今夜の宿は雪豹の恵み亭
──うぅむ。
庭、無いことは無いんだけど。
酒場の大きさで決められちゃった感は否めない。
───翳っていく陽をやがて夕暮れが押すようにやってきて辺りを包み込もうとする頃、やぁっと素敵なって訳でもないけど宿を見っけた、シロイ同伴ぉけ!な。
はぁ、疲れた。
こっちの求める条件はたった一つなのに。
馬ならいいけどって宿は多かったけど、猛禽は他の客の迷惑になるって言われて、どこ言っても断られる様で。
ま、ね。
シャダイアスは肉食だから、馬くらい襲って食べちゃうかぁ、そう思われてるんだろーなぁ。
シロイを見ると大抵、同じ反応だったし。
シロイはたっぷり肉食べさせてるから、そこのへんの憂慮は心配無いんだからって言っても解ってはくれないよね・・・。
それで結局。
京ちゃんが倍額払うから、客に迷惑があったらその分も払うからっぽい言葉で言い伏せて、最初に京ちゃんが目を輝かせてた大きめな酒場が1階にある、馬ならいいけどって宿に部屋を取る事になった。
ま。シロイにも大人しくしてるんだゾ!って言い含めたから、うん。
問題をシロイから起こしたりは無いかなー、後で肉を差し入れにこようっと。
今、何を抜きにしたって取敢えず、寝たい。
歩き回ってしんどくて、そこのへんの疲れはヒールで体のだるさは軽くなる、でも寝ないって事とはならないでしょ。
寝転がりたいのは欲求だもん。
それなのに、寝たいのに、寝かせてくれないの、そうなんだ・・・ふーん。
京ちゃんに襟首を後ろから掴まれて捕獲され、そのまま連行、宿のカウンターを真っ直ぐ廊下を抜けた先にある酒場に。
「屋台からの持ち込みオッケーだって♪」
親指と人差し指で○ッて作ってジェスチャー。
そうは言っても京ちゃん?
最初から持ち込むつもりだったよね、宿に入る前にその辺でいっぱい買ってたもん。
ウェイトレス姿の店員さんに京ちゃんは早速、酒を注文してる。
まだ席に着いても無いのに・・・。
「・・・わたし、お酒は・・・。」
「果実酒、あったわよー。」
「酒、じゃん。飲めないよ。」
「お子ちゃまねー。」
「うん、そだよ。」
そこまで話しながら空いていた席に着いたタイミングで、ウェイトレスさんが酒のボトルとグラスを二つ、ぴかぴかの銀のトレイに乗せて運んできたのを見て京ちゃんが話を中断して、瞳をキラキラと輝かせて待ち構えてる。
「おまたせしましたーっ!ご注文はこれでお揃いになりましたっすか?」
愛想よい微笑みを浮かべてわたし達を順に見回す。
そこで見つけちゃった!ウェイトレスさんの頭の両側からは、獣人を表すパーツでもある巻き角がにょっきり生えてて。
。
よく見ると視界の奥でバタバタと忙しなく動き回っている他のウェイトレスさん達も獣人みたいで、ケモ耳や何かの尻尾が生えてる、ぴんと伸びてたりゆらゆら揺れていたり様々だけど変わらず尻尾。
現実の家ではわたし、拾った仔猫を飼ってるんだよね、元気にしてるかなぁ?もう仔猫っていえないか。
まっ黒くて、のんびり屋だけど、好奇心旺盛で気になったら何があっても触らないと気が済まない子だ。
今──そんな事はどうでもいっか。
ウェイトレスさんの言葉に京ちゃんが、ありがとって返すと腰の前で銀のトレイを両手に持ち直し、御辞儀をしてから『ごゆっくり〜♪』と口にしてウェイトレスさんはカウンターに帰っていった。
ついつい視線で追ってしまったウェイトレスさんの揺れていた尻尾が、カウンターの方に消えると視線をテーブルに戻す。
すると、いつの間にか京ちゃんのグラスには波波とお酒が注がれてて、
「んぐんぐ、ま。取り合えず、カンパーイ!」
もう、片手でグラスをくいっと傾けて空にしちゃう。
わたしのグラスにお酒を注ぎながら、ね。
ボトルは冷やされてたっぽくて、それを表す水滴が沢山ついてたみたい、京ちゃんは手の腹でそれを拭き取った。
「か、カンパーイ。んぐっ、んぐっ!・・・あれ?」
「アスミさんは?」
「ん〜?・・・そう言えば。居ないわね?・・・」
嘘つきっ。
瞳泳いでるじゃんか、確信犯でしょ?
あっさり酔わされてわたし、どうにでも出来るって、思われてる、狙われてる、京ちゃんに。
「多分、部屋に直行したんじゃないかなっと。ってわけで・・・」
「むぐ、んぐ。寝たか、・・・色気無いわねー。」
わたしも寝るねって言おうとしたら、グラスを空にした京ちゃんに割り込まれた。
やるな、お主。
声に出してないのに見抜かれてる、京ちゃんに。
帰りたがってるのが。
酒に付き合う訳無いのに・・・、高2に飲ませないでよ。
ホントだよ?
「──シェリルさん相手に、クマが色気出してたら、怖いって。それにさー。」
アスミさんの灰色のしたり顔を思い浮かべて、苦笑。
アスミさんって言っても中3、年下、未成年なんだよねー、ってわけでわたし以上に酒に付き合わせたらダメ、絶対。
ポンコツのわたしよりずっと強いから『ちゃん呼び』がちょっと出来ないで、そうなっちゃったいつの間にか。
京ちゃんに振り回されても、そこは越えちゃ行けないボーダーラインじゃないかな。
ダメ人間になっちゃうって、ね。
「むくむぐ。昼もそんな事、言ってたけど。傷つくなー、わたし!何だと思ってるの、よー!」
「──酔っ払い?」
「ぴんぽ〜ん♪──じゃ、なくて。」
「──変態?」
「またまたぴんぽ〜ん♪じゃ、ないから!自覚無いわけじゃないけど。酷いなー。こんな、乙女をさぁー。前にして。」
「口説かれたし?」
「口説くわよ?可愛いコ見たら、誰だって。」
「──変態、確定。んぐっ。」
御互い笑いながらコントみたいな和やかなやり取り。
グラスに注がれた薄い紫色のお酒を口に運びながら、そんな事を言い合う。
わたしだって、京ちゃんだって本気じゃないって解っててやってる。
適当な掛け合いってゆーか、本気で言ってたら結構酷い、特にわたしが。
京ちゃんを嫌って言ってるわけで無いし、良いかなって。
語気や表情なんかに妙な威圧感も無いし、キレる感じも無いし、京ちゃんも馴れたもの。
「いただきまっす!」
手を合わせて鈴のなる様な声で響いたかと思うと、出てくる、出てくる。
BOXからあれもこれもとテーブルいっぱいに。
改めてその量に言葉を失ってたらいつの間にか京ちゃんは、その食べ物の山の中から肉串片手に、グラスを傾けてる。
・・・ボトルが2本、あっさりと空になった辺りでテンションアップ!
もう、京ちゃんはペースが上がっていくだけって解ってるんだよね、こうなっちゃったら。
ビ様「やい!ヴィシャス。」
ヴィ「なんですか?ビー様。」
ビ様「どうしてだ?」
ヴィ「だから、何のことです?」
ビ様「募集をしてるよな、なのに。」
ヴィ「ええ、してますよ?それくらい。」
ビ様「・・・どうしてだ。」
ヴィ「はい?」
ビ様「──誰も来ないじゃねえかよっ!」
ヴィ「時期と、タイミングと言うものがあるんじゃねえっすかね。きっと?」
ビ様「最後の語尾おっかしいだろ、不安になるわ。」
ヴィ「あの。それに報酬が魅力的じゃないんじゃないですか?」
ビ様「んっ?肉串3本ありゃ、オイラ十分だぜ。」
ヴィ「ビー様・・・、一日何十本て食べてますよね。」
ビ様「んぐっ。そだな、そだよ。食いたい時に好きなだけ食うのがポリシーさね。あぐっ、んく、んぐっ!(肉串にがっつきながら)」
ヴィ『3本食べて、十分だぜって言ったよな?配下には3本くらいで十分だぜってことなんかな。』
ヴィ「3本を5本に増やせませんか?報酬が豪華になれば飛び付いて来ますよ。きっと?」
ビ様「・・・だからよ、語尾おかしいって。そうだなー、オイラも鬼じゃねえや。働きに応じて肉串を10本まで増やしても構やしないよ。」
ヴィ「聞いたかー?お前ら、働きが良かったら串が10本まで増やしてくれるってよ。さっすがビー様。」
ビ様「何もしやしなかったら、肉串をオイラが取り上げるけどな。」
ヴィ「そう言う日もあるってのに、ひっでえな。さっすがビー様。」
ビ様「(颯爽と布団を何処からか取り出して潜り込みながら)オイラ、そろそろ眠ぃや。適当に広告打っといて。いいから。」
ヴィ「あー。そうですねー(チラリとビ様を見てから視線を戻す)、じゃあ、やっときますか。(カメラに近づいて)」
ヴィ「──あー。俺らべべべ団は只今、若干名だが配下の募集をしているんだってよ。がさがさ(メモを見ながら)、活動内容は・・・なんだって?肉串もっと食べたい、買ってきて?ん?あ、これじゃないな。こっちか、がさがさ(別のメモを取り出して)。活動内容は──来たら伝えるんで、健康な体でやる気のある方、意欲のあるそこの君!一緒にべべべ団を盛り上げていかないか?・・・何だか、・・・変な勧誘文だったけど、ビー様にはビー様なりの考えがあんだろ。ま、これでいいか。・・・あ、また次回会いましょう。(御辞儀をして、にこやかに手を振りながら)」