疑問だらけ2
お姉ちゃんからは苦労なんて全くも感じない。
商人の娘……ってわけでも無さそう、商人の娘なら後継ぎにしないとしても、衛士になんて親からとても反対されるだろう。
そもそも身なりからその辺のニンゲンとは何か違うんだし、僕なんかの想像の追い付かないとこから来てる可能性がどうしたって高い。
改めて、このお姉ちゃんの観察をしてみよう。
上はモンスターか獣の皮で出来た服を着てて、下はスカートまではいいんだけど。
問題はその下、黒くて光沢があって肌にぴったりと貼り付く……何かの皮。
蛇……とは違う、あるべき鱗模様が無いし、もっと平坦な感じ。
それでいて防御力もあるみたいで、捲られた裾から見て腕から肘までも足を覆う、光沢のある黒い皮と同じ素材で覆われてる。
どうして防御力があるみたいって思ったかって言うと、腕でマテラシを受ける事があるんだけど、全然痛がらないんだ。
後頭部に打ち込むのと同時に刈り取るような足払いがセットで足首に叩き込まれるから、よっぽど警戒してないと本命の足払いで転ばされるんだ。
事実、今、アルナウスはお姉ちゃんに回り込まれる瞬間……。
右に左に一生懸命頭を振って何かを探してるようで、まるでお姉ちゃんを見失ったみたいだった。
そんな偉そうに言ってる僕も、あの足払いで転ばされて終わりにされたんだけど。
「うっ、なんでだ……どうして……? 追い込んだのはこっちだったのに!」
「俺tueeeeeがしてみたかった、げふんげふん……うーん。───わたしが運が良かった。それだけだよっ」
地面の上に両手を突き起き上がりながら、一息に胸の中の空気を吐き出してから悔しそうにそう言うアルナウスだって、ナビコースの中じゃ強い方なのに。
手を伸ばしてアルナウスの手を取って引き起こしながら、周りに聞き取れるかギリギリの声で呟いたお姉ちゃんは一瞬怖い笑顔を浮かべた。
それは勝者が周囲に我慢仕切れずに漏らす、はつらつとした笑顔じゃなくて、何か腹に抱えこんだものがある笑顔。
さっき呟いた言葉の中に答えが隠されてそうだけど、残念ながら僕にはその呟きに籠められた意味がちょっと……わからない。
お姉ちゃんの笑顔の意味は気になるとこ、だけどそれは忘れる事にする。
お姉ちゃん自身、気づいてない事なのかも知れないし。
「運……、だって?」
「うん。そうだよ?」
下唇を噛んでふるふる震えるアルナウスの問いにお姉ちゃんが何事も無かったみたいに答えた。
数秒、固まったみたいに二人は見詰めあってた。
何ににせよ、アルナウスが、自分の身に何が起きたかも分からない内に勝負を決めるなんて、お姉ちゃんは僕達よりずっと強いと思う。
どうしてこんなに強いのに今更、ナビになんて居るんだろう?
もしかしたら、この近くじゃない王都の外から来たのかも知れない、お姉ちゃんは。
街道を東に馬車を走らせればマルセラドや、セレンに着くのは僕にだってわかる。
西だったり南にだって道は広がっていて、どっちも主に農村が、田園風景が目立つ地域なんだけどそんな農村を幾つか過ぎれば西だったらマカッレ、南ならハローメって街に着く。
お姉ちゃんはこの辺から来た可能性だってある。
ニンゲンなんだから、農村出身で出稼ぎに王都に来てるって事だってあるはず。
でも、それよりもっともっと遠いとこから来てるのかも、ラミッドとか……僕が名前も聞いた事の無い遠くの国だったりするかも知れない。
だって、本当にニンゲンなのかと疑うくらいにお姉ちゃんは強かったんだ。
これは出稼ぎに来たニンゲンって可能性は、非常にありえないかも知れない。
よくよく見れば赤い髪に埋もれてるけど、髪留めだって安物って感じじゃないんだ。
左手の中指に着けているリングだって、見た目はそれほどじゃないけど僕の10・0ある視力で見れば彫り込まれている刻印だって見えてしまう、見ようとすればだけど。
で、この刻印……何かわからないけど、読めない言葉。
つまり、わからない時代の言葉で呪を刻まれたリングって事になるんじゃないか?
「何だ? あの文字、……聖ナディアのものでも無いし、この辺の文字じゃないのかな? でも、ケノン文字に似てる。……よーするに……わかんないか、僕の知識じゃ」
力あるアクセサリって総じて高価な物だ、僕の父さんは役人だから少しは持っているから聞いたことはある。
ちなみに父さんは護身用に周囲の魔力低下の指輪を持っているくらいで、それは極々ありふれた物。
刻まれた文字だって、僕にだって少しは読めるていどに。
だけど、お姉ちゃんのリングは何ひとつ僕には読めないで、どんなに頑張って見ようと眼を凝らしても、キラキラとお姉ちゃんの瞳に似た色をした青い宝石が輝くだけ。
更に眼を凝らす。
その時、読めない古い文字で書かれた刻印がそれとなく白い光で縁取られた気がした。
只の飾りじゃない。
「父さんのアクセサリは良いものでも新ケノン文字で刻印されてた。……それより古い文字を使ってて、まだ効力があるなんて。それに……」
王都なら、そこそこ働けるニンゲンだと言ってもマナはとても高価だからそんなマナを買える様になるのに、凄く苦労するんだって聞いた。
そう、お姉ちゃんは魔法を使っている。
回復魔法・ヒール。
けど、僕も周りのナビの子達も誰一人それに気付いてなかった。
魔法を僕ら、見た事が無かったんだ。
自分の眼で。
「それは、そんなの。ぱーぺきに僕らじゃ勝てないや」
気づいてどうにかなるって訳でも無いんだけど、疲れさせようと粘っても回復されちゃうんだから。
とにかく、僕らには魔法の使用なんてわからなかった、この時は。
聖ナディア、五十年と少し前に隣国に攻め滅ぼされたからサーゲート王国の祖・建国王って習った、リューゲニア王を頼ってその後の地域統一の力になったって古い王国。
名前や血筋はイロイロ変わったんだけど、ほぼ同じ地域を支配し続けたし、何よりずっとずーっと昔から使われてる文字は変わらなかったって習った。
文字が変わらなかったってゆーのはホントに凄い。
それだけ、昔の世界と繋がっているみたいに思えるし、聖ナディア文字が読めるだけで何百年前の古い本も読めちゃうんだから。
新ケノンは聖ナディアと少し違っていて、統一戦争でリューゲニア王に破れてしまったからサーゲートに組み込まれて滅亡した。
ケノンと言う国はサーゲートの西部全体と、南北に大きく海岸線に沿って広い領土を治めた大国だったけど、原因不明の災厄のせいで何百年前に滅んでしまった。
点々と小国がその後に出来て、それが纏まったのが新ケノン連邦を名乗り、ケノン文字の一部を使ったのが新ケノンの始まりだって習ったんだ。
この二つの国は離れて存在してるのに同じ神を信じていた。
聖ナディアと新ケノンの両国で信仰されていた神の名は、カンダユークス。
グァンダレゥークとも言われる竜殺しの神。
信じられていた理由が、実際にカンダユークスは大地に降りて、支配の竜を目覚めさせてしまったナディアやケノンの人々の前に現れて竜退治をして、封印が完全にされるまで人々の傍で暮らしたって伝説があるもんだから。
その間、カンダユークスは全く歳を経らなかった。
大地に降りたその時のまま、数年間を人の姿で過ごしたんだって。
神話ほど古くも無い時代の話ではあるけど、神が目の前に現れて竜退治をしてくれた上に心配して封印が完全だと分かるまで一緒に暮らすとか……胡散臭い。
だけど、この話は、カンダユークスが現れた伝説は一方だけに伝わった話じゃなくて、話の内容も全く違う様に書かれてる。
共通してるのは支配の竜を退治して、封印する辺りくらいで、やっぱりこの神は封印の心配をして何年か人々と暮らしたってとこだけ。
そして、カンダユークスは聖ナディアと新ケノンに共通した文化を根付かせた……と。
文字を与えるとかじゃない、カンダユークスが現れた時にはどっちの国にもそれなりの文化が育っていて勿論、慣れ親しんだ文字が存在してた。
だから、カンダユークスが両国に与えた文化は。
娯楽。
「それまで無かった楽器を作ったり、ゲームと言って巨大なダンジョンを作ったんだった……かな。他にもたくさんマス目を引いた板で、別のゲームを作って人々を楽しませた……って、今じゃマス目引かれた板だけしか残ってなくて『神の作ったり、ゲーム』はどう楽しむのかわかんないって話だけど」
ゲームだけが娯楽じゃない、演劇のアイディアにも優れていて一日に十幾つの作品を書き上げたとか。
演劇の中に出てきた役職が、カンダユークスが居なくなった後に新ケノンで存在してたとか。
見たこともなかった珍しい料理をたくさん、人々に教えたとか。
新しい乗り物、馬車より速くてモンスターより強いって感じの乗り物を作ったとか。
もう、聖ナディアの支配した地域では完全にカンダユークスの伝説は風化したらしいけど、それは住んでた人がそっくりそのまま移住しちゃったからで、元々、新ケノンだった地方にはまだまだカンダユークス信仰は残っているらしい。
聖ナディアの人々は、ここデュンケリオンに住居を移して古くからの文字を守ろうとしたけど、それはデュンケリオンに住んでた人には不便だったから使われなくなって段々忘れられてって。
それでも、カンダユークスが書いた新しい文字は両国の本の中に使われていたりする。
文字と思われて使われてた訳じゃないみたいだけど。
それを文字だと気づいたのは最近の研究でだって話だし。
そんな訳で、聖ナディアと新ケノンで作られた力あるアクセサリには共通した『飾り』としてカンダユークスの文字が彫り込まれていたりする。
それは、意味を知っている者だけが文字と認識できる、その他の人にはとても文字には見えなくて絵の様だったって言われているんだ。
聖ナディアと新ケノンの新しい文字、それは……