逃げないという選択肢は、ちっぽけなプライドを守りたいから
「うりゃああああぁっ!」
黄緑色の装備で固めた少女・イノヤが身の丈よりも遥かに大きな斧を気合いを込めて振り下ろす。
イノヤの目の前には、見るだけでぐっと胃の中のものが出てきてしまいそうなミミズの超特大サイズがうぞうぞと蠢いている。
さっき気合い一閃、斧でへち倒せたミミズとはサイズが違っていた。
今、ノイヤの立っている場所は大通りの一角だった。
見事に瓦礫だらけで、ついさっきまで石畳が整然と並べられて、ちゃんと通路として使われていたなんて、まるで信じられなくなっていたりするのは、目の前でぐちゃぐちゃに潰れて息耐えているワームが暴れて何もかもが壊れてしまった結果だった。
一匹倒した所で、何も変わらないくらいに割りとそこらじゅうにこんな強力なモンスターが暴れまくっているのだ。
うわぁ!、ぐぅぐぐぁー!、ぎゃほああぁっ!
イノヤも次第に気の迷いからか立ち尽くし、天を見上げて叫んでいた。
自分でもワケの解らない言葉を。
『〈メサイアの武器〉を持ち出しても、この程度なのかっ?オレはっ!オレはっ!』
心の中で奥歯をぎりりっと噛み締めながら己れの弱さを繰り返し呪うイノヤ。
少女が弱いと言うより相手が悪かった、そう言う事なのだが、イノヤは自身の役割りである鍵騎士の重みゆえに必要以上に自身の無力さを嘆いている。
何より今回は国王より、メサイアの武器──クドゥーナのギルド、フェアリィ・クレストのギルドマスターだったメサイアが鍛冶生産で造り出した、今現在サーゲート国内にあっては行けないとして回収騒ぎにまでなった様々な武器の事だ。
その回収されたメサイアの武器のひとつが国王より使用を許され、今ノイヤの手に握られている武骨で身の丈よりもはるかに大きな斧だった。
けして、オリハルコンやセライアで造り出したわけでは無い道具屋に売られた程度な武器ではあったが、それでもサイズの小さなワームには充分すぎる切れ味と、威力でもってばっさばさと倒してしまうイノヤ。
「小さいのならまだ倒せるっ──けど!・・・あれはっ!」
そう言うイノヤの視線の先には一際、かなり、ちょっとヤバいサイズで、天を突くように真っ直ぐ直立するワームが見えていた。
サイズが小さなワームと言ってもイノヤより倍ほども大きいモンスターだったりする、それを苦戦しながらも一人でしかも無傷で倒してしまうのだから、流石選ばれた戦士という所だろうか。
「寄るなっ!──グレート・スマッシュ!」
イノヤは両手に斧を掴むと、まるで自分自身を鼓舞する様に大声でスキル使用を叫んで、真後ろに迫ったワームを目掛けて斧を薪を割る時のように振り下ろす。
そうして瓦礫の影から現れた何匹かのワームをへち倒した後だった。
今までより大きく赤黒いワームが、ぶじゅぶじゅと気味の悪い音を発しながら姿を現したのは。
遠くにさっき見えていたワームよりは小さい、それでも今まで相手にしたワームよりは倍どころかそれ以上。
「デカ・・・いな?ミミズごとき、ミミズ?だろう。」
更に、今までのワームより凶悪な事に環状の体のあちこちに毒々しい棘を生やし、大きな口は車のホイールのように牙が中央に向かって付け根から鋭い牙が生えていた。
イノヤがどのくらい強くても、一人で相手をするにはぶが悪いとしか思えないと言える。
毒々しい棘は、ひとつひとつが意思を持ったようにぎゅむぎゅむと動いていて、その内のひとつの棘が畏縮して固まっているイノヤを目掛け伸びて襲い掛かったその時。
びゅん、と風切り音を上げて飛んできたなにかが棘を叩き切る。
「イノヤっ、デカいのは放っておけ。」
どこから聞こえて来るのか今はイノヤが見回しても、ちょっと姿が見えないがベーレッタハイムの声だ。
見れば飛んできたなにかはベーレッタハイムが使っていた短剣だった。
「はァー?コイツを無視し、ろってえ?ベーレッタ。」
そう毒づくノイヤはそれでも内心少し肩の荷が降りた気持ちだった。
そして、ちょっぴりの感謝。
毒を吐くのも、ノイヤの照れ隠しのひとつと言えるかも知れない。
ベーレッタハイム自体は唯のニンゲンであるから、姿を見せて戦うより後ろから操れる限りの短剣を突き立てて戦うスタイルだと言うのはノイヤも知っている。
あえて、声を掛けてくるのはベーレッタハイムが加勢に来たのを知らせる為だ。
と、ノイヤは思ったからだった。
だがしかし、
「予想した数と大きく違う、陛下には悪いが。俺らは死にに来たワケじゃないだろ?」
続くベーレッタハイムの言葉からノイヤが考えるに降参して逃げようと言っているようだった。
確かに、ここまでの道すがら二人で予想した数は1匹か多くてせいぜい10匹くらいで。
軽く10匹ならノイヤだけで倒していた。
サイズは全然目の前にいるワームとは違う小物だと理解している、だが。
「るぅっせーっっっ!全部、倒せばオレのっ、陛下の手を煩わせずにすむだろお、がっ!」
「あ゛?勝手にしろ。どちらにしても、俺の剣ではミミズを殺しきれんだろ。」
ノイヤには国王に一族を救われた大恩があった。
ベーレッタハイムも落ちぶれてしまって、潰えていくだけでしか無かった所を拾われたという経緯があったものの、それだけで命を掛けて明らかに悲惨な死しか見えないマルセラドに留まって足止めをするよりも、さっさっと退散したいのが本心だった。
何より、持ってきた大量の短剣も小物退治だけでほとんどを失って残り10本と心許ない。
「ぁーっ!勝手にするあっ!ち、・・・マジ死ぬかも、これ。」
小物ならメサイアの斧を振り下ろすだけで両断出来る、出来なくてもざっくりと切り裂いていた。
それがどうだ。
メサイアの斧は何も変わっていないはずなのに、ノイヤが振り下ろす斧は赤黒い不気味なワームの体を切り裂く事も出来なくなった。
表皮が小物の倍以上に固いのか、恐ろしく弾性が高いのかぶよんと跳ね返るだけで傷らしきものは着くのに何より、手応えが全く無いのだ。
二度ほど斧を振り下ろしてノイヤは恐怖に負け、立ち尽くして目の前の不気味なワームを見詰めるしか出来なくなってしまった。
ぶるぶると震えながらその場から逃げ出したいのに逃げられない。
今のノイヤは精神的にやられてしまっていた、今までどんな場面でも感じた事の無い畏れに。
「剣の残りも僅か、か。」
呟いてベーレッタハイムは呪いの短剣を左腕に突き立てて、小さく呻いた。
「捨て石にも、なれんかね。ち、他の任務着けてりゃ・・・こんな、死に様。くそぉ。」
逃げられない。
ベーレッタハイムも、瓦礫の影からノイヤとワームを窺いながらそう思い出している。
ノイヤを見捨てて逃げようとすれば逃げられるだろうが、鍵騎士と言われる立場に4年も居て年少者を置き去りに逃げたとあっては、寝覚めが悪い処ではない。
自分でも、
『バッカじゃねぇのよ。』
と思う。
思うのだが、いつからかベーレッタハイムにも肩書きに相応しいプライドや誇りと言ったものが芽生えていた。
どうしても、ノイヤを見捨てて逃げると言う選択肢は今のベーレッタハイムに、取捨選択の中には浮かんでこなかった。
残り10本の剣でどこまでノイヤを逃がせるか・・・そう、気付けばノイヤの代わりにワームを止めてノイヤを逃がせるか?とベーレッタハイムは考えていた。
パチンと指を弾いて10本の剣を自分自身の周囲にふわりと浮かせて駆け出す、迎撃体制を取って。
シルバーイークも働いてますた。
忙しいし、風邪もなかなかよくならないし、
てか──
プロット切って、ヤりきった気になってて先の事の妄想にまみれていたとか──
そんなの口が割けても言えないよね。