思惑の違った悪魔
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「ぺろっ、・・・ちょっと味見したけど。スッゴく美味しいわあっ!この醜くて、歪んでて!どす黒に染まった、きったナイ魂♪」
「・・・使い魔、じゃないのか?その姿は何だッ!」
「いやぁね♪」
「こんな姿がお好みなのお?ロリコンだなあ、アナタ!悪魔は雌雄(しゆう、オスメス)無い変わりに、自由に十人十色、契約した当人の好きな姿になっちゃうのよお?」
「うぐぐ・・・。」
「ヘ・ン・タ・イ♪きししし・・・♪いいけどねーえ。」
「ま。これだけきったない魂なら、力が尽きる事もないよねえー。」
デュノワが呼び出したのは、小悪魔等では無くホンモノの悪魔。
負の力が足りなさすぎて、実体化出来なかった悪魔が今、契約が成った事で万を持してその姿を表す。
見た目は幼ない少女。
しかしてその中身は。
海千山千のニンゲンの、ヒトの魂を喰らって生きる、正真正銘の悪魔だった。
その名はイグジスト。
白と黒の悪魔。
欲望と悔恨の暴君が今、目の前で小動物の様に震えて突然現れたイグジストを畏れの表情で見詰める獲物に迫る。
とても。
とても。
とても。
悪魔に、イグジストにとって魅力的に瞳に映る、いびつに歪んで汚く闇の様にドス暗いデュノワの魂に狙いを定め。
三日月の様につり上がった幼ない少女の上唇を蛇にも似た長い舌がなぞる。
自らの発した幼い声というのが、弱々しく聞こえた自らの声というのが普段のイグジストから懸け離れていて、とてもアンバランスで益々、デュノワ目掛けてじわじわ近寄るイグジストを興奮の坩堝へと誘っていく。
「そうそう、契約したんだからあ。願いを言いなさぁい。
叶える代わりに魂と等価交換になりま〜す♪きししし♪」
『大金持ちになりたいのよね?頭の中、金、金、金、金。金しか無いのが丸わかりよ!大金持ちにして、ちょろっと魂頂いて、また次の契約者探しましょ。それにしても美味しそうだ!数百年生きて、こんなに歪んでてどす黒い魂見たこと無い!
よっぽど、腐った環境で育ったのねえー。どうでもいいけど、そんなの魂さえ食べれたら♪きししし・・・』
願い事を迫りながら既に魂を食べた後の事を考えているイグジストは、もう我慢さえ出来ないと言いたげに舌舐めずりを始め、美少女と言っても良いその今の容姿に見合わない下卑た微笑いを浮かべて、きゅっと閉じられた唇から舌を出して上唇をペロリと一舐め。
当然とも言えなくもない。デュノワの魂が悪魔として生を受けて、最大最上の御馳走に見えて心無しか暗く黒い汚れたその魂はキラキラとパリパリと輝き、オオオオオ・・・と呻くように鳴動している様にすら思えて仕方無くイグジストは抑えることも、がっつく事も出来ない思考に取り付かれ、興奮が止まらない。
まるで、A5の肉の丁度良くサシの入ったサーロインを目にして『食べていいよ。』と言われてうち震えているように。
まずは口にいれてからじっくりと味と香りを堪能したい、デュノワに一歩一歩近寄りながらイグジストの小さな喉がゴクリと鳴る。
今までも美味しい魂はあった、そのそれまでの魂のどれより暗く汚れて美味しそうに見える。
味見だけで鼓動が早くなった、魂が震えた、そのインパクトは。
早く味わいたくて、食べたくてしょうがない。
願いなら頭を覗けば直ぐに解る。と言ってもテレパスの様に文字で思考を読める、伝わるわけではなく、簡単なイメージ──(多分に覗き見た側の解釈が含まれる為、見たイメージが絶対とは言えない。)が浮かんで覗き見た相手の思考を感じることが出来ると言うだけで、今から相手が何を仕掛ける、右からパンチ、左からミドルと具体的に万能に理解出来る訳ではない。
覗き見た為に失敗する事も無い事もないのだ・・・ちょうど、今の様に。
「願いなら言ったぞ!力を貸せ、だっ!」
『少しでも魂を取られるのを長引かせ無いとダメだよな。これなら、死ぬまでこのクソ悪魔をこき使えるだろう!いい考えだ!それに・・・。』
「ち、・・・ちょっと!話が違うわよ?お、お金でしょ、ホラぁ、お金!これで、魂食べさせなさいよお!きいぃぃッ!」
願い事を言わせる為に、無駄に撒き散らしていたプレッシャーを解いたイグジストに対して勝ち誇る様に叫び、人差し指をびしぃと伸ばして突きつけたデュノワの頭の中では既にイグジストを連れてやりたい放題しているイメージが浮かび、それはもう崩れない。
そうすると途端に、動揺を隠せずにぴくぴく震えながら一方的に魂が抜けたように力無く喋ってからは、それまで余裕しゃくしゃくで嬲る様にデュノワを追い詰めていた幼い少女の表情がくしゃくしゃに歪んで、更に絶望を突きつけられて信じられないと言いたげに、そうまるで、後ろにズーン!と吹き出しが附けられているかのような見事な落ち込み方でこの世の終わりみたいな表情にガラリと変えて俯くと、言葉に成らないみたく口をパクパクと動かしてから膝から崩れてゴクリと喉を鳴らし歯噛みして悔しがった。
少しの間ひとしきし悔しがる悪魔、イグジスト。
しかし、はたから見れば単に幼い少女がぐずって我が儘をほざいている、そう言う風にしか見えない。
その光景を、デュノワはどこか遠い瞳で見ていた。
しばらくしてハッと気付いた様に悔しがるのを止めて顔を上げる幼い少女がデュノワの顔をカァッと瞳を見開き見詰めて、
「解ってる?悪魔にも悪魔なりのルールがっ、マニュアルがあってねえっ!!」
破れかぶれ負けは決定しているのに、幼い少女の姿でイグジストはすがるように悪魔の中のルールを持ち出した。
何とか、願い事を変えさせたい、その一心で。
今のイグジストにはもう、先程まであった猛烈な威圧感も無ければ、震え上がるような寒気を伴う周囲を凍りつかせる恐怖も感じない。
ただただ、今にも泣き出しそうな幼い少女の姿そのものの様に弱々しささえ漂う、憐れな悪魔。
「ああ、聞いてる。知ってる。」
落ち着き払ってイグジストに向かい、そう答えるデュノワ。
イグジストが弱ってしまうと逆にデュノワは普段通り、いやそれ以上に態度は大きくなっていく、どちらが優位に立ったか誰の目にも明らかだったからだ。
ルールを知っているとイグジストの耳に届いた瞬間、二人同時に口を開く。
「「願いを叶えないと」」コキ使えるンだろう!」魂、取れないのよッ!」
見事にその声はハモったのであるが、後半は二人で全く別の事を叫んでいた。