死屍累々──獰猛の目覚め 9
ぐーるるる、きゅるるるー。
わたしの腹の虫です・・・うわっ、恥っずい。
死体を選り分けて、運んで、荷車に乗せて。
パなく疲れる、・・・お腹空いた・・・。
わたし、馬淵凛子。
まだ高2の女の子なんだよ?それなのにどうしてこんな、重労働を。
重労働にも色々あるけど、死体運びってそもそも嫌すぎる。
・・・生きているから。死んでいった、まだ生きたかった人を連れて帰るのが生きている者の礼儀とかで、さ。
そんな時。
「あー、ねー、誰か?」
京ちゃん、壊れた荷車に足を掛けて声を張り上げる。
したら、一気に皆の視線が京ちゃんに集中すると、満足そうにニマァ〜と笑う。
でもその笑みには、わたしの計り知れない裏があったんだ。
「姐さん、何か始めるんで?」
「居たの?ジピコス。」
張り上げた京ちゃんの声を聞いて真っ先に駆け付けたのはジピコス、わたしも疲れた足腰に鞭を入れる思いで、フラフラと立ち上がると隣にヨタヨタと歩く影が。
良く見るとそれはゲーテで、顔色が悪そうだったからヒールを掛けてあげたのはオマケ。
疲労もヒールは取ってくれる、ゲーテの顔色が見違えたのを見て、それを思い出したからわたしはわたしにヒールを掛けて。
疲労も何のその、痛いの痛いの飛んでけ〜って疲れる疲れた飛んでったー、あはははは♪
けど、お腹空いたのはどーしよーも無いか、ぐーぐーお腹の虫が騒ぎ回る。
不意に前を歩くゲーテの肩越しに振り返る顔が。
ゲーテがわたしを憐れむような顔してんじゃん!
恥っずい、ち、違っ・・・違うんだからぁぁあー、ねー、聞いてよぉぉお。
違、違わないけどぉ。
こいつら勝手に鳴くんだもん、お前らのせいでゲーテに変に思われたじゃんかよぉぉお。
「──えーっと、オーク肉大量にあるでしょ。ね、焼き肉やりましょう、ここで。」
ゲーテとわたしが京ちゃんのとこに辿り着くとそこは冒険者がもうかなり集まってて、京ちゃんの話し声は聞こえてくるんだけど・・・
「・・・食う、って言いました?姐さん、オークを。」
話し声がする。
相手はジピコスだ、ワイワイとがやつく声が混ざって聞こえづらいけど。
ジピコスが京ちゃんにちょっと絡んでるのかな?
京ちゃんがお腹空いたから、有り余る素材で焼き肉したいとかって言ってる感じ。
え?有り余る素材っていったらそれは決まってんじゃん、オーク。豚肉。
「ええ、ええ!言ったわよ?豚肉好きなの、一番はチキンなんだけど。」
京ちゃんの凛とした声がその場に響くのを耳で聴きつつ群衆を謝りながらかき分け、
「すいません!・・・あっ、ごめん!」
群衆を抜けた先に京ちゃんと数人の冒険者が居て、作っていたのは、地面を掘った周りを拾った石で四角く囲んだ掘り釜。
そっか京ちゃんの一番はチキンかー、わたしもそんなの聞いたらンタのチキン食べたくなんじゃん、佐醤油の唐揚げも捨てがたいし、マイナーなナンバンも良いよねー。
あー、お腹空いてると考えが全部食べる事にもってかれちゃうよっ。
ヤバい、空腹。
まぢで、ヨダレ止まんない。
「しょうが焼きでしょ、塩豚サラダもいいし、豚の冷しゃぶも美味しいわよ。でも、何と言っても──」
指折り豚肉料理を口に出す京ちゃんが、傍に居た誰かに運ばせて来たのは大きな金網を二枚張り合わせた物。
多分だけど金網を山折にしてから串に刺した肉をあの上に刺して使う、とかなのかな?
けど、京ちゃんがやりたい料理にはそれじゃあ足りなかった。
だって京ちゃん。
火の点いた掘り釜の上に金網を置いてその上におっきな金属製の楯を乗せて。
「──野菜炒めよねっ。」
焼きそばじゃないんかい。
おっきな楯を鉄板に見立てたから、そこは焼きそばでしょ?
ま、まあソース無いしね。
京ちゃんの言う通り、野菜炒めなら塩とコショーあれば何とか・・・うん?
コショーなんて、あるの?
野菜炒めが肉と野菜の塩焼きになっちゃっうとマズいんじゃん。
そんな事を思いながら、別のおっきな楯をまな板代わりに野菜ザク切りにしてんですよ、わたし。
うっわ、良い匂いが鼻先を擽りまーす、オーク肉ってホントに豚肉だあ。
ごはん、ごはん、ごはんが食べたいよぉ。
タレ、タレも欲しい、まぢで。
ジュワジュワと音を立てて焼けていく、わたしの鼻腔を凶悪に刺激するオークの脂。
次から次へ溢れ出す、唾をごくりと飲み下すのも必死で。
「ホントにオークを食べさせんのかよー。あたいら、目の前で余所の奴がオークの餌っぽく八つ裂きにされて食われたの見たぞ。」
声の主を追って京ちゃんの焼くオーク肉と野菜の方を見ると、それはそれは凶悪に実った胸を御持ちの女の冒険者が。
誰だっけ?
まぁ、知らない人だ、でもどっかで見たんだよな?
「肉食べたら、血は戻る。お前達相当、血失ったでしょ。野菜ぽいの色々あって良かったわー。」
京ちゃんが豚肉を焼こうと言い出した訳を知った。
でもね。
わたしは別の意味で、手がつけられなくなってたんだ。
あー、脂あるし、豚肉だし。
豚カツ出来そうじゃない?
鍋あれば脂は取れるよね、・・・ムル粉、小麦粉の代用品も一般的って言ってたし。
冒険者が持ち込んだ物資に、多分だけどあるんじゃない?
周りを見回すと、木で組んだ箱がいくつか。
この中に白い粉さえあれば・・・、実にあっさりありましたムル粉。
やったぁい!
これで、豚カツが食べれそうだよ。
はい。
わたし、豚カツが食べれそうなのに心奪われて、誰かの音声が耳に入ってきません。
でもそこで気づいちゃった。
脂、とれるには取れるけど豚カツ作るには500mlくらい必要だよね?
それってつまり、今からじゃ朝くらいになるんじゃない?
辺りはとっぷり暮れた、一般的に言う所の夜。
オークと死闘してた時も、ほとんど陽が落ちてたし、いい時間だよね。
「シェリルさーん、村から持ち出した食材まだまだありますわよー。どんどん焼いて皆さんに振る舞って下さいっ。」
わたしを豚カツの魔の手から我に返したのはイライザ様のその声と、視界に入る様にドカッと豪快に傍に置かれた野菜の入った木箱。
視界に飛び込んできたイライザ様に視線を向けると、額の汗を腕で拭いながらニカッと快活に微笑って、わたしが見詰めているのに気付くとザク切りにしてる野菜を覗き込んでくる、トトトっとまな板代わりのおっきな楯に近寄って。
「イライザ様、一応怪我人なんでしょ?わたしするから、休んでてくださいよ。」
て言いながらも、わたし多分だけど。
疲れた顔してたかも。
お腹空いてるし、摘まみ食いもしないでひたすら野菜をザク切りにして木箱に投げ込んでたし。
あれ?
木箱汚れてたらまた洗わなきゃなのか。
・・・京ちゃんはそのまま気にせずに焼いてるみたいだし、いっかぁ。
汚れも熱消毒でどうにかなるよね、ね?
イライザ様はそれでも、わたしがザク切りにしてる野菜を見てた。
キラキラ輝るイライザ様の金色の瞳が喋り掛けてくる『わたくしも手伝いたいのー。』って。
「まぷちさん、わたくしが皆さんを連れ出した責任が・・・」
「オーク居たんなら、責任とか誰も言わないですよー、放って置けば餌になる人が増えるだけだもん・・・。」
木箱一杯にザク切りが終わった野菜を投げ込むと、イライザ様の謝ってるような呟く声が聞こえて、話を途中で断つわたし。
だって、イライザ様が悪いわけ?
違うよね、オーク居たら退治しないとあっとゆーまに村が食べられちゃうし・・・苗床。
わたしが見たわけじゃないけど、ヘクトルは見て処置したって言った。
愛那だって、しばらく泣いてた。
わたし達が相手してるのはそんな敵なんだ、今。
だから!
謝らないでよ、イライザ様。
ここで謝られたらそれこそ死んでった人達が、薄っぺらになっちゃうと思うんだよね。
「そうで、・・・したね。抵抗する術が無いものから命を取られていく・・・そうでした、ここで食い止めないと!」
そだよ、いっぱい肉をたべて精を付けて、明日頑張ろう。
オークを全部やっつけたら、死んでった人達を褒めてやってよ。
楯になって皆を村を守ったんだって、さ。
「料理食べて、力付けて明日がんばりましょ。ね、イライザ様。」
「様はいらないです、まぷちさん。唯のポンコツですから。」
わたしがガッツポーズをして見せると、哀しく微笑った様に見えたイライザ様の顔がどこか曇っていく。
イライザ様の様な素晴らしい方がポンコツって、じゃあ、わたしはゴミくらいになっちゃうんじゃないの。
そう思うと悲しくなる。
うっわ、泣きそうだわ。
「あ、えっと・・・じゃあ、イライザ、わたしもまぷちでいいよ。んー、凛子でいいや。」
涙を我慢して無理に笑う。
泣きたいのを無理に我慢してる人は周りに一杯いるはずだし、このくらいで泣いちゃその人達に悪いよね?
我慢してるのに、我慢できなくなっちゃうよ、きっと。
だから、わたしが泣くわけにわっ。
「そう言えば、凛子ちゃんって呼ばれてましたわ。間違えて憶えていたみたいですいません。」
わたしの思いには絶対気付いて無いんだろーな、イライザ様は。
感情を持ち直し、ニコリと可愛く微笑い掛けてくれるイライザ様の可愛い事、京ちゃんも不意に可愛く笑う事があるけどそれと比べてもなんてゆーの、天使のスマイルってこんなカンジ?
最後はお辞儀をぺこり。
ふひひひ、妹に欲しひ。
夏ばて、、、