デュノワと間違いだらけの巻物と、バイ菌型の小悪魔
「タダで帰れるかっ!呼び出した責任を取れ、子供のお使いじゃ無いんだからなーっ!」
あの後。
少し、ぶっきらぼうに目の前のバイ菌に男は説明を始めていた。
どうして喚んだつもりの無い、人間大のバイ菌型が召喚されたのか男も検討が着かないまま、バイ菌型が現れる前、ほんの少し前まで男が何をしていたかを。
「──と、言うワケだ。責任を取れ?知るか、俺は複数召喚を試していたんだ。それで、何でお前みたいな弱そうな役立たずが出てくんだよ。・・・掃除をさせようと小悪魔を沢山呼び出したつもりなんだぞ!」
この男──随分と偉そうな態度が目立つ様になってきた、この男の紹介を敢えてこの場面でしようと思う。
一部の読者は薄々気付いていたかも知れない・・・、その名はデュノワ。
うまい話を聞き付ければ、金次第で何だってやる男。
自分の唯一の売りでもある召喚で依頼主を満足させて日々生活する金を稼ぐ、正真正銘の屑。
何故なら、他人の迷惑キニシナイ!為すがままに魔獣を喚んでは、暴れさせる(コントロールが出来ず、意志疎通が出来てないとも言うのか。)、それでいて自分の身に危険が迫り、危なくなったらさっさととんずらする、と言う自分勝手な自己至上主義なチンピラなのだ。
付け加えると、大変な浪費家で、常に多額の借金をしていて、衝動的に掘り出し物や一点物を見付けると買ってしまう性分だった。
今も部屋中に転がる沢山の汚い巻物はそうして集まったのだ。
巻物だけじゃない、埃まみれで元の色が解らないくらいに汚れた袋に入った素材や、何の用途があるのかもう覚えていない、買った時のまま放って置かれていて蜘蛛の巣が絡み付き、やはり例に漏れず埃まみれの様々な魔道具の数々。
売れば借金を返すくらいにはなるだけの一財産である、それがどうしても今、この不衛生な汚いごみ溜めめいたデュノワの部屋に転がることでホントのゴミと見間違うしか無くなるのは、デュノワクオリティと言う以外無いと言っても言い過ぎたりしない気がする。
それだけの罵詈雑言をぶつけてもぶつけ足りないくらいには、デュノワが掃除をしていない酷く汚い部屋に暮らして居るかは解っていただけただろうか。
壁に沿って無造作に積み上げられた魔道具や何かの素材の入った袋に、それに加えて高い金を払って手に入れたはずの古代の巻物が山となって、それと同じ山がいくつも重なって更に地崩れをあちこちで起こしている。
絵に書いたような、ゴミ屋敷の住人がデュノワだ。
繰り返して言うが、積み上げられた一つ一つはゴミでは無く、価値のあるものだったのだが、扱いがここまで酷く、かつ本来の使い方を全くされることなく放置されて一固まり、二固まりと山に積まれて目も向けられなくなってしまえばゴミの一つに変わってしまう不思議。
もうひとつ、不思議があると言っても良いか・・・、付くべき所にちゃんとした筋肉がついて、しっかりとがっちりとした体つきでその上、首から上は爬虫類系を思わせる整った綺麗な顔をしていて、切れ長の瞳に、濃く長い睫毛が恵まれた至上の顔を更に豪華に彩った。
要するに、容姿はH○DEか、○羽時貞かと思わせる凄いイケメンだったのだ。
恵まれた顔をしてはいるものの、歪みまくって一周して小悪党かチンピラと言える事しか出来なくなった性格からかつり上がった切れ長の瞳と、陽の光を嫌う狂った生活を送っている為に刻まれてしまった目の下の濃い隈、それに卑屈に曲がった唇が非常に、非常〜に勿体無い事をしている。
元々サラサラの金髪だったとは思わせるものの、生活バランスの乱れからクシャクシャの髪色は所々くすんでいて、どこか陰鬱さを醸し出す。
陽の光を嫌う為に白い肌がさらに蒼白く、見るものに死体と間違わせるほど取り返しが付かない事になっていた。
それでも酒と、充分なだけの食事は毎日、1食だけの纏め食いではあったが何とか食べていた為、生き永らえている。
浪費家で借金はあちこちでしているが、貧乏生活をしているといった訳でもないのだ。
依頼さえこなせば一気に金はドバッと入り込んでくる、実力はあるがやる気を向ける方向が間違っていたことが、デュノワの堕ちきったこの今の生活を続けさせている状況を作り上げていた。
今、彼は体育座りにゴミの上に座り込み、膝の上に手を腕を重ね、その上に顔を、顎先を突いて乗せてバイ菌型の小悪魔の足元、そのバイ菌型が出てきたもとを見詰めている、魔法陣を。
魔法陣は良く良く見ると複雑に重なっているように見える。
──間違っているぞ?
嫌、間違って居ないのか。
ここがこうして重なれば、・・・ふむぅ?
では何故?
我、・・・だったのだ?
んん、・・・我以上、いいやセルフィオナ様以上の存在がここに導いた?
・・・まさかね。
考え過ぎ、だろう。
「違うな・・・。」
「・・・何、だって?」
「アナタの説明だと、雑事を手伝わせる為に小悪魔を喚ぼうとしたと、そう言った?」
「そう、だ。・・・試していただけだが。」
「魔法陣は書き上げれば良いって物じゃー無いんだけどね。
これは、複数の魔法陣を重ねて一気に書いてあるから意味合いが変わってきてる。こことか、文法が違う。
きししし、大きく間違ってるのは複雑に重なってる部分。
・・・良く、こんな間違いだらけの粗末な魔法陣で我を呼び出したものだって、誉めてあげたいとこだわ。きししし、誉めてやるぞ!ニンゲーン。」
ぶっきらぼうにバイ菌型にデュノワが事の顛末を説明した後。
バイ菌型が考え込んでいるのか固まったように動かなくなった時間がしばらくあって更にその後。
バイ菌型はデュノワの魔法陣を声を出して笑いながら、間違っていると言ったのだ。
会心の作だった。
デュノワにとっては、この部屋の床の一部にびっしり書き込まれた魔法陣はレッサーデビルの召喚、更に中位の銘を持たない悪魔も召喚できると聞いて買い付けた巻物を一字一句ミス無い様に書き込んだその上に、レッサーデビルの召喚に成功した事もある魔法陣、更に使った事の無かった巻物に記されていた魔法陣や完全に偽物と解っていた魔法陣など、5日間費やして書き上げた大作だった。
「高い金を払って、また偽物だっただとおッ!」
そんな苦労を知りもしないバイ菌型に、粗末な魔法陣とバカにされる様に言われるとデュノワが声を荒立てたのは当然だったかも知れない。
また、と言う時点で色々察してしまっていたにしても口に出して指摘されると、デュノワでなくても面白くは無いと想像できる。
「ふん、・・・ふん、──ふぅむ。偽物かどうかなど関係ないよ。矮小なニンゲンが我等の真理を理解出来ないで書いたような魔法陣だ。」
「こう言いたいのか?これを書いた奴が、魔法陣を理解していないと。」
デュノワの視線を追ったバイ菌型が、床に転がる薄汚れた巻物を、羊皮紙のようなしっかりとした手触りの薄くなめされた皮製の、その巻物を手に取って広げサラっと目を通す。
手に握られた巻物を見ながらバイ菌型が間違いを指摘すると、デュノワは膝を抱いたままバイ菌型を睨む様に見上げる。
実は間違い所では無いと、バイ菌型は見抜いていた。
一体何人の持ち主が居たのかは解らない、解らないが──後から付け足されている部分が幾つも幾つも。
確かに書き加えた奴は賢い、正しい文法を全く意味の無いものになるように書き換えているのだから。
これでは喚び出した瞬間に、力を持った存在なら怒って襲ってくるかも知れないほど乱暴な呼び出し方となる。
『お前は、小さい、我等の、力を貸せ、そうでなくてもいい、鈍い、早く、お前は、小さい、・・・なんだこの酷い術式は?』
バイ菌型もさすがにこの酷い改変の魔法陣単独での呼び出しにはちょっと首を傾げて『喚ばれてるかどうかなどこれじゃ解らないな』と無視をするか、イラっとした腹いせに召喚した者に悪夢の幻覚でも見せて帰ってしまうだろう事は間違い無い。
この魔法陣だと呼び出した者をとり殺すには色々様々足りない事から、嫌がらせをするにしてもその程度しか出来ないと解る。
魔法陣に書かれているべきは、どこまでもへりくだってそれでいて、助けを必要とする状況であり、かつ大事な文言がある。
この巻物に書かれた魔法陣には、改変されてそれが無いのだ。