれないってゆーか……殺気を発する状況にまでまだまだで、少し時間が掛かるのかも知れない、取り合えず今は感じ取れないって確証を持って言える。
だってこの霧の中、どこにグリッケン爺さんが居るか解らないときはホントに解らないんだ。
長いリーチ差の槍。
同じ武器を出したいとこだけど、手加減出来なくてお爺さん殺しちゃったりしても寝覚め悪いし、こっちとしては。
出来たら、殴り合いで終わらせたいっていうのに。
「それはハンデを付けすぎて有頂天にもなるだろう!勝てると勘違いもする、最強だと、いうだけ言ってみたくもなってしまうかも、な!」
霧の切れ間からびしぃっとグリッケンじいさんに人差し指を突き付け微笑んだ。
フルフェイスあるから見えないけど、見せないけど。
暗黒フルフェイス。
オートバイのメットのように、鎧のヘルムのように被っていて。
フルフェイスのバイザーからこっちの姿は敵からは何があっても見えない、バイザーがある限り。
このフルフェイス、本質わたしが気にいっているのは相手から不可視というとこでは無い。
変声器よろしく、声を別物にしてしまうとこがこの装備のレア中のレアなとこ。
いわゆるとこ、特殊能とか付加能力って極稀にモンスターからのドロップ品や生産品につくアレだったりする。
ドロップ品や生産品等のレアアイテムのレアなとこを更に一段階あっぷ、それがスロット。
マナを埋め込める目に見えたり見えなかったりする孔。
スロットが一段階あっぷさせるレアを更に、一段階も二段階も場合によっては十倍にも思えるケースだって思わせられるくらいあっぷ、それがメソッド。
属性が付いたり、特殊機能が最初から付いてたりする、後から削ったり、上書きしたり、ドラッグしたり、ドロップしたり、そんな小細工出来ないまさに生まれもってきた才能、天恵みたいな機能。
変声機能はメソッドに当たる。暗黒フルフェイスならどれにも付いている機能ってわけじゃないのだ。
バイザー以外の部分に魔導帯ってスリットが幾重にも入ってその上、メットの側面を埋めるように大きな巻き角が生えている、まさに装飾華美、だがそこがいい。
あぁ……いい、……カッコイイ。