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最低なイケボ、残念なイケメン。それを、天性の無駄遣いと命名した、わたし


「一発、殴るっ」


それにイラッとしたかどうかは知んない。

ただ、掌を握り込んで。

固く、堅く。


ニターっと薄い嘲りを浮かべる男の顔、頬辺りを目掛けて跳ぶ!

右手を後ろに引いて溜めて。

同時に腰を捩って。

叫びながら跳んだ。


この時、わたしはどんな顔をしてたのかな、きっと酷い顔してたんじゃないかな?


怒り狂って何でも出来てしまう顔、恥ずかしさとみっともなさから泣きそうな顔、きっと両方が混ざって両方あるみたいな顔してたんじゃないかな。


「そう、来なきゃなあ?」


嘲るようにニターっと笑ったまま、細身に意外に筋肉質な男の顔が、固く握ったこぶしが届く前にわたしの瞳の前から消える。


「しっかしなー、遅っくて当たんねえぞー」


続けざまに男の声が下から聞こえてくるのを耳で感じて。

単に、掴んだ木の杭から手を離して、落ちただけだったりするんだと気づいた。


「───! ぷわっ」


そこで──全身のバネを効かせて飛んだ先、絶対なぐってやるぅー、と狙ったはずの男の顔がいきなり目の前から消えたらどうなるでしょう?

そうです。

答えはっ、勢い余って木の杭に顔を思いきりぶつけそうになる、でした。


思わず声にならない声を出して、木の杭を躱す事に全神経を注ぎ込もうとしたらすぐに凄い衝撃。

木の杭を避けたと思ったら、土の壁に顔を強くぶつけちゃってた。


そのまま、下の地面まで自由落下することになって当然、顔はひりひりと痛むし、でもこのわたしをイラつかせる最低なイケボの顔は一発殴らないとどうしても気が収まらない。




その後、ひりひりと顔が痛むけどなんとか我慢することにして、男を追うことにした。


穴の中は薄暗い。

光源となる灯りは、コイツが最初に座っていた辺りにキャンプファイヤーの時みたく組み上げた木が燃え上がってるのが見える、あの豪快に揺らめく炎の灯りだけ。


「よっしゃ、今っから本番な? あんまりにも弱そうなんで焚き付けるよーな真似しちまったが、まー結果オーライだわな。ききっ、……俺はマゴニーってんだ、それで俺の目の前にいるお子様は何てお名前かなあ。お名前ちゃんと言えるぅー?」


マゴニーと男はそのイケボで名乗った。

敬礼みたいに、遠くを見詰めるみたいに左手を眉に揃えながら、わたしの事を『お子様』扱いして。


こんな失礼なやつに名前なんか言わない、言ってやらないっ。


「今から本番って、今までは何だったのかなー? わたしはっ! やると言ってからは本番なつもりだったんだけどっ」


「ちっとも気付かなかったなあ。ちゃんとやってくれねえとよ、それとも……。名前も言えないお子様はその程度のお子様レベルか?」


腰で腕を揃えて、一歩前に足を踏み出してから思いを乗せて口に出す。

思わず握り直したこぶしはわなわなと震えた。

どこまでわたしをコケにしたら気が済むかなっ!


「当たれーっ、このっ!」


「ほらほら、どーした♪」


それから、マゴニーに一発当てよーと頑張ったんだよ? わたし。

でも結局当たることはできなかったんだけどね。


ヒールとか回復魔法、回復アイテム使用でギブアップと同じ、ってルールがこんなに厳しいなんて。


息が切れて。

苦しい。

足が言うことを聞かない。

もう、一歩も動かせない。


ズルリと音がして、わたしは。

膝から崩れ落ちた。

自然と大の字に近い形で。


ハァッ、……ハァハァー。


呼吸がこんなに苦しい。

怒りに任せて走り回ったせい、限界点とっくに超えてたみたい。


そんなわたしが悔しいやら恥ずかしいやらで天井ただ一点を睨み付けてたら、ズォオオッと言う風切り音と質量のある塊が左頬をかすめてわたしの顔のすぐ横の地面に突き刺さった。






恐怖からか、いきなりだったからかもだけど声も出せずに思わず瞳を見開いて視線をそれに移すとそこにはマゴニーのこぶし。


「おい、……本気だせっつったのに、今のがあ、あれ程度がお子様には精一杯かあっ?」


「ハァッ、ハァッ……うん。今はさ、この程度かも知れないけど。ハァー、……明日はっ。お前のココをわたしが、ぶんなぐってやるんだからっ」


もう殴る力も残ってなかった。

力一杯振り上げたわたしの右手は、振り上げたつもりでしかなくって。


字面通りほんの鼻先にまでわたしに近寄って悪意満面の笑みを浮かべてるマゴニーの顔を殴る事は出来ずに、頬にちょんと触るくらいしか出来なくて。


既に貯まってたのが溢れ出しちゃったのかな。

少し熱い水の粒がわたしの頬を伝い落ちていった。

そしたら、悔しくて泣いちゃったんだ。






「──でな、凄えんだってソイツが。今はイノヤ──五番手を倒したらしくってよ。まあ、俺ら鍵騎士が相手に手加減も抜きでこんだけの事をやってんだからな、相当なモンだぜ。アイツはよー、お前が──お子様にはそこまでは期待はできねぇーが、一応待っといてやる。あー、それとよ?」


「うぇ?」


「小せえっちゃあ、小せえけどいつまでもお前の事をな? お子様ってのもそういうのはよ。……どーかと思うわけだ、でな? そろそろ、名乗らねえか?」


「…………」


「それともよー、ホントに名無しか?」


「……まぷち……」


「マプチ? ま、変な名前でも名無しよかマシってもんだな。よーし、マプチよろしくなあ」


あの後、泣いたわたしはマゴニーに抱き起こされてそのまま、苦笑いを浮かべたマゴニーの顔が近付いてきて胸が跳ねる。

『ドキン』って。


結局、何をされるでもなく。

背中に両腕を回されて、抱き留められて、あやされた。

宥められた。

まるで、これじゃ、赤ちゃんかホントに小さい子供じゃん。

ぽんぽんと小気味良く何回も何回も、ぐしっぐしっとしゃくり上げて泣くわたしの背中を優しく叩くマゴニー。


ちゃっかりわたしたらマゴニーの胸を借りて泣いてた、気が済むまで。


うっ、とか。

ひぐっ、とか。


えずいたり、叫ぶような大きな声で泣いたり。


全身に力が入らないのに、泣く事ができるって不思議。


涙を流すのには特に体はエネルギーを使わないみたい、これも新しい発見だよ。

今までは溜まってた何かが爆発して涙になる、そんな風に思ってたわたしだから。


しばらく自由にならない体をただマゴニーに預けてた、何も知らない生まれたての赤ちゃんみたいに。

泣き終わったわたしは、赤ちゃんみたいにそのまま寝てしまうって事はなかったけど。


わたしが泣いてる間にマゴニーはひたすら“黒翼”を『褒めてた』。

わたしの背中をぽんぽんと叩きながら、手加減もしなかった自分をあっさり倒したんだからとんでも無いんだと。

始まって大して経ってない修練の門の、まだ長いとは言えない歴史のその中でこれから忘れられることなく語り継がれていくだろうレジェンド級の存在なんだと。

黒翼を褒める、褒めちぎるマゴニーのイケボを耳に届けながら、なんと無く泣き終わったわたしにマゴニーは名前を名乗れと迫るでなく、何か柔らかくなった態度ででも、すっごく偉そうなままで名前を聞いてきた。


一瞬、わたしは沈黙を続けようかと思ったけど、まだ泣いてますよー、と泣き真似でもしてようかなって思ったりしなかった訳じゃないけど。


その後に続いたマゴニーの声がちょっと震えてたから、これは言わないと悪いかなってちゃんと名前を教えたげた。

まぷち、って。


そしたら、笑い声こそあげなかったけど、さ。


変な名前って言ったんだよー!

まぷちって変かな?

そう、なのかなぁ。


とは言ってもしばらくここ『ノルンで』使い続けるわたしの決めたわたしの名前。


わたしはこの名前とずっと付き合っていかなきゃなんだ、それなのに。


そんなにニタつかなくてもいいじゃんか。

マゴニーってそれでなくてもずっとニタニタしてるのに。


……もっとこう、爽やかな感じだったらヤっバいくらいの持って産まれたルックスとイケボなのに、勿体なーいぃー。


まぁ、……マゴニーには言ってもムリか。

染み着いたゴロツキ体質はどうやっても抜けそうにないもん。




それはそうと、黒翼。

んーと、ぶっちゃけ京ちゃんとアスミさんの悪ノリの結晶。


あれ、なんだっけ。

あの時、二人は何て言って黒翼が出来上がったんだっけ。


ラミッド方面からデュンケリオンに向かう道で、どこ行っても耳に飛び込むように届いてくる噂がさすがに京ちゃんの触れられたくないとこに刺さったとか、その前にラミッドで京ちゃんを知らない内に英雄化しようとする動き。


あ、京ちゃんとゆーか勝手にいつの間にか気付いたら尾ひれが付いて付きまくって膨れ上がってた『性悪エルフ』の話なんだけど、ね。

そう、性悪エルフが大きくなりすぎて黒翼は生まれた。


性悪エルフよりも強くてカッコよくて住んでる人達のために働く、英雄視されても問題にならない性別、正体なにもかも全て不明の正義のヒーロー───て、アスミさんの趣味全開の内容なのは言い出したアスミさんの意見に京ちゃんが99パーセント嫌々だけど、1パーセントは丸乗りしなきゃどーしよーか解らないくらい悩みの種になってたから。


京ちゃんが正義のヒーローとか、ホントにカルガインで会った時と雰囲気変わったってゆーか、周りに流されちゃうキャラなんだなって京ちゃんの本質は。


わたしが言うなって話なんだけど。


どれだけ周りに、特に京ちゃんの言葉や行動に流されてるか……。



そんな風に必要に迫られて仕方無く性悪エルフ・シェリルの噂の火消し役として、英雄視されるように正義のヒーローとして仕立てた黒翼。


その、正義のヒーローとして認められるためにここ何日か街道沿いの悪意を踏みつけ、踏みにじり、握りつぶしてきた黒翼が今は……何故か……修練の門の番人たちをへち倒してたのしんでいるとゆー、今までの頑張りはどうなるのかなー。

いや、アスミさんは言ってたっけ。


『目立ったモン勝ちや。目立てへんのはヒーローちゃうんやで』と。

認識されないと暗躍してるだけっちゃそうなんだけど、悲しいなそれは。


聞きたくなかったよ? 人知れず努力を続けるヒーローはヒーローになる資格は無いみたいな、そんなぶっちゃけ。


その、なんだ。

修練の門の完全クリアを目指してると思われる、黒翼の中のひと。


強力な魔法を使えて。

喧嘩になっても強くて。

剣技もじっくり極めた。

そんな京ちゃん、スッゴいなんだかマゴニーに気に入られてるんだけど。

……京ちゃん……。


悪目立ちしない、つもりじゃなかったの?

まぁ、黒翼の京ちゃんは姿を隠して見られてるとこは肌の色だって解らないんだし……いいんだってコトなのかな?


修練の門完全クリアって、そうなったら今までよりずっと、目立てるかもだし、ね。


修練の門、簡単には行かないと思うけど。

いくら京ちゃんでも、さ。






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