獅子姫
謁見の間は縦横にまるでサッカーのグラウンドの様にだだっ広く作られていて天井も天に届く程に高い。その中心に赤い絨毯が敷かれ奥には段が付いてその上に豪奢な玉座が鎮座している。その主の美姫は微笑みをたたえて、だだっ広い謁見の間にただひとり座って待っていた。
「グロリアーナ陛下、御命令通りこの者を連行して参りました。」美姫の前まで来るとシャリアは跪いてそう言う。グロリアーナ陛下と呼ばれる人物は金色の長い髪を両脇でカールさせており、高貴な純白のスーツに身を包んでエクト、シャリアの順に見定めた。少々まずい事情を抱えた現グロリアーナの若き女王であり、シャリアの古くからの年下の友人でもあった。シャリアが報告書を出すや否や、グロリアーナはエクト連行の命令を下しており、シャリアはエクトを引き連れ急遽の登城となったのである。
「崩して良いぞ。」グロリアーナは微笑みをたたえてシャリアを立たせる。
「は!―――ええい、陛下の御前であるぞ。許し無き者は・・・」
「良いのです、シャリア。貴女も控えなさい。」厳しい目付きで、しかしゆったりとシャリアを叱ると視線をエクトに移し、
「お名前を聞いても?」再び微笑みをたたえてグロリアーナが尋ねる。
シャリアは命令を受けて扉の前まで下がるが、エクトに対する警戒は忘れない。。
「エクト。」エクトが名乗ったかどうかの刹那。グロリアーナの右壁に異変があった。闇が滲み出すようにどこからか現れ、それはみるみる内にある物を象ってゆく。蛇、其れも人喰いの大蛇。
「なっ!陛下。」異変に気付いたシャリアが駆け寄る。
「控えなさい、シャリア。これは神である。闇の神。」
再び厳しい目付きに戻りシャリアをたしなめる。視線は闇の神―――ゼルヴァラルを向いたまま。
「障るものかも解りません!陛下、お許しを。」
「小娘、水巫女の小娘。王に興味は無いのでな、安心せい。」シャリアがグロリアーナの制止を破り前に出て剣を構え警戒を強める。いつのまにか闇の神は赤いローブの老人の姿をしていた。
「儂がこの場に出てきた理由のひとつは小僧、我が同胞であり兄弟であり我が力、冥王の槍を持っておろう?」
老人は懐かしいものを見るようにエクトの持っているであろう魔槍を見詰め語りかける。
「アーベンライン。」エクトが魔槍を左の掌に呼び出すとグロリアーナから驚嘆の声があがる。
「こんなに、弱々しいお前を見るのは初めてだのう。兄弟よ、アーベンラインよ。」
老人が魔槍に呼び掛けると老人の口から闇が魔槍に流れて融ける。闇色の黒い炎が立ち昇った後紅い瞳の褐色の男が立っていた。
「よおゼルヴァラル、久しいなァ。」
「アーベンライン?」
「そうだ。何百年経ったかわかんねえが、みなぎってきたぜえええ!」
エクトに答えた褐色の男はアーベンラインだと言う。その間、グロリアーナは驚嘆しっぱなしで綺麗に整ったドングリ眼を大きく開いている。シャリアも目まぐるしい変化に対応仕切れずあたふたするばかりで。
「獅子姫グロリアーナ、何事なのじゃ?我が守護地によもや闇の神を呼び込むとはの。」
「サロ様!」グロリアーナの座る玉座の影からヌゥッと現れたのは水の女神サロ。その姿は枯れた老女で青いローブを羽織っている。どうやらグロリアーナをたしなめに来たようであった。サロが現れた事に驚き声を揚げる二人。
「ここに至ってもその名で呼ばれますのね、水の女神サロ様。」グロリアーナの少々まずい事情というのがこの水の女神にある。用はまだサロはグロリアーナを認めようとしないのだ。まだ幼さの残る美姫は横に並んだサロを睨み付ける。
「二つ目の理由はそこの年寄り女でのう。恨みを晴らさせて貰おうか?サロ婆よ。」
サロが現れた途端に老いていたゼルヴァラルの声が青年の声に変わると同時にゼルヴァラルの手の上にそこには有り得ない様な巨大な象牙色の槍が現れようとしていた。
「アアルキュペラルまで持ち出して何のつもりじゃ?面白い・・・妾を殺してみよ!!シャリア、そこをどけい!」
怒鳴りつけられていそいそとその場を離れるシャリア、サロも同調して動く。槍が投げられるより早く魔法は完成している。
「サロエムシェル。」サロが唱えると水の天幕が生まれゼルヴァラルを半球状に包む。そこに巨大な槍が投げ付けられるが水の膜は耐える様に槍を受け止めた。
ゼルヴァラルがアアルキュペラルを更に押し込もうとするのを、サロが水の膜に包んで押し潰そうとする。
「いい加減になさってくださいませ。サロ様、ゼルヴァラル様も。城を吹き飛ばすつもりですの?」
膠着した謁見の間にグロリアーナの怒気を孕んだ非難の声が飛ぶ。それでも二人の神の攻防は収まる様子は無い。
「如何に神々と言えどこれ以上の狼藉を働くのであれば・・・」
「何かの?グロリアーナ。」
「小娘が!邪魔するか!」
その様に苛立ちを隠そうともせずグロリアーナが割って入る。そして、
「ええ、全力で止めさせて戴きます。」
スゥと息を吐いて両の瞳を見開くと全身を金色に輝くオーラに包まれた。オーラが更に膜の様にグロリアーナを包むと瞳、髪や肌、白かったスーツまでも金色に変化する。
「面倒な、絶対無敵空間か!幼子が使うものではないぞ。」
「獅子姫よ、・・・まさかアーディアル・ヘイトを体得してようとはのう。」
ゼルヴァラルは忌々げにサロは悲しげに言葉に出す。「ふん、気が削がれた。アーベンライン帰るぞ。」そう言うとアアルキュペラルを闇に仕舞いアーベンラインに向かって歩き出すゼルヴァラル。
「絶対無敵空間が何を意味するか解って使っておるのかえ、獅子姫よ。」
やれやれとサロは水の幕を仕舞うために吸い込んでグロリアーナに向き直り、返答を待たずに言葉を続けた。
「それは命の輝き。残りの命の灯。悪いことは言わん、二度と使うでない。」
二人が離れ戦闘を止めたことでグロリアーナは既に元に戻り微笑みをたたえて居る。
「使わなければ成らなくしたのはどなたでしょうね?」
悪戯っぽく笑いサロを見詰め両の掌で手を握り、
「二人が手加減なく戦闘を続ければ城はおろかグロリアーナその物が無くなり兼ねないですもの。ね?」
有無を言わさず畳み掛けるグロリアーナにサロも苦々しく頷くしかなかった。
「あっちは片がついたみたいだぜェ、ゼルヴァラル。」
ニヤニヤとアーベンラインがゼルヴァラルを笑う。人が神々の喧嘩を止めた形になったのだ。これがアーベンラインは可笑しくてしょうがない。
「それとなァ、帰るつもりねェんだわ。」ニヤニヤと笑ったまま言葉にする。
「なにゆえ留まるのだ?アーベンラインよ。」
心底不思議そうにゼルヴァラルはアーベンラインを見詰める。
「コイツを気に入っちまったんだよ。な、エクトォ。」
「それならば仕方あるまい、殺して連れ帰るまで。」
まさかの一言にゼルヴァラルは再び戦闘体勢を取る。が、捻れる様に魔槍に姿を戻したアーベンラインに瞬く間もなく貫かれるゼルヴァラル。
「アーベンライン、貫け。」
「悪ぃいな。」
「ぐは!!!何を?」
やり取りを静かに聞いていたエクトだが、間近で戦闘体勢に入ろうとしたゼルヴァラルに対して先手を取る。アーベンラインを手元に戻しゼルヴァラルを刺し貫いたのだった。
「決定権はエクトにある。」
「く、次はないぞ!エクトとか言う小僧よ。」
手負いの闇の蛇はアアルキュペラルを仕舞った時のように闇に巻かれるように消えていった。
その後サロが現れた時のように玉座の影に消えて、何となく謁見はお開きとなった。グロリアーナも疲れを隠そうともせず玉座に倒れるように座り込みシャリアに心配されるなどしたが大事なく。二人は揃って謁見の間を出される。黙ったまま帰路に付いた二人を狙うように近づく人影があった。名をギデオンと言い、国の大臣であり水の神殿のtopでもある人物である。
「シャリアよ!何があったのだ?よもや儂を締め出すとは、御輿の分際で何様か!あの小娘は。」
不機嫌そうに不敬極まりない言葉を口にする大臣にシャリアは、
「他言無用で御座います!」
感情を圧し殺そうとするが上手く行かない。通ろうとするが大臣に塞がれる。
「儂が知らずに居て良い事などないぞ!」
シャリアの態度に更に度を増して不機嫌になるギデオン。
「貫いていい?」
邪魔だと言わんばかりにエクトは既にアーベンラインに手を掛けて居た。それを見たシャリアはぎょっとしてエクトを自分の影へ回し振り向き様。
「今はダメ。あの方はギデオン、あれでも国の大臣。」
それを聞いて何かを思い出したように納得するエクト。
「へえー。大臣なのか。」
そう言うとエクトは悪戯っぽくにやりと笑う。
「ふん!話にならん、獅子姫自身から聞き出してくれる。」
憎たらしそうにエクトとシャリアを交互に睨み付けるとギデオンはさっさと歩いて行ってしまった。
「肝を冷やしたぞ!貴様、国の大臣に喧嘩を売るつもりか?アーベンラインが出た時点で死んでいるだろうが・・・そうともなれば・・・」
「あれは偽物。」
その場で説教が始まりそうな所をエクトの一言が制する。
「な?」固まるシャリア。が、すぐに平静を取り戻すと。
「ここで話すような事ではない。場所を変えるぞ、付いて参れ。」
言うが早いかシャリアはエクトの手首を握り潰し兼ねない勢いで引っ張っていった。
突然に始まった神々の争いに巻き込まれあわやグロリアーナの王都消失のぴんち。
しかし、すーぱー◯◯◯人化したグロリアーナにより消失は免れたのだった。