死屍累々──獰猛の目覚め 18
今、目の前では美味い美味いを連呼しながら、巨大な鳥が豚の化け物みたいなオークの肉を啄んでいる所。
さわさわと風が吹き抜ける山道の一角にわたし達と、オレンジ色のシャダイアスが居る・・・訳なんだけど、ちょっとマズい事に撤退を余儀なくされた冒険者たちが逃げてきて、一応の拠点としてテントが張られたり怪我人が地面に毛布を敷いただけの上に寝かされている状況で、わたし達は決心した。
普通のオークを遥かに凌駕するモンスター・オークキングに撃って出る事を・・・なんだけど。
ここまで来ても何か現実味が無い気がするわたしの脳内。
フル回転と行かなくても割りと働いてくれてる頼れる奴だって思う、時々パニクるのは置いといて。
そんな事を思っていたら、怪我人を沢山乗せてきた白いシャダイアスものっそりと起き上がり、視界の端で猛然と肉塊になったオークを饕り始める。
シャダイアス1匹で、山とあったオークの肉塊が無くなってしまうんだから、2匹に増えればどうなるかなんて少し考えれば解らない訳は無いよね、・・・相変わらず凄い食欲。
食べれるだけ食べていいよって、京ちゃんが言ったからなんだけど。
「白いのにもオレンジにも充分食べさせたし、大丈夫だと思うよ。」
ポンと肩を叩かれて振り返ると、串焼きにしたオーク肉を美味しそうに頬張る京ちゃんが中腰で立ってて。
わたしはオレンジと白いのの世話ってゆーか、オークの肉塊をシャダイアス達の目の前に投げるだけの簡単なお仕事をしてた。
そこに串焼き持って京ちゃんが現れたわけ。
その奥に目を向けると、串に刺したオーク肉を焼いてると思う、石を並べて作ったかまどを囲む冒険者たちの姿。
「食べる?」
「じゃ、一口。」
これからキングと戦う。
ここも襲われるかも知れないのに、京ちゃんや冒険者たちの態度見てると余裕すら感じるんだけど、不思議。
串焼きは脂がトロけて、熱くて、美味しかった。
「そう、準備いいわね。キング出るまではとっつげきーぃいいい!」
辺りは真っ暗な森。
そこをわたし達を乗せた二匹のシャダイアスが有り得ない速度で駆け抜ける。
前を行く白いのには京ちゃんが、オレンジにはイライザ、ダンゼ、ゲーテ、ジピコス、それにゲーテの仲間だと言うフローレ、何だかんだで元気いっぱいだったカイオット、最後にわたしが乗った。
選りすぐりの精鋭と言った所かな。
カイオットくらいは拠点の守りの要になって欲しかったけど、行くと言って聞かない。
フローレ、キュアフローが使えるんだって、キュアより1段階回復量が増える、それだけなんだけど。
わたし1人が回復じゃあ間に合わないしね、そう言って拠点の回復要員をごっそり連れ出すわけにいかないし、フローレさんを連れて来たんだよね。ギリギリセーフな線。
フローレさんは投げナイフが得意なんだって。
見た目通り大きな槍も手斧も使うカイオットも、シャダイアスの上からでもばっちり戦える戦力だ。
京ちゃんが言った。
作戦がある、と。
「キングは確かに強いよ。でも、勝てない事は有り得ない!支援効果の無いキングならただ大きい良い的でしかないもの。ザコを片付ければ余裕で戦えるわ、ザコを素早くどれだけ倒せるかでキングの厄介さが変わってくるから。」
今は、その言葉を信じて目に入るオークをやっつけるしか無いんだ。
月の光も届かない暗い森をライトボールの明かりだけが照らし出して、静寂を切り裂く様に駆け抜ける二匹のシャダイアス。
獣道とも言えない藪を突き抜けたり、傾斜の付いた山肌を蹴りつけてオークの群れを探しつつ、側面から徐々にオークの数を減らす狙いで。
時折、オークの群れを見付けては殺す、残らず全て殺す。
支援効果をガタガタにキングから削る為なんだっ、解らない訳じゃ無いけど・・・多いね、凄く。
「オークの群れだ、姐さん!」
ゲーテが声をあげた時には大体、京ちゃんが白いシャダイアスと群れに突撃した後だったりする。この時だって進行方向とは違うとこにオークを見付けたのに、京ちゃんは一番乗りが当たり前みたいに、
「このまま、いっけぇえええ!」
跳び上がったシャダイアスが群れの真ん中に着地。と、同時に京ちゃんが叫んで20程のオークの群れの討伐戦が始まる。
最初にダルキュニルの氷の柱がズン!と地面に立てば京ちゃんは既にシャダイアスの背から飛び下り、その間際に左右に伸ばした両足で2匹を転ばせて、その背中にズブリと刺して息の根を断つ。
京ちゃん?群れに突っ込むの?
廻りの景色が流れて消え失せオークの群れがわたしに迫る、ぐんぐんと。
オレンジが走ってるから当然なんだけどさ。
わたしも弓を構えなくちゃね、まずは手近なオークを・・・っと。
オレンジの背に乗ったまま狙いを定めてからピンと張った弦を手から放すと、ヒュンて軽い風切り音を発ててオークの首筋に矢が刺さる。
ほい、仕止めた。
矢が刺さると、オークは断末魔をあげてその場で仰向けに倒れ生命活動を停止する。
気づけばカイオットも槍を振り回してオークを近寄らせ無い、フローレのナイフだって当たりさえ良ければ・・・ほら、ね。
一撃必殺で雑魚オークを仕止めた。
そして何より京ちゃんが凄い。
いつもそうなんだけど、原形が無くなるまでオークをぶったぎる、まるで野菜の微塵切りみたいに。
この群れも何の事は無い、抵抗する暇もなく今はシャダイアス二匹の食餌に変わり果ててしまったわけ。
京ちゃんがシャダイアスに再び乗る頃には、辺りの地面が凄惨な事この上ない肉片の飛び散った酷い血溜まりと、物言わぬオークを収めた氷の棺が並ぶ踏み場の無い血塗れの肉の池に変わっていた。
最初に群れを蹴散らし殲滅した時は圧倒的勝利に湧いて騒いでいたゲーテにジピコス、フローレ、カイオットも二度三度と同じ場面が続くとそのおぞましさに気付いてか、口数が減る減る。
抵抗する暇を与えない襲撃はただひたすら虐殺だと思う、それ以上にオークを殲滅してキングを倒すと言う事はこの国を救えるんだとどこか、英雄にでもなった気持ちが無かったって事もない。
オークの血の匂いにも慣れるほど襲撃をした後は、国を救う救世主になったつもりになっちゃってた、アハハハ・・・オークを殺すのが、気持ち良くなってしまったわけ。
京ちゃんが前に言ってた、『頭のどこかでスイッチが入った。』それに近かったのかも知れない、今なら京ちゃんが言う事を理解できた。
理性が飲まれる。
「オレンジ、食えるだけっ、喰いなさい!蹴散らせーぇっ!ふふふっ。」
何度目のオークの群れを蹴散らし殲滅したか解らない、ただゲーテやジピコスにもランスや弓が渡され最初の襲撃とは比べようにならないくらいオークの群れは討伐される、それはもうあっさり。
シャダイアス達もまだ息のあるオークを食い千切り殲滅に一役買っているくらい、まるで『ゲームのレベル上げ』みたいだった。
実際、わたしも凄くレベルが上がって33になっちゃってた。
と言う事はここに居る皆だって同じなんだ、見えないけどゲーテもジピコスもフローレ、カイオット、ダンゼだって・・・それに京ちゃんなんておかしなくらいレベルが上がってるかも知れない。
エストックみたいな剣しか使った事の無いイライザにはなかなか出番が無いからそこはそれとして。
「凛子、ジピコスも弓で射てるだけオークを撃ち抜いて、減らして!」
奥から姿を現す、返り血に染まった黒い鎧を纏った京ちゃんが指示を出す。
わたし達はかなり山奥に入り込んで転戦していた。
襲撃を終え、殲滅仕切ったと思えばまた新しい群れが襲ってくるようになっては居た。
それでも、数が増えてもザコはザコだったりする。
わたしも含めて京ちゃん以外はザコだったりするかもだけど、一人一殺は確実だったし、出発前に京ちゃんが渡してくれたマナチューブのお陰で魔力切れの心配も無い。
気になって白いのに乗った京ちゃんのレベルを確認してみる・・・、あんまり増えてない?
LV60と頭の右上に表示される緑色の文字。
手近なオークのレベルは30くらい、まだ経験値に足されてるんかな。
京ちゃんはざっと1000以上のオークの息の根を断ったと思う。
「おー、姐さん。こんないい弓借りていいのか?」
そう言ってジピコスが借りた大きな金属製の弓を振って見せる。
良い弓なんて言ってるけど、それは単に鋼の弓。
装備LVは20だったから、わたしも一度渡されて握ってみた事はあるもの。
何か馴染まなくて返しちゃったけど、さ。
こんこんと湧く水の様に次から次と、オークが湧いて襲撃が止まなくなる・・・おかしい。
今までバラけていたオークがまるで、この場に集合するみたいにその数はむしろ増えて。
襲って来るオークを小間切れに変えながら、
「喋る暇あるなら、凛子見習って射て、射てるだけ射ってオークを減らして。ちっ、出たかやっぱり。」
そう言う京ちゃんは何かに気付いたみたいに、一層大きな声をあげて叫んだ。
わたしがおかしいと思った事は正しかったみたいで、京ちゃんは右手の奥をぎりぃっと睨み付けて駆け出し、
「キング居るならお前らも居るわよねっ、当然。」
吐き出すようにそう叫んで、続けざまに準備していた魔力を今、解き放つ。
「──全て凍り付けっ、ダルテ!!」