ゲーレムの白影
雪豹の恵み亭の裏路地。
そこに月明かりが射し込み、照らし出されたニンゲン大の暗闇がうにょうにょと蠢き悶える、それってあまりに場違いな光景じゃない?
街中でモンスターに襲われるなんて思いもしなかったし、イヤ、そもそもコイツの事モンスターって思えないけど。
弱すぎ・・・。
上段から中段、締めにPKシュートみたく蹴りあげた、変則的なコンビネーションキックを叩き込んだってだけだし、喋ってたしねー、そう言う種族の人類ってことなのかな?
「あは。いたぶって聞き出すつもりだったのに勝手にべらべら囀ずってくれてありがとねーっ、後はこっちに聞くから寝てていいわよ。」
足元で蠢いてる暗闇に言った。
コイツはもうダメだって思う・・・、わたしを楽しませてはくれない。
「う、腕が折れたくらいで勝ったつもりか?」
あれ?
腕?
えと、ふとももに叩き込んだつもりだったんだけどな。
「余裕ぶってるつもりぃ?」
すっかり脅えきった瞳でわたしを凝視してる二人に向かって歩き出していた足を止め、暗闇に目を落とす。
足元でうにょうにょと悶えるそれは、余裕たっぷりに現れた時とは全く違って暗闇でしか無い、・・・近い様で遠いものを当てはめるとしたら、ダークプリンという、腐海の奥に口を開いていたダンジョン主が近い。
でも、ダークプリンはこんなに小さくも弱くも無かったけどね、物理攻撃は利かないし魔法もある程度吸収する、その上でエリア全体に拡がっていてまるで真っ黒な海と戦ってるって錯覚しちゃうってくらいの厄介な、ある意味ダンジョン主らしいモンスター。
「ねぇ、ゲーレムの白影、ジャシ・・・さん、だったかしら?」
ジャシとかゆー、カメレオン男のそれとは姿は似ていても大きさ、強さ、厄介なとことか段違い。
粘って粘ってやっと、ダークプリンは倒せたのに、下手なカメレオンと比べたらダークプリンが可哀想かも知れないわね。
「・・・。」
「黙ってるのは当たってる?正解?ふふ。」
ジャシは黙る、黙ったって事は肯定したって事、つまり。
思っても見なかった反撃を貰って、痛くて痛くて堪らなくて、もう余裕なんて無くて、それでも普通に普通で普通でしかない雑魚に向かわせなく無かった、わたしを。
そうなんでしょ?
思わず口が緩んでしまう、だってジャシは雑魚の無事を心配したんじゃない、ベラベラ喋る口を気にした・・・そう、思えたもの。
「顔の形にバイバイしたいぃー?それとも、知ってる事ぜーんぶ話してくれるかなぁー?」
わたしの推測が間違っててもいい、そう、『気にした』って事はジャシだって知っているはずだもんね?
わたしが襲われる理由とか、この街で過ごすのに退屈しなさそうな情報とか♪
「わ、解ったから、解ったから。その手をおろせっ。」
今わたしは暗闇を手に掴み上げ、振り上げた右手をジャシの鳩尾狙って叩き込もうとしてたとこ。
は?
ここに至って、わたしに向かって命令口調とか、
「無いわー。何様かなぁ?ね、ジャシ?」
「・・・下ろしてくれ、さい。頼むからぁ!」
微笑みながらわたしは。
力無く暗闇は、どこが口かも解らないけど、動いてないけど、躊躇無くジャシの声は聞こえてきた。
「いいわ!・・・さぁ、話していいわよ、聞いたげる。」
ジャシの細い胸にどっかりと座り、鎖骨には尖ったヒールの先端が埋もれる。
ジャシの暗闇を再び地面にぴしゃんっと投げつけたら、この後の事なにもかもを諦めたみたいで擬態を解いたんだ。
よーしよし、飲み込みがいいじゃない。
手間取らせないとこは褒めて上げるわね、良く出来ました、まる!って。
「うっ、先に言っとくけどよ。聞けば、知れば!後戻りは出来ねえからな。」
ここまでされて、それを言うかな?
立場解ってないな、ジャシ、あなた・・・。
「良いよ、良いから。街のゴミ掃除にもなるでしょ。」
今、尋問されてるのよ?
尋ねた事に答えればいい、ただそれだけのことなのにな。
チラリと見るとそんなジャシとわたしを、まだまだ五体満足な二人が成り行きを見守るしか出来ないっぽく、ただ呆然と見ていたんだけど。
「──ってワケだ。カイオットが金貨10枚、てめえに掛けたのもデカいだろうがな。」
「──ふーん、カイオットって誰よ?」
どこかで聞いた名前だけど、あんまり覚えてないなー。
わたしの尻の下に敷かれた、全体量に載せられたジャシが渋々、遠回しに語った事は、ようは──わたしで賭け事がされてたっぽいってゆーか、うん、されてたのね。
内容は何日でわたしを見付けて、倒せるか・・・って愚か、愚かだわ。
だって、何日掛かってもジャシなんかにわたしを倒せるわけないじゃない。
コソコソ隠れて後ろから刺すだけしか無い、パッとしない雑魚にちょっと箔が付いたみたいな?ジャシなんかに。
「・・・顔役の一人の雇った盾だ。」
「顔役?」
「・・・ちっ、今黙ったとこでボコボコにされて喋るくらいなら、言うけどな。このデカい街の闇に関わ・・・いダっ!」
「勿体振らなくていいわよぅ?そうなのよ、どーせ全部聞き出すんだから、知っている、事、全部話しなさい?」
「う、おごぅっ!解った、止めっ!」
ジャシはくぐもった声で呻いた──当然、何もなくて呻いたとかじゃなくて、わたしがジャシを見下ろしながらヒールに体重を掛けたからだったり。
口答えが過ぎるからそうなるのよ。
尖ったヒールの先はジャシの鎖骨に埋もれている。
少ーし、わたしが気に入らない態度をジャシが取れば埋もれたヒールが両側の鎖骨にダイレクトに刺さる、ジャシがあんまりに意味の無い言葉を使ったら、折れちゃうかもね、鎖骨。
「顔役ってのはそのまま、街の裏の顔だってことだよ。悪いやつらは大体、顔役に繋がってんだ。」
「ふーん、で?」
ジャシをわたしは上から見下ろしている。
よっぽど雇い主が怖いのか、両の瞳にはたっぷりの水量の水溜まりが出来、今にもあふれだしそうなくらい。
「オイオイ、ちっ、解るだろうが。顔役の顔に泥ぬったよーなもんだぞ?次から次からお前は狙われるんだよっ。俺に倒されてたらよ、死にはしなかったろーに。」
「なんだ、そんな事。気に掛けてくれなくていいよー。続けて。」
次から次から雑魚だったり、雑魚にちょっと色がついた様な獣人がやって来たって、最強の獣人とわたしは既に戦ってるもの。
怖くない。
ううん、むしろ楽しみなのかも知れない。
わたしの知らない、わたしを知らない獣人があっちからやってきてくれるんだから。
ま、イライザより強いのって国王くらいしか居ないっぽいし、退屈しないってだけでワクワク、ドキドキ、ヒリヒリするバトルは望めないんだろーけどね、それでも退屈よりマシ。
「ち、何なんだ。ま、カイオットは『何日掛かっても倒せない、百人しかけても勝てない。』に金貨10枚賭けた、今なら少しはその訳が解っちまう。お前、強えよ。」
金貨10枚。
この国ではそこそこ大金のその金額を賭けるって事は、賭けを受けた側は払いたくは無いんじゃない?
だから、ジャシも言うように次から次から送り込まれてくる様になっちゃうのかな、賭けの対象が『何日掛かっても』だから、そうよね。
賭けを勝つ為に、わたしを倒しに来るでしょうし。
・・・それにしても引っ掛かってる名前、カイオット、カイオット・・・、んー。
あ!熊だ!
フィッド村に居た、わたしのスピードに付いてこれなかった、でも堅いやつ。
なるほど、わたしを知ってるよなー、カイオットなら、でもどうして顔役ってやつをこの賭けに乗せたの?そこはちょっと疑問点。
わたしを知ってて賭けに乗せた、うーん、懲らしめろって事なのよね?
・・・それってとっても楽しそうじゃない?
「あら、どうも。褒めてくれるの?でも、求めてる答えと違うかなぁー、ね?ジャシ?・・・うふふ。」
恐怖に震えるジャシの瞳にわたしの視線が絡む度に、怯んだようにびくっと震えるジャシ。
「いだあっ!求める答え?何だ、そんな?もしかしてよ、顔役に戦争仕掛ける気・・・かよ・・・。」
頭をフル回転させて考えながらも、ジャシにお仕置きするのも忘れちゃいけないわよね。
鎖骨に埋まったヒールの先が突き刺さる。
ほんの少し、体重を掛けだけなのに大袈裟じゃない?
「あはっ、とーぜーん。」
「・・・もう、知らねえからな。あ、後・・・俺らに聞いたってのは無しだ、いいな?」
その時、わたしの言葉にジャシが一際脅えた気がした。
決心をしたんだと思う、コイツのボスの情報をわたしに喋るって。
「さあ、それはジャシ次第じゃない?ジャシのこれからの役立ちによっては。うっかり、ポロってつい口から出ちゃって喋るかも、ね?」
「オイオイ、俺にまだ関わって来ようってのか?止めてくれよ、・・・もうここしかねーんだ。」
そんなつもりも無いんだけど、無かったんだけど。
脅えるジャシを見下ろしながら見続けていると、何か悪戯心がむくむくと涌き出てくるのよね、・・・ジャシに限ったわけじゃないけどさ。
「いいから、喋る。あなた達のボスは誰?」
もう、ジャシから聞き出したいのは取り敢えずただ一つ。
遅れた、遅れた、遅れたー。
なので、ビ様は無しですよ・・・