僕らの作戦
僕は負けた。
あんなにあっさりと。
トッジとフローブも居たのに。
悔しい。
悔し過ぎて自然と僕は奥歯を噛み締めていた。
意味もなく、ただ強く。
みじめだ。
ステージの上に寝転がったまま、僕は瞳に力を失ったみたいに空を見上げていた。
ただひたすらにどこまでも蒼い空を。
他所は僕は知らないけどサーゲートの今の時期、ザザっと降ってすぐに消える雨雲以外はまず蒼い空を。
願わくは今、泣きそうな僕の真上に雨雲がやってきてザザっと降らしてはくれないかな。
綺麗さっぱりこの悔しさを流して欲しいんだよ。
そしていつものように、そして勝手に消えてくれると助かるかな。
そしたら、きっと泣いた声は皆に聞こえない、と思う。それで洗い流してくれたら僕は笑えるんだよ。
やっぱり、ダメだ。
雨の匂いなんてちっともしないんだ、だから。
力の限り噛み締めて我慢した。
「ホラ、起〜きてっ」
声のした方に僕は反射的に視線を動かす。
お姉ちゃんだ。
そこには、手を伸ばしてニコニコ笑顔で僕を見つめるニンゲンの女の子が居た。
ニンゲン、……そうだ。
お姉ちゃんはニンゲンじゃないか、だとしたら……うん。
おかしいんだ。
このデュンケリオンで、我が儘な娘を遊ばせてられるニンゲンの商人はかなり少ないはず、きっと。
心配そうな表情を浮かべるわけじゃなくて、笑って手を貸してくれようとしてる目の前の女の子は外から来たんだ、それもかなり高い確率で。
だとして、僕が今それを悩んで答えを求めなくても良かった。
言葉が通じる、という事はどうしても気になるなら口に出して聞けばいいんだ。
お姉ちゃんの手を掴んで、僕が引き起こされて。
「まだやる気あるなら、相手してあげるんだけどなー……どうする?」
そう言うお姉ちゃんにステージを追われて。
お姉ちゃんにビシッと負けた僕らはいったんステージを降りて、相談を始める事にする。
きっかけはトッジの言い出した一言だった。
「こんなのダメだ、ササミン。僕ら一人一人が好き勝手に動いたら……、三人で戦ってるって言わない。こんな時こそ協力しなきゃだろ。
……頭を切り替えろよ、落ち着いて考えろ。こんな時は、絶対に勝てない相手には協力しろって、オディナルトさんに教わったばかりなんじゃないか。
僕たちでフォーメーションを仕掛けてやっつける。どうだ、フローブとも話し合おうぜ」
フォーメーション、……フォーメーションかっ。そーだよ。
「で、フォーメーションって言っても色々あるだろ? それでも一番有効そうな三人同時にそれぞれで頭、胴、足と三ヶ所攻めのトライアングルアタック。……な、ササミン、フローブ、これでいこうぜっ」
トッジの言う通り。
協力すれば強力で、絶対勝てない敵にも勝てるってオディナルドさんに教わったんだった。
オディナルドさんに厳しく教え込まれたトライアングルアタックは、人数をかけてフォーメーションをしっかり組んで獲物を追い詰める。
足を止めて、胴を薙ぎ払って叩き、とどめに頭に一撃ぶち込む。
三ヶ所攻めの基本中の基本、基本だけど……しっかり練り込んで、狙い通り決まれば必殺の一撃になるんだ。
「一人、二人目が、もし。やられても必ず、最後の一人がきっちり決めるジェットストリー……」
「いや、それよりトライアングルアタックだ! 一度に襲いかかってやるぞ。……三人同時には反応できないに決まってる」
トッジはトライアングルアタックに絶対の自信があるみたいだ。
熱の隠った、燻ったトッジの瞳には力がみなぎってる、そんな風に僕の瞳に映る。
自信満々に僕の提案を完全に突っぱねる。
「わかった、トッジに合わせる。タイミングはよろしく」
声に出してからトッジの瞳を覗き込んだ。
いつになく真剣な真っ直ぐな瞳。
トッジも声に出して言いはしないけど、思いは同じなんだって思ったからそれ以上何も言わずに頷いてトッジの策を受け入れる。
「フォーメーションやんだろ。どっちでも良いから、早く俺らで倒してあいつを見返してやろうや」
フローブの声からはさっきよりやる気が感じられる。
そうだ。
僕らはお姉ちゃんを倒して見返してやるんだ。
フローブを見ると、マテラシを肩にかついでお姉ちゃんを睨みつけていた。
僕の視線に気付いたフローブは、僕に視線を返したからそれに僕は親指を立てて応えた。
フローブからもグッと親指を立てると、それを見て気付いたトッジも親指を立てて応えてくれる。
「三人なら出来る。やってやれない事は無いっ!」
トッジはフローブの首に右腕を、僕の首に左腕を回して引き寄せて三人の顔がごっちんこするくらい近づく。
叫んだトッジの決意の表情に頷いて返して僕はトッジの首に右腕を回す。
するとフローブも舌をチロッと出して唇を舐めてから頷いて僕とトッジの首に両腕を回してグッと力を込めた。
「「「ォオオッ!」」」
次の瞬間、僕ら三人は吼えた。
気合いを込めたんだ。
この、お姉ちゃんちょっと強いから。
協力しないとあっと言う間に一発いいの貰って、オディナルドさんに止められちゃう。
視線でオディナルドさんを追った。
「お前ら……、もしかしてまだやんのかー? 体が動かせないとかよ、薬草負けして寝込む事になっても知らないぞー」
ステージ上から、ステージの下に降りて相談している僕らに向かってめんどくさそうに、そう声を掛けてきたオディナルドさんはナビの成長を見ている人で先輩って事になる。
一方的にやられない為に、間に入って止めてくれる。
ナビを卒業して、次に進むにはこの先輩、オディナルドさんに認められなきゃなんだ。
オディナルドさんは確か。
修練の門のニ番目までクリアしてる凄い人。
年上って言っても五歳くらい上なだけだから、まだ十六なのに。
ホント凄い人だ。
「言った通り。仕掛けるぞっ、僕は足を狙うから」
「トッジ、わかった。やってやるっ!」
「ササミン、じゃあー。確実に決めろよっ」
ステージに跳び上がったその後は、マテラシを握ったまま腕組みをして考え込んでいる、油断しきった様にしか見えないお姉ちゃん目掛けて僕らは襲い掛かった。
トッジが足を狙って打ち込む。
同時にフローブが胴を横薙ぎに力いっぱい振り払う。
僕は斜めに走ってから、お姉ちゃんの真横に回り込んで右足で踏み込み、握りしめたマテラシを額目掛けて振り下ろす。
三位一体、同時攻撃だった。
「嘘だろっ」
トッジの悔しそうな叫び声が耳に飛び込んできた。
と、同時にステージの床を力いっぱい蹴って空中にいる、マテラシを振り上げて今まさにお姉ちゃんに打ち込もうと握りしめた僕の目の前に。
ジャンプして二人の攻撃をあっさり躱したお姉ちゃんの顔が舞い上がって飛び込んできた。
その顔は余裕たっぷりで、口の端が持ち上がる、にぃっと。
そのまま空中でくるりと横回転して、がら空きになった僕の胴をお姉ちゃんのマテラシがまともに打ち払う。
打ち払う瞬間、僕の耳にお姉ちゃんの口から発せられた声が届いた。
「惜しいなー。でも、遅いよー」
フォーメーションは完璧だったのに……勝てない。
僕らが協力して三位一体のこれ以上は僕らには出来ないくらいの完璧な同時攻撃を仕掛けたのに、それはいとも簡単に躱された上に真っ先に僕がやられちゃって。
「どうやったら勝てんだよっ」
次にフローブが。
回り込まれたとこをパカンと頭に痛い一撃を貰ったから、そのまま頭を抑えてしゃがみこんだ。
「おい、おいっ! ササミン、フローブっ! ……うぉおおーっ」
「三人で無理なんだからさー。……一人じゃ、もっと無理じゃん?」
「何で勝てないんだよーっ」
次にトッジも奮戦してくれたけど額にいいのを貰って、
「しつこいって」
そう言うイラッとした様なお姉ちゃんにビシッと。
僕らは。
どうやら完敗したんだ。
どうも、このナビに来る前に何処かで稽古受けてたのかも、お姉ちゃん。
修練の門に挑みに来た冒険者だったりするのかも。
とてもそうは見えないけど。
「勝ち逃げされると、こいつらも寝覚め悪いだろーし。次、俺がやっていいーか?」
え? オディナルドさんとお姉ちゃんがやり合うの?
「んーと、いいよー。わたしなら」
「よっし、よーし。ほんじゃ、やろーぜ。お前ら、仇は取ってやるからなー。代わりに盛り上げ頼まー」
そう言ってマテラシを手にしたオディナルドさんはステージに飛び乗る。
絶対、オディナルドさんが勝つに決まってんじゃん。
……あれ?
おかしいな、お姉ちゃんが参ったしないんだけど。
「──くそっ、なんなんだって。逃げ回ってんなよー!」
「───うーん……」
奇襲気味のオディナルドさんの飛び込んだ打ち込みを、腰を捻って半身を後ろに引いて動いたお姉ちゃんにさらっと躱される。
「こいつっ、ちょこっと速いくらいでいい気になんなよー」
キ、キィッと足の裏に力を込めて勢いを殺したオディナルドさん。
反転して叫びながらお姉ちゃんに向かっていく。
「あー、……と。まだまだかもー」
「当たってんだろー。痛がれよっ、このぉっ」
お姉ちゃんは左手でオディナルドさんが振り払った一撃を受けて弾いた。
まるで何も無かったみたいに微笑んで。
オディナルドさん、ちょっとつらそう。
それに気づいても僕らは声の続く限りオディナルドさんの応援を止めないんだ。
勝って、仇を取って欲しいから。
「頑張ってー、オディナルドさーん」
え? ええ、嘘。
「な、なんだよ……クソッ」
「俺tueeeeeeeしてみたかったんだー、丁度良かったよー。暗くなりそうだし……、今日はここまでー。ありがと、楽しかった。まったねー♪」
結局、空から朱が蒼を追い出すくらいまでずっと激戦……のらりくらりとお姉ちゃんがオディナルドさんの太刀筋を躱してるだけなんけど。
激戦は続いてた。
勝負は付かなかった。
“あの”、オディナルドさんが勝てないなんて。
これじゃナビには、お姉ちゃんに勝てる人、居ないって事になるじゃ無いか。
お姉ちゃん、全く疲れって無いのー? 変なの。