あ、コレダメだ、ダメなやつ
……ンムムム、なにやってんの、京ちゃん。
ってゆーか、修練の門を使って“黒翼”の名前を売って性悪エルフの異名をなんとか、やれる限り薄めるためだったりするんじゃないかな……、きっと違うんだろーけど、そうだったらいいな。
「ごめんくださーい」
初めて門を叩いた時に居た、あの巨人さんは居なかった。
だから、一人目の門番さん(?)に扉をキィィと少し開いて挨拶する。
返事はないのでそのまま扉を開いてゆるりっと門をくぐる。
煉瓦作りの壁に一ヶ所だけ違う空間があるってゆーか、何で出来てるか種類まではわたしは解らないけどそんな飾り気の無い武骨な感じの金属製の門。
門を押し開けると想像よりは軽く、前に開く。
おろっ?
楽々押せちゃうぞ?
門を過ぎると天井は目一杯手を伸ばせば届いてしまうくらいで、それで中は狭く感じれるはずだったりするものなんだけど。
そうじゃなくて。
足元は数歩踏み出すと、いきなり2メートル近く深くえぐって穴が掘られててその穴の中に割と広い、天井の低さで狭く感じそうなその部屋をそう感じさせないきっかけになっていたりする、テニスコートなら二面分くらいありそうな広いスペースが広がっている。
それが、力の限り戦うステージになってるみたい。
全体的に暗く、ある点だけ燃え上がる炎の灯りだけが穴の中をぼんやりと覗き込んでるわたしの瞳に映った。
その時。
「もう、次が来たのか。ち、なんだよ。今日は珍しい日だな」
良く良く見ていて気づいた。
ステージとなる穴の奥にはあぐらをかいて座っている男の人。
その男の人が伏せていた顔を戻しながら声をあげる。
ササミンゴくんや、子供たちのあどけなく可愛らしい少年声とは対照的に低く、男らしい『イイ声』ってやつでね。
何故か無駄にお腹に響く、そう言えばお腹すいたかも。
「───っと、やる前に決まりだから一応聞いておくぞ。死を恐れるなら通ってきた門をくぐり直して帰った方がいい。泣こうがわめこうが手加減はしないからな?」
「……じゃ、帰ろうかな……」
お腹もすいたから、黒翼ことみやこちゃんの事は後回しにして、何か食べようかなって振り返ってさっきくぐったばかりの門に手を掛けたわたし。
そんなわたしの背に、イイ声の主は焦ったようでもなく、みやこちゃんのよくやる嘲りまじりの口調で引き止めたいのか、ちょっとわたしには良く分からない言葉をぶつけてきた。
「おいおい、これは酷い腰抜けが来やがったな。そーゆーのは『お約束!!』なだけであって、いきなり帰るとかないわー。
あのな俺は挑発してんの、それをそのまま受けとるよーな奴が何でここに来てんだよ。
門兵がサボりやがったな? こんな奴を通すなよ、やる気ある奴を通して実力をはかるんだろがって、それは上に報告しなきゃだが……てめーはさっきの黒ずくめとは偉い違いだ、なんてーの? そうだ、天と地くらいの差があるって言ってもいい……、ホント無いわー……、ちっ」
「あ、……その黒ずくめって強かったですかー?」
そして、男の思惑とおりなのかどーだったのか、しれっと穴の縁まで早足で歩いて戻ったわたしは、穴の奥を瞳を細めて覗き込みながらみやこちゃんの暴れっぷりを頭に過らせてイイ声の主に訊ねてみた。
「俺をガードの上から吹っ飛ばして、反撃が出来やし無いくらいのラッシュをかまして来やがって……死を覚悟しちまったよ」
「……は、ははは。そうなんだあー」
話をそれだけ聞いて思った、理解した。
みやこちゃんは楽しみにきたんだと、遊びに来たんだと。
全力を出しきれる、同等の相手を求めて。
ここに足を運んだんだと。
「そうだよ。……あん? 何でお前がそんなの気にすんだ? あいつには、一生会うことないよ。お前みたいな腰抜けじゃあな」
「そこまで言われると……ちょーっち、イラっとしちゃったかなー。───やろうじゃんっ!」
みやこちゃんには毎日会ってるんですけど?
望んでもないのに、夜には勝手に隣をキープされてるのを朝気付いて、ぎょっとする毎日送ってたりしてるんですよ?
何度されても慣れました、なんて言えないくらいビックリさせられてるんですよ?
「俺もなー。ちょっと自分にイラついてんだわ、だから……ホントに殺しちまうかも知んねえ、と先にいったからな? 俺を恨むなよ、死んでもなっ」
何か、どこがこの人の沸点なのか理解しがたいけど微妙に口調が変わった。
キレる方向に。
だからと言って殺されたりしたくはわたしはないのだけど、ね。
穴の側面の壁には、木で補強がされていてそう簡単には穴自体が崩れないような手が加えられている。
壁の補強に使われている木は穴を登り降りするハシゴ代わりにもなっている。
そうじゃないと、ハシゴらしい他の何かは無くて穴の中に降りていけない。
んー、飛び降りなら確かにハシゴいらないっちゃいらないかな、みやこちゃんやイライザとかなら気にせず2メートル下まで飛び降りちゃうんだろうか。
手元を確認しながら安全第一に気をつけながら、穴の下まで着いて前を向こうとして後ろを振り返ると、そこにはあお白い顔がっ。
『ひゃうっ』
叫んだつもりで声に出ない、それくらいビックリした。
片方の口端をぐいと持上げた男の、わたしを凝視して睨みつけてくる不機嫌そうな顔がすぐそばにあった、こんな事生まれて初めての経験だもん。
想像してみて欲しい、ちょっとしたホラーじゃない、ね?
コレはダメだ、ダメなやつ。
後々、わたしのトラウマ的な意味で。
だってだって夢に見ちゃいそうだもん。