どっちでも無いんだよ!
「──それ、で。やなあー。ウチ、ちょおーっと出てくんで。心配せんでも夜には宿、帰るよってに。ほな、用事済ませてくるわ!」
京ちゃんの酒を取り上げて、ジュースに切り替えてからはわたしの揺れてた心の奥の小悪魔も天使の打ち込まれでもしたワクチンが効いたみたいに大人しくしてくれている。
このままずっと、そこでじっとしていてくれると非常に助かるんだけどなー。
料理も空のプレートが増える様になってくると、アスミさんが頬をポリポリと掻きながらスッと立ち上がりながら、思い出したようにそんな事を言って歩きながら振り向きもせずに手を振って扉の向こうに消えた。
止める間も無くアスミさんが酒場を後にすると、唇を尖らせてちょっと機嫌がよろしく無いぽい京ちゃんの横顔にはまるで、ズーンと言う吹き出しとこれでもかってくらいの沢山の縦線が引かれてるみたいにわたしの瞳に映って見える。
「……」
何か励まさなきゃって声を出そうって頑張ったんだけど、ぴったりな言葉が浮かばない。
ちょうど視界に映りこんだ愛那の方も、何を言っていいか迷ってるみたいに黙って苦笑いを浮かべてる。
「用事があるなら、そっち行っていいわよ〜。……あ。それと!」
Sheryl 》》わたし、ココではずっと『黒翼』で通すから
突然、フレチャが開く。
京ちゃんからだ。
まぷち 》》はいはい。京ちゃん悪目立ちしちゃったもんね
「そゆ事。ココでは大人しくするわ、……喧嘩も、なるだけしない、頑張って我慢する。明日から行くトコあるし。」
あっさり終わったぽいフレチャ。
一回のやり取りで終わるならわざわざフレチャしなくてもって思った。
薄紫色のアルコールが揺れるグラスをぼーっと見詰めながら京ちゃんは決心を言葉にするみたいにそう言った勢いでグラスを口に運んで中身を一気に流し込む。
すると短くため息を吐いて、わたしの方に視線を向けてくるのに気付いて瞳を逸らした。
「うちはー、シェリル達探してただけだから。予定、無いよぅー。」
京ちゃんの呟く様な言葉に反応して、愛那が京ちゃんの首に両腕を回して飛び付く、背中の翼をバタつかせて。
「(小さくない翼なんだから)そうやってすぐバタつかせないの。」
「えへへー、ゴメン……。」
愛那が叱られた。
京ちゃんのその冷え冷えする冷たい声で。
ま。当然かな。
京ちゃんの金色の瞳を見詰め返して愛那が固まる。
口をぱくぱくさせて何か言おうとしたけど、それを飲み込んだぽくってにへーっと笑顔で謝った愛那。
「んっ! ぐっ! わたしも。取り合えず、もっと食べたい。」
「ちょ、……ちょっと! 待って、今。グラクロが、わたし? って?」
ぐーちゃんが何か料理を飲み込んで口を開くと、京ちゃんはぐーちゃんの方に瞳だけ向ける。
すると、何か肉っぽいのを右手で口に運びながらぐーちゃんも金色の双眸で京ちゃんの瞳を見詰め返す。
一瞬言葉に詰まった京ちゃんは、ゆっくり右の人指し指をピンと伸ばしてぷるぷる震えながらぐーちゃんに指差し、ようやく言葉が声になった。
「そこ? それは、訓練したもん〜、ねー。」
「ねっ!」
そんな中まだまだ京ちゃんの首にべったり絡み付いている愛那が、ぐーちゃんの変化に驚いて固まってる京ちゃんの態度に逆にビックリしたみたいに、ぐーちゃんと相槌を打って、打ち返す。
「えーと、ぐーちゃん。中身まで、女のコになっちゃったの?」
ビックリしてるのは京ちゃんだけじゃない、わたしは二度見しちゃったや。
ぐーちゃんを。
だって、前に会ったぐーちゃんからは想像も付かないんだ、あの時のぐーちゃんは俺さまが! 俺さまを! ってカンジで豪快で、小さくて喋ったり食べたり、賑やかなぬいぐるみ。
見た目は物凄く変わっちゃったけど、中身まで……変わっちゃったなんて。
「ちちち。なっちゃった、とかじゃなくてねぇー。なんと!」
愛那? 喋るか、京ちゃんに甘えるのかはっきりとしないとさすがに京ちゃんだって、京ちゃんなんだし……ぶちキレちゃうかもよ?
そうやって思っちゃうのもそれほど間違って無いかも知れない。
だって、ちちちと左の人指し指を口許で揺らしながら、横目にわたしに視線を合わせる愛那の半身は京ちゃんにまだべったりくっついたまま、右手は京ちゃんの首に絡み付いてるぽかった。
「どっちでも無いんだよ!」
無いんだよ?
「んんっ?つまり、どゆこと? いつっ!」
「ごにょごにょ、ドラゴンにオスとかメスとか無いんだけど。ってコト。」
京ちゃんの機嫌が悪くなりそうだから、愛那を引き剥がそうと近寄る。
それでもぐーちゃんの事について疑問は残るから聞き返しながら、何かぶつぶつ呟きながら自分の世界に没入してる京ちゃんの首に巻き付く愛那の手を取って思いっきり後ろに引いた。
その次の瞬間には背中に衝撃が走って、背中から仰向けに床に倒れてたわたしと愛那。
思ったより愛那が抵抗しなかったせい。
そんな愛那は顔だけで振り向いてわたしの耳元に口を近づけて囁く。
え?
無いの、性別。
「ぅえっ?」
気付くと胸に違和感。
さ、触られてる? わたしの。
変な声出た。
どうも座ってた椅子から転げる時に愛那は、うつ伏せになってたぽいのね、それで胸を掴んでた……と、何かにへーっと笑顔で揉まれるのも気持ち悪いし、顔近いし。
退かそうと右手を右手で掴んでギギギと抵抗を受けながら外して膝を曲げてわたしの上に跨がる愛那をはね除け様としたんだけど。
何か変に抵抗されてるんだけど。
「え、そう? そうだっけ、種族的におかしくない?」
見下ろしてくる碧眼の双眸に見詰め返して尋ねる。
そこまでで何と無くおかしいとは思っていたけど、絶対におかしいと実感する愛那の表情。
頬が上気して赤い。
何処と無く艶っぽい唇。
とろんとした瞳はわたしを狙っているみたいに蛇を思わせるみたく、ねっとりとしてそれでいて鋭い。
酔ってる?
酔っ払いだよ、愛那が。
はあはあ、と息荒くわたしに跨がったまま見下ろしてくる愛那。
まだ幼さの見え隠れするその顔にアンバランスな、婀娜っぽく笑い、それを見詰めるわたしを魅了する瞳。
キス、されそう──そう思った。
何故だか酔っ払って正気を保ってない愛那に、狂気ぽいものを感じてふいに横を向くと、耳のすぐ横で水音と軽い衝撃があった。
見なくても解る、解るんだけど……、はぁはぁと乱れる息使いもすぐそこに聞こえるし、愛那をそばに感じてチラリ。
そこにはにへーっと笑う愛那の顔が。
ホントにキスされるとこだったよー、行動が京ちゃんに似てきてない?
愛那はしょっちゅうふざけてキスしてきてたけど、頬っぺたとか額にとかだったのに。
沸騰するような、熱の籠ったキスではふざけてるキスじゃない。
もう四時、はぁー。
次の更新は出来るかなぁ、きっと、出来ないかも……